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第三章

ティアルカ VS サージ

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 ギルドを後にした私達は、昨日魔族を見掛けた商業区画へ向かった。しかし、まだ早い時間帯である事から人の数も少なく、ティアの魔眼で確かめてみても魔族は見当たらなかった。

「いないよ?」

「では市場へ行ってみましょうか」

 市場は商業区画の中で最も人通りが多く、朝から夕刻まで賑わっている。果物や干し肉等、ある程度保存できる物なら購入に来る事も考えられる。そう思って市場へ行ったんだけど、敵は外よりも身内にいたんです。

「アイシャ、あれは何?」

「あれはね………ええと、ライノサラスの干し肉ですって! 私もほしいかも」

「これは?」

 そう、ティアのアレ何コレ何攻撃により、魔族を探すどころではなくなってしまったんです。

「ティア、後で教えたり買ったりしてあげるから、今は魔族を探してちょうだい」

 見兼ねたエリーゼがティアを嗜めたけど……。

「うん。わかった。あれは? あれなぁに?」

『………』

 そんな三人の様子を離れた場所から見ている者がいた。いつものティアルカであれば気付いたかもしれないが、珍しい果物や食材を見るのに夢中になっている為、自分より先に相手に気付かれてしまったのだ。

(昨日見た魔族の娘だな。随分とはしゃいでるようだが、市場なんてそんな楽しいもんじゃないだろうに)

 サージはティアルカの死角になるような位置で、距離もある程度離れた場所から観察を続ける。昨日と違い、今日は一人の為自分で自由に行動する事が出来る。と言っても仲間に迷惑をかけるような行動は流石に出来ないが、自分と同じ魔族という事で、なんとか接触する機会はないかと考えていたのだ。

(なんかいい方法はないんかい!)

 実はなんとなく好みの娘で昨日見かけてから気になっているのだが、接触の機会は唐突に訪れた。
 少し目を離して考え事をしていただけなのに、ティアルカは匂いを嗅ぐ動作をした後サージを見つけて凝視していた。

「………いた!」

「えぇ? 見つけたの? ティアはどうやって特定してるのよ!」

 アイシャの質問に答えず魔眼を発動する。すると、すぐ両目が深紅に染まり輝きを帯びだした。
 流石にマズイと思ったサージは人混みを掻き分けて逃げ出した。姿は普通の人間に見える為、アイシャやエリーゼには見分けがつかない。しかし、ティアルカは魔眼を発動したまま追いかけ始めた。

「私に構わず追いかけて! もし合流出来ないようなら商業区画の警備兵駐屯所前で待ってる!」

 エリーゼの言葉に頷くとアイシャも追いかけ始める。しかし、魔族を追いかけるティアルカは、ハルバードを持っているにも拘わらず物凄い速さで市場を疾駆する。そして、暫くすると完全に二人の姿を見失ってしまった。

◇      ◇      ◇

(重い武器を持ってるくせに余裕で付いてきやがる。どんな身体能力してんだよ)

 振り切る事が出来ないと判断すると、行動方針を変更したサージは人のいない路地裏へと入り込んだ。そして、少し開けた場所まで来ると、ここが目的地とでも言うように逃げるのをやめ立ち止まった。

「もう追いかけっこ終わり?」

「違うだろうが! お前は遊びのつもりだったのかよ!」

 サージのツッコミには応じず、何が違うのかと不思議そうな顔をするティアルカ。

「お前も魔族だろう。同族なら俺達の邪魔をしないでほしいんだが、どうなんだ?」

 同族と言われてもティアルカはピンと来ない。そもそも同族に食べられてしまうところだったし、今では仲良くしているのが神クロノスとその眷属、更に眷属の仲間だけだからだ。

「………いいだろう。言って分からないようなら魔族の流儀でやろうじゃないか。俺が勝ったらお前は俺の下僕、お前が勝ったら……俺は逃げるってな!」

 サージは都合のいい事を言うと腰の剣を抜き放った。ティアルカは言われた事を理解しているのか分からないが、とりあえず戦いには応じる。ハルバードの先端部分を保護する厚手のカバーを外し、相手に向かって槍のような構えを取る。

「そうこなくちゃなっ。戦う前に名乗っとくぜ。俺の名前はサージだ」

「ティアルカ」

「いい名前だな」

「………」

 ティアルカはギルドでエルモアに問われた事を思い出していた。魔族同士で戦えるかと問われたが、戦う事に問題は無いとして、命のやり取りはどうなのかと自分でも疑問に思う。本当の事を言えばモンスター以外殺した事がないし、この間の盗賊にしてもそうだが、殺すまではと思い手加減した。
 今向き合っている魔族は強い。強さは伝わってくるが、それでも自分には及ばない事が直観的に分かる。魔界で戦った事がある魔族には、死の危険を感じる程の猛者が多くいたが、それに比べればどうという相手ではないのだ。では、どういった状況になれば殺す事になるのか自問すれば、自分の命などより仲間が害される時だろう。同時に、自分でもそういった仲間意識的なものが薄いかなとも思う。

