空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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ヌワラエリヤ・バッドボーイズ 3

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退路は滝。

ここに突き落とされたら、まず命はありません。

そして私は滝登りに体力を使い果たしています。

しかし目の前にはまだまだ元気な3人の若者プラス刃物1丁。

私は万が一、ガイドボーイのいうように危険な状況になったとしても、まさかわずかばかりの金を奪うのに人殺しまではすまいと踏んでいました。

なので、いざという時は抵抗はせず金を渡そうと、ポケットにスリランカ・ルピーの紙幣をいくらか用意していたのです。

日本円やパスポートなど貴重品は宿の部屋に隠しているので、多少の金を与えてもそれほど問題はありません。

刃物を持ったメンクラがゆっくりと私の方に近づいてきます。

無口な彼の声を、もしかしたらこのとき初めて聞いたかもしれません。

「トミー、お前、金持ってるか?」

私はポケットから一掴みのクシャクシャになった紙幣の束をつかみ出しました。

小額紙幣がほとんどですが、それでも2000ルピー近くはあったと思います。

その紙幣の束をメンクラに差し出します。

メンクラはクスッと笑い声をたてました。

「トミー、そんな大金はいらないよ。材料費だけだから」

・・・え、材料費?

「そうだな。これだけ貰っとく」

メンクラはそう言うと、差し出された紙幣の束から50ルピー札を一枚抜き取りました。

「さあトミー疲れたろ?すぐにランチの準備をするから、しばらく休んでいてくれ」

メンクラはバッグから数個の紫色の玉ねぎを取り出しました。

・・・あ、そういうことね・・・

さて、それからメンクラは大きな刃物を使って、器用に玉ねぎをみじん切りにします。

「彼は料理の名人なんだよ。ほんとうに美味いから期待しといてよ」

マイケルが言います。

メンクラは細かく刻んだ玉ねぎ、缶詰の魚のフレーク、ココナッツフレーク、トウガラシの粉やほかのスパイス、塩など調味料をビニール袋に放り込み、それをグチャグチャと揉みこみます。

こうして、ディップ状のサンボルが出来上がりました。

ここはまだ滝の水源ではありませんが、滝に流れ込む川があります。

透明度の高い清らかな水流です。

その川岸の岩に腰かけてのランチタイムです。

メンクラは全員にパウロティ(食パン)を配り、それを皿がわりにサンボルを盛りつけます。

私は彼らを疑ったことを少し恥じていましたが・・・でもいきなり抜き身の刃物を見せられちゃな。。

「さあトミー、食べてみな」

マイケルに促されて、一口パンごと齧り付きます。

・・・美味い!

複雑な味わいですが、すべての味のバランスが絶妙で洗練されています。

野趣あふれる料理のようで、計算し尽された味です。

メンクラが料理の名人というのは確かなようです・・・しかし。

「うわっ!辛い!!」

少し遅れて口の中に火が着いたような辛味が襲ってきました。

辛いといわれるスリランカ料理の中でも、これまで食べた最強レベルの辛さです。

3人は声を立てて爆笑しています。

「トミー、ここの水は飲めるからな、水を飲めよ」

ボブが言います。

私はあわてて川の水をガブ飲みしますが、辛味はまったく鎮まりません。

しかし幸いなことに私は辛さに対する耐性はかなり強い方です。

そのうち辛味にも慣れ、食事を楽しめるようになりました。

サンボルを頬張りながらボブがあたりを指さします。

「トミー、どうだ。この景色を見てみろよ」

眼下に広がるのは広大なヌワラエリヤの茶畑です。

ここで文字ではとても言い表せない。

まさに絶景です。

「すごいなあ・・こんな美しい景色、スリランカに来て初めて見たよ」

文化三角地帯を旅した私ですが、今でもスリランカでいちばん思い出に残っている景色です。

「なあ、これを見るために苦労して滝を登った甲斐があるだろ?」

まさに。今までの疲れが吹き飛ぶような景色です。

・・と言ってもまだ疲れてるんだけど。

ランチの後は、みんなで川で水浴びです。

単なる水遊びではなく、石鹸を泡立てて体をゴシゴシと洗うのです。

タイでもそうですが、よく言われる熱帯の人が風呂に入らないというのは単にバスタブに入らないという意味で、彼らは体の清潔を保つことに関しては私たち日本人以上に熱心です。

一日に何度でも体を洗います。

「さあ、疲れが取れたら次はティーファクトリーに行くぞ」

ボブが号令をかけます。

紅茶工場の見学に行くのかな?こいつら意外に健康的なバッドボーイズだな。
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