長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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サイドストーリー

朔太郎と五代目夫婦(後)

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 それから半年程経った。
 みどりの父親は一度目の手術は無事に終わったものの、癌の転移が確認され、病状の進行も早かった。残念ながら手術のしようが無く、延命治療も止めて緩和ケアを行う事になったという。
 また、父親の収入が無くなる事で私立である高校に通い続ける事が難しくなった為、来年度からは公立高校へ転入する事に決まったのだった。
 善輝は酷く落ち込んでいた。そして、焦っていた。
 転校する事を知った同級生や上級生が、我先にとみどりに告白をしていたのだ。
 勿論、善輝も告白をしたいと思っているが、その雰囲気を察した数少ない女子生徒の殆んどが徒党を組んで告白したり囲んだりして、善輝がみどりとくっ付かない様に謀っていた。
「何なんだよ、もう……」
「モテる男は大変ですねぇ」
「笑えねぇ」
 大きな溜め息を吐いて、頭を抱えた。
 この約半年間で二人の関係は進展していた。少し仲の良いクラスメイトから、お互いを愛称で呼び合う友達になった。
 善輝が積極的にアプローチしなかったのは、やはりみどりの父親の病状と彼女の気持ちを慮ったからである。出来る事なら一日でも早く、友達以上の関係になりたいと思っていたが、出来なかった。
 ここ数日は、善輝もみどりも異性から呼び出され告白を断り続ける毎日。
 碌に会話も出来ていなかった。
 なんとか女子包囲網を掻い潜る術はないかと思案している。
「駄目だ、頭が働かねぇ」
 グシャグシャと乱暴に髪を掻いて、もう一度大きな溜め息を吐いた。

 この日、テスト期間に入っていた為、下校が早かった。
「じゃ、帰るわ」
 暫く社務所に居座って朔太郎に愚痴を零していたが、明日の為に帰宅する事に決めた。
 お気を付けて、と社務所の裏口から出て行く善輝の背中を見送った。
 途端。
「へぁっ?!」
 善輝の可笑しな悲鳴が響いた。
 窓から様子を窺うと、なんとみどりが参道に立っていた。
 参道でお互いを見つめ合い立つ二人。気配を殺して窓から見守る朔太郎。
「どうしたの?」
「うん、最近お話できてないなぁと思ってね。学校じゃぁ全然お話できないから……」
「そ、そっか。何かお互い、大変な事になってるもんな」
 苦笑いで答えた。
「私ね、年明けからは転校の手続きとか、お父さんの事とかがあるから、登校する日が少なくなるの。だからね……」
 少し俯いてもじもじとするみどり。
 善輝は大人しく黙って言葉が紡がれるのを待った。
 顔を上げて、再び善輝を見つめたみどりが口を開いた。
「ヨシくんに告白しに来たの」
「えっ」
「あ、間違えちゃったぁ」
「えっ?!」
 顔を赤くしたみどりが、もう一回言うねぇ、と深呼吸をして、言った。
「私、ヨシくんの事が好きです」
 おっとりしたみどりからは想像できないような、しっかりと真っ直ぐな言葉だった。
 善輝は心臓が飛び出してしまいそうな程の動悸と意識が飛びそうな程の幸せを同時に感じていた。
「俺も、みどりちゃんが、大好きです! 結婚を前提にお付き合いしてください!」
 腰を直角に曲げ、右手を真っ直ぐ前に差し出してみどりの返事を待つ。
 返事はもちろん、
「はい、喜んでぇ」
 善輝の右手を両手でぎゅっと握って、笑顔で答えた。
 善輝は、そのデカい図体をぴょんぴょんと跳ねさせ、喜びを爆発させた。有頂天とは正にこの事。
 若者二人の告白を目の当たりにした朔太郎は、気配を消したまま顔を真っ赤にして照れていた。
(結婚の約束までしちゃった……!)
 映画や小説のような若者の真っ直ぐな愛情と青春は、江戸末期生まれの朔太郎には些か刺激が強かった。

 数年後、善輝が社会人二年目の年に二人は結婚した。
 高校を卒業する時に、大人になったら改めてもう一度プロポーズをすると約束をしていたらしく、両手を握って、プロポーズをした。
「苦労はかけるでしょうが、決して後悔はさせません。俺と、結婚してください」
「もちろん、喜んでぇ」
 源田家当主の妻となる人にも、朔太郎の秘密が伝えられる。
 その秘密を口外しないような口の堅い人物が良しとされるが、みどりの性格的に大丈夫だろうと思った。
 案の定、善輝が伝えた際、
「そうなんですねぇ。だからお肌つやつやなんだねぇ」
 だった。
 そんな二人も六十代半ば。
 子供二人に、孫三人。
 十年程前に隆輝に代は譲ったが、まだまだ現役バリバリ。県の重要文化財である住宅の修繕費その他諸々を稼がねばならない。
 そして、年に一度、夫婦水入らずで旅行する費用も。
「痛ぇ、腰が痛えぇ……」
 敷地内の雑草を粗方始末した善輝は、中腰のまま固まっていた。
「朔さん、ちょっと肩貸してくれ」
「大丈夫ですか?」
 朔太郎は腕を肩にかけ、手を背中に回して、ゆっくりと立ち上がろうと力を入れた。
 しかし、なかなか上手く上がらない。
「重いっ。まったく、貴方の家系は皆体格が良いんですから……」
「朔さんが貧相なだけじゃねえか?」
 母屋から、お茶とおやつの準備が出来たよ、とみどりの呼び声が聞こえた。
 朔太郎は、はーい、と返事をして、そっと善輝の腕を外して、体を離した。そのままスタスタと母屋の方へと歩いて行く。
「え、ちょっと、朔さん?」
「おや、貧相な僕ではお役に立てませんから、ご馳走になってお先に失礼しますね。頑張ってください」
 西日に照らされた朔太郎の顔は、張り付いたような冷たい笑顔だった。
 怒っている。静かに、超怒っている。
 母屋からは朔太郎とみどりの談笑が聞こえて来る。
 春の陽気とは裏腹に、背中に冷たい汗が流れた善輝であった。

朔太郎と五代目夫婦 終
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