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第三章

誰の為に(後)

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 まだ弱々しいオーラではあるが、それはゼルから見ても間違いなく魔気だった。

(馬鹿な……魔気だと? まだ纏っているオーラは弱いが間違いなくあれは魔気だ!)

 大陸育ちの退化した魔族が魔気を纏えるようになったなど聞いた事がなかった。長老達が纏う魔気と同じであれば、明らかに何かしらの能力をサージが獲得したと思っていいだろう。
 黄色の魔気、長老達の中に同じ色の魔気を纏える者がいるが、防御に関係する能力だった筈だ。まだ断定は出来ないが、ゼルは少し警戒の度合いを引き上げた。

「サージ、それは何の真似だ?」

「うるせぇ! 誰が不意打ちなんて頼んだよ。俺はこいつの足止めすればいいんじゃなかったのか?」

「ふん……排除出来るなら、後々大きな障害となる前に排除しておくほうがいいだろう。お前はまた捕まり迷惑をかけるつもりか? もういい。俺が止めを刺すからそこをどけ!」

 サージは退かなかった。

「そうか、いいだろう。どうせ駐屯所から救い出したのはミザリィに泣きつかれたのと憂さ晴らしだ。俺としてはその女ティアルカ排除のキッカケ作りにお前を利用したかっただけだからな。まあ、その傷と出血ならそんなに長くは持たんさ」

 なんとも魔族らしい考えだが、簡単に仲間を切り捨てるような考えをサージは良しとしない。そもそもが個としての能力が高い為、魔族は仲間意識が低いというのがある。同じメトで生まれ育ったというだけで仲間では無いというのだろうか。
 二人は暫し睨み合いをするが、出血が多いので負傷したティアルカの様子も気になる。ここまでやる所を見ると、ゼルはティアルカを大きな脅威と見なしているのだろう。ここで仕留めるつもりなのか、睨み合いが終わると武器を構え攻撃モーションに入った。

「サージ……どけて……」

「いいから大人しくしとけ!」

 ブージェングの怖さは何度も見て嫌というほど分かっている。動きながら一人で戦えるならまだしも、ティアルカを庇いながら戦う事などできるはずがない。それでも、ティアルカをこのまま死なせてしまう事は出来ない。確かに私情で動いている。自分でも不思議だが、最初は強さに憧れているだけだと思っていたのに、もっと別な特別な思いであったと今更気づいたのだ。
 その思いはサージに更に変化をもたらした。薄っすらと纏っていた魔気は少し強さを増し、ティアルカを隠すようにしゃがみ込む事で防御範囲を最小限にする。遠慮なく放たれたブージェングの一撃は、サージ諸共ティアルカを殺さんとする必殺の一撃であった筈だが、直接体に当たったというのに浅く皮膚を切り裂いただけで弾け飛んでしまった。

「なにっ!」

「へっ……簡単に殺られてやるかよ!」

(やはり魔気による防御系のスキルが発動しているな……どうするか……)

 ゼルが次の行動を思考していると、唐突に左の方で物凄い殺気が湧き上がった。不味い、瞬時に判断すると同時に後方へ回避行動を取ると、先程まで自分が居た場所を衝撃波が襲い跡形もなく吹き飛ばしてしまった。

「アナタ達、ティアに何をしたの?」

 アイシャだった。顔は怒りで鬼の形相となり、サージを一度見たあとはゼルに視線を固定する。状況からサージが敵ではないと判断すると、次の一撃を放つべく武器を構え直した。

「絶対に許さない……」

 アイシャが攻撃をしようとすると、サージが攻撃を遮るように前に出てきた。

「邪魔だからどいて!」

「お前にゼルの相手は無理だ。あんたはティアルカの治療をしてくれ。出血が多い、手遅れにならないうちに……頼む」

 サージの言葉にティアルカの方を見ると、アイシャはゼルをもう一度睨んでから武器をおろした。

「………わかったわ」

 アイシャは急ぎティアルカに駆け寄りしゃがみ込んだ。

「アイ…シャ……ゴホゴホッ」

「喋らないでじっとしてて」

 片膝をつくティアルカの足元には大きな血溜まりができていた。ゆっくり寝かせ、『時に忘れられた世界』から高給ポーションを取り出しティアルカの負傷部位に振りかける。これで一安心と溜息をつくが、一度塞がった傷がまた開くと血が溢れ出してきてしまった。

