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「ねぇ、また女優さんと撮られたの?」
スマホの画面を突きつける。そこには冬夜くんと女優が並んで歩いている写真。
「……ごめんって。ご飯に誘われて、断れなくて」
彼は小さく頭を下げた。その姿に胸がざわつく。
「何それ。二人きりとか、もう浮気じゃん」
「事前に連絡しただろう?」
落ち着いた声。でもその冷静さが余計に僕を苛立たせる。
「そうだけどさ…。今後の仕事に関わるって言われたら、こっちも“やめろ”なんて強く言えないじゃん」
「……ごめん」
「……僕のことなんかもうどうでもいいんでしょ!!??」
「違う!」
吐き出した瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。ああ、またやってしまった。
——僕は本当にダメな彼氏だ。
僕の名前は嫉野深緒。名前からして嫉妬深い。実際、性格もそのまんまだ。
顔は平凡。鏡を見るたびに落ち込む。何の取り柄も特技もない。ただ嫉妬深くて、恋人を困らせるだけ。
……そんな自分が、大嫌いだ。
1年前、大好きな幼馴染の神永冬夜こと冬夜くんと、奇跡的に付き合うことになった。
昔から片思いしていた相手。冬夜くんはとにかくモテて、いつも違う子と一緒にいた。
嫉妬でどうにかなりそうで、思わず告白した。どうせフラれると思ったのに、返ってきた答えは「いいよ」。
嬉しさよりも衝撃が勝った。
それからの交際は——順調、なんて言えない。
冬夜くんは人との繋がりが広くて、今日みたいなことが度々起こる。
僕は女の人にも男の人にも嫉妬する。だって冬夜くんは、どちらも恋愛対象にできるから。
「ねぇ、もう嫌だ。お仕事やめて、ずっと家にいてよ」
縋るように言った声は、自分でもみじめに聞こえた。
「無理に決まってるだろう?生活があるんだから。それに仕事は楽しいし」
困ったような彼の声。ああ、また困らせてる。
「……僕ばっかり好きで……ああもう!!!いい!!帰る!!」
これ以上ここにいたら、また八つ当たりしてしまう。
「……またね」
短い返事。引き留めてくれもしない。やっぱり僕なんか、いなくてもいいんだ。
帰宅した部屋は暗くて、冷たい。静けさに耐えられず、泣きそうになる。
せめて夕飯くらい一緒に食べて帰ればよかった。だけどあのまま隣にいたら、きっとまた彼を責めてしまう。
……そんな自分が嫌で、余計に涙が滲んだ。
「……はぁ、」
おやすみLINEに既読もつかない。胸の奥がじわじわ冷えていく。最悪だ。
嫌われたんじゃないか。もう見放されたんじゃないか。考えれば考えるほど、眠れなくなる。
「……もしもし」
結局、指が勝手に電話帳を開いた。こういう時に頼れるのは、決まってこの人。
冬夜くんとは面識のない、中学からの同級生で、僕の唯一の友達であり、親友の夏樹だ。
『こんな夜になんだ?……どーせ彼氏さんの話だろうけど』
受話口から聞こえる、いつも通りの呆れ声。その適度な雑さに、少しだけ心が落ち着く。
「ごめん……。またやっちゃって……」
ぽつりと事情を話すと、夏樹は即答した。
『はいはい。またメンヘラ彼女ムーブね。熱愛報道出たあたりで気づいたよ』
からかうように言いながらも、なんやかんやで真面目に聞いてくれる。
ほんと僕にはもったいないくらい、いい友達だ。
「……このままだと、振られちゃうかなぁ」
泣きそうな声で漏らす。
『むしろ振られてない現状に驚きだよ。交友関係の過剰な制限に、定期的なヒステリー。俺なら3日で別れるね』
ズバッと切られて、胸に突き刺さる。
こいつは昔からオブラートという言葉を知らない。
「……別れたくない……」
必死に声を絞り出した。
『なら控えることだな。うまいものでも食え』
正論すぎて何も言えない。僕はストレスでよく過食して、太って後悔するのがオチだ。
「……他に、どうやったら控えられる?」
長年こんな性格で生きてきた。すぐには変えられない。
受話口の向こうで、夏樹が少し黙り込む。やがて、真剣な声が落ちてきた。
『……筋トレだ』
「え?」
意味がわからず間抜けな声が出る。
「自分に自信がないからいけないんだ。筋トレで自信をつけろ」
一理ある。いや、かなりあるかもしれない。
「……僕、筋肉つきづらい体質なんだけど……」
僕は小さくて、ひょろひょろだ。女性ウケも男性ウケも悪いタイプ。
なぜか冬夜くんだけは「可愛い」って言ってくれるけど……。
