超能力者の私生活

盛り塩

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第7話 入学説明会②

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「えぇ~~……と」

 恐る恐る部屋を見回す。

 思ってたより随分とこじんまりしていた。
『説明会』などと書かれていたから、なんとなく大人数を想像していたのだが、私を含めもう一人の女の子しかいない。

 しまった……これはやりづらい。

 大人数ならば、少しでも怪しげな空気を感じた瞬間にトンズラを決めてやろうかと思っていたのだが……これでは逃げるに逃げられない。
 部屋に入ったが最後、きちんと説明を受けて、しかるべき応対をしなければ出てこれそうにない。

 私はしぶしぶ覚悟を決めて、おずおずと指定された席につく。
 席にはペットボトルのお茶と、クリアファイルに入れられたいくつかの冊子が置いてあった。その一番上の冊子には『安心安全ESP・PKのすすめ』とタイトルが書かれていた。

 席に付き、正面に座る女の子を見る。
 私と同い年くらいの女の子だ。
 セーラー服に黒髪、三編み、丸メガネ。
 地味すぎて逆に派手に見えるその子は――――て、あれ!?
 この子、一週間ほど前にバイト先で私を見てた子じゃないか?
 なんでこんな所にいるんだ?? 偶然? ……いや、そんなこと……?

「……あ、あのぅ……」

 思わず声をかけると、その子はニコッと笑ってくれる。
 眼鏡の奥に見える瞳がやたら可愛い。
 おいおい、私が女で良かったな?
 でなければ今ので落ちてたぞ?
 などと脱線したことを考えていると、

「やあ、本日は来てくれてありがとうね。……名前は……うっ……宝塚さん……で……よかった、か、かな?」

 所長と名乗ったおじさんが唇をプルプル震わせながら問うてきた。
 あえてフルネームで確認しないところに悪意を感じる。
 三編みも眼鏡を光らせながらプルプルしているし、美女は顔をそむけて気配を殺している。

「はい、宝塚女優ですがなにか問題でも?」

 私はあえてフルネームで返す。
 所長はグッっと何かを踏ん張り、テーブルに手をついて肩を震わせる。
 三編みも顔を膝に埋めてフーフー言っている。
 美女は完全に後ろを向いてしまった。
 私は慣れた様子でしばしの間を開けてあげる。
 しばらくのシュールな時間が過ぎ、所長が涙に滲んだ目で顔を上げた。

「う、うん、ごほん……すまなかった。ちょっと思い出し笑いをしてしまってね」

 うん、完璧に私をみてプルってましたよ?

「それより、災難だったね。いきなり入り口で事件に巻き込まれてたよね?
 怪我は無かったかい?」

 ネクタイを直しながら所長は尋ねて来た。
 そうだ、いきなりの展開で忘れていたが、私はひったくり犯に襲われて怪我をするところだったのだ。
 だのに何だかわからないうちに、ひったくり犯は消えて、私はこの部屋に運び込まれた。いったいどうなっているのだろう?

良かったですね。ここから見ててヒヤヒヤしましたよ?
 逃げないで犯人に覆いかぶさっていくんですもの、無茶ですよ?」

 三編み少女が私に話しかけてくる。
 片桐さんとはあの美女の事だろう。

「あ、私は最恩 菜々(さいおん なな)と言います。よろしくお願いします」

 ペコリと会釈され私も返す。

「え……と、あの……救けたって……?」

 一方的に引っ張ってこられた覚えはあるが救けられた覚えはない。

「え? あの暴漢さんですよ、消えたでしょ? あれ片桐さんの仕業ですよ?」
「ゔぇ??」

 ヒキガエルのように聞き返す私。
 この片桐と申す美女があのひったくり犯を消しただとぉ?
 何を言っておるのかこの小娘??

「菜々、余計なことは言わないの。宝塚さんが混乱しているでしょう?」
「あ、そうですね……すみません」

 片桐という美女にたしなめられ、口に手を当てる菜々ちん。

「ま、とりあえずその事も含め説明させて貰おうかな?」

 所長が場を改めて、私に向き直った。

「では早速だが宝塚くん。
 我が訓練所の説明から初めさせてもらってもよろしいかな?」
「いや、あ、あ、あの……」

 私はたまらず手を挙げる。

「ん? なにかね?」
「い、いや……聞きたいことが山ほどあって、その、とりあえずあなた方は誰なんですか? なぜ私が呼ばれたんですか?? PK能力者とか何なんですか???」

 私は頭に浮かぶままに質問を投げかけた。
 すると所長はにっこり笑い、

「はっはっは。うん、ごめんね~~。だよね? 分かんないよね?
 最初はね、みんな同じ様な反応するよ」

 菜々ちんも笑顔でこちらを見ている。その顔はまるで妹を見守る姉のよう。

「そういうのを今から全部説明するから。少し長くなるけど辛抱して聞いてくれるかな?」

 そう言って所長は白板にマーカーで文字を書き始める。

『ESP・PK能力者とは』
 と書き、

「はい、これ分かる人」
 と挙手を求めてきた。

 もちろん私は挙げないが、菜々ちん(なんとなく『ちん』付けで呼ばせてもらっている。意味はない)と片桐美女は上げている。

「うん。ではこの説明から始めようかな」

 笑顔を崩さず、所長はやさしく語りかけてくる。
 まるで小学校の先生だ。

「宝塚くん。キミは超能力と言う言葉をしっているかね?」
「はぁ……」

 失敬な。そのくらい知っている。

「うん。簡単に言うとね、その超能力の事なんだな、ESPとかPKって言うのは」

 初めて知った。

「ざっくり説明すると……」
 所長は再び白板に文字を書き始める。

『ESP ≒ 超感覚的知覚』
『PK ≒ 意思の力だけで手を触れずに物体を動かす能力』

「ESPとは、人間にあらかじめ備えられた五感、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚とそれ以外に論理的思考による推論など、通常の知覚手段を用いずに情報を得られる能力のことだ。
 対してPKとは念力に代表される不可思議な力で物質を動かす力だね。
 ――――うん? どうしたのかな?」

 最初の二行で置いてけぼりを食らった私の顔を、三人は『うん、わかるわかる』と同情した顔で見つめてきた。

 だったらもっと簡単に説明してくれ。
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