婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ

文字の大きさ
8 / 12

嵐の前のそこそこな静けさ

しおりを挟む
 最近の私は焦っていた。
 はやく結婚してエドガーの邪魔にならないようにしたいのに、このところお見合いが全く上手くいっていない。
 何かしらの出会いの場が必要ね。

 それはそれとして、他にも考えなくてはいけないことがたくさんある。たとえば、私の二十五歳の誕生日パーティーについてだとか。

「お嬢様。会場に飾るお花はどれにいたしますか?」
「ダンスの曲目はいかがいたしましょう」
「招待客リストはお作りになられましたか?」

 私はここ最近ずっと、家臣たちの様々な質問や要求をはじめとした仕事をさばくのに必死だった。お酒も晩酌でちょっとしか飲めていない。

「お嬢様。会場のお酒はもっと少なくて大丈夫でございます」

 執事の進言に、私は頑なに首を横に振る。

「だって私の誕生日パーティーよ。お酒がなくては始まらないわ」
「なりません。余ったお酒はいかがなさるのですか」

 私は「心外ね」とぷりぷり怒る。まったく、このじいやったら。

「私が飲むに決まってるじゃないの」
「そうおっしゃると思いました」

 じいやは目元を抑えて泣く素振りを見せる。その隙に私が注文書をすらすらと買いて、メアリーに渡した。

「まっすぐ酒屋へ届けてきてちょうだい」

 うーん、とメアリーがうなる。私が「どうかしたの?」と尋ねると、彼女は首を横に振った。

「この種類と量の多さでは、王都中のお酒が枯渇すると思いますけど」
「そうかしら。そうね……」

 私は断腸の思いで、何種類かあるボトル十ダースの項目を八ダースに減らした。
 その脇からじいやが「まだ多い」と削っていく。
 仕方ないわね、と私はため息をついた。私はお酒が好きだけど、自分で独り占めしたいわけじゃないのだから。
 それとも無茶な量を注文しようと思うくらい、やけになってしまっているのかしら。

 こうして私の誕生日パーティーの準備は整った。開催直前にして、問題はひとつだけ。

「パートナーはどうしようかしら……」

 自室にて、私は深いため息をついた。憂いながら、手酌でブランデーをグラスに注ぐ。氷もいれずにちびちびストレートで飲んでいると、扉をノックする音がした。

「ロゼ、いる?」
「エドガー」

 義弟の声に扉を開ける。彼は少しくたびれた顔で微笑みかけてきた。

「ロゼ、誕生日パーティーの話なんだけど……まだ決まらない?」

 決まらない、とは……きっとパートナーのことかしら。

「ええ。なかなか、ね」

 ため息をつくと「そんなこと言わないで」とエドガーが私にじゃれつくようなキスをした。なんだかここ最近、スキンシップが多い気がするわ。

「ロゼなら何を着ても、どこにいても綺麗だよ。俺がなんでもしてあげる」
「もう、エドガーったら。私があなた色に染まってどうするのよ」

 くすくす笑う私を、エドガーは椅子に座らせた。それとなく私のグラスを奪って口をつける彼に、「こら」と私は叱るふりをする。

「勝手に人のものをとっちゃダメよ」
「ロゼは許してくれるだろう?」

 そう上目遣いに微笑む彼は、きっと自分が一番魅力的に見える角度を分かっている。
 彼はすっかりブランデーを飲み干して、私にグラスを返した。再び自分でお酒を注ぎ、はたと我にかえる。

 間接キスね。これ。

 なんとなく飲みづらくなってグラスを置くと、エドガーも椅子に座ってゆったりと微笑みかけた。

「それで、パーティーのエスコートの話なんだけど……」

 ああ、と私は憂鬱な吐息を漏らした。

「まだどなたに頼むか、決まっていないのよね。お父さまやあなたに頼むのも、そろそろ心苦しいし……」
「は?」

 エドガーの顔から、すとんと表情が抜け落ちた。あら? と首を傾げると、ものすごい勢いで私の肩を掴む。指が食い込んで痛いけれど、それどころではない。

「ロ、ロゼ、俺以外の男のエスコートで人生でたった一回の二十五歳の誕生日を過ごそうとしてたの?」
「エドガー、息継ぎをしてちょうだい」

 落ち着かせるように肩をさすると、エドガーは暗い目で私を見た。わ、と思わず声が漏れる。

「あら……どうしたの? そんな落ち込んだ顔をして」
「落ち込むことがあったんだよ」

 低い声でエドガーは言って、すぐに甘えるように私を引き寄せた。

「慰めて、ロゼ」

 私は胸元にエドガーの頭を抱き込んで、よしよしと撫でてやった。こうしてやると、いつもすぐに機嫌がよくなるのだ。
 だけど今日は少し様子が違って、私に頬擦りするエドガーはしきりに私を呼ぶ。

「ねえ、言ったじゃないか。もう少しで、俺とロゼで幸せになれるって……」
「今、十分幸せだわ」

 さらさらの黒髪を指ですいて、額にキスをしてやる。
 本当は、分かっているのよ。ただの弟にすることじゃないって。
 エドガーは拗ねた声色で「もっと幸せになれるよ」と私を抱きしめた。それから私を軽々と持ち上げて、膝の上に乗せる。
 いよいよ姉弟の距離感じゃないのに、私の身体はかっと熱くなって心臓が早鐘を打った。

「ロゼ、待っていて。あと少しなんだ」
「何を待つって言うのよ」
「その時ちゃんと言うから、待っていてよ」

 そんなわがままを言われても、困る。
 何を待ってほしいかは分からないけれど、必死なその態度に胸がざわつく。心のどこかで、よからぬ期待をしてしまいそうだ。

「ロゼ……」

 どさり、とエドガーが私をベッドに横たえた。お互いに酔った身体が熱く近づく。彼は私に覆い被さり、そして。

「ロゼもぜったい俺のことが好きなのに、なんで好きって言ってくれないんだ? 俺はこんなに好きなのに」
「エドガー」
「俺ばっかり好きでやだ。ロゼもおれのことあいしてるって言って」
「エドガー?」

 やだやだ、と駄々をこねはじめる。しまいには私のお腹に顔を埋めて、しくしくと泣きはじめた。
 頭を撫でてやれば、もっと撫でろと言わんばかりに頭が押し付けられる。

「……まったく、もう」

 私はすっかりおかしくなってしまって、彼を撫で始めた。いぬにしてやるように頰を撫でて、耳の裏をくすぐる。

「よしよし」
「うん……」
「かわいいかわいい。いいこいいこ」
「わん……」
「ここが気持ちいいの?」
「くーん……」

 エドガーは、いぬになりきりはじめた。私は声をあげて笑い転げながら、彼を構ってやる。
 彼は極めて従順ないいこだ。私にされるがままになりながら、嬉しそうに目を細めている。

「ロゼ」

 不意にエドガーが私の手を取って、指先に唇を落とす。
 どきりと胸が高鳴って、思わず呼吸が止まった。

「ロゼはもうすぐ、俺のおねえちゃんじゃなくなるんだ」

 その笑みの蕩けるように甘くて、幸せそうで、美しいこと。私の頭は一瞬にして真っ白になる。

「きゃーーーーーーっ!」

 私は思わず悲鳴をあげて、メアリー譲りの投げ技でエドガーを吹っ飛ばした。酔っ払ったエドガーはいとも簡単に投げ飛ばされ、転がって受け身を取りながら戸惑った顔をしている。

「ロゼ、違うんだ、今のは」
「出ていって!」

 私は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。なんだなんだと飛んできた使用人たちは、なんだ……とがっかりした様子で私たちを見ていた。

「まだくっつかないのか」
「そろそろ賭けの旨みがなくなる。絶対義弟と結婚するってみんな言ってるから」
「心配して損した」

 口々に言って散る使用人たちに、エドガーが悲鳴を上げた。

「誰か俺を助けろーッ!」
「こっちの台詞よ!」

 私も負けじと大声を張る。顔が熱い。

「誕生日パーティーのパートナーはあなたでいいわ! じゃあね!」

 ばたん、と乱暴に扉を締める。しばらく私を呼ぶかわいくてかわいそうな声が聞こえたけれど、エドガーは何度か扉を引っ掻いて諦めたようだった。

 私はその日眠れない夜を過ごした。寝酒をしようとメアリーに新しくグラスを持ってきてもらって、そういえばと思い返す。

「なんで、私とエドガーが二人きりになったときに来なかったの?」
「馬に蹴られたくないので」

 ふうん、と私はブランデーを煽った。
 眠りに落ちる前に、エドガーのあの美しい笑みを何度も思い出す。

 私がもうすぐエドガーの姉でなくなる……つまり、誰かの妻になるということかしら。

 彼はそれを、望んでいるのかしら。

 つきんと痛む胸も、したたかに酔っ払って忘れてしまおう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

【完結】推しと婚約~しがない子爵令嬢は、推しの公爵様に溺愛される~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
しがない子爵令嬢のファーラは、ある日突然、推しのイヴォルフ様と婚約をした。 信じられない幸福を噛みしめ、推しの過剰摂取で天に召されそうになったりしながらも、幸せな日々を過ごしていた。 しかし、王女様の婚約パーティーに行くときにある噂を思い出す。イヴォルフ様と王女様が両思いである……と。 パーティーでは、二人の親密さを目の当たりにしてしまい──。 ゆるい設定なので、頭を空っぽにして読んで頂けると助かります。 全4話になります。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

ヒスババアと呼ばれた私が異世界に行きました

陽花紫
恋愛
夫にヒスババアと呼ばれた瞬間に異世界に召喚されたリカが、乳母のメアリー、従者のウィルとともに幼い王子を立派に育て上げる話。 小説家になろうにも掲載中です。

過保護な公爵は虚弱な妻と遊びたい

黒猫子猫
恋愛
公爵家当主レグルスは、三カ月前に令嬢ミアを正妻に迎えた。可憐な外見から虚弱な女性だと思い、過保護に接しなければと戒めていたが、実際の彼女は非常に活発で明るい女性だった。レグルスはすっかりミアの虜になって、彼女も本来の姿を見せてくれるようになり、夫婦生活は円満になるはずだった。だが、ある日レグルスが仕事を切り上げて早めに帰宅すると、ミアの態度はなぜか頑なになっていた。そればかりか、必死でレグルスから逃げようとする。 レグルスはもちろん、追いかけた。 ※短編『虚弱な公爵夫人は夫の過保護から逃れたい』の後日談・ヒーロー視点のお話です。これのみでも読めます。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

処理中です...