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本編

No,7 【帝都ホテル】にて

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日比谷【国際帝都ホテル 東京】

外資系のホテルの進出が目覚ましい昨今、伝統にとらわれず常に革新的なアイディアを出しつつも、“何よりもお客様のために”と云う姿勢を貫く、アタシの大好きなホテルだ。


ペニンシュラに泊まった。
リッツ・カールトンにも泊まった。
コンラッド・東京にも泊まった。

しかし、真唯の中のホテル・ランキングで、常にNo,1であり続けているのだ。



以前は一人でレディースプランを利用していたのだが、ここ数年は事情が違う。
ドアマンにトランザムの鍵を預ける男性ひとのせいだ。

『真唯さん。
 部屋の中に入るまで、そのショールを決して外してはいけませんよ。』

その男性ひとは、車の中で口を酸っぱくして真唯に注意していた。
言われる間でもない。真唯だって、この格好が恥ずかしくて仕方がないのだ。いくら、いつもはない“谷間”が出来たとしても、このドレスで帝都ホテルのロビーを歩く勇気はない。ファーのショールをしっかり羽織って前をしっかり合わせて、真唯は車を降りた。

差し出された一条の手を今度は拒まずに。





やはり、帝都ホテルは凄い。
不況と言われて久しいのに、平日でもロビーは人で溢れチェックインカウンターは列を作っている。デスクに座っていたコンシェルジュが一条と真唯の姿に気付くと、スッと立ち上がり深々と腰を折る。

「こんばんは。いらっしゃいませ、牧野様。一条様。
お待ちしておりました。」

そしてカウンターの中に入ると、少しして
「お待たせ致しました。ご案内致します。」
近くにいたベルボーイにアイコンタクトで一条さんの荷物を持たせると、自らが先にたって案内してくれる。

エレベーターの中で押したボタンは宿泊フロアーの最上階。
中にいた人々は、アタシたちの目的の階になる頃には皆いなくなってしまう。

チン♪

軽ろやかな音が到着を知らせると、ベルボーイがエレベーターの扉を抑えてくれて。足を一歩踏み出した途端、絨毯の毛足が明らかに変化している事を感じる。
エレベーターを降りて左側に向かうと、突如として廊下に透明な壁が現れる。防弾ガラスだ。キーボックスに指を滑らせてカードキーを差し入れると、防弾ガラスの扉部分が静かに開かれる。
ここはスイートルームの中でも、特別なフロアーだ。
本来なら、真唯ごときの人種にんげんの入れるような場所ではない。

一つ一つの部屋の間が異様に長い。中が広い証拠だ。
一条に手を引かれていなければ倒れてしまいそうだ。
目指す部屋にはまだ着かない。

ようやくコンシェルジュが足を止めたのはつきあたり。
カードキーを使って中に入れてもらう、この瞬間。
毎回、ゴクリと喉が鳴ってしまうのは仕方がない。

ここは帝都ホテルでも一室しかない、【ロイヤル・パークスイートルーム】
国賓が来日した時くらいしか使用されない、値段のついていない唯一の部屋なのだ。ン十万円、ン百万円払おうとも、本来なら一般人の入れない部屋なのである。

コンシェルジュが一通りの部屋の説明を終えると、
「ごゆっくりお過ごし下さいませ。それでは失礼させて頂きます。」
優雅な一礼をして、彼は去って行った。



何回来ても、豪華絢爛な内装は勿論、その眺望にも眼を奪われる。
正面にある日比谷公園が一望のもとに見渡せるのだ。
……日本で一番ロイヤルな方があの中にはお住まいなのだが、その方々よりも贅沢をしてる気分になる。


「……綺麗……」


多分、これも防弾ガラスなのだろう窓ガラスに手を置けば、もう慣れてしまった気配が後ろに立った事が理解る。



「…夜景なんかよりも、ずっと綺麗な真珠の姫君を、もっと良く私に見せて下さい。ここには私しかいないのですから、この邪魔なファーは外してしまいましょう。

―――私だけのために着飾った姿を堪能させて下さい―――」




―――そうなのだ。

コレが、一条の望んだ【真唯の一条への誕生日プレゼント】なのだ―――



帝都ホテルでは基本的には、数時間のホテルステイを行ってはいない。
ただ、真唯がとある事件から、この部屋の存在を知り『一回で良いから中を見てみた~~い』などと不用意にブログに書いてしまった一言で、一条は一体どんなコネを駆使したのか、この不可能な部屋での不可能な時間を実現してしまったのだ。



―――本来なら、ありえない時間を貴女にプレゼントする。その事が貴女から頂く、私への最高のプレゼントなんです―――


―――そんなささやかな男の見栄プライドを満足させる事を、私に許しては頂けませんか?―――



そんなズルイ台詞を囁いて。
真唯を渋々納得させてしまう。

応接フロアーのテーブルにあるワインクーラーに入っていたのは、モエ・エ・シャンドンのグランヴィンテージ・ロゼだろう。



……この男性ひとは、ホントにズルい。



ドンペリやヴーヴ・グリコ、その他もっともっと高級で美味しいシャンパンを知ってるはずなのに、アタシがグラスワインのお店で実際に飲んで感激して、ブログで紹介したロゼをわざわざ用意してくれる。

トランザムだってそうだ。
一条さんの本当の愛車はレクサスだって、アタシは知っている。
……アタシに会う時の為だけに、彼はわざわざトランザムを買ったのだ。

シャルル・マルランも。
アタシの地元のバラの好事家の処で見て、あまりの黒に近い真紅の剣弁で高芯の優雅な姿に一眼惚れし、その芳香にうっとりしたとブログに書いたから―――





―――ねえ、一条さん。…ここまでされて…誤解したって私の責任せいなんかじゃないよね?―――







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