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鳥羽ミワ

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確信犯は酔わない(世話焼き?攻め×食べるのが好きな受け)

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5.確信犯は酔わない
世話焼き?攻め×食べるのが好きな受け
上京して以来、会社の同期の攻めにおいしいご飯屋さんに連れていってもらっている受け。
受け視点。



「山本。今日、寄っていかない?」
 同期の佐竹は金曜日の夜、こうして俺を飲みに誘う。
「どこに?」
「前、駅前でいい感じの個人経営のところ見つけてさ。山本も好きそう」
「それじゃ、多分好きだ」
 俺の好みを知り尽くしている彼がそう言うなら、その通りなのだろう。なんせ俺が就職で上京してきてからずっと、彼はいろいろな店へ俺を連れていってくれている。
 会社を出て飛び込む繁華街は、華金に浮かれていつにも増して明るい。その人混みを抜けて、ここ、と彼が立ち止まる。そこは、真新しい看板を掲げた居酒屋の前だ。彼が引き戸を開けた。店内には照明の明かりがあふれ、「いらっしゃいませ」という威勢のいい声に迎えられる。
「二人です」
 慣れた様子で彼はテーブル席につく。狭いテーブルを挟んで向かい合い、俺はジャケットを脱いで椅子の背もたれにかけた。すぐにお冷が卓上に置かれ、それを一口煽る。
 ネクタイを緩めて人心地つくと、彼もジャケットを脱いでいた。シャツの袖ボタンを外して腕まくりをする。その男らしい筋張った腕を見るといつも、なんとも言えず、気持ちがそわそわした。
「メニュー、これ」
 そう言って、彼はメニュー表を机の上に広げた。俺は目を走らせ、好物を探す
「じゃあ、日本酒ともつ煮込みと……」
「これも」
 そう言って、彼はとんとんとつくねの大葉巻きを叩く。
「佐竹は?」
「俺ももつ煮込みとつくね、あと烏龍茶と焼きおにぎり」
 彼は手を挙げて「すみません」と店員を呼ぶ。もつ煮込みとつくねを二つずつ、それから焼きおにぎり、日本酒と烏龍茶。少々お待ちください、と店員が厨房へ帰っていく。彼は備え付けのおしぼりを二つ取り、俺に一個寄越した。
 彼は、俺と二人きりのときは飲酒しない。会社の飲み会では平気で飲んでいるのだから、アルコールが無理ということはないのだろう。正直少し寂しいけど、それをなかなか言えずにいる。
 まずはお通しの、白菜の浅漬けがテーブルに置かれた。いただきます、と二人で手を合わせ、口に運ぶ。
「うま」
 しゃきしゃきとした食感に、優しい塩味と旨味。それから、野菜本来の甘さ。これは酒かご飯が欲しくなる。次いで、俺たちの注文した飲み物が運ばれてきた。ジョッキに入った烏龍茶と、日本酒。
 店員は「失礼します」と言って、升になみなみと日本酒を注いだ。あふれるギリギリまで注がれる酒に、俺は生唾が湧く。
 お辞儀をして店員が去っていくのをしり目に、俺は机に置いたままの升に口をつけた。毎度ながら、これの正しい飲み方が分からない。行儀悪く酒をすすっていると、佐竹が俺を見ていることに気づいた。
「どうかした?」
「いや……」
 じっと俺を見つめるその目は、居酒屋の明るい照明のせいか、やけに潤んで見えた。じわ、とうなじが熱くなる。慌てて浅漬けをまた口に入れる。ぽりぽりと噛むごとに染み出る漬物のしょっぱさと甘さ、それから日本酒のまろやかさ。それらが複雑に舌の上で混ざり合い、絡み合い、喉を滑り落ちていく。
「うまい」
「だろ?」
