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去年のリッチな夜でした
その24
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それまで空を覆い尽くしていた雲の大半も流れ去り、夜の帳がいよいよ下ろされようとする間際、駅前の一角はいつにも増して騒がしくなった。
警光灯を慌ただしく輝かせたパトカーが路肩に止められ、その周囲には小さな人垣が出来ていた。
その人集りの内側で、鬼塚は目の前に並ぶ男子高校生へと改めて確認する。
「じゃあ、君達が店に入った時には、特に異常は見当たらなかったんだ?」
「はい」
康介が頷いた。
「自分達が一番最後に入ったんですけど、その時は普通に対応して貰って、注文も普通に受けてくれて、様子がおかしいと思えるような所は何も……」
「ふんふん、成程」
鬼塚は尤もらしく相槌を打つと、少し顎を引いて上目遣いに相手を見遣る。
「……で、暫くしたら、突然バターンと」
「そう、そうなんですよ。本当いきなり倒れちゃって、店ン中大騒ぎで……」
康介の横から、透が答えた。
鬼塚は蟀谷の辺りを搔きながら、小難しい表情を浮かべて見せる。
「でさ、もう一回確認するけど、その店員さんが倒れる前、誰もその人に近付いたり、話し掛けたりとかはしてなかったのね?」
今度の質問にも、康介は首を縦に振った。
「はい。自分らは皆して話し込んでましたし、他のお客さん達はずっと黙って食事してましたから。席から立った人もいなかったと思います」
「そうか……判った。うん、有難」
幾度か首肯して、鬼塚は目の前に並んだ少年達を見つめた。
自分と同じ、ナチュラルマッシュに髪を整えた男子高校生へと、彼は笑い掛ける。
「いや、時間取らせて悪かったね。状況は大体判ったよ。まあ多分、働き過ぎで倒れたんだろう。そっちに何か面倒が掛かるって事は無いから」
相手を下手に緊張させぬよう、鬼塚は努めて明るく振る舞った。
その甲斐あってか、或いは、他とは異なる私服姿の警官が相好を崩したからか、相対する少年達も銘々に安堵の表情を浮かべたのだった。
そして彼らが去った後、鬼塚は、制服姿の警官達が今も出入りを繰り返すラーメン屋の前を離れると、路肩に止められた緑色のスポーツカーへと向かった。そして、鬼塚が助手席の扉を開いた先では、運転席に腰を下ろした薬師寺が無線の向こうの相手と何やら話し込んでいたのであった。
『……了解した。現状、手掛かりが乏しいのも事実だ。お前達がそう睨んだのであれば、まずはその通りにやってみろ』
「……有難う御座います。では、これより藪を突いて蛇を出してみます」
薬師寺が、普段よりも更に神妙な口調で応答した。
『どんな「毒蛇」が暗がりから飛び出すか判らん。以後は不測の事態しか起こらんものと思え。警戒を決して怠るな』
その忠告を最後に、スピーカーから伝わる白井良子の声は途切れた。
何やら気難しい面持ちを湛えた薬師寺の隣に、鬼塚がゆっくりと腰を沈めた。
「オッケーが出たか」
「ああ」
薬師寺は頷いてから、ジャケットの内ポケットよりスマートフォンを取り出した。暗がりの中、液晶画面から放たれる僅かな光を顔に受けながら、彼は言葉を続ける。
「現在、市内で『営業』を続けてる奴らの情報と、大まかな活動場所も送ってくれた。そっちにも来てるんじゃないのか?」
「マジかよ? 随分早えな、おい」
促されて、少し驚いた鬼塚は同じくスマートフォンを取り出し、画面を確認するなり口をへの字に曲げたのだった。
「……つか、こういうデータって、毎回毎回どっから持って来てんだ? 管轄外の、それもこんな細かい情報をこんな手早く回せるなんて、それこそ魔法でも使ってんのかよ、あいつ?」
「俺ら如きに察せられるようじゃ、とても俺らの頭なんか張ってらんないだろうよ」
些か気怠げに答えると、薬師寺は頭の後ろで両手を組んで、運転席のシートに寄り掛かった。
そうして視線は前へと据えたまま、彼は出し抜けに口を開く。
「細かい証言は取れたのか?」
「ああ。大筋に変わりは無かったがな」
スマートフォンを仕舞いながら、鬼塚は声に疲れを滲ませた。
