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第五章:その後
アンジー
しおりを挟むナベルズを前にアンジーは深いため息をついていた。
現在マウワー家お抱えの特殊部隊は城内に展開されている。アナスタシア王女殿下の特別警護のためだ。その人頭指揮はナベルズがとっていた。それは問題ないのだが‥‥
「もうアンジェロが恐ろしくてな。色々と。」
「‥‥まあそうですね。」
城の警護控室で打ち合わせに来たアンジーは困ったように右手でこめかみを抑え嘆息し、ナベルズが頷いて同意する。
アンジェロはアナスタシアの面会が終われば早々に引っ込んでアンジーを引っ張り出した。城の警護の調整はアンジーの担当だ。
手を抜いたら許さないからな!アンジェロからの威圧がアンジーに飛ぶ。
アンジェロのアナスタシアへの執着がひどい。
溺愛と言えば聞こえはいいが、実際は盲目的な恋愛依存で嫉妬深い。これが本性。だから何が何でも姫に尽くしまくる。
これは普段冷静で禁欲的が故、そして添えないと思っていた相手と恋が成就した反動。仕方ないと言えなくもない。
そもそも任務中から無自覚にもその気は出ていた。
毎日城に通い詰め、贈り物攻撃の上に警護の言い訳でべったり付き従い世話を焼く。領地に行けばその歯止めもかからない。
この波状攻撃に加えアンジェロの見た目も相まって、免疫のない姫はイチコロだったんじゃなかろうか?これは天性のタラシだ。
アンジェロの本性を知った姫が引いてなくてよかった。目の当たりにしているこっちはそれはもうがっつり引いてるわけだが。最近アンジェロがどうにか少し手加減を覚えるほどに落ち着いてきていて助かった。
幸い世間知らずな姫はあれをちょっとやきもち焼きで甘えん坊だと思っている。どうか是非そのまま一生勘違いしててくれ。
ま、結果二人が幸せならいいんだがな。アンジーが遠い目をする。
嘆息と共にナベルズの入れた茶を口に含み眉間に皺を寄せた。
「王都で手に入る高級茶葉で、軟水で、どうすればこれほど不味く茶を入れられる?」
「え?それほどでしょうか?いつも通り美味しいですが。」
「お前の舌はバカ舌か?そうなのか?素材殺しのこの再現性もいっそ素晴らしいな。」
アンジェロ同様、アンジーも茶にうるさい。祖国がそうだったのだ。ふーっとアンジーが息をつく。
「第二部隊の立ち上げの主導権をアンジェロに取りあげられた。俺だって急いだんだがなぁ。」
「え?部隊立ち上げはボスの持ち場だと思ってましたが。」
「俺の指導はぬるいそうだ。アンジェロの指導のお陰で今訓練場は死屍累々だ。戻りたければ領地に戻ってもいいが、お前もその山の中に入りたいか?」
城の警護にあたりナベルズはアンジェロより無茶な指示を受けていた。
王女殿下に三メートル以上近づかない。
殿下を見てはいけない。
話しかけない。触れてもいけない。
そんな条件で要人警護などできるわけがない。その無理難題とアンジェロの嫉妬に辟易して領地に帰りたいと願い出ていたのだ。
しかし領地に戻ってもそこは地獄だと言う。ナベルズは瞑目する。
「脱落者は作らないようお願いします。それなりのレベルの傭兵を揃えるのも昨今は大変ですので。」
「そこはうまくやっている。安心しろ。あいつのギリギリの調整も怖いくらいだ。」
飴と鞭の加減が絶妙というか。ほんと怖ぇよ。
「早急の立ち上げでよろしくお願いします。早く帰りたいです。自分が立ち上げできれば良いのですが。」
「まあそういうな。部隊の立ち上げはさすがのお前でも無理だからな。」
第二部隊を無事に立ち上げ要人警護をナベルズと交代する。アンジェロは姫の警護に早く就きたくて焦っている。それは姫が心配だから。ベルゼブルとの戦いで姫に危害が加わりそうになり恐怖に駆られたのだろう。
だがそれ以上に急がなければいけない事情がある。
アンジェロの知らない事情が。
アンジーも急いでいるのだ。
アンジェロにアナスタシア。
二人は一緒にいなければならない。
あの戦闘で加護持ちを倒した。アンジーにとって初めてのことだ。そこである変化がもたらされた。
それは半年前のベルゼブルを倒したあの日、もろもろの事後処理をナベルズに任せアンジーは自室で横になっていた。その時あの声は聞こえた。アンジェロはまだ起きていなかった。
“天使ベルゼブルの消滅を確認しました。”
それはアンジーがこの世界に目覚めた時からうるさいほど聞いているあの声。アズライールの声だと認識していた。
アズライール?確かに先ほどベルゼブルを倒したが、やっと喋ったと思ったら今頃なんの話をしている?
