長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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 日本のとある小さな町。
 その町内の住宅街に佇む神社がある。規模は小さく参拝客も少ないが、静かでよく手入れが行き届いた境内は地域住民の憩いの場にもなっている。
 そんな平凡な神社だが、江戸時代後期に建立されて以来、変わらずにこの町を見守ってきた。小さな町の中では一番の古株である。
「こんにちは」
 散歩のついでに立ち寄った近所に住む高齢者に、明るい声が挨拶をする。
 浄衣を着た男が、社務所から顔を覗かせている。
 彼はこの神社を一人で管理する、松代朔太郎まつしろさくたろうという宮司である。
 細身の体躯、金色の様な薄茶色の頭髪、朽葉色の瞳。どことなく儚げな容姿は、神職の装束と相まって神秘的な雰囲気すら感じられる。
 外見こそ二十歳そこそこの青年であるが、なんと実際の年齢は一六〇歳を超えている。
 俄かには信じ難い事だが、真実である。
 朔太郎は神社と共にこの町と人々を、時代の移り変わりを見てきた。
 正に生き字引というに相応しい人物である。
「今年の夏も暑そうですね」
「年寄りには堪えるよ。神主さんは若いから元気そうで良いねぇ」
「いやぁ、そうでもないですよ」
 なんとて貴方の倍以上生きてますからねぇ――
 ぽりぽりと頭をかいて、心で呟いた。
 ずっとこの町、この場所で暮らしているのに、周りの人達の記憶が薄れるのか、朔太郎の容姿が変わらない事に皆気付かない。
 周りの変化に取り残される孤独さや寂しさを感じる事があるものの、世間に正体を隠して暮らしている身としては都合が良かった。
 不老不死である事を知っているのは、限られた人物だけ。
「おーい、ジイさん」
 間延びした太い声が響いた。
 朔太郎はムッと顔を顰めて、声の主を迎えた。
 チャコールグレーのスーツを着た青年が、ひらひらと手を振りながら近付いて来る。踏まれた玉砂利が鳴る。
「なんだ、源田のボウズか」
 社務所横の木陰に置かれた椅子に腰かけ休んでいる高齢者が、青年を見上げて言った。
 源田のボウズと呼ばれた青年の名前は、源田隆輝げんだたかてるという。
 隆輝は朔太郎が不老不死である事を知っている数少ない人物の一人である。
 源田家の長男――当主は、不老不死となってしまった朔太郎の生活をサポートしてきた。お目付け役といっても良い。隆輝で六代目となる。
「おいおい、俺はいつまでボウズなんだよ。繰り上げたらもう四十だぞ」
「まだ四十、だ。年寄りからすればまだまだボウズだよ」
 笑った高齢者は朔太郎に挨拶をして、散歩の続きに出かけて行った。
 高齢者の姿が見えなくなるまで見送って、朔太郎は隆輝の二の腕をつねった。隆輝が短く声を上げる。
「貴方ね、人前でジイさんと呼ばないでくださいと何度言えば分かるんですか」
「すまん、ついうっかり」
 先程の「ジイさん」は高齢者に対してではなく、朔太郎に対して呼び掛けたものだったのだ。
 隆輝は、朔太郎の正体と実年齢を知って以来、「ジイさん」と呼ぶようになっていた。それは親しみを込めての呼び方なのだが、見た目が二十歳そこそこの人物に対して呼ぶには、違和感がある。しかも、見た目の年齢は隆輝の方が上なので、聞いた第三者が疑問に思うのは必至である。
 事情を知らない第三者が居る時は「朔さん」と呼ぶ事に決めていた。
 そう決めていたのだが、慣れた呼び方をしてしまう。隆輝は緩かった。
 しかし、その緩さや楽観的な性格に救われる事があるのも事実で、憎めきれないのだった。
 因みに、朔太郎は隆輝の事を「源さん」と呼んでいる。歴代の源田家当主は皆「源さん」と呼んできた為、「何代目源さん」と呼び分けている。
「またサボりですか」
「失礼だなぁ。ちょっと休憩、気分転換だよ」
「つまりサボりですね。まぁ、お茶でも飲んでいきなさい」
 社務所に招き入れて、お茶を煎れる準備をする。
 隆輝は勝手知ったるという様子で折り畳み式の卓袱台を出し、座布団を敷いて胡坐をかいた。卓袱台に肘をついて、大欠伸をした。
 朔太郎は、やれやれと呆れながら盆に煎れたお茶と煎餅を乗せて運んだ。

 静かな昼下がりの境内。参拝客の訪ねて来ない社務所に、煎餅を噛む小気味良い音が鳴っていた。
 これは、可笑しな彼らの日常のお話――
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