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第二章 : 恋に落ちたソロモン
第010話
しおりを挟む「くっそーッ嫁が可愛すぎてつらい!!」
帰宅後玄関にて。
両手でバンバン床を叩いてアイザックが悶絶する。その日課を見てふよふよ漂うヴァルキリーが生ぬるい視線で茶茶を入れる。
『もう告っちゃえばいいじゃん?アホくさ』
「それはダメだ」
『なんでー?』
「忘れてんじゃねぇ!僕が好きになっちゃダメだろ?!」
アイザックは頭を抱える。
なんのために距離置いたんだよ?なにやってんだ僕は!
『って悶えてる時点でザックは嫁に堕ちてるし。ソロモンの嫁ってそういうもんだから。食っていいんだからここはありがたく頂いちゃいなって!』
食っていい。
アイザックの脳裏にシャルロッテの桃色の唇とメリハリボディがよぎる。十の頃と違い、今はそれが可能だ。その事実を認識すれば体の中心に熱が集まる。
くッ なんなんだよ!スイッチ緩すぎだろ?鎮まれ煩悩!!
「余計なこと言うな!大体なぁ」
『あー、そんなことよりそろそろ時間だー』
「そんなこと?!お前!ブッコr」
『それはまた今度!じゃねー♪』
ヴァルキリーはキレるアイザックを被せ気味に無視してぽんと時空に姿を消した。
ちッ もっとロッテの良さを語りたかったのに。吐き出さないと明日がつらい。
そういやあいつ、最近ちょくちょく消えてるがどこ行ってんだ?
そんな悶々とした日常でもシャルロッテとの日々は至極楽しい。人間嫌いを返上しそうな勢いでシャルロッテを可愛がった。
シャルロッテも飲み込みが早く、錬金術の基礎もできていてアイザックの実験の手伝いができるようになった。秘書のようにスケジュールを管理し資料も整える。
二年も経てば、なくてはならない助手になっていた。
そんな中で事件が起こった。
『ザック!あれヤバいよ!』
ヴァルキリーの警告は実験室。ヴァルキリーは近未来の起こることがわかる。直近の未来だから変えることはできないが対処はできる。
━━━ 爆発の衝撃から守れ!残りついてこい!
『任されました~!』
横ピースで応じるヴァルキリーがアイザックの周りにバリアを展開。アイザックは小精霊を連れて実験室に駆け込んだ。シャルロッテが指示された実験をしていたが、扱っている薬品が違うとすぐにわかった。
危ない!!
「ロッテ!!」
咄嗟に背後から抱きついて覆いかぶさりアイザックは身を挺してシャルロッテを衝撃から守った。が、誤算があった。
うわっ 柔らかい!
抱きしめた拍子に手がシャルロッテの胸を握りしめた。その柔らかさにアイザックの頭が真っ白になる。身を挺して庇ったつもりが、初めてのバックハグに加え目の前の首筋から甘くいい匂い。
その予想外の多幸感にアイザックが思考を飛ばし固まる。それと同時に、宙に漂う小精霊が一斉に口を開けてぽけっと惚けた。
『ちょ!ザック!何してんの?!』
小精霊はソロモンの影響を受けやすい。アイザックを守るはずの小精霊たちが全員アホ顔になり茫然自失で隙ができた。
爆発の衝撃からは大精霊が守ったが爆発で壊れた壁の瓦礫がアイザックの頭を直撃、アイザックは頭から血を流して撃沈した。普通であれば致命傷である。
ソロモンの残念な有様に大精霊が顔に手を当て俯く。
『あちゃちゃちゃ~』
「‥うそ‥‥先生!しっかりしてください!」
そこから大騒ぎで病院送りとなる。上層部はアイザックがソロモンと知っているから無理もない。
意識は治療室に入ってすぐ戻った。流れた血こそ多かったが傷は既にほとんど塞がり浅い切創になっていた。貧血もなく縫うこともない。
普通の人間なら即死級の巨大な瓦礫直撃でこの程度。これさえも不死身のソロモンの加護で今にも塞がりそうな勢いだ。
事故の状況を聞いた上で傷を見た救急の医師や看護師がなんだこれは?と呆れている。その珍しいソロモンの加護を方々の医師が見に来た為一時病院内は騒然となった。
緊急搬送された手前治療なしというわけにもいかない。まあ念のため一応、と体裁程度に頭に包帯を巻かれる。
小精霊が呆けても、そもそもアイザックにはそうそう死ねないほどの精霊の加護がついていた。
『もう二十六にもなるのにラッキースケベで【至高ソロモン】が撃沈とか。恥ずかしい‥‥。いっそ憐れで泣けてくる‥‥だから早く食っておけと‥‥』
━━━ ヴァルキリー、聞こえてるぞ。
わざとらしくほろりと涙する大精霊に、頭に包帯を巻かれたアイザックが耳まで赤くして憮然とする。
医師に見せるにあたりヴァルキリーの幻術を解いたが生身もかなり不健康だったらしく、おばちゃん医師に二時間こんこんと説教された。
自分の生には無頓着だった。死ななければいいと言う程度。だが流石にこのままでは不味いと理解した。
病室に移されれば部屋に入ってきたシャルロッテがボロボロ泣き出して焦りまくるが、同時に胸がグッと熱くなった。
ロッテがこれ程に自分を心配してくれた。恩師への、兄へのそれかもしれないが。
それでも僕は嫌われてはいない。
こんなに見た目が醜いのに。
不気味だと呪い子と呼ばれ忌み嫌われたのに。
これほど誰かに心配されたのは初めてかもしれない。
ロッテ、僕は君に賭けてもいいのだろうか?
