【完結】盲目な魔法使いのお気に入り

ユリーカ

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第5.5章 外伝 – オマケ

外伝 城の中

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「たたたたた!!!」

 アドラール帝国城内の森の中の、とある一軒家。
 ピアノが置かれているが故に音楽室と呼ばれる部屋に少女とも妙齢ともつかない女性が廊下を全力で走り駆け込んでくる。扉をバンと開いた。

 家族団欒の部屋であるそこではすでに三人の人間がくつろいでいた。

 窓際の安楽椅子でゆったりと本を読む次男、ソファの長椅子に長身を伸ばし寝転がる長男、その膝枕をする愛らしい長男嫁。ソファの二人が入り口の息を切らせた女性を見やる。

「たたた大変!カールが‥‥!」

 その絶叫に次男はひっそりとため息をこぼす。

 先日三男カールが家出した。これは過去長男次男にもあった。一族の中でも許されている行為だ。
 だから兄たちは特に騒がなかったが姉妹たちが黙っていない。大騒ぎの末に自らの手のものを放ちカールの様子を探る。
 流石にそれはやりすぎだ、と長男が諌めても誰も聞かない。特にこの長女が全力で手を下している。

 挙句、二日前の朝に飛び込んできた速報で

「目をやられたぁぁ!!」

 と女性陣総員で阿鼻叫喚の大騒ぎだ。

 別にカールほどの腕があれば盲目でも問題ない。そういう教育がすでに施される。スノウも側にいるのだ。
 それによくよく聞けば閃光弾を避けきれず少し食らっただけ。目も痛めてはいるが見えてはいるという。

 スノウを庇ったためとはいえそこは自分の身も守るのは当たり前、何をやっているんだ、と長男が苦言を呈すれば女性陣の総口撃でボコボコにされていた。
 懸命な次男はそう思っても口には出さない。

 あいつはそういう運命の元に生まれたようだ。

 次男がこの場にいない三男に憐れみを送る。

「大変?今度はなんだ?目は聞いた。」
「そ、そうじゃ‥‥」

 生まれとしては三番目の長女は息を切らせている。王宮から駆け込んできたのだろう。長男はことさら平常だ。膝枕の上であくびをする。

「あれは問題ない。魔法使いウォーロックだぞ?オレたちが殺そうとしてもあらゆる手を使って返り討ちにするやつだ。魔物の群れなら殲滅間違いなし。まあここで倒れるならそれまでだが。」
「そうでしょうね。私としても女難が心配な程度です。」
「あれは女難持ちか?」
「ええ。そうですよ?」

 長男が眉をくいと上げて食いついた。次男は手元の本から視線を外さない。

 女難ですよ?すでにそうじゃないですか。
 兄さんは気がついていないのですか?

 カールと同じく母親似の雅な顔立ちの次男が言外にそう言う。

「あれくらいの年頃は庇護欲を誘うそうですよ。特にあれの顔立ちだと女性ウケもいいでしょうね。目も痛めていればなおさらでしょう。年上の女性には堪らないはずです。」
「お前もそうだったのか?」
「私は全て蹴散らしました。」
「なるほど?オレはそうならなかったが?」

 長男は膝枕のまま視線だけを次男に向ける。長男の顔立ちも整ってはいたがどちらかといえば精悍で武骨だ。父親似で荒事好きな性格も表情に表れている。
 視線を本から外さず次男は目を細め微笑む。

「兄さんは無理です。あんな大剣を下げた少年に庇護欲のひの字もわきませんよ。」
「そうなのか?」

 長男は膝枕の主に目を向け手を伸ばす。頬に手を当てられたその主は小動物のような愛らしい顔を赤らめて微笑んだ。

「まあ、普通はそうでしょうね。私には好ましいのですが。」
「そういうのは自室でやってください。」

 次男の冷ややかな声がする。本のページを静かにめくっていた。

 本人たちは隠してはいるがお互いの左手を繋いでいる。こっそりやっているつもりだろうがバレバレだからいっそいやらしく見える。この部屋で膝枕もどうなんだろうか。
 ちくちく注意しないと二人のベタベタは更にエスカレートするのだ。三男カールがいない今、次男がそれを一人で担っている。次男が面倒臭げにため息を落とした。

