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Ⅴ メシア、俺。
066: 喪失、そして覚醒
しおりを挟む鋼鉄製の防波堤に掛かった手はそのままに、もう一つの手は他の防波堤を壊している。津波は崖を削り森を崩している。右手は最後の堤防に掛かっている。女神様は右手の相手で手一杯で成すすべもない。左手はもうやりたい放題だ。
大樹が海に落ちる。木は悲鳴を上げないが、女神様には聞こえているのかもしれない。女神様の目から大粒の涙が零れ落ちた。
この手は直接森を攻撃しない。森の破壊が目的ではないんだ。それは以前相対した残忍な竜に似ていた。わざと俺達を攻撃し俺達をかばう魔狼をなぶっていた竜。あの地震と津波だってひょっとしたらこの手が起こしたものかもしれない。
わざとこんな風に女神様をいたぶっている。
これは神の所業ではない。完全に悪意がある。
傷だらけで、血まみれで、泣きながらそれでも防波堤を守ろうとする女神様。たった一人で戦っている。なのに———
俺は‥‥俺達は何もできないのか?!
『何やってんだよ魔王!ここはお前が出るとこだろ?!さっさといけよ!』
こんな女神様をもう見ていられない。俺の手ともう一つ、おそらく魔王の手が脳内のポイント切替機にかかるも二人がかりでピクリとも動かない。意地でも俺達を出さないつもりだ。女神様、こんな時に限ってバカ力がすぎる!
必死に防波堤を守る女神様が空に向かって叫んだ。
「もうやめて!誰も傷つけないで!私が悪かったから!もうこれ以上は‥お願いソフィア!」
ソフィア———
どこか懐かしいような、どこかで聞いたような優しい名前。温かいものが俺の胸によぎる。でも思い出せない。
だがその名に魔王の意識体が反応した。気配でわかる。ドス黒い怒りが湧き上がっている。これは魔王の怒りなのか。
『ソフィア‥‥これは貴様の仕業なのか‥絶対に許さない!』
普通ならここでポイントが切り替えられて怒れる魔王降臨だがやはりポイントはビクともしない。魔王がガンガンポイントを攻撃して切り替えようとしている。明らかに怒りで凶暴化している。
怖ぇ、こいつホントキレてばっかだな。本当に俺かいな?
そんな魔王を女神様が必死で押さえ込んでいた。
『出せ!俺をここから出せ!』
「ダメ!今出たら貴方まで」
レベル5128の女神様とレベル4852の魔王。僅かなレベル差だが女神様が魔王をねじ伏せている。レベル100の俺などミジンコクラス、魔王の足しにもならない。一体どうしたらいいんだ?
———その時
ガキィンッ
聞きなれない初めての音、金属同士がぶつかる音だったろうか。俺の脳内で響いた。一瞬何が起こったかわからず俺は茫然とするも暴れていた魔王が一転息を呑んだ。
『ダメだ!戻れ!』
慌てる魔王が叫ぶも俺はまだ意味がわからない。色々なことが同時進行で起こりすぎて俺の脳はついていけていない。
戻れって?
