魔女達に愛を

リーゼスリエ

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カテリーナ編③激突

崩れ落ちる真実の魔女

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フミッセは敗北を認めた――たしかに、言葉ではそう言った。

 だが、その目はまだ戦いを終える気がなかった。

 悔しさ、怒り、そして“自分自身への否定”。
 その混ざりあった感情が、彼女の拳を震わせ、まるで何かを断ち切るように健司へ突き出した。

 だが――。

 ガッ。

 拳が健司の顔面に届く直前で、完璧に止められた。

「……やめて、フミッセ」

 その細い腕の持ち主は――リーネだった。

 普段は天真爛漫で、どこか幼さすら感じる魔女。
 だが、今のリーネは違った。

 目が鋭く、まるで獣のようにフミッセを睨んでいた。
 怒っているのではない。
 “守ろうとしている”のだと、健司には分かった。

「リーネ……離して」

「離さない。これ以上は“あなたが”後悔するから」

 フミッセの拳は震えていた。
 本当は、もう殴る気などなかったのだろう。
 ただ感情の行き場がなくて、拳を振り上げてしまっただけ。

 健司はそんな二人を見て、ゆっくりと言葉を発した。

「ありがとう、リーネ」

 リーネは振り向き、微笑んだ。
 だがその微笑みは、どこか引きつっていた。
 それだけフミッセの感情が痛かったのだろう。

 健司はそのまま、フミッセへ視線を向けた。

「フミッセさん、あなた……
 認めてしまったら、罪悪感が生まれるからでしょう?」

「……罪悪感、だと?」

「そう。今言っていた“克服した”という言葉、嘘ではないと思う。
 でもそれは――あなた自身のトラウマの話じゃない」

「何を……言っている?」

 フミッセの声は低く、震えていた。

「あなたが恐れていたのは、
 自分が負けたら、他の野蛮な魔女の幹部たちが“無意味な戦い”をしてきたことになるのが怖かったから。
 それが……“本当の罪悪感”なんじゃないですか?」

 その瞬間。

 フミッセの表情が止まった。

 怒りの熱が、一気に引いた。
 代わりに湧き上がったのは――理解されたことへの救いと、逃げ場のない現実。

「……だからだよ。あなたを脅威と言っているのは」

 フミッセはポツリと呟き、そして堪えていた涙をこぼした。

「私は……仲間を裏切りたくなかったんだ……」

 その言葉を聞き、後ろで見ていたフルネ、メルガ、ブラッドレインたちの顔に、深い影が落ちた。

 彼女たちもまた、同じ気持ちだった。
 “負けたら、自分の生き方を否定してしまう”
 そう思っていたのだ。

 エルネアは息を整えながら、フミッセを見た。

「フミッセ……あなたは間違っていない。ただ、背負いすぎてる」

「……エルネア……」

 フミッセは悔しさと安堵の混じった涙を流したまま、視線を落とした。


 その時、ラグナが静かに歩み寄った。

「エルネア」

 エルネアは一瞬だけ緊張した。
 雷の一族という言葉に触れられた以上、避けられない会話だ。

「さっきの話……雷の一族を知っていると言っていたな」

「……知っている。いや……
 “支配していた町にいただけ”だよ」

 エルネアは淡々と言ったが、その言葉には深い痛みが混ざっていた。

 雷の一族は恐れられ、迫害され、孤立した存在。
 その町を“支配していた”というのは、エルネアが彼らと敵対していたという意味ではない。

 むしろ――彼女が彼らと一緒に暮らしていた、ということだった。

「そうか。……大変だったな」

 ラグナのその声は、普段の冷たさが抜け落ちていた。

 仲間を失った者。
 居場所を奪われた者。
 雷の一族の最後の生き残りのひとりであるラグナには、エルネアの痛みが理解できたのだろう。

 エルネアは一度だけ微笑んだ。

「ありがとう、ラグナ」


 その静寂の中、セイラだけが別方向を見ていた。

 遥か彼方――その後方から、微かに強大な魔力の波が押し寄せてくる。

(この魔力……あの魔女が……来ているのか)

「セイラ様、どうしましたか?」

 ルネイアが声をかける。

 セイラは目を細め、低く言った。

「この後、どんなことがあっても――冷静に動け」

 その声に、ルネイアとアカレイは思わず顔を見合わせた。

「そんな……誰が来ているんですか?」

「まだ言えない。だが……この戦いは“終わりの始まり”だ」

 その意味は誰にも理解できなかった。
 ただ、セイラの気配だけがいつになく重かった。


 一方その頃。

 戦場から遥か後方。
 目立たぬ丘の影に、ふたりの魔女が佇んでいた。

 1人は黒いローブをまとい、規律そのもののような気配を放つ魔女。
 秩序の魔女――エルフェリア。

 もう1人は、無邪気な笑みを浮かべながら何かを観察している少女。

「秩序の魔女様、来てたんですね」

 少女が軽く肩を揺らして言った。

「面白いからな。結果は分かっているが、過程というものも悪くない」

「結果……ですか」

「そうだ。健司は勝つよ」

 少女は少し驚いたように目を瞬いた。

「でも、セイラがいますよ? 負けるとは思えません」

「あれは負ける。あの子は一度も、“自分以外の誰かを認めたことがない”。
 だから……健司のような魔力の持ち主には、いずれ勝てない」

 風が吹き、エルフェリアの長い髪が揺れた。

「それに――見てみろ。健司のまわりを」

 ルメは視線を向け、軽く笑った。

「アナスタシア、ラグナ……トップクラスが2人も。すごいよね」

「それだけではない」

 エルフェリアが顎をしゃくった。

 木陰。
 隠れるようにして、しかし確かな魔力を放つ二つの影があった。

「……ルメと、カルナだね」

「模倣の魔女と、炎の女王。
 あの2人が完全に味方している時点で、セイラの勝ち目は薄い」

「やっぱり恐ろしいね……健司の“周囲”」

 エルフェリアはわずかに微笑した。

「健司はまだ自覚していないが……彼は魔女たちの心を変えてしまう。
 そして――心が変わった魔女は、強くなる。異常なほどに」

 少女は頷いた。

「精神は、もうとっくにセイラより強いね」

「だから言っただろう。
 健司は勝つ。もう決まっていることだ」

 エルフェリアは、まるで未来を見通しているように呟いた。
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