「なんで!? どうして治癒しないの?」

「あの武器は一定のダメージを負わせると治癒を阻害する追加効果を相手に与える……たぶんそれが発動してる」

「なんですって!! じゃあどうすればいいのよ」

「俺にもわかんねぇ」

 前回の戦闘でティアルカが負傷した時はきちんと治癒したのだ。おそらくそこに今回のダメージが合算された為に効果が発動したのだろう。
 エリーゼの治癒魔法や解除魔法ならなんとかなるかもしれないが、出血が多すぎる。既にティアルカの顔面は蒼白であり、時間の猶予があまりない事がアイシャにもわかる。

(考えろ、何か手は……治癒の涙なら…今は簡単に泣ける気がしない……それならどうすれば……)

 信用している訳ではないが、ゼルの事はサージが任せろといった。今は睨み合ったまま動かず治療する時間があるというのに、有効な治療手段が思いつかない為時間だけが過ぎていく。そう、ゼルは無理に動く必要が無いのだ。ただ待つだけでもティアルカの命は削られて行くのだから。

「フハハハハッ もうじきその女の命も尽きるだろう。さて、最後まで見届けたい所だが俺にも次の予定があるのでな。まあ、これからこの国がどうなっていくのか楽しみに待っているがいい。そしてサージ、お前も今日から敵だ」

「………」

 今のティアルカの様子からもう助からないと判断したのだろう。そう言い残すとゼルは建物から飛び降り姿を消した。
 実際出血量が多く止血すら出来ていないのだ。このままでは本当にティアルカが死んでしまう。アイシャは考えに考え、一つだけ試せる事を思いつくと、腰の短剣を抜き自分の左腕に深々と突き立てた。

「おい? お前何やってんだ?」

「うるさい黙ってて!! うぐぅぅっあああああぁぁっ」

  そのまま短剣を突き通してしまうと大きく切り裂く。その傷口から血が溢れ出てくると、それをティアルカの負傷部位に滴らせ始めた。

「まっててティア、今助けるから! お願いこれで治って!」

「ア…イ…シャ……」

 ティアルカは蚊の鳴くような声で話し終えると意識を失ってしまった。

「ティア!」

 傷が再生しないように短剣を突き通したまま血を滴らせる事数十秒ほど、効果があったのかティアルカの負傷部位の血を拭い取ってみる。すると、傷はすっかり塞がり綺麗な状態になっていた。

「やった! やったわ! 治ってる」

「お前……いったい何者なんだ?」

 問い掛けを無視してティアルカを抱きしめると、アイシャはやっとサージのほうへ顔を向けた。そして、サージも見た。短剣を抜いた後にアイシャの傷が何事も無かったように治ってしまったのを。

「!?………なっ!」

「一体どうしてこんな事になってるの?」

「俺とティアルカが戦ってる時、ゼルが不意打ちしたんだ。俺は正々堂々と戦って……それをゼルが……すまない………」

「あなた……」

◇      ◇      ◇

 一方、ティアルカが心配だといって追いかけたアイシャとは別行動で、エリーゼとグランツは貴族が借り上げているという屋敷の門まで来ていた。見かけは古いが、いかにも貴族らしい大きな屋敷は、周囲をぐるりと周ったり、グランツが外から気配を探っても誰も居ないようである。

「仕方ないわね。アイシャ達と合流しましょうか」

 勝手に忍び込む事も出来ず、二人が屋敷の前を去ろうとした時だった。路地からアイシャと血塗れのティアルカを抱きかかえたサージが姿を見せた。

「エリーゼ……うっ…うえぇ~ん」

「ま、まさかティアルカ……」

 最悪の事態がエリーゼの頭を過り、急ぎティアルカのもとへ駆け寄ると、口に顔を近付けながら胸に手を当てる。心臓の鼓動と呼吸を感じ取る事ができると、ヘナヘナと座り込みながら大きく安堵の溜息を吐いた。

