23 / 25
サイドストーリー
朔太郎と五代目夫婦(後)
しおりを挟む
それから半年程経った。
みどりの父親は一度目の手術は無事に終わったものの、癌の転移が確認され、病状の進行も早かった。残念ながら手術のしようが無く、延命治療も止めて緩和ケアを行う事になったという。
また、父親の収入が無くなる事で私立である高校に通い続ける事が難しくなった為、来年度からは公立高校へ転入する事に決まったのだった。
善輝は酷く落ち込んでいた。そして、焦っていた。
転校する事を知った同級生や上級生が、我先にとみどりに告白をしていたのだ。
勿論、善輝も告白をしたいと思っているが、その雰囲気を察した数少ない女子生徒の殆んどが徒党を組んで告白したり囲んだりして、善輝がみどりとくっ付かない様に謀っていた。
「何なんだよ、もう……」
「モテる男は大変ですねぇ」
「笑えねぇ」
大きな溜め息を吐いて、頭を抱えた。
この約半年間で二人の関係は進展していた。少し仲の良いクラスメイトから、お互いを愛称で呼び合う友達になった。
善輝が積極的にアプローチしなかったのは、やはりみどりの父親の病状と彼女の気持ちを慮ったからである。出来る事なら一日でも早く、友達以上の関係になりたいと思っていたが、出来なかった。
ここ数日は、善輝もみどりも異性から呼び出され告白を断り続ける毎日。
碌に会話も出来ていなかった。
なんとか女子包囲網を掻い潜る術はないかと思案している。
「駄目だ、頭が働かねぇ」
グシャグシャと乱暴に髪を掻いて、もう一度大きな溜め息を吐いた。
この日、テスト期間に入っていた為、下校が早かった。
「じゃ、帰るわ」
暫く社務所に居座って朔太郎に愚痴を零していたが、明日の為に帰宅する事に決めた。
お気を付けて、と社務所の裏口から出て行く善輝の背中を見送った。
途端。
「へぁっ?!」
善輝の可笑しな悲鳴が響いた。
窓から様子を窺うと、なんとみどりが参道に立っていた。
参道でお互いを見つめ合い立つ二人。気配を殺して窓から見守る朔太郎。
「どうしたの?」
「うん、最近お話できてないなぁと思ってね。学校じゃぁ全然お話できないから……」
「そ、そっか。何かお互い、大変な事になってるもんな」
苦笑いで答えた。
「私ね、年明けからは転校の手続きとか、お父さんの事とかがあるから、登校する日が少なくなるの。だからね……」
少し俯いてもじもじとするみどり。
善輝は大人しく黙って言葉が紡がれるのを待った。
顔を上げて、再び善輝を見つめたみどりが口を開いた。
「ヨシくんに告白しに来たの」
「えっ」
「あ、間違えちゃったぁ」
「えっ?!」
顔を赤くしたみどりが、もう一回言うねぇ、と深呼吸をして、言った。
「私、ヨシくんの事が好きです」
おっとりしたみどりからは想像できないような、しっかりと真っ直ぐな言葉だった。
善輝は心臓が飛び出してしまいそうな程の動悸と意識が飛びそうな程の幸せを同時に感じていた。
「俺も、みどりちゃんが、大好きです! 結婚を前提にお付き合いしてください!」
腰を直角に曲げ、右手を真っ直ぐ前に差し出してみどりの返事を待つ。
返事はもちろん、
「はい、喜んでぇ」
善輝の右手を両手でぎゅっと握って、笑顔で答えた。
善輝は、そのデカい図体をぴょんぴょんと跳ねさせ、喜びを爆発させた。有頂天とは正にこの事。
若者二人の告白を目の当たりにした朔太郎は、気配を消したまま顔を真っ赤にして照れていた。
(結婚の約束までしちゃった……!)
