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嵐の前のそこそこな静けさ
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最近の私は焦っていた。
はやく結婚してエドガーの邪魔にならないようにしたいのに、このところお見合いが全く上手くいっていない。
何かしらの出会いの場が必要ね。
それはそれとして、他にも考えなくてはいけないことがたくさんある。たとえば、私の二十五歳の誕生日パーティーについてだとか。
「お嬢様。会場に飾るお花はどれにいたしますか?」
「ダンスの曲目はいかがいたしましょう」
「招待客リストはお作りになられましたか?」
私はここ最近ずっと、家臣たちの様々な質問や要求をはじめとした仕事をさばくのに必死だった。お酒も晩酌でちょっとしか飲めていない。
「お嬢様。会場のお酒はもっと少なくて大丈夫でございます」
執事の進言に、私は頑なに首を横に振る。
「だって私の誕生日パーティーよ。お酒がなくては始まらないわ」
「なりません。余ったお酒はいかがなさるのですか」
私は「心外ね」とぷりぷり怒る。まったく、このじいやったら。
「私が飲むに決まってるじゃないの」
「そうおっしゃると思いました」
じいやは目元を抑えて泣く素振りを見せる。その隙に私が注文書をすらすらと買いて、メアリーに渡した。
「まっすぐ酒屋へ届けてきてちょうだい」
うーん、とメアリーがうなる。私が「どうかしたの?」と尋ねると、彼女は首を横に振った。
「この種類と量の多さでは、王都中のお酒が枯渇すると思いますけど」
「そうかしら。そうね……」
私は断腸の思いで、何種類かあるボトル十ダースの項目を八ダースに減らした。
その脇からじいやが「まだ多い」と削っていく。
仕方ないわね、と私はため息をついた。私はお酒が好きだけど、自分で独り占めしたいわけじゃないのだから。
それとも無茶な量を注文しようと思うくらい、やけになってしまっているのかしら。
こうして私の誕生日パーティーの準備は整った。開催直前にして、問題はひとつだけ。
「パートナーはどうしようかしら……」
自室にて、私は深いため息をついた。憂いながら、手酌でブランデーをグラスに注ぐ。氷もいれずにちびちびストレートで飲んでいると、扉をノックする音がした。
「ロゼ、いる?」
「エドガー」
義弟の声に扉を開ける。彼は少しくたびれた顔で微笑みかけてきた。
「ロゼ、誕生日パーティーの話なんだけど……まだ決まらない?」
決まらない、とは……きっとパートナーのことかしら。
「ええ。なかなか、ね」
ため息をつくと「そんなこと言わないで」とエドガーが私にじゃれつくようなキスをした。なんだかここ最近、スキンシップが多い気がするわ。
「ロゼなら何を着ても、どこにいても綺麗だよ。俺がなんでもしてあげる」
「もう、エドガーったら。私があなた色に染まってどうするのよ」
くすくす笑う私を、エドガーは椅子に座らせた。それとなく私のグラスを奪って口をつける彼に、「こら」と私は叱るふりをする。
「勝手に人のものをとっちゃダメよ」
「ロゼは許してくれるだろう?」
そう上目遣いに微笑む彼は、きっと自分が一番魅力的に見える角度を分かっている。
彼はすっかりブランデーを飲み干して、私にグラスを返した。再び自分でお酒を注ぎ、はたと我にかえる。
間接キスね。これ。
なんとなく飲みづらくなってグラスを置くと、エドガーも椅子に座ってゆったりと微笑みかけた。
「それで、パーティーのエスコートの話なんだけど……」
ああ、と私は憂鬱な吐息を漏らした。
「まだどなたに頼むか、決まっていないのよね。お父さまやあなたに頼むのも、そろそろ心苦しいし……」
「は?」
エドガーの顔から、すとんと表情が抜け落ちた。あら? と首を傾げると、ものすごい勢いで私の肩を掴む。指が食い込んで痛いけれど、それどころではない。
「ロ、ロゼ、俺以外の男のエスコートで人生でたった一回の二十五歳の誕生日を過ごそうとしてたの?」
「エドガー、息継ぎをしてちょうだい」
