条攴大学付属中学高等学校

うりぼう

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最終章

11

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※萩野視点



また見てしまった。
いつものように部活に励んでいる時にふと感じる視線。
いつもの山下がいる定位置じゃない。
二階の観覧席からだ。
そこにいるのは山下だけじゃない。

(……相澤)

俺が気付いている事に山下は気付いていない。
いつもだったら確実に気付いてこちらが恥ずかしくなるくらいに大声で名を呼び大きく手を振ってくれていたはずだ。

山下の肩には相澤の手。
何を話しているのか当然聞こえないが、どこか気を許したような雰囲気。
誰よりも親しそうに見える。

(っ、何だこれ)

途端に痛む胸。
ぎゅうっと締め付けられ張り裂けそうに痛い。

「萩野!ぼーっとすんな!」
「あ、悪い!」

二人から目を離せずにいると、同級生から喝を入れられる。
ハッとしてすぐに意識を戻し、次に視線を戻すとそこにはもう誰もいなかった。








もやもやとした気持ちを抱えたまま部活を終え、重い足取りで寮に戻る。

(……ん?)

何やら部屋の中が騒がしい。

「ったく、心配させやがって!」
「いってー!」

(この声、まさか……)

ドアを隔てていてもはっきりと聞こえてくる声。

はやる気持ちを抑え、ドアを開く。
そこには佐倉と、案の定山下の姿があった。

「いったいんですけど!?本気で殴っただろ!?」
「うるせえ自業自得だ!」
「久しぶりの我が家なんだからもっと優しく迎えてよ!!」
「無断外泊してた奴に何で優しくしないといけないんだよ!」
「うっ、ひ、久しぶりの我が家なのに……!」
「家じゃねえだろ」
「そんな冷静な突っ込みしないでえええ!!」

殴られただろう頭を押さえてわめく山下。
それに再び拳を握り今にも振り上げようとしている佐倉。
ぎゃあぎゃあと賑やかに騒いでいる二人の姿はいつも通り、今まで通りの光景だ。

思わずじっと見つめていると、気配に気付いた山下がこっちを向いた。

「あ……」

一瞬、息が詰まる。
音が何も聞こえなくなる。
隣に佐倉がいるのに山下の姿しか見えない。

「先輩」
「……っ」

俺を見た瞬間、ふわりとした笑みを浮かべる山下。
男子高校生にこう表現するのはおかしいが、まるで花が綻ぶような笑顔。

その笑顔に、俺は自分の気持ちをはっきりと自覚した。
信じられない事に、俺は、なんとこの変態で毎日セクハラ三昧のこのやっかいな後輩の事を好きになってしまっていたらしい。


(萩野視点終わり)












一樹が部屋に戻ってきてから数日、すっかりといつもの日常が戻ってきた。

「せーんぱい!おはようございます!」
「っだああああ!だから抱き着くなって!!」
「だってだってこの胸板久しぶりなんですもんんん!!!はあああ相変わらず逞しくて素敵!最高!」
「……っ」

ぎゅうっと抱き着くばかりかすりすりと頬擦りをしてさらにはちゃっかり胸の筋肉を揉んでしまう一樹。
あんなに避けて避けられ沈んで悩んでいたのは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
萩野も自分が避け続けた事がバカバカしくなり、今では元通りに接している。

「程々にしとけよ山下」
「わかってるって」

佐倉からの注意に一応素直に頷く。

「ほら、いい加減離れろって、準備出来ないから」
「はーい。じゃあ最後に」
「っ!!」

力任せに抱き着くのではなく、ほんの少しだけ腕に力を込めてあっさりと引き下がる。
佐倉に殴られる、または萩野に力任せに引き剥がされるまで抱き着いて離れなかった頃と比べると大した進歩である。
このほんの少しの違いが萩野の心に少しだけ響いてたりもするのだが、一樹がそれに気付き計算しているのかどうかはわからない。
わからないが、一樹にそんな事を計算する頭はきっとない。

「先輩、大好きです」
「っ、あ、ああ、うん」

臆面もなく好きだと告げると萩野の頬にうっすらと紅が差す。

(はああああかんっっわいい!!何その反応何その顔すっげえ色っぽいんですけどはああああやべえうっかりオレの息子が元気になっちゃいそうだよほんっっとかわいいな先輩!!!もうちょっとくらいくっついてもいいかな?最後とかかっこつけるんじゃなかったちくしょー!!)

「……何か、寒気がするんだけど」
「そりゃこんなでっかい生霊つけてたら寒気の一つもするだろ」
「ああ、そっか」

一樹を指さしさらりと告げる佐倉に素直に納得する萩野。
かなり酷い対応だがそれもこの三人のいつも通りと言えばいつも通りだ。

萩野としては、気持ちを自覚したものの男同士だからとまだ素直になりきれていない所がある。
一樹からの接触も告白も、全力で拒否出来た以前とは違い、どこか躊躇ってしまっているようだ。

萩野の態度がぎこちない事に気付いてはいるが、それを詮索しない佐倉。
二人には二人のタイミングがあるし、一樹が無理強いするはずないとわかっている。
萩野が一樹を意識するのは完全に予想外だったが、男同士だというのは特に気にしていないようだ。

一樹も、今は急ぐべきではないと本能で察している。
萩野の気持ちが少しずつ自分に向いているのは間違いない。
それならば、いつかは素直になってくれるに違いないのだからゆっくり待とう。
幸いにも時間はたっぷりある。

ある、のだが。









「やっぱりさああああ先輩がかわいすぎるんだけどこれ以上どう自分を抑えたら良いと思う!?もう我慢出来ないんだけどー!!」
『……あのさ、いきなり叫ばれても耳痛いだけなんだけど』

やはり気持ちは抑えきれず、その溢れんばかりの想いを電話の向こう側、弟の二葉へとぶつけていた。

「ごめんごめん、つい気持ちが昂っちゃって」
『別に良いけど』
「でもさ、でもさ、本当にかわいいんだって!前は抱き着いただけでぶん投げられてたんだけど、最近は抵抗もないしさあ、しかもちょっとほっぺ赤くなっちゃったりして!」
『はいはい、良かったねー』
「ちゃんと聞いてよ!」
『……ていうか、その先輩本当に兄ちゃんの事好きなの?片思いにしか聞こえないんだけど』
「それは間違いない!」
『うわ、言い切った』
「だって絶対だし!オレのこういう時の勘が外れないの二葉も知ってんだろー?」
『まあ、それはそうだけど』

不思議と、一樹は自分に好意を抱いている人間を嗅ぎ分ける能力が高い。
だったら好かれている相手にのみちょっかいを出せば良いものを、一樹は面白がってわざと嫌がっている相手にもちょっかいをかけるからタチが悪い。

「待ってろよ二葉!カッコイイお嫁さん連れて帰るからな!」
『気が早い』

二葉の呆れたような声には気付きつつも、一樹はそれから小一時間萩野の可愛さを語り続けた。

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