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黒い物がこびりついた鉄パイプを握りしめて、私は立ち尽くす。その横で人の形をした何かを頬張る怪異。
美味しそうに食べている。
「私はもう……こんな精神がすり減ることはしたくない。死んでいるとは言っても、人殺しと何ら変わりない」
「このガキが悪霊になって人様に迷惑をかけるかもしれないんだぞ? 迷惑どころか祟り殺していたかもしれねぇ。ガキもそれじゃ浮かばれねえだろうし。良いことをしたって思えば良い」
「若い芽は摘まないとな」──と毛むくじゃらの怪異。
怪異は指を長い舌で舐めた後、私に手を伸ばした。
「なにぼーっとしてんだ。行きたいところがあるんじゃないのか?」
「あ、あぁ。私の記憶が捨てられている場所まで連れてってくれ」
怪異は小さな翼を思いっきり伸ばして、怪異の体よりも大きく変化させた。
翼だけを見れば、まるで伽の話のドラゴンを見ているかのようだった。
◯
怪異に抱えられてやってきたのは……。何処かわからないが、温泉街のようだった。
背の高い木組みの家と、川のように流れている源泉。熱気がここまで伝わってくる。
雨が振っているからなのか人の気一つもなく、心の焦燥感を煽るような静けさが漂っているだけだった。
「あ、あの~」
怪異の腕から降りた時だった。背後から女性の声が聞こえてきたのだ。
「あなたはここの人ですか?」
「いっ、いえ……違います」
女性の方へと振り向いて反射的に軽い会釈をする。
見た感じ怪異ではなさそうだし、生きている人のようだ。
もしかするとここまで飛んできたのを見られていたのか? 怪異が見えない人だろうから、私が独りでに飛んできたように見えていたのかもしれない。
どう弁明しよう。
「そっ、そのっ……私は真夜と申します……。えと、私は有名なマジシャンでして──さっきの空中浮遊には、すごいトリックがあってですね」
「ははっ! 人見知りにも程があるんじゃねぇのか? 安心しろ。そいつぁ俺が見えてる」
見えて……。なら私がついた嘘は全て筒抜けだったということか。恥ずかしい。
なんで昔の私は羞恥心を売っていないのだろうか。こんな面倒な感情は生きていくうえで邪魔なものでしかないだろう。
「ふふっ……面白い人ですね。あなたも見える人で安心しました」
微笑みながら私の手を掴む女性。
赤色の番傘と着物がとても似合っていて、これぞ和。という雰囲気の人だ。
「それで、私達になにか用があるんですか? 探しものをしているので手短に済ませていただきたいのですが……」
こんなにも綺麗な人が私に何の用もなく話しかけてくるわけがない。折り入って大事な話があるのだろう。
「いえ、道に迷ってしまって。あとそんなに畏まらなくて結構ですよ。私があなたに訊ねている側なので」
道に迷う……。確かに周りに私以外人はいなければ店が空いているわけでもない。
なら私に話しかけてくるのは当たり前のことか。
にしても、この人は優しい人だな。
「すまんな。こっちは初めて来たから道がわかんねぇんだよ。お前の力になれそうにない。じゃあ行くぞ」
「ちょ──待ってくれ」
怪異は私の静止も聞かずに手を強引に引っ張り、この場を離れようとする。
「確かに私達は初めてきた場所で右も左もわからない状態だけど、手を貸すことくらいは出来るだろう」
そんなこんなで怪異を説得して、彼女──「ヒナ」さんと行動を共にするのであった。
こんなにも綺麗な人と一緒にいれるなんて思ってもいなかった。この怪異が可愛らしかったらまさに両手に花状態だったのだけど、可愛いとは真反対の容姿。
まぁ、容姿端麗だからなんだとは思うけど。
「ところで、ヒナさんは何処にいきたいんですか?」
もしヒナさんが行きたい場所に記憶が捨てられているのであれば万々歳……なんだけど、そんな都合のいい話はないか。
都合が良くなくても、この街の話でも聞ければそこから重点的に記憶探しを出来るのだが。
はっきり言って私は人付き合いが得意な方じゃない。今のところこの怪異と話す分には何にもないのだが……。
「それが、お酒に酔っちゃてたみたいで……気づいたらここにいたんですよ。何処から来たのかもあまり思い出せなくて」
「それは……大変ですね」
怪異はヒナさんに協力するのが嫌らしく、ずっと私の服を引っ張っている。踏ん張るのも一苦労だからやめてほしいのだが……。
にしても、記憶が飛ぶまでお酒を飲むって……人は見かけによらないんだな。
まだ私は酒が飲めない年だからわからないが、そんなにも美味しいものなのだろうか。
「何にもわからないんじゃあ俺らも力になれねぇな。何処に行きたいのかをちゃんと話してくれねぇと。……俺達は犬のおまわりさんじゃねぇんだからな。そこは勘違いすんなよ人間風情が」
「ま、まぁ、私はヒナさんがのんびり思い出して行けば良いと思います。こんな怪異の言うことは聞かずに」
ヒナさんは「ありがとうございます」と、私に微笑んだ。笑顔の素敵な人だ。
「おいおい、こんな怪異とはなんだよ。聞き捨てならねーな」
怪異に首根っこを掴まれながら私は口を開ける。
「ここは温泉街なんですし、お風呂に入ってリフレッシュしてから動いていくのはどうでしょう。雨で体も冷えてるでしょうし」
私も濡れたままだといつ風邪を引いてしまうかわからないし、体力も持っていかれる。
それに、記憶や思い出を捨てるなら印象深いところに私は捨てるだろうし。
「私も同じことを考えていたのですけど、お風呂に入れる場所が見つからなくて……真夜さんは知ってい……るわけではなさそうですね」