『要するに自分磨きをしろってことだ。あと趣味作れ。お前、趣味ないだろ』
またグサッときた。図星だ。僕の趣味なんて、ほぼ=冬夜くん。
「……わかった!両方やってみる!」
絶対に振られたくない。その一心で、無理やり声に力を込める。
こうして僕の、〈別れない大作戦〉が始まった。
筋トレを始めて、数週間。
正直、鏡の前に立っても、腹筋が割れる気配なんてない。
腕も細いまま。胸板だってペラペラだ。
——でも、不思議と、前より身体が軽い。
階段を上っても息が切れにくくなったし、朝はアラームが鳴る前に目が覚める。背筋を伸ばして歩くのが、少し心地いい。
「……僕、体力ついたな」
ぽつりと独り言が漏れる。
誰に聞かせるわけでもないその声に、ほんの少しの達成感が混じっていた。
その小さな火種が、心の奥でじんわりと燃え広がっていく。
それから僕は、鏡の前で笑顔を練習するようになった。
最初はぎこちなくて、顔が引きつるばかりだった。
でも、不思議なもので「笑おう」と意識すると、ふとした瞬間に自然に笑えるようになる。
声も少しだけ明るく出すよう心がけた。
すると会社で、今まで挨拶程度だった人が「一緒にご飯食べよう」と声をかけてくれるようになった。気づけば、輪の中に自分の居場所ができていた。
「……あれ、僕、意外とやれるじゃん」
ずっと「僕は暗い」「僕は重い」と思い込んでいた。
けれど、その殻は案外簡単にひびが入った。
自分が決めつけていただけで、外の世界は思ったより柔らかく、受け入れてくれる。
そして、もう一つの変化。
趣味として始めた園芸が、思いのほか性に合っていた。
最初は小さな鉢植えからだったのに、気づけばベランダはプランターでいっぱいだ。
土に触れると、心が静かになる。芽が出ると嬉しくて、葉が増えると誇らしい。水をあげるたびに「生きてるんだ」と実感できて、不思議と自分も生き生きする。
確かに、僕は嫉妬深い。すぐに性格は変えられない。
死にたいとか言っちゃったり、すぐヒステリー起こしたりする日もある。
でも、嫉妬や束縛の回数もだんだん減ってきた。
筋トレでついた体力も、笑顔を作る練習も、芽吹く緑も——全部が僕に「変われる」と教えてくれる。
スマホの画面を突きつける。そこには冬夜くんと女優が並んで歩いている写真。
「……ごめんって。ご飯に誘われて、断れなくて」
彼は小さく頭を下げた。その姿に胸がざわつく。
「何それ。二人きりとか、もう浮気じゃん」
「事前に連絡しただろう?」
落ち着いた声。でもその冷静さが余計に僕を苛立たせる。
「そうだけどさ…。今後の仕事に関わるって言われたら、こっちも“やめろ”なんて強く言えないじゃん」
「……ごめん」
「……僕のことなんかもうどうでもいいんでしょ!!??」
「違う!」
吐き出した瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。ああ、またやってしまった。
——僕は本当にダメな彼氏だ。
僕の名前は嫉野深緒。名前からして嫉妬深い。実際、性格もそのまんまだ。
顔は平凡。鏡を見るたびに落ち込む。何の取り柄も特技もない。ただ嫉妬深くて、恋人を困らせるだけ。
……そんな自分が、大嫌いだ。
1年前、大好きな幼馴染の神永冬夜こと冬夜くんと、奇跡的に付き合うことになった。
昔から片思いしていた相手。冬夜くんはとにかくモテて、いつも違う子と一緒にいた。
嫉妬でどうにかなりそうで、思わず告白した。どうせフラれると思ったのに、返ってきた答えは「いいよ」。
嬉しさよりも衝撃が勝った。
それからの交際は——順調、なんて言えない。
冬夜くんは人との繋がりが広くて、今日みたいなことが度々起こる。
僕は女の人にも男の人にも嫉妬する。だって冬夜くんは、どちらも恋愛対象にできるから。
「ねぇ、もう嫌だ。お仕事やめて、ずっと家にいてよ」
縋るように言った声は、自分でもみじめに聞こえた。
「無理に決まってるだろう?生活があるんだから。それに仕事は楽しいし」
困ったような彼の声。ああ、また困らせてる。
「……僕ばっかり好きで……ああもう!!!いい!!帰る!!」
これ以上ここにいたら、また八つ当たりしてしまう。
「……またね」
短い返事。引き留めてくれもしない。やっぱり僕なんか、いなくてもいいんだ。
帰宅した部屋は暗くて、冷たい。静けさに耐えられず、泣きそうになる。
せめて夕飯くらい一緒に食べて帰ればよかった。だけどあのまま隣にいたら、きっとまた彼を責めてしまう。
……そんな自分が嫌で、余計に涙が滲んだ。