落ち着かせるように肩をさすると、エドガーは暗い目で私を見た。わ、と思わず声が漏れる。
「あら……どうしたの? そんな落ち込んだ顔をして」
「落ち込むことがあったんだよ」
低い声でエドガーは言って、すぐに甘えるように私を引き寄せた。
「慰めて、ロゼ」
私は胸元にエドガーの頭を抱き込んで、よしよしと撫でてやった。こうしてやると、いつもすぐに機嫌がよくなるのだ。
だけど今日は少し様子が違って、私に頬擦りするエドガーはしきりに私を呼ぶ。
「ねえ、言ったじゃないか。もう少しで、俺とロゼで幸せになれるって……」
「今、十分幸せだわ」
さらさらの黒髪を指ですいて、額にキスをしてやる。
本当は、分かっているのよ。ただの弟にすることじゃないって。
エドガーは拗ねた声色で「もっと幸せになれるよ」と私を抱きしめた。それから私を軽々と持ち上げて、膝の上に乗せる。
いよいよ姉弟の距離感じゃないのに、私の身体はかっと熱くなって心臓が早鐘を打った。
「ロゼ、待っていて。あと少しなんだ」
「何を待つって言うのよ」
「その時ちゃんと言うから、待っていてよ」
そんなわがままを言われても、困る。
何を待ってほしいかは分からないけれど、必死なその態度に胸がざわつく。心のどこかで、よからぬ期待をしてしまいそうだ。
「ロゼ……」
どさり、とエドガーが私をベッドに横たえた。お互いに酔った身体が熱く近づく。彼は私に覆い被さり、そして。
「ロゼもぜったい俺のことが好きなのに、なんで好きって言ってくれないんだ? 俺はこんなに好きなのに」
「エドガー」
「俺ばっかり好きでやだ。ロゼもおれのことあいしてるって言って」
「エドガー?」
やだやだ、と駄々をこねはじめる。しまいには私のお腹に顔を埋めて、しくしくと泣きはじめた。
頭を撫でてやれば、もっと撫でろと言わんばかりに頭が押し付けられる。
「……まったく、もう」
私はすっかりおかしくなってしまって、彼を撫で始めた。いぬにしてやるように頰を撫でて、耳の裏をくすぐる。
「よしよし」
「うん……」
「かわいいかわいい。いいこいいこ」
「わん……」
「ここが気持ちいいの?」
「くーん……」
エドガーは、いぬになりきりはじめた。私は声をあげて笑い転げながら、彼を構ってやる。
彼は極めて従順ないいこだ。私にされるがままになりながら、嬉しそうに目を細めている。
「ロゼ」
不意にエドガーが私の手を取って、指先に唇を落とす。
どきりと胸が高鳴って、思わず呼吸が止まった。
「ロゼはもうすぐ、俺のおねえちゃんじゃなくなるんだ」
その笑みの蕩けるように甘くて、幸せそうで、美しいこと。私の頭は一瞬にして真っ白になる。
「きゃーーーーーーっ!」
私は思わず悲鳴をあげて、メアリー譲りの投げ技でエドガーを吹っ飛ばした。酔っ払ったエドガーはいとも簡単に投げ飛ばされ、転がって受け身を取りながら戸惑った顔をしている。
「ロゼ、違うんだ、今のは」
「出ていって!」
私は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。なんだなんだと飛んできた使用人たちは、なんだ……とがっかりした様子で私たちを見ていた。
「まだくっつかないのか」
「そろそろ賭けの旨みがなくなる。絶対義弟と結婚するってみんな言ってるから」
「心配して損した」
口々に言って散る使用人たちに、エドガーが悲鳴を上げた。
「誰か俺を助けろーッ!」
「こっちの台詞よ!」
私も負けじと大声を張る。顔が熱い。
「誕生日パーティーのパートナーはあなたでいいわ! じゃあね!」
ばたん、と乱暴に扉を締める。しばらく私を呼ぶかわいくてかわいそうな声が聞こえたけれど、エドガーは何度か扉を引っ掻いて諦めたようだった。
私はその日眠れない夜を過ごした。寝酒をしようとメアリーに新しくグラスを持ってきてもらって、そういえばと思い返す。
「なんで、私とエドガーが二人きりになったときに来なかったの?」
「馬に蹴られたくないので」
ふうん、と私はブランデーを煽った。
眠りに落ちる前に、エドガーのあの美しい笑みを何度も思い出す。
私がもうすぐエドガーの姉でなくなる……つまり、誰かの妻になるということかしら。
