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12 使用人友達
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それからも俺は畑に出たし、ルイ様は俺を送り迎えしてくれた。
俺はルイ様から、何も求められていない。もっと詳しく言うなら、ルイ様は、今の俺にできること以上を求めてこない。
マニュエル様はたびたび俺たちに会いに来たし、ルイ様も追い返しはしなかった。マニュエル様は俺に「教育」を受けてほしいとしきりに言ったけど、俺はそれを楽しそうだとは思えなくて、気が進まない。
だけどルイ様の隣にいるのであれば、必要なことなのかもしれない。たとえ望んでいなくても、ルイ様は領主になるかもしれない人なんだから。
だから俺は、教育ってやつを、受けなくちゃいけない。
「……って思うんだけど、エーミールはどう?」
最近仲良くなった、屋敷の下働きに尋ねる。お屋敷の使用人部屋にお邪魔して、二人で駄弁っていた。
エーミールは天井を見上げて、「そうだねぇ」とのんびり頷いた。
使用人部屋は少し冷えるけど、毛布を羽織れば問題ない。それにエーミールの側は気を張らずに済んで、居心地がいい。エーミールの真っ青な瞳が、重たい亜麻色の前髪の下で瞬きをする。
「アンジュのしたいようにするのが、僕はいちばんだと思うなぁ。それでアンジュがしたいことは、そういうお勉強じゃないでしょ?」
「まあ、ほんとのところは、そうだね……」
ね、と頷いて、エーミールは手元の本に視線を戻す。エーミールは、読み書きができた。俺にはさっぱり分からない記号の列を追いながら、ぽつりとつぶやく。
「僕はそういうお勉強が好きだから、そういうチャンスには飛びついたよ。だけどアンジュが頑張りたいことって、そこじゃない気がするんだ」
「エーミール……」
彼は首元のチョーカーを指先で引っ掻いて、俺に視線を戻した。ね、と微笑む。
俺たちはオメガで、ごくごく平凡な農民と、お屋敷の下働きだ。俺とエーミールの性別と境遇は、俺とルイ様ほどには離れていない。だけど俺は、エーミールの方が、ルイ様よりも、俺と同じところがない人間だと思っていた。
もちろん、悪い意味じゃない。むしろだからこそ、俺はエーミールとの時間が楽しかった。
ありがとう、と伝えると、「いいえ」と彼は穏やかに微笑む。そしてどこか悲しげに目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「……運命の番かぁ」
どきりとした。その言葉には、俺をうらやむみたいな響きがあったから。
だけどエーミールは、すぐにぱっと笑みを浮かべた。
「だから、何も心配することはないんじゃないかな。何があっても、運命が君を守ってくれるよ」
「本当に?」
俺は怪しんで、首を傾げた。エーミールは「そうだよ」と、頷いた。またうらやむみたいな感じで、「そうだよ……」と呟く。
俺はなんだか歯痒くなって、唇を少し尖らせた。エーミールは何か、俺に言いたいことがありそうだ。だけどそれは、きっと、俺にとっては都合のよくないことなのかもしれない。
だから俺から聞き出すのは、してはならないことだ。
「そうなんだね。ありがとう、エーミール」
俺は結局、無難な答えを選んだ。エーミールは「どういたしまして」と微笑んでくれる。
ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。メイドが顔を覗かせて、「ルイ様がお呼びだよ」と俺を呼ぶ。
エーミールはひらりと手を振って、「またね」と俺を送り出した。俺もメイドに連れられて、ルイ様のもとへ向かう。
「ねえ。運命の番って、どんな感じなの?」
その途中、メイドが好奇心丸出しで尋ねてくる。ここまであからさまだと、逆に嫌な感じがしない。
だけど、答えづらい質問でもあった。うーん、と唸って、頭をかく。
俺が考えている間にも、メイドはあれこれおしゃべりをした。俺より年下の若い娘だから、こういうのが気になるお年頃なんだろう。
「すごくロマンチックで、憧れるわぁ。お互いしか見えないって素敵……」
夢見るように言う。だけど俺は、それがルイ様と俺のこととは思えなくて、首を傾げた。
「そうでもないよ」
だってルイ様が、本当に俺のことしか見えていないのであれば、もっと自分勝手に振る舞っていると思う。
運命の番である俺を見つけてさらうように連れてきたのは、自分勝手と言えなくはない。跡継ぎになりたくないっていうのもそうだ。
だけど、本当にそうだったら、俺は畑に出られているのだろうか。
メイドは「そう?」と首を傾げた。そしてルイ様の部屋に着いて、彼女が扉をノックする。
ルイ様手ずから扉を開けた。むすっとしていた顔が、俺を見た瞬間に、ぱっと明るい笑顔に変わる。
この瞬間が、なんとも恥ずかしくて、同じくらい嬉しかった。
「俺を放って、どこへ行っていたんだ?」
ルイ様が、どこか冗談めかした口調で言った。俺の手を引く。メイドは一礼をして、帰っていった。
俺も笑って、「友達のところに行っていました」と答える。ルイ様は俺を椅子に座らせて、ふうんと鼻を鳴らした。