シャルロッテの涙にアイザックはある決断をした。
日帰りOKが出ていたが、病院と掛け合い二ヶ月入院することにした。ホテルの様に豪華な特別室が充てがわれる。まとまった期間休んでいなかった為かゲルトからも即許可が出ていた。
『やれやれ、やっとやる気になったん?』
「‥‥‥や、やる気というか。努力はしようと思ったまでだ」
アイザックは特別室で腕立て伏せをしているが筋肉が相当に落ちていて結構辛い。
『ん?ロッテちんにアタックするんでしょ?幻術解くし』
「‥‥‥ア‥アタックというか‥‥まあ様子を見て。本当に付き合ってる男はいないんだな?」
『いないよん。安心して!』
ふぅと安堵の息をつくソロモンを見下ろし、大精霊は小声でほくそ笑む。
『付き合っている男はね。実はもうメロメロなんだけどなぁ』
そこから視力矯正の治療を受け眼鏡を外し、ボサボサだった髪を切った。ここまではすぐだったがなまっていた体を鍛え直すのに二ヶ月フルで使った。筋トレをやめていたから仕方がない。昔ほどではないが程々に筋肉が戻る。
『おぉ!仕上げてきたね』
「錬金術士ならこの程度か」
腕を回し動きを確認する。精霊の加護のせいか動きもいい。宙を漂うヴァルキリーは不思議顔だ。
『なぜに筋肉?』
「太りにくくするため。不摂生は仕事柄仕方ない。後は無茶が効く」
『あー、ナルホド。そういやそんなこと言ってたわ。最後は体力って?人間は大変だね』
「ん?誰がだ?」
『え?えーと?昔の人?』
珍しく挙動不審な大精霊に怪訝な顔を向ける。
「最近ちょくちょく消えてる様だが悪さはするなよ」
『わ?わわ悪さって?しししてないよ?』
さらにキョドる大精霊に引っかかったが追求するほどに興味も惹かれなかった。
入院中はシャルロッテに会わない様にした。決心が鈍るのが怖い。入院の主旨を知らないシャルロッテには相当心配されたが手紙で宥め面会謝絶とした。
そして退院の日。
大精霊がどこからか仕入れてきた服はサイズぴったりだった。アッシュグレイの髪型を整えジャケットを羽織りさりげないアクセサリーを身につければ、痩せマッチョのワイルドイケメンが出来上がった。
『うん!ロッテちんのツボバッチリ!これならイチコロだよ!』
「‥‥本当だろうな?」
ヴァルキリーの言うことは間に受けないようにしつつも、ソワソワと研究所に出所する。二ヶ月ぶりだ。アイザックはとにかくシャルロッテに飢えていた。
すぐに会って笑顔を見たい。声を聞きたい。この姿を少しでも好きになってくれるだろうか?
過去この見た目は煩わしいだけだったが異性ウケが良かったのは確かだ。ロッテも気に入ってくれたらいいが。
だがゲートの検問で二ヶ月前のIDと別人だと止められてしまった。一応手のひら認証とDNA判定は通ってはいたが見た目が別人すぎた。
マジか?!これは想定外だ。
ロッテに迎えに来て貰えばよかったか。
焦りまくっていれば都合よく憮然顔のクラウスが現れた。あっという間に話がついて中に入れた。ヴァルキリーを見やればにこりと笑う。
こいつがクラウスを呼んだのか?どうやって?
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