「良かった……生きてるじゃない」

「一人で行かせるんじゃなかった。私が最初から一緒に行ってればよかったのよ……そうすれば……」

 アイシャも座り込むと大声で泣き出してしまった。

「ところでティアルカを抱きかかえてる魔族は誰なんだ?」

 グランツの問い掛けにサージが力無く答える。

「俺はサージだ。全部俺が悪い……それでいい」

 サージはグランツにティアルカを渡すと、好きにしてくれとでもいうように座り込んでしまった。

「煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「おいおい、皆こんな所に座り込むなよ。とりあえず何処か話せる場所に行こう。そうだな、サージの武器だけ預かるとしようか」

 サージは特に抵抗する事なく武装解除を受け入れ、移動中も力なくアイシャとエリーゼに挟まれ歩いてくる。
 その間、やはりティアルカの事が気になるのだろう、たまに後ろを振り返っては様子をうかがっている。だが、余程消耗したのか一向に起きる気配はなかった。
 十五分ほど歩いただろうか、『マルク』の近くまで来るとティアルカが薄っすらと目を開けた。しかし、まだ怠いのか体に力が入らないようだ。そのままグランツに抱かれたまま『マルク』へ着くと、店長に個室を用意してもらいそこへ落ち着いた。

「さて、それではいろいろ聞かせてもらおうかしら?」

 エリーゼとグランツは聞き役にまわり、他の三人が先程あった事を話す。その内容を短くまとめれば次のような事だった。
 まずサージの存在を感じ取ったティアルカがその場所に行き、戦闘しているとゼルという魔族の不意打ちを受けティアルカが負傷、サージがティアルカを護っているところにアイシャが合流。ゼルは逃げ、ポーションでは治癒できない傷をアイシャがなんとか治癒したのだという。

「で、サージといったか、お前はなぜティアルカを庇ったんだ?」

「わかんねぇけど死なせられねぇって思った。まぁ、勢いだったとはいえ、ティアルカを庇った俺は裏切者としてメトの魔族から追われる身だ。それに、もう仲間を仲間と思わないようなヤツの下で戦うのは嫌になった。冒険者を一人殺した罪が消える訳じゃねえが、もうどうでもよくなっちまったよ……さっき言った通り煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「なるほどな。だが、お前は王都でやってる内容を聞いてないんだろ?」

「俺は馬鹿だから何も教えてくれないし、ただの戦闘要員として連れてきたんだろうさ」

 王都に来る途中冒険者を襲撃して殺したという罪は消えないが、ここまで素直になられるとなんとも扱いに困ってしまう。

「最後に一つだけ聞こう。他の奴らの行方を知ってるか?」

「大分前に王都を出てるはずだ。メトに向かったか、王都の外に協力者が用意してくれた隠れ家があるからそこに行ったのかもしれねえ」

「随分正直に話すじゃないか。するとさっき俺とエリーゼが行った館は空振りか?」

「ああ……あそこは確かにアジトとして使ってた。その……あんたはS級冒険者だろ? 俺が言えた義理じゃねえけど、出来ればミザリィって女の魔族は殺さないでほしい……俺と同じで大した事知らないし、幻影魔法が得意ってだけで連れてこられたんだ」

「ふむ……まあ善処しよう。よし、サージの事は俺が預かる。エリーゼはエルモアに報告しに行ってくれ。逃げた魔族の事は俺がなんとか手を打つから夕方ギルドの酒場で落ち合おう」

 ここからは二手に別れて別行動となり、アイシャ達は報告の為に冒険者ギルドへ向かった。グランツは何やら別件でもいろいろ動いているようだが、協力者の存在といい、魔族はそれにも関係しているのかもしれない。
 この騒動はまだ完全な終わりを見ていない。むしろこれからが始まりなのかもしれないのだ。ゼルが去り際に残した言葉からの推測にはなるが、ただ物見遊山で王都へ来た訳では無い筈だ。捕らえる事が出来れば吐かせる事も出来るが、もし捕らえる事がで出来なかった場合はどうなってしまうのだろうか。アイシャは何か良からぬ事が起こるような予感がしてならなかった。
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