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第一章 : 恋に落ちた錬金術士
第六話
しおりを挟むそうしてシャルロッテとアイザックの同居が始まった。
王都を出たという噂が効いたのか追っかけ女子たちは大人しくなった。シャルロッテの家にいると疑われてさえいない。作戦は成功したようだ。
シャルロッテは隣の研究室に移ったが事情は伝わっているためアイザックの助手を引き続きしていた。
アイザックは引きこもりを楽しんでいるようだ。実験ばかりで論文が進まずシャルロッテに怒られてばかりである。
シャルロッテは幸せいっぱいだった。
仕事でも家でも大好きな先生の側で、滅茶苦茶美味しい手料理まで食べさせてもらっている。こうなればウザい追っかけ女子様様だ。もうずっとこの生活でいいんじゃない?
その一方であの銀髪の女性の存在が気になった。シャルロッテとの同居のことは知ってるのだろうか?自分なら恋人が別の女性と暮らしているなど耐えられない。
先生はこの状況をどう思っているのだろう?
だがある日、一通の手紙がシャルロッテ宛に届いた。シャルロッテは夜、自室で手の中の手紙を読んで深いため息をついた。
ついに来たか。
差出人はシャルロッテの兄。来月が約束の期限だという通知だった。忘れていたわけではないが考えないようにしていた。
クラウス・シュリンゲンジーク
シャルロッテの兄の名だ。シュリンゲンジーク侯爵家当主であり、当代の魔導士を束ねる最上級魔導士【賢者イスタール】である。
シュリンゲンジークは古くから優秀な魔導士を多く輩出した家系でクラウスも近年稀に見る優秀な魔導士として歳若いながらも十二歳で唯一無二のイスタールに就任した。この若さでの就任は前代未聞のことだった。
そんな家系の中でシャルロッテは魔導が全く使えなかった。クラウスの妹なのに。兄に魔力を全て取られたみそっかす。出来損ない。いつも陰口を叩かれる。過去そのような者が生まれた記録もなく本当に家族と血がつながっているのか自分自身で信じられなかった。
特に兄からは子供の頃から特訓を受け、なんとか魔導を使えるようになれと言われ続けたがダメだった。そんなこともありシャルロッテは優秀な兄とは距離を置いていた。
十の歳に錬金術に興味を持ちその道を極めたいと申し出れば一族からは大反対にあった。魔導と錬金術は敵対する存在だった。魔導からすれば錬金術などまやかしのペテンと思われているのだ。
だが当主を継いだ兄だけは何故かシャルロッテを応援した。猛反対する一族を当主の権限とイスタールの名で押し切った。
あれほどにシャルロッテの魔導をこだわって扱き倒していたのになぜ賛成したのか。それは未だ謎だ。
だが錬金術を極めるにあたり条件が出された。
家を出るのも王立研究所に入るのも構わない。
ただし十八になったらすっぱり辞めて家が決めた相手と婚約、結婚し子供を産むこと。
それ以降は相手が許すのなら錬金術でもなんでも好きにすればいい。
兄の言葉に猛反発したが、これを受け入れないと錬金術への道が絶たれてしまう。仕方なくその条件を受け入れた。そして猛勉強の末に十六の年に国が選ぶ初級錬金術士の試験に見事合格、兄から資金援助を受けて研究所側に家を借りた。
シュリンゲンジークの名は封印した。魔導の家系から錬金術士など魔導の能力がなかったのかと笑われるのがオチだ。
こうしてシャルロッテは錬金術に賭けた。
大成して認められれば兄の選んだ婚約者から解放されるんじゃないのか。アイザックとずっとずっと一緒に仕事ができるんじゃないか。
だが督促の通知が来た。兄ならこうと決めたことは必ず実行する。イスタールの権力があれば錬金術部へ圧力をかけることも可能だろう。研究所にもいられなくなれば錬金術を行う術もなくなる。
シャルロッテは憂鬱でため息をついた。
