超能力者の私生活

盛り塩

文字の大きさ
上 下
182 / 205

第182話 一人戦う①

しおりを挟む
 京都は大原にある、とある古旅館。
 私はそこで車から降ろされた。

 小ぢんまりとしているが、歴史と風格を感じさせる建屋が私を威圧するように出迎えてくる。
 後ろ手を拘束されたまま前と後ろを男に挟まれ、玄関へと進まされる。
 先頭を歩く片桐さんが自動扉の前に立つが、扉は開かなかった。

「……ちょっと? 故障でもしているのかしら?」

 ガラス扉の向こうに立つ二人の男性構成員に向かって不機嫌そうにそう声をかける片桐さん。

「……申し訳ありません。所長の指示で新しく合言葉を作りまして、それに答えて頂きませんと、ここを通すことが出来ません。……本当に申し訳ありません」

 誠心誠意心底申し訳無さそうに頭を下げる二人。
 対する片桐さんは両手を膝につきながら、とても大きなため息を吐いた。

「……それ私、聞いてないんだけど?」
「その……それでも片桐さんなら答えられるだろうと所長が……」
「…………意味は?」
「はい?」
「こんな時代錯誤なセキュリティを設ける意味を聞いてるのよ」
「……え……と、それはむしろ自分たちがお尋ねしたいくらいでして……」
「…………そうね。……あなた達も被害者なのね……わかったわ。合言葉をちょうだい」

 疲れ諦めた顔をして、額をガラス扉に擦りつけながら片桐さんはその謎のルールに従うことにしたようだ。
 私は呆れてそのやり取りを見ていたが、同時に、このとぼけた展開を作った中にいるだろう人間は間違いなくあの大西所長本人だろうと悲しくも確信した。

「では……こほん。え~~~~~~~~……」
 ものすごく言いづらそうに言葉尻を伸ばす迷彩服姿の男性。

「その、え~~~~……」
「いいから、早く言いなさいな」

 どうせまたろくでもない言葉を鍵にしているんだろうと予想して、片桐さんは眉間をつまみながら先を促した。
 それを聞いて男性は意を決した目で、合言葉を口にする。

「きょ、今日のパンツの色はっ!?」

 しばしの静寂が訪れる。
 庭園に咲く寒椿の花がポトリと落ちた。

「紫よ。――――とでも答えろと?」

 顔面に怒りマークを十個ほど貼り付けて静かにマジギレする片桐さん。

「いえ、む、む、む、紫では不正解です!!」

 迷彩服を着たその男性は背筋を伸ばしつつ緊張しまくった顔で汗を滴らせた。

「……どうしてあなたにそれがわかるの……??」
「いえ、私にはわかりません。――がっ!! 知らされておりますっ!!」
「…………………………………………白よ」
「大正解でありますっ!!」

 ヒュボッ!! ――――ドカッシャァァァァンッ!!!!
 同時にガラス扉がアスポートによって粉砕され、破片が敷石へと崩れ落ちた。

「ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!??」
「所長はどこ?」

 じゃり、じゃりっと割れたガラス片を踏みつけて彼女は男の胸ぐらを掴んだ。
 そして青ざめる構成員さんを座りきった目で睨みつけ、肝っ玉を締め上げた。

「も、も、も、も、も、桃の間でありますっ!!」

 片桐さんの散弾アスポートで虎刈りヘアーにされた可愛そうなその構成員は、泣きそうな顔をしながらそう報告した。

「そう、ありがとう。…………死にたくなかったら今すぐ、さっきの記憶を消しなさい? あなたたちもいいわね?」

 完璧に殺し屋の目をしながら片桐さんは私たち全員にそう睨みを利かした。
 私以外の四人の男性は一斉に背筋を真っ直ぐに立てて「はっ!!」と怯え引きつりばがら返事をした。




「や、宝塚くん♡ 待ってたよ、まぁとりあえず座って再会の乾杯でもしようかかかかかかかかかか!???」

 所長の輪郭をかたどるようにコイン大のアスポートが連射され、ふすまにもう一人の所長が現われた。

「ご、ごめんごめん!! ごめんって片桐くん!! もうしない!! もうテレパシーでキミの記憶からパンツの色を見たりしないから!! 勘弁だよ勘弁っ!!」

 頭を抱え込んで床の間の掛け軸の裏に隠れながら、浴衣姿の所長は蒼白になる。

「今度やったら、その玉袋の中の玉二つとも亜空間に飛ばしてやりますからね?」
「ちょっと待ってくれよ?? イタズラの代償にしてはそれは重すぎやしないかい!? だめだよ、それだけはだめだよ!?? なにがあってもそれだけはやっちゃだめなことなんだ~~~~~~~~っ!!!!」

 四つん這いになり全力の叫びを上げる痛いオジさん。
 なんだろう……あれ? 世界軸変わった??
 なんとなく想像してた展開とあまりに違う光景に、私の現実感はピキピキと音を立ててひび割れ始める。

「ふん。次は本当に無いですからね」
「……わかったよう、僕もまだまだ男でいたいしねグスン……」

 わざとらしい泣き真似をしながら床の間から這い出てくる所長。
 その姿は私がよく知っているいつもの所長そのものだった。




 いかにも高級そうな座卓が私の顔を映している、その隣に片桐さんの顔もあった。
 部屋はどこにでもあるような和の客室で、それが訓練所の寮を思い起こさせ、私は少し複雑な気持ちになった。
 対面にある肘掛け付きの木製座椅子に所長が座ると、少し気まずそうな汗を流した仲居さんが料理を持って来てくれる。

 いかにも旅館らしい小鉢に小皿、色とりどりの小料理が並び。中央には火にかけられた大きな土鍋と、大皿に花を作る赤身肉。

「ぼたん鍋さ。冬の大原って言ったらまずはこれを食べなきゃね♪」

 嬉しそうにそう言って、仲居さんからビールの酌を受けている所長。
 その何一つ悪びれのない表情を見つめて、私はこの男がいったい何を考えているのか、いよいよ全くわからなくなった。
しおりを挟む

処理中です...