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望郷の零戦
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あれは今年の様な猛暑の夏でした。
久しぶりに夫のお盆休みを利用して
私の実家に家族で帰った時の事です。
私の実家は山の麓にあり周りは雑木林や田園に囲まれ、夏になると鳴き
さかる蝉の声以外は何も聞こえない静かな山村にあります。
柿渋塗りの実家の古い引戸を開けると
「おばあちゃん!」
息子が元気よく真っ先に中に入り声をあげました。
「よーく来たな~」
私の母が畑仕事で痛めた腰を擦りながら奥の部屋から迎えてくれました。
息子は靴を脱ぐと母が出て来た奥の部屋の仏壇の前に座り遺影に向かって敬礼をしました。
遺影の写真は戦闘服を着て敬礼をする私の曽祖父でした。
母が子供の頃に祖母(私の曾祖母)から聞いた話では曽祖父は終戦間近、本土空襲に備えた地元のS航空基地から同期数名と飛び立ち、味方の援護射撃の際に逆に撃墜され、味方に敬礼をしながら山の斜面に墜落したとの事でした。
「武ちゃんは来年、お兄ちゃんになるだけあってちゃんとしとるね」
母は目を細めて敬礼する息子の姿を見つめていました。
その頃、私のお腹には2人目の子供を授かり、息子はその年に小学校に入学したばかりでまだまだやんちゃ盛りでした。明日も町の遊園地に連れて行けとせがまれていました。
翌日は雲一つない晴天に恵まれ、私達は朝早くから飛び跳ねる息子に起こされ、開園時間に合わせて車で町の小さな遊園地に向かいました。
息子は「飛行塔」と言うツリー状に飛行機が幾つか吊るされた遊具が好きで、この日も一直線に「飛行塔」を探して走って行きました。
白い旅客機、青いジェット機と色々ある中で息子が選んだ飛行機は緑の零戦でした。
息子が零戦に乗り込み遊園地の係員の方がシートベルトを締めるとゆっくりと「飛行塔」が回転し始めました。
徐々に回転が早くなり息子は夫と私の前を通過する度に嬉しそうに敬礼をしていました。その時です、
「ガタン」
と大きな音がしたかと思うと急に回転が早くなりグルグルと勢いよく回りだし、息子が乗る零戦を吊るしていた鎖が耐えきれずに切れてしまったのです。
零戦は遠心力で5mほど宙を舞い、地面に落ちた後もそのままの勢いで草むらに向かって滑って行きました。
草むらの向こうは崖になっています。
「あっ!」
夫は慌てて後を追って走りました。
私もお腹の子供を気遣いながら走りました。
崖の手前には柵が張りめぐらされていましたが息子の進行方向の柵は破損しており穴が空いていました。
「きゃー!誰か止めてー!!」
私はとっさに叫びました。
夫は手を伸ばして尾翼をつかもうとしましたが間に合いませんでした。
「ザザーッ」
息子を乗せた零戦は草むらの崖を滑り落ちて行きました。
はぁはぁと息が上がった私と夫が崖の下をのぞき込むと、そこには信じがたい光景が…
息子が乗った零戦は幅1m、高さ2m程の大きな石の台座にぶつかって止まっており、息子はその石に向かって敬礼をしているではありませんか。
あとから地元の人に聞いた話ではその石は終戦間近に崖に墜落して亡くなった零戦の戦闘員の慰霊碑だそうです。
私はきっと曽祖父が息子を救ってくれたのだと信じています…
久しぶりに夫のお盆休みを利用して
私の実家に家族で帰った時の事です。
私の実家は山の麓にあり周りは雑木林や田園に囲まれ、夏になると鳴き
さかる蝉の声以外は何も聞こえない静かな山村にあります。
柿渋塗りの実家の古い引戸を開けると
「おばあちゃん!」
息子が元気よく真っ先に中に入り声をあげました。
「よーく来たな~」
私の母が畑仕事で痛めた腰を擦りながら奥の部屋から迎えてくれました。
息子は靴を脱ぐと母が出て来た奥の部屋の仏壇の前に座り遺影に向かって敬礼をしました。
遺影の写真は戦闘服を着て敬礼をする私の曽祖父でした。
母が子供の頃に祖母(私の曾祖母)から聞いた話では曽祖父は終戦間近、本土空襲に備えた地元のS航空基地から同期数名と飛び立ち、味方の援護射撃の際に逆に撃墜され、味方に敬礼をしながら山の斜面に墜落したとの事でした。
「武ちゃんは来年、お兄ちゃんになるだけあってちゃんとしとるね」
母は目を細めて敬礼する息子の姿を見つめていました。
その頃、私のお腹には2人目の子供を授かり、息子はその年に小学校に入学したばかりでまだまだやんちゃ盛りでした。明日も町の遊園地に連れて行けとせがまれていました。
翌日は雲一つない晴天に恵まれ、私達は朝早くから飛び跳ねる息子に起こされ、開園時間に合わせて車で町の小さな遊園地に向かいました。
息子は「飛行塔」と言うツリー状に飛行機が幾つか吊るされた遊具が好きで、この日も一直線に「飛行塔」を探して走って行きました。
白い旅客機、青いジェット機と色々ある中で息子が選んだ飛行機は緑の零戦でした。
息子が零戦に乗り込み遊園地の係員の方がシートベルトを締めるとゆっくりと「飛行塔」が回転し始めました。
徐々に回転が早くなり息子は夫と私の前を通過する度に嬉しそうに敬礼をしていました。その時です、
「ガタン」
と大きな音がしたかと思うと急に回転が早くなりグルグルと勢いよく回りだし、息子が乗る零戦を吊るしていた鎖が耐えきれずに切れてしまったのです。
零戦は遠心力で5mほど宙を舞い、地面に落ちた後もそのままの勢いで草むらに向かって滑って行きました。
草むらの向こうは崖になっています。
「あっ!」
夫は慌てて後を追って走りました。
私もお腹の子供を気遣いながら走りました。
崖の手前には柵が張りめぐらされていましたが息子の進行方向の柵は破損しており穴が空いていました。
「きゃー!誰か止めてー!!」
私はとっさに叫びました。
夫は手を伸ばして尾翼をつかもうとしましたが間に合いませんでした。
「ザザーッ」
息子を乗せた零戦は草むらの崖を滑り落ちて行きました。
はぁはぁと息が上がった私と夫が崖の下をのぞき込むと、そこには信じがたい光景が…
息子が乗った零戦は幅1m、高さ2m程の大きな石の台座にぶつかって止まっており、息子はその石に向かって敬礼をしているではありませんか。
あとから地元の人に聞いた話ではその石は終戦間近に崖に墜落して亡くなった零戦の戦闘員の慰霊碑だそうです。
私はきっと曽祖父が息子を救ってくれたのだと信じています…
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