しかし続く言葉にさらに愕然とした。
“集約される天使が確認されました。
ベルゼブル
ヴァレフォル
レラジェ
アルマロス
以上四体の集約を完了しました。吸収を開始しますか?”
奴は四体も天使を持っていたのか?バケモンだ!だからあんなに変な加護が発動したのか?!
アンジーの動揺を他所にアズライールの声が響く。何やら確認を求められているが、訳わからんし面倒くさくて初回に設定を自動判定にしたのだ。
よって問われるも勝手に処理が続いている。自問自答だ。
“吸収を選択しました。吸収を開始します。完了しました。”
食っちまったよ!あっさり!天使四体も!!
そこでアンジーははたと気がつく。
ベルゼブルは加護にやたらと執着していた。奴の目的は天使を食って加護を増やすことだったのか?増えると何があるんだ?
アズライールのアナウンスは続いている。
“加護の集約を確認します。
加護封じ
射撃
射撃無効
空間移転
跳躍
千里眼‥‥‥”
そして神父の祈りの言葉のような呟きが永遠と続く。初回時にボリューム下げたからブツブツにしか聞こえない。聞きたくもない。
そして処理が進めば頭痛と眩暈がし始めた。体を起こす気にもならない。
ベルゼブルの加護が多すぎなるな。他の加護持ちを相当倒して天使を食っていたということか。天使を食うと加護が増えると言うことか?食った天使の数より加護が多い気がするが。
そんなことを考えていれば、永遠に続くかと思われた呟きが突然やんだ。
やっと静かになったとホッとしたところで衝撃のアナウンスが聞こえた。
“進化の準備が整いました。進化しますか?
この処理で天使『アズライール』及び『アンジー』が消滅します。”
「は?!なんだと?!」
アンジーは眩暈の中で慌てて体を起こした。アズライールの声は続く。
“警告:
なお進化を選択したのちに以前のバージョンに戻すことはできません。バックアップを強くお勧めします。
進化しますか?”
「は?!進化?警告?バックアップ?なんだそれ?アズライール!No!キャンセル!中止だ!!」
アンジーがそう叫ぶも脳内で回答を待つ10カウントが無情にも始まる。設定を自動判定にしているから止め方がわからない。
そしてカウントが0になった。
“進化を選択しました。処理を開始します。
なおこの処理は時間がかかる場合があります。
電源を切らないでください。”
「うわーっ 何しくさってんだ?!アズライール!止めろ!!強制終了だ!!」
アンジーは顔面蒼白で喚く。消滅?俺が消滅?!
その直後、アンジーは激痛に寝具に突っ伏した。全身に謎の痛みが走る。その激しさに声もなく悶絶する。特殊空挺部隊の訓練で痛みには耐性があるはずなのに、それを超えたものが痛覚を貫いた。
少しすれば激痛は痺れとも麻酔とも感じられた。感覚が麻痺することで激痛から解放されるも更なる眩暈で吐き気がこみ上げる。
どれほどの時間が経っただろうか。実は一瞬だったかもしれない。酷い脂汗をかいたアンジーは浅い呼吸からのろのろと体を起こした。
“現在再起動中です。システムチェック中。正常起動を確認。『アズライール』及び『アンジー』の消滅を確認。
進化が完了しました。お疲れ様でした。“
「‥‥アズライール!貴様!ぶっ殺す!!」
何がお疲れ様でした、だ!勝手にやりすぎだろ!!