「全員の証言を照らし合わせた所で、結局違いは見えて来なかった。被害者だか被疑者だかが急に息を詰まらせて、その場にぶっ倒れる。お定まりの『呼吸困難』と『意識不明』だ。これまでと何も変わりゃしねえ。どうせまたぞろ、所持品の中から例の『薬』が出て来んだろ」
投げ遣りに言い捨てた後、鬼塚は車のドアに頬杖を付いた。
外の表通りでは、問題の店舗の周りを警官が囲っていたが、それさえ除けば付近の街並みに変化は認められず、家路に付こうとする人々の往来する様子にも和んだ空気が漂っていた。
全ては、春の夜の片隅に置かれた出来事の一片に過ぎない。
自分達の直面している問題も、そこに確かに生じる苦悩や葛藤も、浮世を俯瞰すれば、取るに足らない些事の域を出ないのだろうか。
煌びやかに光り輝く夜景に据えられた鬼塚の双眸が、徐々に細められて行った。
「……ったく、こうやって被害が出てからじゃ、どんだけ押っ取り刀で駆け付けてみた所で何にもなんねえ。受け身に回ってる限りはよ……」
悔しさを漏らした相手へ、その時、薬師寺は運転席から瞳だけをそちらへと向ける。
「だから、ここらで一つ『能動的』にやってみるしかない訳だ」
微かな挑発的な響きを含んだ物言いに、鬼塚は一笑する。
「虎穴に入らずんば、って奴か」
「不安になって来たか? 一応、『送り狼』と一緒だぞ」
「そこが不満なんだって」
冷やかすでもなく穏やかに訊ねた薬師寺へ、鬼塚は渋面を返した。
「どうせ危険の真っ只中へ飛び込むんなら、『狼』じゃなくて『赤頭巾』と一緒がいいね。てか、それが筋ってもんだろ、普通に考えて。もっとこう、自然と護ってあげたくなる純情可憐な女の子と、銃弾の雨を搔い潜るなり、夜の高速をカーチェイスするなりしてさぁ」
「お前が演ったんじゃ、良くてコメディかアイロニーだな」
鼻息を吐いてつまらなそうに切り捨てると、薬師寺はシートから身を起こして車のエンジンスイッチを入れた。
それからハンドルを握り、彼は鋭い視線を隣へと遣す。
「行くか」
「ああ」
シートベルトを締めながら、鬼塚も頷いた。
「さーて、長い夜の始まりとなるか、終わりとなるか……」
呟いた鬼塚の左手、車の外では、駅に続く通りを往来する人の列が、太さと濃さを益々増して行く。
宵と言う時間が、今正に始まろうとしていた。
警光灯を慌ただしく輝かせたパトカーが路肩に止められ、その周囲には小さな人垣が出来ていた。
その人集りの内側で、鬼塚は目の前に並ぶ男子高校生へと改めて確認する。
「じゃあ、君達が店に入った時には、特に異常は見当たらなかったんだ?」
「はい」
康介が頷いた。
「自分達が一番最後に入ったんですけど、その時は普通に対応して貰って、注文も普通に受けてくれて、様子がおかしいと思えるような所は何も……」
「ふんふん、成程」
鬼塚は尤もらしく相槌を打つと、少し顎を引いて上目遣いに相手を見遣る。
「……で、暫くしたら、突然バターンと」
「そう、そうなんですよ。本当いきなり倒れちゃって、店ン中大騒ぎで……」
康介の横から、透が答えた。
鬼塚は蟀谷の辺りを搔きながら、小難しい表情を浮かべて見せる。
「でさ、もう一回確認するけど、その店員さんが倒れる前、誰もその人に近付いたり、話し掛けたりとかはしてなかったのね?」
今度の質問にも、康介は首を縦に振った。
「はい。自分らは皆して話し込んでましたし、他のお客さん達はずっと黙って食事してましたから。席から立った人もいなかったと思います」
「そうか……判った。うん、有難」
幾度か首肯して、鬼塚は目の前に並んだ少年達を見つめた。
自分と同じ、ナチュラルマッシュに髪を整えた男子高校生へと、彼は笑い掛ける。
「いや、時間取らせて悪かったね。状況は大体判ったよ。まあ多分、働き過ぎで倒れたんだろう。そっちに何か面倒が掛かるって事は無いから」
相手を下手に緊張させぬよう、鬼塚は努めて明るく振る舞った。
その甲斐あってか、或いは、他とは異なる私服姿の警官が相好を崩したからか、相対する少年達も銘々に安堵の表情を浮かべたのだった。
