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第三章

王都に密偵が近付いてます

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 話しはアイシャ達が王都へ帰ってきた日の早朝まで遡る。
 王都イダンセと貿易都市ワカルフを結ぶ北街道は、馬車での移動なら二週間ほどでワカルフまで行く事が出来る。そして、それより北には街はなく、国境を隔ててメトとラハリクという国へ至る。そんな早朝の北街道を移動する旅人の一団があった。距離にすれば王都まで徒歩一日という距離、王都へ向けて移動するその一団は、全員揃って漆黒の防具を身に着け、薄手のコートとフードを目深に被っているという異様な装いをしていた。まだ商隊の馬車や旅人、冒険者といった者の姿も街道には見られないが、全員周囲を異常なほど警戒しているようだ。その中の一人が何事も無い事をつまらなそうに口を開いた。

「ゼルの旦那、もうメトが魔族の兵団を作ったって話しは各国に知れ渡ってるだろ。いくらミザリーの幻影魔法で顔を誤魔化せるからって、本当に無事王都へ入れるのかよ?」

「問題ない。それよりもサージよ、お前も気を抜かず周囲を警戒しろ」

 一団のリーダーだろうか、ゼルと呼ばれた男は、警戒も疎かにし話し掛けてきたサージを窘めた。

「ずっとそればっかじゃねえか……」

「ちょっとサージ、あんた少しうるさいよ。もう敵国なんだ……いや、まだ敵国になるかもしれない国か……とにかく少し大人しくしなよ!」

 ミザリーもサージの減らない口数に怒りだす。

「けっ! ミザリーなんか幻影魔法と色気だけで戦闘はろくにできねえだろ?」

「なんだとっ!」

 今日は朝からこんな調子で街道をゆっくり進んでいる。そして、現在は草原と林縁の間を移動していた一団だが、街道の遥か彼方に人の姿を見付けたのは意外にもサージだった。

「おっ? あれはイダンセの冒険者パーティーか?」

「そのようだな……まあ、俺達はこのまま林縁を進もう」

「へっ! イダンセの冒険者がどのくらい強いのか、ちょいと俺が試してやるよ」

「なにっ! 勝手はゆるさんぞ」

「まあ怒りなさんな。ちょっとだけだよちょっとだけ」

 言いながらも既に冒険者達の方へ歩き出している。最初はゆっくり、そして、徐々に速度を上げると、人間では到底出す事の出来ない速さで距離をみるみる詰める。

「馬鹿がっ! 任務を忘れて勝手な真似を……王都へ入る前に揉め事を起こしてどうする! 仕方ない……ダリルとラザームでサージの後を追うんだ。もし必要なら冒険者を全員殺して口封じをしろ」

『承知!』

 相手の力量も知らずに奇襲したサージだが、街道にいる冒険者も只者ではなかった。何者かが近づいてくる気配を一早く察知したのは前衛の二名だが、最初に先制攻撃したのは魔術師だった。呪文が完成するとカウンターぎみに炎の魔法がサージを飲み込んだ。

『ファイア・ストーム』

「なにっ!」

 高速移動していた所へいきなり魔法で攻撃され、咄嗟に右横へ飛びのく事でなんとか躱す。しかし、完全に躱しきる事は出来ず、左手の前腕部に軽傷だが火傷を負ってしまう。さらに、コートは火が燃え移った為に脱ぎ捨てた。

「くそがああぁぁぁっ!」

 頭に血が上ったサージは、さらに移動速度を上げると魔術師目掛け襲い掛かった。しかし、前衛二人がサージの攻撃をブロックするように立ちはだかる。

「どけぇぇぇっ」

「魔族だと! 貴様はメトの者か?」

「………」

 最初は軽く力量でも測ってやろうとしたのが、火傷を負った事で冷静ではなくなっていた。

(いかんな……)