彼はそれを、望んでいるのかしら。
つきんと痛む胸も、したたかに酔っ払って忘れてしまおう。
はやく結婚してエドガーの邪魔にならないようにしたいのに、このところお見合いが全く上手くいっていない。
何かしらの出会いの場が必要ね。
それはそれとして、他にも考えなくてはいけないことがたくさんある。たとえば、私の二十五歳の誕生日パーティーについてだとか。
「お嬢様。会場に飾るお花はどれにいたしますか?」
「ダンスの曲目はいかがいたしましょう」
「招待客リストはお作りになられましたか?」
私はここ最近ずっと、家臣たちの様々な質問や要求をはじめとした仕事をさばくのに必死だった。お酒も晩酌でちょっとしか飲めていない。
「お嬢様。会場のお酒はもっと少なくて大丈夫でございます」
執事の進言に、私は頑なに首を横に振る。
「だって私の誕生日パーティーよ。お酒がなくては始まらないわ」
「なりません。余ったお酒はいかがなさるのですか」
私は「心外ね」とぷりぷり怒る。まったく、このじいやったら。
「私が飲むに決まってるじゃないの」
「そうおっしゃると思いました」
じいやは目元を抑えて泣く素振りを見せる。その隙に私が注文書をすらすらと買いて、メアリーに渡した。
「まっすぐ酒屋へ届けてきてちょうだい」
うーん、とメアリーがうなる。私が「どうかしたの?」と尋ねると、彼女は首を横に振った。
「この種類と量の多さでは、王都中のお酒が枯渇すると思いますけど」
「そうかしら。そうね……」
私は断腸の思いで、何種類かあるボトル十ダースの項目を八ダースに減らした。
その脇からじいやが「まだ多い」と削っていく。
仕方ないわね、と私はため息をついた。私はお酒が好きだけど、自分で独り占めしたいわけじゃないのだから。
それとも無茶な量を注文しようと思うくらい、やけになってしまっているのかしら。
こうして私の誕生日パーティーの準備は整った。開催直前にして、問題はひとつだけ。
「パートナーはどうしようかしら……」
自室にて、私は深いため息をついた。憂いながら、手酌でブランデーをグラスに注ぐ。氷もいれずにちびちびストレートで飲んでいると、扉をノックする音がした。
「ロゼ、いる?」
「エドガー」
義弟の声に扉を開ける。彼は少しくたびれた顔で微笑みかけてきた。
「ロゼ、誕生日パーティーの話なんだけど……まだ決まらない?」
決まらない、とは……きっとパートナーのことかしら。
「ええ。なかなか、ね」
ため息をつくと「そんなこと言わないで」とエドガーが私にじゃれつくようなキスをした。なんだかここ最近、スキンシップが多い気がするわ。
「ロゼなら何を着ても、どこにいても綺麗だよ。俺がなんでもしてあげる」
「もう、エドガーったら。私があなた色に染まってどうするのよ」
くすくす笑う私を、エドガーは椅子に座らせた。それとなく私のグラスを奪って口をつける彼に、「こら」と私は叱るふりをする。
「勝手に人のものをとっちゃダメよ」
「ロゼは許してくれるだろう?」
そう上目遣いに微笑む彼は、きっと自分が一番魅力的に見える角度を分かっている。
彼はすっかりブランデーを飲み干して、私にグラスを返した。再び自分でお酒を注ぎ、はたと我にかえる。
間接キスね。これ。
なんとなく飲みづらくなってグラスを置くと、エドガーも椅子に座ってゆったりと微笑みかけた。
「それで、パーティーのエスコートの話なんだけど……」
ああ、と私は憂鬱な吐息を漏らした。
「まだどなたに頼むか、決まっていないのよね。お父さまやあなたに頼むのも、そろそろ心苦しいし……」
「は?」
エドガーの顔から、すとんと表情が抜け落ちた。あら? と首を傾げると、ものすごい勢いで私の肩を掴む。指が食い込んで痛いけれど、それどころではない。
「ロ、ロゼ、俺以外の男のエスコートで人生でたった一回の二十五歳の誕生日を過ごそうとしてたの?」
「エドガー、息継ぎをしてちょうだい」
落ち着かせるように肩をさすると、エドガーは暗い目で私を見た。わ、と思わず声が漏れる。
「あら……どうしたの? そんな落ち込んだ顔をして」
「落ち込むことがあったんだよ」