映画や小説のような若者の真っ直ぐな愛情と青春は、江戸末期生まれの朔太郎には些か刺激が強かった。
数年後、善輝が社会人二年目の年に二人は結婚した。
高校を卒業する時に、大人になったら改めてもう一度プロポーズをすると約束をしていたらしく、両手を握って、プロポーズをした。
「苦労はかけるでしょうが、決して後悔はさせません。俺と、結婚してください」
「もちろん、喜んでぇ」
源田家当主の妻となる人にも、朔太郎の秘密が伝えられる。
その秘密を口外しないような口の堅い人物が良しとされるが、みどりの性格的に大丈夫だろうと思った。
案の定、善輝が伝えた際、
「そうなんですねぇ。だからお肌つやつやなんだねぇ」
だった。
そんな二人も六十代半ば。
子供二人に、孫三人。
十年程前に隆輝に代は譲ったが、まだまだ現役バリバリ。県の重要文化財である住宅の修繕費その他諸々を稼がねばならない。
そして、年に一度、夫婦水入らずで旅行する費用も。
「痛ぇ、腰が痛えぇ……」
敷地内の雑草を粗方始末した善輝は、中腰のまま固まっていた。
「朔さん、ちょっと肩貸してくれ」
「大丈夫ですか?」
朔太郎は腕を肩にかけ、手を背中に回して、ゆっくりと立ち上がろうと力を入れた。
しかし、なかなか上手く上がらない。
「重いっ。まったく、貴方の家系は皆体格が良いんですから……」
「朔さんが貧相なだけじゃねえか?」
母屋から、お茶とおやつの準備が出来たよ、とみどりの呼び声が聞こえた。
朔太郎は、はーい、と返事をして、そっと善輝の腕を外して、体を離した。そのままスタスタと母屋の方へと歩いて行く。
「え、ちょっと、朔さん?」
「おや、貧相な僕ではお役に立てませんから、ご馳走になってお先に失礼しますね。頑張ってください」
西日に照らされた朔太郎の顔は、張り付いたような冷たい笑顔だった。
怒っている。静かに、超怒っている。
母屋からは朔太郎とみどりの談笑が聞こえて来る。
春の陽気とは裏腹に、背中に冷たい汗が流れた善輝であった。
朔太郎と五代目夫婦 終
みどりの父親は一度目の手術は無事に終わったものの、癌の転移が確認され、病状の進行も早かった。残念ながら手術のしようが無く、延命治療も止めて緩和ケアを行う事になったという。
また、父親の収入が無くなる事で私立である高校に通い続ける事が難しくなった為、来年度からは公立高校へ転入する事に決まったのだった。
善輝は酷く落ち込んでいた。そして、焦っていた。
転校する事を知った同級生や上級生が、我先にとみどりに告白をしていたのだ。
勿論、善輝も告白をしたいと思っているが、その雰囲気を察した数少ない女子生徒の殆んどが徒党を組んで告白したり囲んだりして、善輝がみどりとくっ付かない様に謀っていた。
「何なんだよ、もう……」
「モテる男は大変ですねぇ」
「笑えねぇ」
大きな溜め息を吐いて、頭を抱えた。
この約半年間で二人の関係は進展していた。少し仲の良いクラスメイトから、お互いを愛称で呼び合う友達になった。
善輝が積極的にアプローチしなかったのは、やはりみどりの父親の病状と彼女の気持ちを慮ったからである。出来る事なら一日でも早く、友達以上の関係になりたいと思っていたが、出来なかった。
ここ数日は、善輝もみどりも異性から呼び出され告白を断り続ける毎日。
碌に会話も出来ていなかった。
なんとか女子包囲網を掻い潜る術はないかと思案している。
「駄目だ、頭が働かねぇ」
グシャグシャと乱暴に髪を掻いて、もう一度大きな溜め息を吐いた。
この日、テスト期間に入っていた為、下校が早かった。
「じゃ、帰るわ」
暫く社務所に居座って朔太郎に愚痴を零していたが、明日の為に帰宅する事に決めた。
お気を付けて、と社務所の裏口から出て行く善輝の背中を見送った。
途端。
「へぁっ?!」
