遥か未来の忘却曲線

狛月 晦

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 記憶を取り戻してから、私は浸りたくない余韻に心を縛られていた。
 泣いていたはずの顔を拭う。

「十牙。思い出したことがあるんだ」

「なんだ。言ってみろ」

「私は多分、生きている人間を見ることをやめたんだと思う」

 人がいない温泉街。死ぬことを予想していたかのようなヒナさんの意味深な発言。見なくても良いものしか見えないこの眼。
 売ったのだろう。私は。

 生きることに疲れ、死ぬこともしたくない中途半端な私はこの世界じゃない遠い場所に行きたかった。遠い場所で生きたかった。

 だから、人を見ることをやめて、怪異しか見ないようにしたんだと思う。
 現実から目を背けていたんだと思う。

「あの旅館は廃墟だったんだ。……昔にあんな事件が起きてしまえば普通に営業も出来ないだろうし、そもそも爆破の衝撃で崩壊寸前までになったはずだ」

「ふっ……。正解だ。気づくのが早かったな」

 今回は……か。以前にも同じようなことをしているのだろうか。考えたくはないな。

「で、どうすんだ? こんなことに気づいてしまえば正気じゃいられねぇだろ。……真夜の友人として、傷一つでこのことを忘れさせてもいいぞ」

 確かに、こんなことを思い出してしまえば忘れたくなる。忘れたいとは思う。

「その心配はいらないよ。十牙。……それに、私の残りの寿命も少ないだろうから、辛いことも楽しかったことも最後まで覚えておきたい」

 どれだけ私がループしていたのかはわからないが、この傷の数を見れば容易に想像できる。

「忘れるにしても、超常的な力は借りずに自然に忘れていきたいと思う。思い出が色褪せるまで、覚えておくんだ」

 もし何回も忘れて思い出してを繰り返しているのなら簡単に忘れる事はできないだろうけど。
 さながら、エビングハンスの忘却曲線のように。

「■■も成長したもんだな」

「え? 十牙。今なんて──」

「俺は何も言っていないぞ。気の所為じゃないか?」

 今、何か懐かしい言葉が聞こえてきた気がする。まぁ、十牙から聞けるはずもない単語だろうから本当に気の所為なのだろう。

「そうか……。なら、連れて行って欲しい場所があるのだが、いいか? 今回は流石に食い物はいらないだろう」

 十牙は大きな声を上げながら笑って、私の目を見る。この反応は肯定と受け取って良いのだろうか?

「家に帰ろう。家に帰ったら盛大にパーティでも開こうじゃないか。……幸いお金には困らないんだし」

「ふっ──。なら早く帰らないとな」

 私は自分よりも背の高い怪異の腕に掴まる。

「急いで転けるなんてしないでくれよ」
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