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第三章:秘密
加護
しおりを挟む「殿下、人は大なり小なり秘密を持っています。そしてそれを全て共有している者はいない。」
「今回はそういうものではありませんよね?」
こんな詭弁で逃すわけにはいかない。
逃げ腰になりそうな自分を叱咤してそう問いかけた。
「‥‥確かに僕は殿下に秘密があります。でも殿下も僕に秘密がおありですよね?僕はそれは仕方がないと思っています。殿下もそう思っていただけないでしょうか?」
加護のことを言っている?もうそのことまで知っているのか?極秘事項なのになぜ?
アナスタシアはどきりとする。それでも。
「確かに秘密はあります。でもアンジェロ様が問われるのでしたらお答えします。」
二人の間に沈黙が落ちた。アンジェロの顔は明らかに躊躇っている。どうしようか迷っている。アナスタシアはもう一押しと口を開く。
「秘密は守ります。他言しません。教えていただけないでしょうか?私に関わることなら知りたいです。」
しばし思案したのち、アンジェロは覚悟を決めたように長い息を吐いた。
「では取引しましょう。」
正面から鋭い双眸で射すくめられアナスタシアは表情はそのままで、しかし内心たじろいでしまった。ここにいるのはあの愛らしい青年ではない。
「ルールは三つ。質問は交互にひとつづつ。秘密は絶対に守る。相手の質問には誠意を持って正直に答える。秘密は必ずお守りください。殿下と僕の命に関わります。」
命。アナスタシアはこくりと喉を鳴らした。それほどの秘密。
止めますか?そう視線で問われたが、アナスタシアは毅然とした態度を崩さなかった。
「リゼット。扉の前まで下がりなさい。」
少し離れた場所に控えていたリゼットは黙礼して扉の前まで移動した。
アナスタシアはアンジェロをソファに導く。着席すればアンジェロが右手を掲げた。
「風魔法で消音の結界を張ります。ご容赦ください。」
周りの景色が僅かに歪む。これが結界か。
「殿下も風魔法の素養がおありです。全てが落ち着いたらその方面を鍛えられるとよろしいかと。」
全てが落ち着いたら。それはどんなことなのだろうか。
「では殿下からどうぞお先に。何をお知りになりたいですか?」
アナスタシアはしばし迷ったが最初に思いついた疑問を呈した。
「あの雨はなんですか?」
「雨?」
「たまにぽつぽつと宙に波紋が出るものです。」
思案していたアンジェロが思い当たったのか、目元を手で覆った。
「どうなさいましたか?」
「いえ、いきなり核心に来たので驚きました。」
あれ?そうだったのだろうか。最初は些細な質問を選んだつもりだったのだが。
「あれは僕の加護です。」
「加護?加護って、アンジェロ様は加護持ちなのですか?!」
天使の加護
人はごくごく稀に加護を授かって生まれてくることがある。それは魔法と違い特殊な能力がある。その特異性から『天使の加護』と呼ばれている。
大変貴重なため生まれた赤ん坊は全て加護を調べられ国で管理される。
現在国に管理されている加護持ちは二十も満たない。アンジェロはそこのに含まれていないはずだ。
「以前は加護はありませんでした。おそらく五年前、一度死にかけたためだと思います。あの時に加護が現れました。僕の加護はアズライール、『告死天使』です。」
アナスタシアは瞠目する。告死?天使なのに?
「黒き翼を有した死を司どる天使です。魂の管理人。それがアズライール。」
黒い翼。先程見えていたあれのことだろうか。あれは加護の現れだったのだろうか。
「天使の加護は二つ、『射撃無効』、『武器創造』です。」
大概加護は一つの天使で一つ。それなのに二つの加護がある。それは上位の天使なのでは?そのままに問いかける。
「大天使なのですか?」
「違うと思います。二つなのは別の事情です。」
その事情は語らずアンジェロは淡々と話を進める。
「殿下がご覧になった雨、というのはおそらく『射撃無効』です。」
「シャゲキ?」
初めて聞くその言葉にアナスタシアはその言葉を繰り返した。
「この世界にはない言葉ですね。効果としては、悪意の有無に関わらず僕を害する可能性がある、飛来する物体を遮断します。」
「はぁ‥‥」
よくわからず相槌のような返答をしてしまった。アンジェロは苦笑する。
「そうですね。わかりやすく言いますと、誰かが僕にボールを投げたとします。僕を傷つけようとして投げたかどうかはわかりません。でもそのボールが僕に被害をもたらすと判断された場合にはそのボールは破壊されます。そうでなければボールは僕の元に届きます。僕がボールを取るか避けるか軽く当たるか。被害はでません。」
「その判断は誰が?」
「んー、誰でしょう。まあ天使が勝手に?」
天使が?その判断は正しいのだろうか?
アナスタシアは胡乱な顔をした。
「今までそれで実害は出ていません。飛来物は矢、投擲、投石、投爆弾、そして弾丸。落石などの落下物も弾いてくれました。魔法は含まれません。物理には効きませんでした。殴られれば殴られます。」
飛んできたもの限定、ということか。不思議な加護だ。そもそも天使の加護は魔法のような括りで語ることはできないのだが。
「殿下がご覧になった雨、というのは外部からの飛来物を防いだのでしょう。波紋は加護の余韻です。」
「何が飛んできたのでしょうか?」
城でもあの雨は見た。あそこは見晴らしの良い小高い丘。誰かが何かを投げたのならその様子は見えたはず。角度的にも誰かが射ったとは考えられない。
「それはお答えできません。加護から外れます。」
「ずるいです!」
「気になられのでしたら次の質問でどうぞ。」
アナスタシアはぶすっとアンジェロを見る。取引の進行を彼がしているのはずるくないだろうか。
「ではもう一つの加護は?」
アンジェロは目を細め静かに語る。
「もう一つは『武器創造』。拳銃やナイフ、僕は人を殺す武器が作れます。」
人を殺す武器。それが『告死天使』の加護。
アナスタシアの背をぞわりと何かが駆け上がる。
扉の前に立つリゼットに死角になる向きでアンジェロは掌を開いた。
そこに先ほど見た黒光りした金属の塊が現れた。アナスタシアはしげしげとそれを見る。やはり見たことのないものだ。
「シグ ザウエルP320」
「グロック19Gen2」
「ルガーLCP」
「レミントンM700」
「ガーバー MarkⅡ」
その声とともに黒い塊が大きさを変えながら消えたり現れたりした。最後に現れた黒いナイフを手遊びのように手の中で転がして見せる。
「これは僕にしか扱えません。僕の手を離れれば消滅します。なぜか発砲や投擲はできますが。斧なども武器になりえますが、そういったものは作れません。おそらく殺すための武器でないとダメです。」
ナイフを手から落とせばそれは砂塵のように崩れ去った。
アナスタシアは半分も言っている意味はわからなかった。アンジェロも詳しく説明しなかった。その程度の知識でいいということなのか。だがひとつだけわかった。
この青年はこの加護でひっそりと自分のことを何かから守り続けていたのだ。
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