低い声でエドガーは言って、すぐに甘えるように私を引き寄せた。
「慰めて、ロゼ」
私は胸元にエドガーの頭を抱き込んで、よしよしと撫でてやった。こうしてやると、いつもすぐに機嫌がよくなるのだ。
だけど今日は少し様子が違って、私に頬擦りするエドガーはしきりに私を呼ぶ。
「ねえ、言ったじゃないか。もう少しで、俺とロゼで幸せになれるって……」
「今、十分幸せだわ」
さらさらの黒髪を指ですいて、額にキスをしてやる。
本当は、分かっているのよ。ただの弟にすることじゃないって。
エドガーは拗ねた声色で「もっと幸せになれるよ」と私を抱きしめた。それから私を軽々と持ち上げて、膝の上に乗せる。
いよいよ姉弟の距離感じゃないのに、私の身体はかっと熱くなって心臓が早鐘を打った。
「ロゼ、待っていて。あと少しなんだ」
「何を待つって言うのよ」
「その時ちゃんと言うから、待っていてよ」
そんなわがままを言われても、困る。
何を待ってほしいかは分からないけれど、必死なその態度に胸がざわつく。心のどこかで、よからぬ期待をしてしまいそうだ。
「ロゼ……」
どさり、とエドガーが私をベッドに横たえた。お互いに酔った身体が熱く近づく。彼は私に覆い被さり、そして。
「ロゼもぜったい俺のことが好きなのに、なんで好きって言ってくれないんだ? 俺はこんなに好きなのに」
「エドガー」
「俺ばっかり好きでやだ。ロゼもおれのことあいしてるって言って」
「エドガー?」
やだやだ、と駄々をこねはじめる。しまいには私のお腹に顔を埋めて、しくしくと泣きはじめた。
頭を撫でてやれば、もっと撫でろと言わんばかりに頭が押し付けられる。
「……まったく、もう」
私はすっかりおかしくなってしまって、彼を撫で始めた。いぬにしてやるように頰を撫でて、耳の裏をくすぐる。
「よしよし」
「うん……」
「かわいいかわいい。いいこいいこ」
「わん……」
「ここが気持ちいいの?」
「くーん……」
エドガーは、いぬになりきりはじめた。私は声をあげて笑い転げながら、彼を構ってやる。
彼は極めて従順ないいこだ。私にされるがままになりながら、嬉しそうに目を細めている。
「ロゼ」
不意にエドガーが私の手を取って、指先に唇を落とす。
どきりと胸が高鳴って、思わず呼吸が止まった。
「ロゼはもうすぐ、俺のおねえちゃんじゃなくなるんだ」
その笑みの蕩けるように甘くて、幸せそうで、美しいこと。私の頭は一瞬にして真っ白になる。
「きゃーーーーーーっ!」
私は思わず悲鳴をあげて、メアリー譲りの投げ技でエドガーを吹っ飛ばした。酔っ払ったエドガーはいとも簡単に投げ飛ばされ、転がって受け身を取りながら戸惑った顔をしている。
「ロゼ、違うんだ、今のは」
「出ていって!」
私は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。なんだなんだと飛んできた使用人たちは、なんだ……とがっかりした様子で私たちを見ていた。
「まだくっつかないのか」
「そろそろ賭けの旨みがなくなる。絶対義弟と結婚するってみんな言ってるから」
「心配して損した」
口々に言って散る使用人たちに、エドガーが悲鳴を上げた。
「誰か俺を助けろーッ!」
「こっちの台詞よ!」
私も負けじと大声を張る。顔が熱い。
「誕生日パーティーのパートナーはあなたでいいわ! じゃあね!」
ばたん、と乱暴に扉を締める。しばらく私を呼ぶかわいくてかわいそうな声が聞こえたけれど、エドガーは何度か扉を引っ掻いて諦めたようだった。
私はその日眠れない夜を過ごした。寝酒をしようとメアリーに新しくグラスを持ってきてもらって、そういえばと思い返す。
「なんで、私とエドガーが二人きりになったときに来なかったの?」
「馬に蹴られたくないので」
ふうん、と私はブランデーを煽った。
眠りに落ちる前に、エドガーのあの美しい笑みを何度も思い出す。
私がもうすぐエドガーの姉でなくなる……つまり、誰かの妻になるということかしら。
彼はそれを、望んでいるのかしら。
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