「聞かせろ」
どこか妬いているような、だけど穏やかな声色だった。
俺はルイ様から、何も求められていない。もっと詳しく言うなら、ルイ様は、今の俺にできること以上を求めてこない。
マニュエル様はたびたび俺たちに会いに来たし、ルイ様も追い返しはしなかった。マニュエル様は俺に「教育」を受けてほしいとしきりに言ったけど、俺はそれを楽しそうだとは思えなくて、気が進まない。
だけどルイ様の隣にいるのであれば、必要なことなのかもしれない。たとえ望んでいなくても、ルイ様は領主になるかもしれない人なんだから。
だから俺は、教育ってやつを、受けなくちゃいけない。
「……って思うんだけど、エーミールはどう?」
最近仲良くなった、屋敷の下働きに尋ねる。お屋敷の使用人部屋にお邪魔して、二人で駄弁っていた。
エーミールは天井を見上げて、「そうだねぇ」とのんびり頷いた。
使用人部屋は少し冷えるけど、毛布を羽織れば問題ない。それにエーミールの側は気を張らずに済んで、居心地がいい。エーミールの真っ青な瞳が、重たい亜麻色の前髪の下で瞬きをする。
「アンジュのしたいようにするのが、僕はいちばんだと思うなぁ。それでアンジュがしたいことは、そういうお勉強じゃないでしょ?」
「まあ、ほんとのところは、そうだね……」
ね、と頷いて、エーミールは手元の本に視線を戻す。エーミールは、読み書きができた。俺にはさっぱり分からない記号の列を追いながら、ぽつりとつぶやく。
「僕はそういうお勉強が好きだから、そういうチャンスには飛びついたよ。だけどアンジュが頑張りたいことって、そこじゃない気がするんだ」
「エーミール……」
彼は首元のチョーカーを指先で引っ掻いて、俺に視線を戻した。ね、と微笑む。
俺たちはオメガで、ごくごく平凡な農民と、お屋敷の下働きだ。俺とエーミールの性別と境遇は、俺とルイ様ほどには離れていない。だけど俺は、エーミールの方が、ルイ様よりも、俺と同じところがない人間だと思っていた。
もちろん、悪い意味じゃない。むしろだからこそ、俺はエーミールとの時間が楽しかった。
ありがとう、と伝えると、「いいえ」と彼は穏やかに微笑む。そしてどこか悲しげに目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「……運命の番かぁ」
どきりとした。その言葉には、俺をうらやむみたいな響きがあったから。
だけどエーミールは、すぐにぱっと笑みを浮かべた。
「だから、何も心配することはないんじゃないかな。何があっても、運命が君を守ってくれるよ」
「本当に?」
俺は怪しんで、首を傾げた。エーミールは「そうだよ」と、頷いた。またうらやむみたいな感じで、「そうだよ……」と呟く。
俺はなんだか歯痒くなって、唇を少し尖らせた。エーミールは何か、俺に言いたいことがありそうだ。だけどそれは、きっと、俺にとっては都合のよくないことなのかもしれない。
だから俺から聞き出すのは、してはならないことだ。
「そうなんだね。ありがとう、エーミール」
俺は結局、無難な答えを選んだ。エーミールは「どういたしまして」と微笑んでくれる。
ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。メイドが顔を覗かせて、「ルイ様がお呼びだよ」と俺を呼ぶ。
エーミールはひらりと手を振って、「またね」と俺を送り出した。俺もメイドに連れられて、ルイ様のもとへ向かう。
「ねえ。運命の番って、どんな感じなの?」
その途中、メイドが好奇心丸出しで尋ねてくる。ここまであからさまだと、逆に嫌な感じがしない。
だけど、答えづらい質問でもあった。うーん、と唸って、頭をかく。
俺が考えている間にも、メイドはあれこれおしゃべりをした。俺より年下の若い娘だから、こういうのが気になるお年頃なんだろう。
「すごくロマンチックで、憧れるわぁ。お互いしか見えないって素敵……」
夢見るように言う。だけど俺は、それがルイ様と俺のこととは思えなくて、首を傾げた。
「そうでもないよ」
だってルイ様が、本当に俺のことしか見えていないのであれば、もっと自分勝手に振る舞っていると思う。
運命の番である俺を見つけてさらうように連れてきたのは、自分勝手と言えなくはない。跡継ぎになりたくないっていうのもそうだ。
だけど、本当にそうだったら、俺は畑に出られているのだろうか。
メイドは「そう?」と首を傾げた。そしてルイ様の部屋に着いて、彼女が扉をノックする。
ルイ様手ずから扉を開けた。むすっとしていた顔が、俺を見た瞬間に、ぱっと明るい笑顔に変わる。
この瞬間が、なんとも恥ずかしくて、同じくらい嬉しかった。
「俺を放って、どこへ行っていたんだ?」
ルイ様が、どこか冗談めかした口調で言った。俺の手を引く。メイドは一礼をして、帰っていった。
俺も笑って、「友達のところに行っていました」と答える。ルイ様は俺を椅子に座らせて、ふうんと鼻を鳴らした。
「聞かせろ」
どこか妬いているような、だけど穏やかな声色だった。
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