 ここでやっと呼吸が整った長女が握り拳で絶叫する。

「そうじゃないの!カールに女ができたぁ!!」

 三人は目を瞠る。
 流石の次男も本から視線を上げた。

「言ってる側からもうかよ!毒牙か?」
「いえ、単にあれの手が早いだけかもしれません。相手の身元は?」

 震える手で資料を読み長女がさらに絶叫する。

「え?ええ?!辺境伯爵令嬢?なんで??」

 長男が鋭い視線を投げる。それだけで威圧が増した。

「誰が仕込んだ?こういうのは感心しない。」
「お見合いじゃないって!しないよそんなこと!!」
「確かな情報か?」
「カールがそうだって。」
「あれがそう言うなら間違い無いな。」

 そして長女の絶叫は続く。

「出会いは‥‥旧道の森の中?はぁ?!歳は‥‥じゅうはち?はぁぁぁ?!私より上じゃん!そして威風凛々!きゃぁぁ!ホント?!」

 長女の歓喜を流し長男と次男が冷静に状況分析する。

「たらし込んだ‥‥というか、それは保護者ではないのか?」
「やはり年上ですか。まあ同行者でしょう。または姉弟偽装ですかね。よっぽど影がうざったかったのでしょう。だがそこで辺境伯令嬢に遭遇というのは解せません。」
「誰かが仕込んだと?まさか辺境伯が?」

 思わずそう長男が言ってしまったが、ありえないと脳内で自答する。カール失踪は極秘とした。下手に暗殺者や誘拐者の標的になりかねない。
 万一情報が漏れたとしてもそうと仕込めるタイミングではない。

 そもそもあの辺境伯は娘に近づくことを誰にも許していないと聞いたことがある。この展開はありえないだろう。

 そこも理解し次男が頷く。

「信じられませんが偶然‥‥ということでしょうね。」
「‥‥これも女難か?引きがものすごく強いな。」

 資料を読んで赤面し感極まったようにわなわなする長女に長男が指示を出す。

「ひとまずその令嬢の情報をかき集めろ。フォラント家にトラブルがないか。場合によりあいつに知らせろ。家出ならフォラント家も大騒ぎだろうよ。」
「まかしといて!未来の妹だもん!あれ?姉かな?経歴がすごいよ!武道大会で優勝!二つ名はフォラントの剣匠だって!うちにぴったり!」

 次男が眉をひそめ冷ややかに長女を見やる。

 この長女、女性剣士が大好物だ。兄嫁に憧れ感涙を流したほどだ。この女傑武勇伝サーガ好きは何とかならないのか。

 流石に長男もそこは宥めにかかる。ここ最近の長女の暴走はとんでもないのだ。

「落ち着け、まだそうと限らない。あのカタブツ兵法バカが女を引っ掛けるところを想像できるか?」
「でもラブラブ仲良しって書いてあるよ?」

 長女が上機嫌で返答する。

 誰がそんなことを書いたんだ?サービス良すぎだろう?余計なことを。次男が訝しんでさらに顔をしかめた。
 あまりにうってつけな相手に嬉しそうな長女。しかし鼻息荒い長女を長男が嗜める。

「暴走するな。下手に手を出して壊れては元も子もない。何度も言うがやりすぎるなよ。もう影を減らせ。そろそろあいつもキレる頃だ。」
「むしろもう少し人を送ったほうがよろしいのでは?」

 膝枕の主が思案しつつ気遣わしげに言う。

 あぁ、これはまずいぞ。次男は内心ため息をつく。

「ご令嬢も一緒であれば警護を増やした方が伯爵家も安心では?」
「事情もわからない。まだ早い。もう少し様子を‥‥」
「ご令嬢の身をお守りするためです。現地の事情を探るにももう少し手を送りましょう。リース、こちらに。」

 繋いでいた左手を解き膝から長男の頭を下ろす。そして長男嫁が静かに立ち上がり長女と合流し何やら話し合い出した。
 そこに気配を消して控えていた侍女が寄り添う。
 さらにどこで聞きつけたのか息を切らして駆け込んできた獣使いの末妹も参加した。

 女性陣がああだこうだと策を出す。
 残された長男は唖然としてその様子を見ていた。

 次男は再び本に視線を落とした。

 ああなるともう誰も止められない。
 姉に妹、それに兄嫁とその影。さらにスノウ。カールに群がり過保護に甘やかす。甘やかしを良しとするやつではないのに。もはやこれが女難だ。

 確かにそのようにされるべき歳なのだが中身は賢者とさえ呼ばれる程に老けこんでいる。
 これは煩わしいことこの上ないだろう。そういうことに対して辛抱が効く性格でもない。

 もうないだろうが、万が一自分が嫁を取ればあそこに一人追加。そしてカールが嫁を取ればさらに一人追加だ。

「やはりあいつは生まれる順番を間違えたな。」

 静かにページを捲りながら次男はそう独り言ち三男に同情した。

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