【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

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スピンオフ:アンジー

天使の降臨 上

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 死体が起き上がった。 

 それがその状況を説明する言葉だった。

 死亡宣告を受け半日後、十一歳だったアンジェロ・マウワーはベッドの上で身を起こしていた。そして寝具の中で己が両手を見て大声で叫んでいた。

「なんじゃこりゃ?!子供?!子供の体かよ?!」

 普段の利口で礼儀正しいアンジェロから考えられない砕けた口調であらぬことを語りだす。
 悪霊憑きだ、と使用人達は一斉に怯えていた。

 アンジェロの護衛を担当していたナベルズもたまたまその場に立ち会っていた。そして自分の目を疑っていた。



 事故当時、ナベルズは護衛のため騎乗して馬車に従っていた。公式行事に出席し王の謁見を終え、王都から領地への帰路の途中だった。馬車にはマウワー侯爵夫妻、それに唯一の令息で嫡男のアンジェロ。
 馬の突然の暴走で車輪が外れ馬車は岩場に激突。馬車は大破。侯爵夫妻は即死だった。

 唯一息があったアンジェロをナベルズ達は必死で屋敷に連れ帰るも死亡が確認された。
 抱きかかえたアンジェロの体がみるみる冷たくなるのをナベルズ自身がその手で感じたのだ。

 幼い頃よりずっと付き従った年若い主人を成す術もなく失い、ナベルズも相当に打ちひしがれていた。



 その上での半日後の生還。

 悪霊憑き。死神。

 土着信仰で迷信深い者の発想ではまあそうなるだろう。ナベルズは無神論者のためそのような考えにはならなかった。だが悪霊憑きについては当初一瞬信じてしまった。その生き返った本人の話す内容が酷かったからだ。

 一言で言えばオッサンなのだ。


「なんだここは?!どこなんだよ!!酒は?!タバコはあるのか?!紅茶は?!」

 見た目が十一の美少年がひどい剣幕で酒を要求する。瀕死の大怪我のはずが起き上がってもうソファに腰掛けていた。全身骨折だったはずなのに、だ。

「タバコとはなんでしょう?酒はありますが病み上がりはにはお勧めできません。紅茶はありますが?」
「酒だ!問題ない!出せ!酒飲ませろ!ふざっけんな!こんなガキとか聞いてない!!」

 誰から何を聞いてないと?
 眉間に皺を寄せながらナベルズはだん!と酒瓶をテーブルに置いた。

「まあ飲みたければどうぞ。酔いたいのでしたら無駄だと思いますが。」
「どういう意味だ?」
「アンジェロ様は大変なザルです。」
「はぁ?なんだと?!十一でザル?!子供が酒飲んでいいのか?!」
「はぁ、まあ酒は高級品で普通の子供は飲みませんが侯爵家嫡男のアンジェロ様は別に問題ありません。」

 実際にくいっと酒をあおるも全く酔う気配がなく、少年は酷い罵りらしきものを吐いている。言っている意味はわからないが多分悪態だろう。

 ひどい錯乱状態故かと思えば、色々冷静にツっこんでくる。目を閉じればヤサくれた男が変声期前の愛らしい声でキレているだけに聞こえる。

 何でこんなことになったのか。そのうち正気に戻るだろうか。
 もう少し様子を見るべくナベルズは話を合わせている。


「あーっくっそ!全然酔えない!なんだってこんな美少年?!俺のキャラじゃねぇって!チビっこくて愛らしいな!ちっくしょう!!」
「美少年で何が問題が?それよりもさらなる問題が起きてます。」
「問題?これ以上の問題があるのか?」

 手鏡を見ながら自暴自棄気味に長椅子に寝っ転がるアンジェロにナベルズが現状報告する。

「マウワー侯爵家の相続問題です。」
「あー?爵位はこの‥アンジェロが継ぐんだろ?」

 面倒くさげな声だ。他人事と言っていい。

「いえ、アンジェロ様は一度死亡宣告を受けているので爵位が第二継承者に引き継がれようとしています。」
「‥‥‥なんだと?」

 荒れていたアンジェロが静かに低い声で答える。冷静さを取り戻し身を起こしてナベルズを睨む。

「誰に?」
「第二継承者は従兄弟のシャルル様です。年は二十二歳。シャルル様の父親は故マウワー侯爵の、旦那様の義兄です。」
「シャルル?男?ひっでぇ名前だな。んで義兄ってのは?」

 ますます顔を顰めるアンジェロにナベルズは話を続ける。

「いわゆる妾腹の兄です。長男でしたが妾腹故に爵位を継承できませんでした。結果弟に当たる旦那様が爵位を継ぎました。その義兄も故人ですが最期まで爵位を欲しがっていたようです。」
「真っ黒じゃねぇか!」

 アンジェロがうんざりと吐き捨てる。正直ナベルズもそう思うが。

「現在そのシャルル様がこちらに向かっているとの情報です。恐らく爵位継承のためでしょう。」
「息子も欲しがりか。クズだな。ふーん、爵位なんぞ欲しがってるやつにくれてやればいいと思っていたが。」