「ふん…来ないならこちらから行くぜ」

 戦いが始まった。サージも最初は相手の力量を測るつもりなのか、小細工無しの素直な攻撃を連続で放つ。北街道で戦った冒険者は途中から防戦一方になったが、今戦っている相手は余裕で捌く、躱す、弾く。しかし、一向に自分から攻撃してくる様子は無かった。

「つまんねぇな。お前、それだけ強いってのになんで攻撃してこねぇんだよ?」

「無いから」

「何が無いって?」

「あなたにティアを殺す気がないから」

「ふん………」

(なんなんだこいつは! 全てお見通しってか?)

 確かに殺す気はない。そして、もしかすれば自分よりもティアルカの方が強い。それでもすべてを見透かされているようで面白くなかった。

「いいだろう……少し本気でいくぜ!」

 いきなり雰囲気が変わった。今までの測るような温い感じではない。ティアルカもそれが分かり、ハルバードの柄を握り直すと相手の目を見据えた。

「ラァァァッ」

 残像を残すような勢いで一足飛びにティアルカへ襲い掛かるサージ、先程までとは違い、本当に防戦一方に追い込まれるティアルカ、それでも攻撃が当たるという事はないが、このままでは不味いと考え、大きく後ろへ飛ぶとハルバードの石突きで石畳を割り砕いてサージの方へ飛ばす。

「痛ててててっ……このやろう!」

 少し出来た時間の余裕を使い身体のあらゆる能力を解放する。再び両目が深紅に染まると、体の表面も僅かに赤いオーラに包まれた。

(ジジィ共と同じ魔気か! ゼルも魔界出身は違うとか言ってたが、こんな小娘が使えるってのか?)

 自分に戦い方を教えてくれた魔界出身の魔族、つまりは長老と呼ばれる者達だが、色は違うが長老達の本気状態がティアルカの現在の状態に似て魔気と呼ばれていた。
 このまま突っ込んだらヤバイ気がしたが、それでも自分のスピードが勝っていると信じ突っ込んでいく。それに対し、ティアルカも低い姿勢から全身のバネを使い突っ込んだ。一合、二合と剣とハルバードがぶつかり合うが、受け流しただけのサージの手にはものすごい衝撃が走り、三合目で剣が半分ほど折れ飛んでしまった。

「くそっ!」

 距離を取る為に後ろへ飛び退くが、それに合わせティアルカも追撃を掛ける。逃げる、躱す、また飛び退く。先程までと違い、今度はサージが完全に防戦状態にされてしまう。剣が折れている為、攻撃を受け流すという選択肢はない。そして、ティアルカはニヤリと笑うと更にスピードを上げた。もう躱すだけでも困難になり、とうとう石突きを使った突きがサージの腹部にヒットした。

「ゴフッ」

 衝撃に半分体が浮いたところへ追い打ちを掛け、右脇腹を払うように柄で殴りつけると、サージは物凄い勢いで左側の壁に叩きつけられて崩れ落ちた。

「………もういい?」

「………」

 肩で激しく呼吸をしながら、腹部と右脇腹の痛みを必死に耐えるサージ。とてもではないがすぐ話せるような状態ではない。血の混じった唾を吐き捨て、やっとの思いで口から出た言葉は次のような事だった。

「こ、殺せ……弱い魔族に生きる価値はねぇ……」

「………」

 ティアルカはサージの目を見ながら首を横に振った。そして、時間を置かずに戦闘による剣戟の音を辿ってきたアイシャも合流する。

「ティア、怪我とかない? って、その赤いの何?」

 身体を包み込むような赤いオーラに私が驚きの声をあげる。しかし、ティアはずっとサージを見たまま声を発する事はなかった。

「そこにいる人間の姿をしてるのが魔族なのね?」

 ティアは何だか複雑な顔をしており、この問いかけにも首肯だけする。エリーゼがまだこないけど、おそらくこの場所での合流は難しいだろう。
 私はスキルを使ってロープを取り出し、それを使いティアと一緒になんとか拘束する。特に抵抗される事なく拘束が終わると、エリーゼに言われた通り警備隊の駐屯所前に向かった。



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現ステータス(簡易)

ティアルカ・職種(剣士)・年齢(不明)
スキル1【夢魔に近い能力を持つ】
スキル2【深紅の魔眼:能力の詳細は不明】
スキル3【魔気:身体能力強化】
 現在D級冒険者。
 魔力や身体能力が高い。
 武器は通常より丈夫で重いハルバードを使用。
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