そしてビビらせすぎだ!本当に殺されたかと思った!!
前髪を掻きあげ一通り呪いの言葉を吐いたのち、気を取り直して進化した加護を確認し、アンジーは絶句する。
ウリエル(大天使)
身体強化(怪力・加速・千里眼・跳躍)
炎の聖剣
アンジー+(大天使)
物理・射撃無効
武器創造+
離脱
アズライールがウリエルに進化?ウリエルって四大天使で熾天使の?身体強化?聖剣?加護が強過ぎる!!
え?というか俺、大天使扱い?+って何?なんで加護三つ?離脱って何?物理・射撃無効ってバケモンだ!!なぜアズライールの加護を俺が引き継いでいる?
‥‥アズライールが本当に消滅している。じゃあさっき喋っていたのは誰だったんだ?ウリエルか?
ハテナが止まらずアンジーは心中でツっこみまくる。そして一通りのツっこみが終われば、酷い展開と疲労で脱力した。
「アンジェロすまん。ますます人外になった。」
そう呟き頭を抱え再び寝具に突っ伏した。
もう知らん。どうにでもなれ。
寝っ転がりながら自暴自棄気味に進化のログを確認する。ベルゼブルの加護を見つけた。
「加護封じ。これは残らなかったか。」
【加護封じ(下位)】
“発動時に使用者の半径100メートル以内にいる対象者一人の加護を封じる。その際に使用者の加護も封じられる。有効時間は15分、(上位)による取消または使用者の死亡時に解除。“
自分の加護も封じられる。強力だがこれは諸刃の剣だ。ベルゼブルの『射撃無効』が封じられていたからあの時俺の銃が当たったわけだ。
だから進化上、劣勢扱いになった?(下位)とはそういうことか?それとも遺伝しない後天取得タイプか?十分強力だがなぁ
あの時なぜ『加護封じ』が解けたのだろうか?15分経ったから?いやまだのはずだ。解けたからこそアンジーはベルゼブルを倒せたのだが。
あれは本当に危なかった。解けていなければアンジェロはベルゼブルに取り憑かれていたのだから。そして加護を食われていただろう。姫だって無事では済まない。
あの状況を思い起こし唸っていたが、アンジーはある可能性に気がついた。
あの場にいたのは姫のみ。そして姫の大天使ラファエルの二つ目の加護が不明。それはつまり‥‥
姫も『加護封じ』持ちなんじゃないだろうか?
姫がベルゼブルの『加護封じ』を”取り消した“から俺の加護が復活した?
アンジーはごくりと喉を鳴らす。
加護を封じる加護。それは自覚ないだろう。そしてそれがラファエルの固有加護ならむしろ、過去の暗殺の理由はこの加護のせいかもしれない。大天使の加護だ。下位ではなく強力な上位加護だろう。
これは加護持ちにとっては脅威だ。そして取得できれば自分が最強になる。この加護の前に最強の天使でも加護を無力化できる。
辻褄は合う。あの時姫は俺を治療しようとしてたができなかった。ベルゼブルの加護を封じて自分の治癒の加護も封じられていたからだ。
‥‥まずいぞ。最強の加護だがバレれば姫は狙われ続ける。
このための進化か?ウリエルと俺は。姫を守るための。『守護天使』としての。
悪魔かはわからないが、この世界には他にも天使がいる。その気配は少なくとも50はある。国の知らない隠れ天使がいるんだ。
大天使もいる。それも恐らく熾天使クラスの強力な者が。七大天使。そいつらが姫の加護を狙って襲ってこないとも限らない。
アンジェロとアナスタシア、二人は一緒にいなければならない。加護は使用者の側でしか効果がない。
だが一緒にいれば二人は最強だ。
アンジーはため息をついた。
これは早々に婚礼を上げた方がいい。
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