 ダリルとラザームは、二人で頷き合うとサージを左右から迂回するように冒険者へ近付く。もうここまで来るとこのパーティーを全滅させる。それが一番いいと判断を下す。

『断っ!』

「ぐはぁっ」

 サージの叩きつけた攻撃は前衛一人の武器を破壊し、そのまま相手の胸部に致命傷たる傷を負わせる。そのままの勢いでもう一人へ武器を振るうが、それはバックステップで躱されてしまう。しかし、さらに勢いを衰えさせる事なく追撃体勢に入る。二合ほど打ち合い、三合目からは防戦一方に追い込んだ。

「くっ……魔族が!」

「はははははっイダンセの冒険者も大したことないな!」

「たかだか俺達のようなC級パーティーと戦闘して強さを測れると思うなよ! イダンセにだって猛者はいくらでもいるんだからな……」

 それが最後の台詞となった。言い終わったと同時にサージの刺突が首を貫き、止めの一撃に腹部を蹴りつけながら剣を抜く。
 ダリルとラザームも残りの三人と戦闘になっているが、既に魔術師は杖を持ったまま腕が切り落とされ、半ば戦線を離脱している。

「ラザーム、魔術師に止めを刺しておけ」

「承知」

 ラザームは指示に短く返事をすると、相手にしている槍使いの戦士を足払いで転倒させ、苦痛に耐えている魔術師の額にナイフを突き立てた。その後は槍使いではなくダリルが相手する冒険者を後ろから袈裟斬りにする。

「きっ貴様ら卑怯にも程があるぞ!」

「なんとでも言うがいい。お前達冒険者もモンスターを相手する時は一人ではないだろうに……」

「モンスターと一緒にするな!」

「もういい……黙れ!」

 ダリルが投擲したナイフが左目に突き刺さる。

「ぐあああっ」

(時間稼ぎもここまでか……ルシェリ、無事冒険者ギルドへ知らせてくれ……)

「ふん……この命、貴様らにくれてやるくらいなら自分で断つ!」

 槍使いは腰の鞘から短剣を抜くと自分の喉を掻き切った。これで見る限り周囲に動く敵が一人もいなくなった。そう、見えるという事においてはだ。

 戦闘の行われている場所から人知れず離れた者が一人、精霊魔法で姿を隠している為可能だったのだが、尖った特徴的な耳からも分かるエルフの少女は、顔を青くしながら王都方面へ引き返し始めた。

(皆……何かあった場合の決め事とはいっても……ごめん……襲ってきたのは全員魔族? それも白昼堂々と襲ってくるなんて……早く知らせないと大変な事になるかもしれない!)

 少女は敵との距離がある程度離れると、持っている荷物を投げ捨て王都への道を急いだ。
 北街道は早朝から血に染まり、C級パーティー『戦神の焔』は一人の少女を残し全滅した。

◇      ◇      ◇

 昼前、息も絶え絶えにイダンセ北門に辿り着いた少女は、門番の衛兵に抱きつくようにして倒れ込んだ。

「おいっ! どうした? 大丈夫か?」

「北街道で、はぁはぁっ……正体不明の…はぁはぁっ……魔族に…襲われ……私以外全…滅……はぁはぁっ……冒険者ギルドに……知ら…せ…て……」

 ここまで言うのが精一杯だった。休みなく走り続けてきた少女は、必要な事は最低限伝えたと安堵したのか、衛兵の腕の中で力尽き意識を失った。

「おいっ! しっかりしろ!」

 この後、北門の衛兵駐屯所は大騒ぎとなり、指示を仰ぐべく王城へ早馬が走り、同時に冒険者ギルドへも知らせる者を向かわせる。ものの一時間の間にいろいろな指示が飛び交い、早馬が忙しく南北の門と王城を往復する。何がどうなっているのか状況が分からない為、道行く人々の顔は戦争でも始まるのかと不安気である。
 これは、アイシャ達が南門へ着く三時間ほど前の事であった。
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