 頭をかきながらアンジェロはドスの効いた声を出す。

「場合によっては看過かんかできんな。」
「どうなさいますか?」
「‥‥そのシャルルとかいう奴はアンジェロと親交があったか?」
「いえ、全く。素行が悪く旦那様が関係を絶ったと聞いています。」
「死亡宣告が昨日、そしてもうこちらに向かっている、と。ますます黒いな。ふーん‥‥」

 目を細めてアンジェロが黙り込む。天使のように愛らしい少年が鋭い視線を投げる様は美しいが故に迫力がある。

「ひとまず到着を待つ。それまでにこちらも調べておくか。事故当日、侯爵夫妻とアンジェロが移動する事は皆知っていたのか?」
「登城は公式行事でしたので。秘密にはしておりません。」
「ならば事故を装うこともできるな。」

 ナベルズは驚いて瞠目する。

「まさか‥計画的殺人だと?」
「あり得なくもないだろ。こんな都合よく馬が暴走して車輪が外れるか?こちら側に実行犯がいたな。車輪を予め壊しちょうどいい岩場で馬を暴れさせればいい。」

 あり得なくはないが。それを被害者のアンジェロが淡々と言うのがとんでもなく恐ろしい。

「証拠がありません。」
「まあ仮説だがな。その方向でシャルルとやらの身辺を探らせろ。何か出てきそうだ。」

 アンジェロは手元の酒をジュースのように呷る。結構強い酒なのだが全く顔に出ない。

 まあ叩けば埃くらい出そうな御仁ではありそうだ。そう思いシャルルの調査指示を出した。
 その日ずっと様子を見ていたが、アンジェロの態度はそのままだった。

 色々話をしたが、このオッサンの名前がアンジーでありどこかの国の兵士だった事はわかった。架空だが話の筋は通っている。不思議な錯乱をすると思った。




 翌日、事態は展開を見せる。


 駆け込んできた使用人の連絡を聞いてナベルズは驚いた。そして中庭で何やら不思議な動きをしている若き主人の元に赴いた。

「あー、アンジェ‥‥アンジー様。さらに面倒なことになりました。」
「今度は何だ?」

 一人で組手を行う様子をナベルズは不思議そうに見やる。截拳道ジークンドーだと言うが、この世にない武術のため既に意味がわからなかった。
 これが武術?この不思議な動きで強いのだろうか?

「例のシャルル様がさらわれたようです。」
「はぁ?」

 アンジーが間抜けな声をあげ動きを止める。シャツ一枚にゆったりとしたズボンの軽装で動きやすそうだ。

「途中野盗にでも襲われたやもしれません。護衛が助けを求めてきたようです。どうしましょうか。放っておきますか?」

 その問いにアンジェロが押し黙る。腕を組み目を閉じて俯く。そしてやや長考した上で口を開いた。

「いや、打って出る。」
「行くんですか?わざわざ?」
「仮説は三つ。聞くか?」

 鋭い視線を受けてナベルズは頷いた。アンジーはナベルズの側のベンチに腰掛ける。

「仮説その1。ただのバカ説。そいつがバカでただ野盗に捕まった。自衛すらできないバカならそもそも侯爵家当主の事故死なんぞ狙ったりはしないだろうがな。」

 ベンチに置いてあったビンの水を飲みながら渋い顔をする。

「仮説その2。アンジェロ狙い説。拐われたフリをした。自作自演だ。」
「フリ‥ですか?この誘拐が?」
「俺が生き返ったと聞いて分が悪いと思ったか。アンジェロに誘拐されたことにすればアンジェロの継承権が消える。どうせ時間を見計らって逃げてきたとか言って現れるつもりだろう。アンジェロの指示だと偽証する盗賊役を連れて、な。」

 なるほど。しかしそれを思いつくこの男も腹黒い。

「仮説その3。俺狙い説。俺を殺すつもりで罠をはった。」
「はぁ?!」

 流石に変な声が出てしまった。拐われたのは第二継承者なのに何でそうなる?!
 やや冷めた目でアンジーはナベルズを見やる。

「一度殺し損ねた相手を再び狙うのは当たり前だ。しかも今の俺は交戦的に映ってるだろう。屋敷にスパイがいればそこらの情報も筒抜けだ。救援にのこのこ出てきたところを戦闘のどさくさでるつもりか。俺が救助に出なくても野盗討伐で屋敷が手薄になったところで暗殺者を送り込むか。いずれにせよ舐めた真似だ。」

 ナベルズはぞっとした。現状の展開にではない。この男の視野の広さにだ。ここまで予見するのか。

「ですがそれならばなおさら打って出ては‥」
「だからこそだ。仮説1ならば恩を売って早々に帰って頂こう。仮説2ならば痛い目に合わせ計画殺人を吐かせブチのめす。仮説3ならば」

 アンジーは目を細めて歯を剥いて見せた。
 獰猛な獅子が獲物を前に牙を剥いている。

「楽には死なせない。この俺を舐めた事を後悔させてやる。」

 ナベルズは固唾を呑んでアンジーをじっと見ていた。

 これはとんでもないバケモノがアンジェロに降臨したのではなかろうか。
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