結婚して子供を産め?私は子供を産む道具なの?結婚なら好きな人として好きな人の子供を産んで育てたい。そうでないと生まれた子供を恨んでしまいそうだ。子供にはなんの罪もないのに。
好きな人‥‥先生との子供ならいくらでも‥‥
そこでふぅと息をはく。
告白さえできないのに結婚なんて夢を見ている場合じゃない。
先生にはもう恋人がいる。この間の銀髪の美人がそうだろう。先生ももう二十六だ。研究所からお見合いの話が出ないのは婚約者がいるからじゃないだろうか。だからあんなに気さくな関係だったんだ。
そう考えれば全てが納得いった。
今までアイザックの側にいられて幸せだった。むしろいい夢を見たと思えばいい。この思い出を一生大事にしよう。
膝の上の手にぽたりと涙がこぼれ落ちた。
「研究を辞めて家に帰る?」
隠しても仕方がない。辞める一ヶ月前には研究所に申し出なければならない。だから上司であるアイザックに朝食後にそう伝えた。
立ち上がっていたアイザックは座るシャルロッテを見下ろしていた。
「辞めてどうするんだ?」
「実家に帰って結婚します。婚約者と」
アイザックが無言で目を伏せる。あまり驚かれなかったのはバレていたのか。シャルロッテが貴族令嬢だと。
「その相手には会ったことは?」
「ありません」
「ロッテは結婚したいのかい?その相手と」
ずいぶん踏み込んだ質問に内心驚きながらも正直に答える。
「‥‥結婚はしたいです。人並みに憧れもあります。出来れば好きな人としたかったですね」
言ってしまえばずくりと胸が痛む。悲しくてアイザックを直視出来ずに顔を伏せる。
アイザックのため息が聞こえた。
「好きな人が‥いるのかい?」
さらに踏み込まれびくりと体が震えるも、言葉が出ず俯いて、ただこくんと頷いた。
好きな人はあなた。そう言えればどんなにいいか。でも先生には既に ———
「——— なら僕がロッテの婚約者になろう」
「‥‥こんなことになってすみません、今までありがとうござい‥‥、はい?」
シャルロッテは思わず顔を上げてアイザックを見上げた。少し眉間に皺を寄せて柔らかく苦笑したアイザックがそこにいた。その切なげな笑みにシャルロッテは魅入られる。
「お兄さんには僕と婚約したと連絡すればいい。偽装だがそうすれば多少は時間が稼げる」
「え?」
「これでも僕は最上級錬金術士【創造ブラフマン】の一番弟子だよ?まあそれでもあまり長くは持たないだろうが。それまでにそいつに告白してこい。可愛いロッテならきっと大丈夫だ。上手くいくよ」
時間を稼ぐ?偽装で婚約?何を言ってるの?
告白してこい?誰に?相手は先生だよ?
え?可愛いって私のこと?
シャルロッテの人生史上最大の大混乱。意味のわからないことを言われさらに可愛いとサラリと褒められた。シャルロッテは心中悶えつつカチンと固まって空色の瞳をさらに見開いた。
「そいつには恋人はいるのかい?婚約者は?」
「ええっと、婚約かはわかりませんがすごく親しい女性が‥」
「研究所のやつか。いやごめん、今のなし。詮索はダメだな」
ボソリとそう言って俯くアイザックにシャルロッテはやっとの思いで口を開く。
「ええ?婚約?!先生と?そんなのダメです!先生に悪いです!」
先生は恋人いるよね?え?私と婚約?ダメだって!う、嬉しいけど偽装とはいえ相手の美人さんに申し訳なさすぎる!
慌てるシャルロッテの頭を撫でてアイザックは笑みをこぼす。
「ロッテには世話になりっぱなしだからな。僕はこんなことしかできない。せめて思う通りにしてこい」
「私の方がずっとお世話になってますって!」
ええ?先生何か誤解してる?え?どうしよう?
しかしここで否定すると好きな人がアイザックだと言わなくてはならない。
いや!もういっそ先生に告ればいいのか?ダメダメ!先生には恋人いるじゃん!
大混乱でどうすることもできず困りきったシャルロッテはこくんと頷いた。
これはややこしいことになってしまった。
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