ガキィンッ
二撃目でようやく俺も気がついた。それを見た俺に激震が走る。それは俺と女神様をつなぐレールに振り下ろされた白い槌だ。二撃目で亀裂が入っている。女神様は今外にいる。ここを断ち切られたら———
『女神様!ダメだ!すぐ戻って!!』
「ダメ!今戻ったら堤防が」
『そこはいいから!俺がなんとかするから!早く戻って!戻ってきてよ!』
なんとかするアテなんてない。でも俺の中では何よりも女神様が大事。女神様は俺の第一優先事項だ。
魔王と一緒に切替機を戻そうとするも女神様は断固拒否、頭を振っている。その間にも白い槌が振り下ろされた。第三撃、悲痛な音と共に亀裂が大きくなる。
槌を振り下ろすのは白い左手、さっきまで防波堤を壊していた手だと本能でわかった。性悪なこいつが俺と女神様を引き裂こうとしている。意識体の俺が身を挺してレールを守っても白い手は俺を突き抜けた。
『やめろ!なんでこんなこと!』
答えはない。ただ笑う気配がした。俺をあざ笑うかのように白い手はレールを叩き壊した。
ガキィンッ
レールが断ち切られる。ポイントはそのままに、俺の意識が肉体に戻った。それでも俺は手を伸ばし、俺から断ち切られ消えそうな女神様の手を必死に掴んだ。間一髪、意識体でも手を繋ぎ止められた。うっすらと女神様の意識が感じられる。
女神様は可哀想なほどに泣きじゃくっていた。
『‥‥ごめん‥‥守れなくて‥ごめんね‥‥酷いことたくさんしてごめんね‥』
「イヤだ!イヤだって!行かないでよ!」
『楽しかった‥‥全部忘れた貴方とずっと一緒にいたかったわ‥‥でも今度こそもう』
「そんな‥‥なんでだよ?どうして?」
『ダメだ‥‥行くなッ‥‥行かないでくれ!!』
魔王の思念が俺の意識に入り込んでくる。俺の手を通して女神様の手を握りしめた。そんな俺達に女神様が微笑んだような気がした。
『許してくれてありがとう。たくさん好きって言ってくれてありがとう。嬉しかったわ』
「やだ!行っちゃダメだ!」
『‥‥私も大好きよ‥アスカ』
———アスカ
そう、俺の名前。前世の世界で、確かにこの人にそう呼ばれていた。女神様の囁きとともに気配が薄れていく。そして俺の手の中から女神様が溶けてなくなった。
同時に女神様が守っていた最後の堤防が切れた。それは女神様の力の消失を意味した。防波堤が崩れて津波が一気に太古の森を呑み込んでいく。俺は脱力して膝から崩れ落ちていた。俺のいる崖の下、悲鳴のような轟音とともに濁流が大木を押し流していく。
俺は‥‥女神様を助けられなかった‥‥
俺はただ茫然と流れる大木を眺めていた。ダメだ、もう完全に意識が‥‥心が折れた。
遠い視界に魔狼が見えた。俺のそばに駆けつけようと体当たりしているが何かに阻まれている。るぅも泣きながら障壁をめちゃくちゃに叩いて何か叫んでいるが声は聞こえない。
「ポメ‥るぅ‥」
俺が手を伸ばしたと同時に体中に身を切る激痛が走った。俺はうめき声と共にその場にうずくまる。女神様降臨の過負荷、よりによってこんな時に———
「ぐぁぁァァッ」
拷問のような激痛に転げまわる俺の視界に白い巨大な手が見えた。それが俺に向かって空から近づいてくる。俺はもう激痛で動けない。逃げられない。
「いたぃ‥‥‥いたぃよぉ‥‥‥‥‥」
魔王が泣いている。痛いほどに心で悲しんでいる。そう、心が痛いんだ。魔王が俺の意識の中に流れ込んでくる。
苦痛を逃す浅い呼吸の中、すでに傷が塞がった血まみれの自分の手を見る。だが見覚えのある手じゃない。骨ばった大きな手、男の手だ。涙で滲む視界に見える前髪の色は黒。体を抱き締めれば大きい男の体だった。そこで理解した。
「魔王の‥‥封印が解けた‥」
それは女神様がいなくなったから。改めて痛烈に思い知らされる。そして俺は全てを思い出した。
「やっと‥‥やっと巡り会えたのに」
血まみれの女神様の顔が浮かぶ。それは以前と同じ、俺をかばって傷だらけになった血まみれの顔だった。なぜ俺は忘れていたんだろう。
俺は守るために大切な人を俺の中に封じた。
事故じゃない。こうなったのは全て———
「‥‥俺がやったことだ」
天から白い手が降ってくる。うずくまる俺の体を鷲掴みにした。そして俺は雲の中に一息で引き上げられた。雲の上は天上だと、太陽が輝く光の世界だと思っていたのに、そこはかけらも光がない漆黒の極寒の闇の世界、見覚えのある牢獄だ。俺はまた囚われた。
激痛の中で酷すぎる現実から逃避する意識が闇に呑み込まれる。
ああ、俺は‥‥
今回も何もできなかった
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