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夏の終わりの下校時
しおりを挟む夏の終わりは憂鬱になる。
この気持ちはなぜ生まれるのだろう。気温の変化であろうか、日が暮れるのが早くなったからであろうか。何はともあれ、大学生になった今年から私はその寂しい気持ちになるようになったのだ。
下校中、何者でもない、いや、何者かわからない微かな匂いがしてきた。今までに嗅いだことがあるのは確かではあるが、それが何から発せられているのかわからない。
「おい」
肩を叩かれた。振り向くと同じ経済学部の友達の彼がいた。
「元気ないな」
隣に来た彼は、少し微笑みながら呟いた。
「わかってたさ、こうなることぐらい」
「ならなんで告白したんや」
そう問われると、何も言えない。自分でもわからない。無意識的なものだったとしか言いようがない。何か、操り人形のように、気付いた時には全てを言った後だった。
「俺はいけると思ったんだけどな」
彼は、残念そうに、ため息混じりに言った。
2度ほど二人でデートした。1回はボーリング。もう1回は水族館。
「水族館ってこんな素敵な場所なんだね」
彼女から出された、この言葉が本心から出た言葉だったのか、あるいは上部だけのものだったのか、はたまた、そんな言葉は彼女の口から発せられてなかったのか。いやいや、よく考えて見れば、僕と一緒に水族館に行かなくても水族館とは素敵な場所である。
「彼女が僕のことを好きだと思っている」
その、なぜ湧いてくるのかわからない、そんな自信があった。しかし今思うと、そう自己暗示を施さないといけないほどに、精神的に追い込まれていたのだと思う。彼女のことを好きになる、2ヶ月前に付き合っていた彼女と別れたのだから。あの大きなジンベイザメは、僕のそんな心を読んだ上で、僕に顔を見せてくれなかったのか。
「明日の英語の予習やったか?」
「いや、やってないけど」
「振られたことを忘れられるぐらいの難しさだったぞ。あんな英文読めてたまるかって感じの」
「最悪だよ。だったら振られた方がマシだ」
そんな冗談を言いながら、駅までの坂を下りる。午後6時、辺りはすっかり薄暗くなってきている。寒さに弱い僕の、心でさえ冷やしてしまう、そんな夏の終わり、秋の始まりの気温。周りの家から匂ってきたカレーの匂いを嗅ぐと、少し虚しくなる自分がいた。そう思う時が来るものなのか。
実家暮らしの時は、この匂いは僕の心を躍らせてくれる存在だった。家庭的でそれでいて、それでいて美味しいものの定番。それがカレーの匂いだった。
しかし、今あるカレーの匂いはその類いのものではない。虚しい匂いなのだ。一人暮らしを始め、カレーどころか家で夕食を摂ることのあまりない僕にとって、その匂いは温かみのある象徴に思われ、温かみを家で感じることのできない僕を嫉妬させた。
独りで生きていく。そんな僕だからこそ、彼女に告白して付き合って、少しでも温かみを感じたいと思ったのではないか。
「まあ、女なんていくらでもいるぜ」
そんな彼の言葉を聞くと、僕は本当に誰とでも女と付き合えさえすればいい気がしてきた。温かみがあれば良いのだから。自分の孤独を無くす、そんな人がいればいいのだから。そして、彼女を好きになった理由ももしかしたらそれが大きかったのではないかと考える。そして、私が振られたのは彼女が私のこの感情を理解したからではなかろうか。もしもそうであるならば、この恋はすぐにでも忘れなければならない。
「今日飲みに行かないか?奢るぜ、今日ぐらい」
「まじかよ。本当だろうな」
「振られた祝いだ」
「やめろよ」
そんなことを言いながら、僕はまた一つ考えた。振られても独りじゃないことをである。
少しばかりの温かみを感じ、階段を降りる。
そういえば、この匂いは金木犀だな、と思いながら。
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