幻葬奇譚-mein unsterblich Alchimist-

ドブロクスキー

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渚のリッチな夜でした

その13

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 臨海学校最終日の午前中には自由時間が宛がわれた。
 昼食後に部洲一ぶすいち町を発つ手前、ホテルのチェックアウトや諸々の手続きに教師達も忙しいらしく、生徒達の行動は各自へ半ば放任されたのである。
 生徒側にしてもホテルや近くの店で土産物を買い漁ったり、街中まちなかで記念写真を撮りに歩き回ったり、波打ち際ではしゃいだりするなど、出発までの一時いっときを各々に忌憚きたん無く楽しんでいたのであった。
 そして美香達もまた、荷造りと宛がわれた部屋の片付けが済むと、他と同じくホテルの外を歩き回った。
 近くの店で魚の干物や瓶詰などを買って回り、ふと美香はかねてから抱いていた疑問を店員へとぶつける。
「あのう……」
 干物の釣銭を渡そうとした所で、棚の向こうに立った男の店員は眼前の少女が遣した声に目を少し丸くした。所謂いわゆる典型的な売り子とは違う、恐らくは自分で漁にも出ているのだろう日焼けした壮年の男であった。
 そんな地元の漁師へと美香はやや及び腰に訊ねる。
「……その、この町の隣にも、小さな町がありますよね? いや、海で泳いでる時にちらっと見えたもんで……」
「ああ、院須磨いんすま村の事かい?」
 客の手に釣銭を受け渡して、壮年の男は答えた。
 美香は小銭を財布へ仕舞いながら、多少の無理を押して明るい声を出す。
「そうなんです。あすこって、どういう感じの所なんですか?」
「やあ、どうって言われてもなぁ……」
 俄然、壮年の男は困った様子で店の天井を仰いだ。単純に他所からの客には説明が難しいと言う以上の、何か引っ掛かるものが相手の反応に含まれている事は美香にもすぐに見て取れた。
 昼前の売店には美香達の班以外に客の姿は無く、外の眩い日差しに照り返る路面の輝きが、蝉の声を伴って店の内部にも遠慮無く入り込んで来た。
 ややあってから壮年の男はしかめ面を宙に向け、いささか以上歯切れ悪く答え始める。
「あすこは、そりゃまあ、うちと同じ漁師町だよ? 住民もほとんどが水産業者なんじゃないかな。相当遅い時間帯に漁に出るみたいで、沖合で出くわしたりとかはしないけどね。他はまあ海苔の養殖とか?、貝の養殖とか?、をやってるみたいだよ」
「へえ……」
 心許ない、と言うよりはかすかな物怖じさえを含ませた回答に美香は首肯しゅこうして見せた。
 それから彼女は、この話題に対して気の進まぬ様子を依然のぞかせる相手へと別の質問を遣す。
「でも民宿が一軒営業してるんですよね? うちの先生方がそっちに泊まったみたいで……」
「ああ、そうだね。一つあるね、旅館が。つっても、あの村の事じゃあ他所から滅多に人が訪れたりはしないだろうけどね」
 男がそこまで言った時、店の奥から別の人影が現れた。
 同じく日に焼けた壮年の女である。男の妻だろうか。
「どうしたの、あんた?」
「やァ何、こちらの学生さんが、院須磨いんすまの事が気になるらしくってな」
 男から説明を受けた壮年の女は、その場で眉をひそめた。
 その後、彼女は各種の干物や栄螺さざえなどを並べた商品棚の向こうに今もたたずむ美香へと、少しの険しさを帯びさせた眼差しを送った。
「……お客さん、悪い事は言わないからね、『あすこ』に近付くのはめときな」
「え? その、院須磨いんすま村ってとこにですか?」
 美香が不思議そうに聞き返した向かいで、壮年の女はゆっくりとうなずいた。
「うん。昔っから地元のもんもあの辺りにゃ近寄らないんだよ。何て言うか、薄っ気味悪くてね。いつの間にか人が増えたり減ったりしてるんだ」
 そう言った後、女は商品棚から少し身を乗り出した。
「あたしは曾祖父じいさんの代からこの町で暮らしてるんだけど……ああ、こっちは隣町からの婿養子」
 言って、女が親指でかたわらの男を指すと、夫の方は苦笑いを浮かべた。
 壮年の女将は言葉を続ける。
「この町が出来る前から向こうの村はすでに在ったらしいんだけどねぇ。でも、人の交流なんて祖父じいちゃんの頃からもほとんど無かったらしくて、正直あっちで何をやってんのかなんて全然判んないのよ」
「そうなんですか……」
 女将の神妙な言葉に美香も抑えた声で相槌を打った。
 面前の少女の反応に気を良くしたのか、女将はそれまでよりいくらか調子を上げる。
「そんなんだから昔は、村ぐるみで芥子ケシでも栽培してんじゃないかー、なんて噂が立った事もあってねぇ」
「いや、そりゃいくら何でも言い過ぎなんじゃないのか?」
 壮年の男が呆れた様子で横から口を挟んだが、妻の方はいぶかる面持ちを解かなかった。
「だって実際、人が行き来してる所なんか見たためしが無いんだもんさ。昨日だって何か騒ぎを起こしといて、その後の音沙汰はさっぱりだもの」
 それから女将は美香へと目を戻して一つ息をつく。
むかァしねぇ、うちの祖父じいちゃんが酔った拍子に呟いた事があったんだよね……」
「え?」
 小首を傾げた美香の前で、女将は薄めた目をかたわらに向けた。
「あすこは『魔物モッコ』のだ、って……」
 すぐには意味が判らず、美香はその場に立ち続けた。
 外では昼を前に蝉の声が次第に数と勢いを増して行く。
 店の外を照らす日差しは益々ますます強いものへと変わって行った。

 同じ頃、リウドルフは町の中程にある郵便局にて配送の手続きを行なっていた。
 他に人の姿も見当たらぬ小さな郵便局の、その窓口にてリウドルフは応対した初老の女性職員へ規定の小さな箱を差し出した。
「冷蔵便の速達でお願いします」
かしこまりました」
 老眼鏡を掛けた女性職員は、カウンターに提出された小箱の表面に目を走らせた。
「宛先の記入にお間違えはありませんか?」
「大丈夫です」
 リウドルフが首肯しゅこうする向かいで、初老の女性職員は箱の文面を読み上げる。
「では、こちらのお荷物を閼伽務あかむ大学理学部生物学科、『百目鬼どめき誠二郎せいじろう』様宛にお送りさせて頂きます」
「お願いします」
 一礼してリウドルフは郵便局を後にした。
 外へ出た彼を昼前の鋭い日差しが出迎える。額に手をかざして、リウドルフは民家の建ち並ぶ街並みの奥へと視線を走らせた。
「さて……」
 ぽつりと漏れ出た独白を、蝉の声がたちまち呑み込んで行く。
 道端にたたずむ痩身の孤影の遠く先に、紺碧の海原は今日も広がっていた。
 入り江の町の情景をしばし眺めた末に、リウドルフは出て来たばかりの郵便局の四角い建物をちらと垣間見た。
 配送に滞りが生じなければ、分析自体は五日後には終わるだろう。
 しかし、その後にどうするか。
 その後で何をどうしたものだろうか。
 自身で釈然としないものを胸中に抱えつつ、痩せた人影は漁師町の奥の方へ向け、ふらふらと歩き出したのであった。
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