 俺とは酒を飲まないくせに、佐竹は得意げに言う。ついでもつ煮込み、つくね、焼きおにぎりが運ばれてくる。お互いの分を狭いテーブルの上で分け合い、俺は真っ先にもつ煮込みに手を付けた。
「うまい」
 白みそベースで、少し甘めの味付け。たっぷりネギがトッピングされている。もつはとろとろで濃厚。大根とにんじんはしっかり煮込まれて、甘味が引き出されている。味の沁みたこんにゃくはぷりぷりで、俺は空腹も相まってぱくぱくと口に入れた。
「うまいだろ」
 自分で作ったわけでもないのに、佐竹は得意げに言う。俺が頷くと、彼は目を細めて、何かを口の中で呟いた。
「かわい……」
「なんか言った?」
 別に? と言うが、何かを誤魔化しているようにしか見えなかった。俺はじっとりと彼を見据えながらも、食事の手は止めない。
 つくねの大葉巻きは、しっかり甘辛いタレが全体に絡められて照り輝いていた。大きさは、一口で入りきるか入りきらないか。俺は迷わず大口を開けて、ぱくりと一口で詰め込んだ。これがデートだったり上司との飲みだったりなら分けて食べるところだけど、佐竹相手にそんな遠慮はない。口がふさがり無言になる俺に、佐竹が首を傾けて笑う。
「うまいだろ」
 咀嚼すると、口中に鶏の旨味と甘辛ダレの味わいが広がる。こってりしているけれど大葉の風味が爽やかで、しつこくない。
「口いっぱいに入れるの、うまいもんな」
 そう言う佐竹の目は優しい。口いっぱいに物を詰め込むのは普通に行儀が悪いし、散々注意されてきた。だけど彼は、俺のそういうところを、許してくれる。彼はつくねを何口分かに分けて食べ、もつ煮込みもゆっくり食べていた。
「うん。うまい」
 俺は酒を煽り、料理を食べ、上機嫌に笑った。酒が尽きたので手を挙げ、店員を呼ぶ。
「すみませーん、日本酒ください」
「山本、飲みすぎじゃね?」
「大丈夫だって。佐竹もいるし」
 そう言うと、彼は、ちょっと顔を曇らせた。口元が緩みかけているのを抑えているようでもあって、目元がぎゅっと細くなっているのは、不満を訴えているようでもあった。
 結局、俺は日本酒を三合飲んだ。店を出るころにはすっかりできあがってしまった俺を、佐竹が連れ出す。会計は彼がしてくれたようで、俺はぼんやりする頭で、都会の夜空を見上げていた。
「なんか、面白いもんでもあった?」
「都会だなって」
 なんだそりゃ、と都会生まれ都会育ちの佐竹が笑う。地方出身の俺は「都会の空は星がなくてつまんない」とくだをまいた。佐竹が低く笑う。
「なら、俺とつまらなくない夜空でも見にいくか?」
「デートじゃん」
 けらけら笑って見せると、「デートだよ」と佐竹は言った。デート、でーと。俺は酒に酔った頭で考えてみる。
「手、つなぐのか」
「時と場合による」
「キスとかも?」
「時と場合による」
 ふーん、と俺は首を傾げた。佐竹と手を繋ぐ。佐竹とキス。それを考えると頭がますますふわふわして、胸が熱く、苦しくなる。
「イヤ?」
 彼は逞しい腕で俺を引き寄せて尋ねる。その腕が少しひんやりして気持ちよくて、俺はそっと腰に回された手に手を重ねた。
「いやじゃない」
 佐竹が低く喉を鳴らして笑った。それが随分男くさくて、俺の心臓が跳ねる。友達なのに男として見てしまって、どうしよう。だけど不思議と不安はなかった。
「じゃあ、後でメールしとくから」
 もちろん、と彼は付け足した。
「俺は酔った勢いとかじゃないから、誤魔化せないぞ。何のために毎度酒を飲んでいなかったと思うんだ」
 彼は堂々と言った。それがなんだか気恥しくて、俺は彼に肩パンした。
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