「……はぁ、」
おやすみLINEに既読もつかない。胸の奥がじわじわ冷えていく。最悪だ。
嫌われたんじゃないか。もう見放されたんじゃないか。考えれば考えるほど、眠れなくなる。
「……もしもし」
結局、指が勝手に電話帳を開いた。こういう時に頼れるのは、決まってこの人。
冬夜くんとは面識のない、中学からの同級生で、僕の唯一の友達であり、親友の夏樹だ。
『こんな夜になんだ?……どーせ彼氏さんの話だろうけど』
受話口から聞こえる、いつも通りの呆れ声。その適度な雑さに、少しだけ心が落ち着く。
「ごめん……。またやっちゃって……」
ぽつりと事情を話すと、夏樹は即答した。
『はいはい。またメンヘラ彼女ムーブね。熱愛報道出たあたりで気づいたよ』
からかうように言いながらも、なんやかんやで真面目に聞いてくれる。
ほんと僕にはもったいないくらい、いい友達だ。
「……このままだと、振られちゃうかなぁ」
泣きそうな声で漏らす。
『むしろ振られてない現状に驚きだよ。交友関係の過剰な制限に、定期的なヒステリー。俺なら3日で別れるね』
ズバッと切られて、胸に突き刺さる。
こいつは昔からオブラートという言葉を知らない。
「……別れたくない……」
必死に声を絞り出した。
『なら控えることだな。うまいものでも食え』
正論すぎて何も言えない。僕はストレスでよく過食して、太って後悔するのがオチだ。
「……他に、どうやったら控えられる?」
長年こんな性格で生きてきた。すぐには変えられない。
受話口の向こうで、夏樹が少し黙り込む。やがて、真剣な声が落ちてきた。
『……筋トレだ』
「え?」
意味がわからず間抜けな声が出る。
「自分に自信がないからいけないんだ。筋トレで自信をつけろ」
一理ある。いや、かなりあるかもしれない。
「……僕、筋肉つきづらい体質なんだけど……」
僕は小さくて、ひょろひょろだ。女性ウケも男性ウケも悪いタイプ。
なぜか冬夜くんだけは「可愛い」って言ってくれるけど……。
『要するに自分磨きをしろってことだ。あと趣味作れ。お前、趣味ないだろ』
またグサッときた。図星だ。僕の趣味なんて、ほぼ=冬夜くん。
「……わかった!両方やってみる!」
絶対に振られたくない。その一心で、無理やり声に力を込める。
こうして僕の、〈別れない大作戦〉が始まった。
筋トレを始めて、数週間。
正直、鏡の前に立っても、腹筋が割れる気配なんてない。
腕も細いまま。胸板だってペラペラだ。
——でも、不思議と、前より身体が軽い。
階段を上っても息が切れにくくなったし、朝はアラームが鳴る前に目が覚める。背筋を伸ばして歩くのが、少し心地いい。
「……僕、体力ついたな」
ぽつりと独り言が漏れる。
誰に聞かせるわけでもないその声に、ほんの少しの達成感が混じっていた。
その小さな火種が、心の奥でじんわりと燃え広がっていく。
それから僕は、鏡の前で笑顔を練習するようになった。
最初はぎこちなくて、顔が引きつるばかりだった。
でも、不思議なもので「笑おう」と意識すると、ふとした瞬間に自然に笑えるようになる。
声も少しだけ明るく出すよう心がけた。
すると会社で、今まで挨拶程度だった人が「一緒にご飯食べよう」と声をかけてくれるようになった。気づけば、輪の中に自分の居場所ができていた。
「……あれ、僕、意外とやれるじゃん」
ずっと「僕は暗い」「僕は重い」と思い込んでいた。
けれど、その殻は案外簡単にひびが入った。
自分が決めつけていただけで、外の世界は思ったより柔らかく、受け入れてくれる。
そして、もう一つの変化。
趣味として始めた園芸が、思いのほか性に合っていた。
最初は小さな鉢植えからだったのに、気づけばベランダはプランターでいっぱいだ。
土に触れると、心が静かになる。芽が出ると嬉しくて、葉が増えると誇らしい。水をあげるたびに「生きてるんだ」と実感できて、不思議と自分も生き生きする。
確かに、僕は嫉妬深い。すぐに性格は変えられない。
死にたいとか言っちゃったり、すぐヒステリー起こしたりする日もある。
でも、嫉妬や束縛の回数もだんだん減ってきた。
筋トレでついた体力も、笑顔を作る練習も、芽吹く緑も——全部が僕に「変われる」と教えてくれる。
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(他サイトに2021年〜掲載済)
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