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【番外編】

ORIENT EXPRESS No,7

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(…ああ…こりゃあ、絶対、聴かれたなァ…)
ナポリ観光をしながら、アタシは確信していた。



※ ※ ※



『ナポリを見てから死ね』
随分と乱暴な台詞だが、有名な言葉だ。

生粋の天邪鬼であるアタシは意地でも行きたくなかったが(笑)。
 団体旅行だとそんな我儘は許されない。
ルチアーノさんの案内で有名処から地元の穴場まで、色んな場所へ連れて行かれ。
アタシと優里ちゃんにとっては二度目となるポンペイ遺跡観光にも連れ出されたが。さすがルチアーノさんイタリア人のガイドがいるツアーは違う。
 既存の観光ツアーとは全く違う視点で、面白い古代都市の解説をして下さった。
 伊達にマフィア家業はやってらっしゃらない(笑)。

そんなルチアーノさんから、時折視線が流れてくるのだが。
そのに、感謝の気持ちが籠っているような気がしてしまうのは気のせいではない筈だ。なぜならば、隣を歩くひとからも同種の煌きを見つけてしまったから。
まあ、他人ひとの気配がなかったとは言え、相手はマフィアとこの・・旦那様なのである。
 気配を消して、アタシに悟られないようにする事など、朝飯前に違いない。
リザさんもこの二人になら許可したかも知れないし。遠くで微かな噴煙を上げるヴェスヴィオ火山を見ながら遠い目になってしまっても、ギリシャ・ローマ神話の神々様も許して下さるに違いない。
でも、何よりも。龍樹さんの表情が明るくなって、いつも以上にルチアーノさんと仲良しに見えるのが、すっごく嬉しい♪



ナポリの次の寄港地はローマだが。
ここは旅の終着地点でもあるのだ。
ランチは美味しいマルゲリータを食したが、最後の晩餐は正式なディナーだ。
みんな客船クルージングでのひと時を惜しむように正装で豪華なディナーに舌鼓を打った。

翌朝、ローマで降りたアタシ達一行はルチアーノさんのローマの屋敷に荷物を置き、早速観光ツアーに繰り出した。ガイドは勿論、ルチアーノさんだ。
そんな一行の中で一番はしゃいでいたのは、意外にも紫さんだった。
何でもハネムーンで来た思い出の地らしい。深水さんの腕を振りほどく事はないが、女性陣アタシ達とも盛り上がってくれた。
スペイン広場でジェラードを食べるのは外せないお約束だし、トレビの泉では紫さんは誰よりも真剣にコインを投げていた。あんまり興味ナッシングのアタシと、興味皆無のトーシローよりも余程女子力が高い。そんなトーシローは眼の色を変えてゲイカップルを観察ガン見してる。相も変わらずぶれん奴め(苦笑)。
昼食ランチで美味なパスタを頂いたが、男性陣は当たり前のようにワインを飲んでいる。
アタシもご相伴にあずかったが、進みそうで困ってしまった。
だって、とってもパスタに合うんだもん!!
アルコールに弱い訳ではないが、二杯目からはカクテルにしてもらった。
カクテルそれだって、充分に贅沢だ♪

午後にはヴァチカン市国へ行った。
サン・ピエトロ大聖堂はいつ見ても圧巻だ。
ただ、マフィアさんと一緒と言うのが、何とも皮肉で愉快だ。神の代理人ローマ法王のお膝元で、マフィアのボスが恋人や友人連れで観光しているなんて(笑)。貴志さんもかなりの人生の設定・・をしている挑戦者チャレンジャーだと思うが、『ヤクザ』という人生を選択・・した京牙さんや『マフィア』という人生を設定・・したルチアーノさんも随分な挑戦者チャレンジャーだ。
あの有名な【ピエタ】の前で紫さんが動けなくなっているが。
お気持ちは良く理解りますよ。
早熟の天才ミケランジェロの出世作だ。
かの運慶が円成寺の大日如来坐像を造ったのとおんなじだ。



キリスト教徒クリスチャンの方々は、お像ピエタの前で跪いていらっしゃるが。
アタシにGOD救世主キリストへの信仰心などナッシングだ。

なぜならば。
 救世主とは、己自身だから。

 【ピエタ】も、良くできた彫刻だと思うだけだ。
 多分、西洋人が仏像を観る・・感覚に近いと思う。
さすがに初めて観た瞬間ときには衝撃を受けたけど、二度目となるとそれ程でもない。
ただ。
 聖母マドンナの悲哀の中に、“慈愛”を感じるのは気のせいだろうか……

深水さんが紫さんを促し。
 貴志さんがアタシに声を掛けるまで。
 二人で長い間、ピエタそこに佇んでいたのだった。



※ ※ ※



「今回の旅を共にしてくれた友人の誕生日と、結婚記念日を祝して!」
ルチアーノさんの乾杯の音頭で、最後の晩餐は始まった。


 観光が一通り終わって、お屋敷の各部屋のシャワーで簡単に汗を流して。
 普段着から正装に近いドレスワンピに着替えたら、豪華な晩餐会ディナー・タイムの始まりだ。
 前菜アンティパスト、サラダ、スープ、パスタ。メインのお肉料理を味わう前にお腹いっぱいになってしまいそうだ。本物のお貴族様であるギルや御曹司である貴志さんや京牙さんはともかく、他の男性陣みんなも優雅にカトラリーを操ってらっしゃる。トーシローも大分慣れてきたようだ。アタシと優里ちゃんが一番危ういかも知ンない(苦笑)。
どの表情かおもみんな晴れやかで。心から貴志さんの誕生日バースデーを、そしてアタシ達夫婦の結婚記念日をお祝いしてくれてるのが理解る。有り難い限りだ。貴志さんもアタシも、本当に良い友人達に恵まれた。この幸運を何に感謝したら良いのだろう。



……嗚呼……幸せだ……



最後のドルチェを味わいながら、切実に思った。
この素敵な夢から覚めたくない、と。
この素晴らしい友人達と、もう少しだけ共にいたいと。




―――そうして。


そんな瞬間ときにこそ、“夢”は簡単に覚めてしまうのだった―――





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