そして彼らが去った後、鬼塚は、制服姿の警官達が今も出入りを繰り返すラーメン屋の前を離れると、路肩に止められた緑色のスポーツカーへと向かった。そして、鬼塚が助手席の扉を開いた先では、運転席に腰を下ろした薬師寺が無線の向こうの相手と何やら話し込んでいたのであった。
『……了解した。現状、手掛かりが乏しいのも事実だ。お前達がそう睨んだのであれば、まずはその通りにやってみろ』
「……有難う御座います。では、これより藪を突いて蛇を出してみます」
薬師寺が、普段よりも更に神妙な口調で応答した。
『どんな「毒蛇」が暗がりから飛び出すか判らん。以後は不測の事態しか起こらんものと思え。警戒を決して怠るな』
その忠告を最後に、スピーカーから伝わる白井良子の声は途切れた。
何やら気難しい面持ちを湛えた薬師寺の隣に、鬼塚がゆっくりと腰を沈めた。
「オッケーが出たか」
「ああ」
薬師寺は頷いてから、ジャケットの内ポケットよりスマートフォンを取り出した。暗がりの中、液晶画面から放たれる僅かな光を顔に受けながら、彼は言葉を続ける。
「現在、市内で『営業』を続けてる奴らの情報と、大まかな活動場所も送ってくれた。そっちにも来てるんじゃないのか?」
「マジかよ? 随分早えな、おい」
促されて、少し驚いた鬼塚は同じくスマートフォンを取り出し、画面を確認するなり口をへの字に曲げたのだった。
「……つか、こういうデータって、毎回毎回どっから持って来てんだ? 管轄外の、それもこんな細かい情報をこんな手早く回せるなんて、それこそ魔法でも使ってんのかよ、あいつ?」
「俺ら如きに察せられるようじゃ、とても俺らの頭なんか張ってらんないだろうよ」
些か気怠げに答えると、薬師寺は頭の後ろで両手を組んで、運転席のシートに寄り掛かった。
そうして視線は前へと据えたまま、彼は出し抜けに口を開く。
「細かい証言は取れたのか?」
「ああ。大筋に変わりは無かったがな」
スマートフォンを仕舞いながら、鬼塚は声に疲れを滲ませた。
「全員の証言を照らし合わせた所で、結局違いは見えて来なかった。被害者だか被疑者だかが急に息を詰まらせて、その場にぶっ倒れる。お定まりの『呼吸困難』と『意識不明』だ。これまでと何も変わりゃしねえ。どうせまたぞろ、所持品の中から例の『薬』が出て来んだろ」
投げ遣りに言い捨てた後、鬼塚は車のドアに頬杖を付いた。
外の表通りでは、問題の店舗の周りを警官が囲っていたが、それさえ除けば付近の街並みに変化は認められず、家路に付こうとする人々の往来する様子にも和んだ空気が漂っていた。
全ては、春の夜の片隅に置かれた出来事の一片に過ぎない。
自分達の直面している問題も、そこに確かに生じる苦悩や葛藤も、浮世を俯瞰すれば、取るに足らない些事の域を出ないのだろうか。
煌びやかに光り輝く夜景に据えられた鬼塚の双眸が、徐々に細められて行った。
「……ったく、こうやって被害が出てからじゃ、どんだけ押っ取り刀で駆け付けてみた所で何にもなんねえ。受け身に回ってる限りはよ……」
悔しさを漏らした相手へ、その時、薬師寺は運転席から瞳だけをそちらへと向ける。
「だから、ここらで一つ『能動的』にやってみるしかない訳だ」
微かな挑発的な響きを含んだ物言いに、鬼塚は一笑する。
「虎穴に入らずんば、って奴か」
「不安になって来たか? 一応、『送り狼』と一緒だぞ」
「そこが不満なんだって」
冷やかすでもなく穏やかに訊ねた薬師寺へ、鬼塚は渋面を返した。
「どうせ危険の真っ只中へ飛び込むんなら、『狼』じゃなくて『赤頭巾』と一緒がいいね。てか、それが筋ってもんだろ、普通に考えて。もっとこう、自然と護ってあげたくなる純情可憐な女の子と、銃弾の雨を搔い潜るなり、夜の高速をカーチェイスするなりしてさぁ」
「お前が演ったんじゃ、良くてコメディかアイロニーだな」
鼻息を吐いてつまらなそうに切り捨てると、薬師寺はシートから身を起こして車のエンジンスイッチを入れた。
それからハンドルを握り、彼は鋭い視線を隣へと遣す。
「行くか」
「ああ」
シートベルトを締めながら、鬼塚も頷いた。
「さーて、長い夜の始まりとなるか、終わりとなるか……」
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