「言い出したのは私なのに……申し訳ないです」
美味しそうに食べている。
「私はもう……こんな精神がすり減ることはしたくない。死んでいるとは言っても、人殺しと何ら変わりない」
「このガキが悪霊になって人様に迷惑をかけるかもしれないんだぞ? 迷惑どころか祟り殺していたかもしれねぇ。ガキもそれじゃ浮かばれねえだろうし。良いことをしたって思えば良い」
「若い芽は摘まないとな」──と毛むくじゃらの怪異。
怪異は指を長い舌で舐めた後、私に手を伸ばした。
「なにぼーっとしてんだ。行きたいところがあるんじゃないのか?」
「あ、あぁ。私の記憶が捨てられている場所まで連れてってくれ」
怪異は小さな翼を思いっきり伸ばして、怪異の体よりも大きく変化させた。
翼だけを見れば、まるで伽の話のドラゴンを見ているかのようだった。
◯
怪異に抱えられてやってきたのは……。何処かわからないが、温泉街のようだった。
背の高い木組みの家と、川のように流れている源泉。熱気がここまで伝わってくる。
雨が振っているからなのか人の気一つもなく、心の焦燥感を煽るような静けさが漂っているだけだった。
「あ、あの~」
怪異の腕から降りた時だった。背後から女性の声が聞こえてきたのだ。
「あなたはここの人ですか?」
「いっ、いえ……違います」
女性の方へと振り向いて反射的に軽い会釈をする。
見た感じ怪異ではなさそうだし、生きている人のようだ。
もしかするとここまで飛んできたのを見られていたのか? 怪異が見えない人だろうから、私が独りでに飛んできたように見えていたのかもしれない。
どう弁明しよう。
「そっ、そのっ……私は真夜と申します……。えと、私は有名なマジシャンでして──さっきの空中浮遊には、すごいトリックがあってですね」
「ははっ! 人見知りにも程があるんじゃねぇのか? 安心しろ。そいつぁ俺が見えてる」
見えて……。なら私がついた嘘は全て筒抜けだったということか。恥ずかしい。
なんで昔の私は羞恥心を売っていないのだろうか。こんな面倒な感情は生きていくうえで邪魔なものでしかないだろう。
「ふふっ……面白い人ですね。あなたも見える人で安心しました」
微笑みながら私の手を掴む女性。
赤色の番傘と着物がとても似合っていて、これぞ和。という雰囲気の人だ。
「それで、私達になにか用があるんですか? 探しものをしているので手短に済ませていただきたいのですが……」
こんなにも綺麗な人が私に何の用もなく話しかけてくるわけがない。折り入って大事な話があるのだろう。
「いえ、道に迷ってしまって。あとそんなに畏まらなくて結構ですよ。私があなたに訊ねている側なので」
道に迷う……。確かに周りに私以外人はいなければ店が空いているわけでもない。
なら私に話しかけてくるのは当たり前のことか。
にしても、この人は優しい人だな。
「すまんな。こっちは初めて来たから道がわかんねぇんだよ。お前の力になれそうにない。じゃあ行くぞ」
「ちょ──待ってくれ」
怪異は私の静止も聞かずに手を強引に引っ張り、この場を離れようとする。
「確かに私達は初めてきた場所で右も左もわからない状態だけど、手を貸すことくらいは出来るだろう」
そんなこんなで怪異を説得して、彼女──「ヒナ」さんと行動を共にするのであった。
こんなにも綺麗な人と一緒にいれるなんて思ってもいなかった。この怪異が可愛らしかったらまさに両手に花状態だったのだけど、可愛いとは真反対の容姿。
まぁ、容姿端麗だからなんだとは思うけど。
「ところで、ヒナさんは何処にいきたいんですか?」
もしヒナさんが行きたい場所に記憶が捨てられているのであれば万々歳……なんだけど、そんな都合のいい話はないか。
都合が良くなくても、この街の話でも聞ければそこから重点的に記憶探しを出来るのだが。
はっきり言って私は人付き合いが得意な方じゃない。今のところこの怪異と話す分には何にもないのだが……。
「それが、お酒に酔っちゃてたみたいで……気づいたらここにいたんですよ。何処から来たのかもあまり思い出せなくて」
「それは……大変ですね」
怪異はヒナさんに協力するのが嫌らしく、ずっと私の服を引っ張っている。踏ん張るのも一苦労だからやめてほしいのだが……。
にしても、記憶が飛ぶまでお酒を飲むって……人は見かけによらないんだな。
まだ私は酒が飲めない年だからわからないが、そんなにも美味しいものなのだろうか。
「何にもわからないんじゃあ俺らも力になれねぇな。何処に行きたいのかをちゃんと話してくれねぇと。……俺達は犬のおまわりさんじゃねぇんだからな。そこは勘違いすんなよ人間風情が」
「ま、まぁ、私はヒナさんがのんびり思い出して行けば良いと思います。こんな怪異の言うことは聞かずに」
ヒナさんは「ありがとうございます」と、私に微笑んだ。笑顔の素敵な人だ。
「おいおい、こんな怪異とはなんだよ。聞き捨てならねーな」
怪異に首根っこを掴まれながら私は口を開ける。
「ここは温泉街なんですし、お風呂に入ってリフレッシュしてから動いていくのはどうでしょう。雨で体も冷えてるでしょうし」
私も濡れたままだといつ風邪を引いてしまうかわからないし、体力も持っていかれる。
それに、記憶や思い出を捨てるなら印象深いところに私は捨てるだろうし。
「私も同じことを考えていたのですけど、お風呂に入れる場所が見つからなくて……真夜さんは知ってい……るわけではなさそうですね」
「言い出したのは私なのに……申し訳ないです」
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