善輝の可笑しな悲鳴が響いた。
窓から様子を窺うと、なんとみどりが参道に立っていた。
参道でお互いを見つめ合い立つ二人。気配を殺して窓から見守る朔太郎。
「どうしたの?」
「うん、最近お話できてないなぁと思ってね。学校じゃぁ全然お話できないから……」
「そ、そっか。何かお互い、大変な事になってるもんな」
苦笑いで答えた。
「私ね、年明けからは転校の手続きとか、お父さんの事とかがあるから、登校する日が少なくなるの。だからね……」
少し俯いてもじもじとするみどり。
善輝は大人しく黙って言葉が紡がれるのを待った。
顔を上げて、再び善輝を見つめたみどりが口を開いた。
「ヨシくんに告白しに来たの」
「えっ」
「あ、間違えちゃったぁ」
「えっ?!」
顔を赤くしたみどりが、もう一回言うねぇ、と深呼吸をして、言った。
「私、ヨシくんの事が好きです」
おっとりしたみどりからは想像できないような、しっかりと真っ直ぐな言葉だった。
善輝は心臓が飛び出してしまいそうな程の動悸と意識が飛びそうな程の幸せを同時に感じていた。
「俺も、みどりちゃんが、大好きです! 結婚を前提にお付き合いしてください!」
腰を直角に曲げ、右手を真っ直ぐ前に差し出してみどりの返事を待つ。
返事はもちろん、
「はい、喜んでぇ」
善輝の右手を両手でぎゅっと握って、笑顔で答えた。
善輝は、そのデカい図体をぴょんぴょんと跳ねさせ、喜びを爆発させた。有頂天とは正にこの事。
若者二人の告白を目の当たりにした朔太郎は、気配を消したまま顔を真っ赤にして照れていた。
(結婚の約束までしちゃった……!)
映画や小説のような若者の真っ直ぐな愛情と青春は、江戸末期生まれの朔太郎には些か刺激が強かった。
数年後、善輝が社会人二年目の年に二人は結婚した。
高校を卒業する時に、大人になったら改めてもう一度プロポーズをすると約束をしていたらしく、両手を握って、プロポーズをした。
「苦労はかけるでしょうが、決して後悔はさせません。俺と、結婚してください」
「もちろん、喜んでぇ」
源田家当主の妻となる人にも、朔太郎の秘密が伝えられる。
その秘密を口外しないような口の堅い人物が良しとされるが、みどりの性格的に大丈夫だろうと思った。
案の定、善輝が伝えた際、
「そうなんですねぇ。だからお肌つやつやなんだねぇ」
だった。
そんな二人も六十代半ば。
子供二人に、孫三人。
十年程前に隆輝に代は譲ったが、まだまだ現役バリバリ。県の重要文化財である住宅の修繕費その他諸々を稼がねばならない。
そして、年に一度、夫婦水入らずで旅行する費用も。
「痛ぇ、腰が痛えぇ……」
敷地内の雑草を粗方始末した善輝は、中腰のまま固まっていた。
「朔さん、ちょっと肩貸してくれ」
「大丈夫ですか?」
朔太郎は腕を肩にかけ、手を背中に回して、ゆっくりと立ち上がろうと力を入れた。
しかし、なかなか上手く上がらない。
「重いっ。まったく、貴方の家系は皆体格が良いんですから……」
「朔さんが貧相なだけじゃねえか?」
母屋から、お茶とおやつの準備が出来たよ、とみどりの呼び声が聞こえた。
朔太郎は、はーい、と返事をして、そっと善輝の腕を外して、体を離した。そのままスタスタと母屋の方へと歩いて行く。
「え、ちょっと、朔さん?」
「おや、貧相な僕ではお役に立てませんから、ご馳走になってお先に失礼しますね。頑張ってください」
西日に照らされた朔太郎の顔は、張り付いたような冷たい笑顔だった。
怒っている。静かに、超怒っている。
母屋からは朔太郎とみどりの談笑が聞こえて来る。
春の陽気とは裏腹に、背中に冷たい汗が流れた善輝であった。
朔太郎と五代目夫婦 終
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる