超能力者の私生活

盛り塩

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第31話 サイコメトラー菜々

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 甲府市内のとあるマンションを窓越しに見ながら、私はコーラを飲み込んだ。
 見ているのは死ぬ子先生の情報にあった不良グループのアジトになっているマンションである。

 どうらやここの最上階に、連中が借りている部屋があるらしい。

 私はそのすぐ近くのハンバーガー屋にて夕食を食べていた。
 目の前には山積みにされたハンバーガーとポテト、チキンナゲットにアップルパイなどが積み上げられて、その向こうに呆れ顔の菜々ちんがチラチラ見える。

 死ぬ子先生から無茶な訓練を押し付けられた後、私は部屋に帰って死ぬほど悩んだ。
 自分には関係ない、助けに行かないと言いはしたが、囚われている女子がどうなってもいいというわけじゃない。
 かといって自分が体を張って助けに行くのかと言われれば、それは怖いし義理もない。

 ならば知らんぷりしてしまおうか?

 死ぬ子先生が言ったとおり、かわいそうではあるが、だからといって私が助けに行かなければならない道理は無いのだ。

 行くべきは警察の仕事のはず。
 そう。自分の役目はしかるべき所に連絡して、動くべき人間に動いてもらうよう手配する事なのだ。

 そう思い、旅館の公衆電話を使って匿名で警察に連絡した。
 情報として送ってもらった犯人グループの主犯格三人の名前と、囚われている女の子の名前を伝え、マンションの住所も伝えた。
 女の子がさらわれているのが本当ならば捜索願くらいは出ているはずだから、具体的な情報があれば警察はすぐに動いてくれるはずだ。

 そこまで手配したところで、学校から帰ってきた菜々ちんに会った。
 ことの経緯を説明したら、

『死ぬ子先生ったら、またそんな無茶な訓練を……』

 と呆れていたが、私はそんな訓練に付き合う気は無いし事件のことは今、警察に連絡したからじきに解決すると説明すると、彼女は微妙な表情をして、

『残念だけど……たぶんそれは無駄ですよ』と答えた。

 理由は死ぬ子先生の言う通り、そのグループの親達が権力者だから。
 菜々ちんの説明によれば、警察という組織は正義の味方なのではなく、あくまで支配者階級の人間が従属者達を自分たちの都合のいいルールに縛り付け、言うことを聞かせる為だけの暴力組織なのだという。

 もちろん表向きは市民の味方を謳ってはいるが実態は真逆なのだそうだ。
 そんなところに『支配者階級のご子息様が従属奴隷の娘をおもちゃにしています』などと訴えたところで『それがなにか?』と返されるのがオチなのだそうな。
 もちろん言葉でではなく、行動でだが。

 しかし、そのことを理解するにはどうもまだ私には人生経験が足りないらしく、どうしても納得できないでいると、

『じゃあ、一緒に確認しに行きますか?』

 と提案され、このハンバーガー屋に陣を構えているわけである。

 来てしばらく経つが、マンションに警察が訪れる気配は一向にない。
 連絡してから一時間くらいは経っているはずだ、事件が事件だけに警察は早く動いてくれると思うのだが、いまだ巡回警官の一人も現れやしない。

「もしかして……もう警察が踏み込んで解決しちゃったとか……?」
 私が期待を込めてそういうと。

「それならばそれなりの騒ぎになっていると思いますよ?」
 と返される。

 確かに、警察が踏み込んで連行騒ぎにでもなったら、今頃は野次馬とご近所さんの井戸端会議で大賑わいになっていることだろう。
 しかしマンションの前は静かなもの、枯れ葉の転がる音すら聞こえてきそうである。

「あれかな? やっぱり正式に動くとなると、なんか礼状的なものとか用意したり色々手間がかかって遅れてるのかな?」
「ならなおさら、その礼状を取るための捜査班がうろついていなければオカシイと思いますけれども……」
「じゃあ、私の言ったことイタズラと思われたとか?」
「死ぬ子先生の情報を伝えたのでしょう? ならそれが事実だという事くらい、いくら警察でも理解出来ると思いますよ」
「……だよねぇ、名前とかマンションとかけっこう具体的に説明したもんね。
 でも、だったら何ですぐに動いてくれないの??」
「それは説明した通りですよ。おそらくもう警察は来ません。
 どうします? このままもう帰ります? それとも――――……?」

 探るような目で私を見てくる菜々ちん。

「いやいや、嫌だよ!? 私、どうすることも出来ないって!! そりゃあ囚われてる女の子はかわいそうだけれど……でもどうしようも……」
「ですよねぇ。死ぬ子先生もべつに強制はしていなかったんですよね? ならばもうこのまま帰っても問題無いかと思いますよ?」

 ポテトをカジカジしながら平然とした口調で言ってくれる菜々ちん。

「う……で、でもそうしたら女の子はどうなるのかな……?」
「普通におもちゃにされた後、飽きられて土か水の中でしょう」

 またまた涼しいお顔でこの子ったら(汗)

「い、いやその……そもそもホントに囚われてるのかもわからないし。
 ほらあの、死ぬ子先生って無茶苦茶だから適当なウソってことも……」
「……つく理由が見当たりませんけど……。
 そうですね、ではあんまり気乗りはしないんですけど……私の能力で確認してみます?」

 ため息まじりにそう提案してくれる菜々ちん。

「え、確認? そんなこと出来るの??」
「この距離ならば……まあ、いけると思います」

 たしか菜々ちんの能力はサイコメトリー。
 植物限定で、そこにある残留思念を映像化して読み取る能力。

「あれ? でも植物なんてマンションの最上階には生えてないと思うけど……」
「べつに草や木だけが植物ってわけではないですよ?」

 ニコッと笑う。場違いだが、その笑顔に惚れそうになった。

「今の季節ですと使いやすいのはスギゴケですね」
「スギゴケ??」
「ええ、苔の一種です。今の季節ちょうどその胞子がよく舞っているんですよ」

 そう言って意識を集中し始める菜々ちん。
 菜々ちんの体から何やら薄ぼんやりとした人の影が見えた。
 それはほがらかな笑顔をした座敷わらしのような……。

 ――――その瞬間。

 パッと光が散り、点滅するパルス光のようなものがすごい速さでマンションへと上っていった。

 これが菜々ちんの能力なのか……?
 苔の胞子を伝って能力を飛ばしている??
 今の光はきっと私が同じ超能力者だから見えるものなのだろうな。
 私は不思議にそう理解していた。
 と、
 しばらく意識を集中していた菜々ちんの様子が急に変化した。

 ガンッ!!

 突然テーブルをぶっ叩いた彼女の目は血走り、その表情は、なぜか鬼のように殺気に満ちたものになっていた。
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