望郷の零戦

B.H アキ

文字の大きさ
1 / 1

望郷の零戦

しおりを挟む
あれは今年の様な猛暑の夏でした。
久しぶりに夫のお盆休みを利用して
私の実家に家族で帰った時の事です。
私の実家は山の麓にあり周りは雑木林や田園に囲まれ、夏になると鳴き
さかる蝉の声以外は何も聞こえない静かな山村にあります。
柿渋塗りの実家の古い引戸を開けると
「おばあちゃん!」
息子が元気よく真っ先に中に入り声をあげました。
「よーく来たな~」
私の母が畑仕事で痛めた腰を擦りながら奥の部屋から迎えてくれました。
息子は靴を脱ぐと母が出て来た奥の部屋の仏壇の前に座り遺影に向かって敬礼をしました。
遺影の写真は戦闘服を着て敬礼をする私の曽祖父でした。
母が子供の頃に祖母(私の曾祖母)から聞いた話では曽祖父は終戦間近、本土空襲に備えた地元のS航空基地から同期数名と飛び立ち、味方の援護射撃の際に逆に撃墜され、味方に敬礼をしながら山の斜面に墜落したとの事でした。
「武ちゃんは来年、お兄ちゃんになるだけあってちゃんとしとるね」
母は目を細めて敬礼する息子の姿を見つめていました。
その頃、私のお腹には2人目の子供を授かり、息子はその年に小学校に入学したばかりでまだまだやんちゃ盛りでした。明日も町の遊園地に連れて行けとせがまれていました。

翌日は雲一つない晴天に恵まれ、私達は朝早くから飛び跳ねる息子に起こされ、開園時間に合わせて車で町の小さな遊園地に向かいました。
息子は「飛行塔」と言うツリー状に飛行機が幾つか吊るされた遊具が好きで、この日も一直線に「飛行塔」を探して走って行きました。
白い旅客機、青いジェット機と色々ある中で息子が選んだ飛行機は緑の零戦でした。
息子が零戦に乗り込み遊園地の係員の方がシートベルトを締めるとゆっくりと「飛行塔」が回転し始めました。
徐々に回転が早くなり息子は夫と私の前を通過する度に嬉しそうに敬礼をしていました。その時です、
「ガタン」
と大きな音がしたかと思うと急に回転が早くなりグルグルと勢いよく回りだし、息子が乗る零戦を吊るしていた鎖が耐えきれずに切れてしまったのです。
零戦は遠心力で5mほど宙を舞い、地面に落ちた後もそのままの勢いで草むらに向かって滑って行きました。
草むらの向こうは崖になっています。
「あっ!」
夫は慌てて後を追って走りました。
私もお腹の子供を気遣いながら走りました。
崖の手前には柵が張りめぐらされていましたが息子の進行方向の柵は破損しており穴が空いていました。
「きゃー!誰か止めてー!!」
私はとっさに叫びました。
夫は手を伸ばして尾翼をつかもうとしましたが間に合いませんでした。
「ザザーッ」
息子を乗せた零戦は草むらの崖を滑り落ちて行きました。
はぁはぁと息が上がった私と夫が崖の下をのぞき込むと、そこには信じがたい光景が…
息子が乗った零戦は幅1m、高さ2m程の大きな石の台座にぶつかって止まっており、息子はその石に向かって敬礼をしているではありませんか。

あとから地元の人に聞いた話ではその石は終戦間近に崖に墜落して亡くなった零戦の戦闘員の慰霊碑だそうです。
私はきっと曽祖父が息子を救ってくれたのだと信じています…
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...