29 / 35
第5.0章 賢者 – ウォーロック
第X5話
しおりを挟む「あなたが魔法使いか?」
フォラント辺境伯爵は冷ややかにそう言い放つ。
なるほど、この威圧は四十という若さではないな、なかなかだ。十二の僕がそう評するのもおかしな話だが。
辺境伯爵は長身の男だった。辺境伯を継いだだけある。見た目も強面が故に威圧的に見えるのだろう。本人もそれを利用している口だろうな。
第一印象でティアに似ていないな、と思った。
「ええそうです。初めましてベルナール卿」
「カール殿下だと、本物だという証拠は?」
「ありません。あったとしてもあなたが信じなければ意味はないでしょう?」
笑ってみせる。証拠はない、この顔以外は。
包帯のない僕の素顔をじっと見て辺境伯は納得したようだ。
「なるほど、よく似ておいでだ。」
「ええ、奸計は父似、笑顔は母似だとよく言われます。」
「そこは知略では?」
「どうだったかな?あの父なのでどうでしょうね?」
エングラーでは会えない。バレればあいつに警戒されるだろう。だから隣街に呼び出した。安宿の一室で辺境伯と落ち合う。
僕自身も今は身分を偽っている。ティアの名と魔法使いのサインだけで出てきてくれた。親子仲は不仲なようだがティアは本当に愛されている。
「今までの経緯は先に送った通りです。現在はエングラーに身を隠しています。僕の影で守っていますのでご安心を。」
「あれは無事ですか。よかった。」
「深読みしてそちらの手のものを蹴散らしてしまいました。申し訳ない。途中から気がついて泳がすようにしました。」
そう伝えればベルナール卿はなんとも複雑な表情をする。娘が心配で放った追跡者が皇子の暗殺者と疑われたと理解したようだ。
ティアの同行者の情報は聞いていただろう。まさかその少年の正体が皇子とは思うまい。偶然旧道で出会ったと伝えたが信じているかどうか。未だに僕も信じられないくらいだ。
「エングラーでも無事でしょうか。あの男は‥」
「いろいろと仕掛けてきましたが全て退けました。ですが三日前にセレスティア嬢に毒が盛られました。」
「それは!!」
蒼白の顔で立ち上がる辺境伯を宥める。僕の言い方が悪かった。
「すみません、無事です。解毒済みです。暗殺者も捕らえました。ですが命の危険はまだ残されています。ですから——」
「エングラーではなくここに私を呼び出されたと?」
娘が無事とわかり一呼吸置いて冷静さを取り戻す。理知的だ。聡い上に話も早くて助かる。馬鹿はどこまでも話が通じないから。
ならばと早速本題に入った。
「質問に答えてください。セレスティア嬢に遺産はありませんか?グイリオが相続人の。」
ふうと辺境伯が息を吐き目を閉じる。アタリか。
「叔母からその条件の遺産があります。婚姻することで相続できます。あれが死んだらグイリオが相続する条件がついています。あれには伝えていません。」
なるほど、それか。ずいぶんと意地が悪い。
そんな条件がついた遺産など伝えられないだろう。
「土地はフォラント中央に横たわっている。私が欲しがっていると奴は知っていた。相当金に困っているようだった。」
「土地を手に入れて売却で金を得ようと?」
「そうなるでしょう。金に汚い男だ。だから追い払った。」
やはりそうだったか。割と見たままの男だった。特に多くを語っていないのだがベルナール卿は察してくれたらしい。
「必要であれば証言します。」
「その際はお願いします。被相続人は一番上の叔母君ですね?師匠と呼ばれている?」
辺境伯が無言で頷き肯定する。だとすると仮説の動機がはっきりする。
ここで第一印象と仮説から思いついたことを口にする。
「ベルナール卿、セレスティア嬢はあなたの娘ですか?」
ぎろりと睨まれる。この問いでは当然だ。無礼を承知でわざと単刀直入に聞いた。
まあまあ圧はある。それを悠然と睨み返す。そうやって今まで相手を支配してきたのだろうが、それは僕には効かない。
「当然です。」
「あなたの血を分けた娘ですか?」
「私の娘と申し上げた。それ以上でも以下でもない。」
「どちらかというと彼女は叔母君に似ている様ですが、それについては?」
「あれの母とは姉妹だ。ごく普通でしょう。」
「だがあなたとはあまり似ていませんね。」
これは誘導。この揺さぶりでなんと答えるか聞きたかった。
「私の娘です。」
模範解答。
あれこれ言い募らない。ボロが出るからだ。
正解だ。まずいな。
聡くて口が硬い。これは手強い。
「セレスティア嬢の母君には犬歯がありましたか?」
「ありません。私にはあります。私の両親にも。」
即答。その線もわかっているのか。
犬歯がない娘。
犬歯があれば別の疑念もあったが。
いや犬歯があったとしても自分の娘かどうかはわからない。
疑念があるその上でベルナール卿は娘を慈しんでいる。ならばこれ以上問いつめても意味はないだろう。
「叔母君との関係について伺います。なぜ卿は叔母君との婚約解消を?」
無言。背もたれに寄りかかり顔を背け視線は窓の外。黙秘か。
「セレスティア嬢の母君が妊娠中に叔母君も引きこもられていましたがその事情は?」
目を細め無言。黙秘。
「話を聞いてフォラント家を辱めようとしているわけではありません。セレスティア嬢を守るためです。事情を知りたい。」
無言。それでも黙秘か。
「その後叔母君を後添えに迎えようとしてやめられている。理由は?」
無言。言い訳ぐらいしてほしい。全然話さない。予想はしていたがここまでか。まあ黙秘からわかることもある。
ふうとため息をこぼす。
そして最後の問いを口にした。
7
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる