1 / 2
元ヤリチンの童貞返り
しおりを挟む
俺がそれを見かけたのは、本当に偶然だった。
恋人であるハルキが、女子と腕を組んで歩いていた。
「ねえ、ハルキ。いいでしょ? 私とさ……」
「はいはい」
咄嗟に壁の影に隠れる。心臓が嫌な音を立てた。金曜日の五限終わりの浮かれた気持ちが、きゅうきゅうと萎む。
ハルキはもともと、ものすごくモテる。なんで俺なんかと付き合っているか分からないくらいには、女の子と遊んでいた。これは噂ではなくて、付き合うときに俺が確認したこと。
もともとノンケだったハルキは、男を好きになったのは俺がはじめてだと言っていた。それは疑っていない。だってそうでなきゃ、これまでのキスとかスキンシップとか……。
でも、一年付き合って、まだそこで止まっている。俺たちはまだ、エッチをしたことがない。
「いま男と付き合ってるってほんと? なんで? あんなに女遊びが激しかったのに……」
「別になんでもいいだろ。今はそういう気分じゃねんだって」
「えー。でも、また私としたくなったら言ってね! いつでもオッケーだからぁ」
「ああ、いつかな」
ぐ、と唇を噛む。そういう気分、か。そのいつかは、案外近いのかもしれない。俺の胸いっぱいに、諦めに似た絶望が広がる。
俺は「そういう気分」じゃなくって、真剣に付き合ってるのにな。
そうこうしている間に、ハルキと女子が近づいてきた。俺は焦って、その場から駆け足で逃げた。
後ろでハルキが俺を呼んだような気がしたけど、気のせいだろう。未練がましい自分の妄想に、乾いた笑みが漏れた。
ひとしきり走れば、大学の最寄り駅に着く。俺はそのまま定期で電車に乗って、自宅へと帰った。なんかずっとスマホが震えているけれど、いつもの実家から送られてくる猫の写真だろう。
俺はひとり、電車に揺られた。なんとなく真っすぐ帰る気にはなれなくて、しばらく駅前をぶらついた。たまにはと思ってパン屋で菓子パンを買ってみたり、いつもは行かない方面を散歩してみたり。
そうこうしている間に、だんだん気分も紛れてくる。家に帰ろうと思ったのは、もうとっぷり夜も更けた頃だった。明日は休みだから、ハルキと顔を合わせることもない。
ため息をつきつつ、アパートへと向かった。俺の部屋は三階にある。階段を昇りきったところで、人影と目が合った。
ハルキが、黒々とした瞳で、俺を見ている。
「な、ハルキ」
「ユウト」
怯む俺に構わず、ハルキは俺の手を捕まえた。乱暴に引っ張られて、ハルキに渡してあった合い鍵で扉が開く。
そのまま玄関へもつれ合うように入ると、「違うから」と、ハルキが焦った顔で俺の肩を掴んだ。
「俺は今、ユウトだけだから。あれは浮気じゃなくて」
「……気づいてたんだ。あのとき、俺がいたって」
俺が茫然と呟くと、「あ、まあ」と彼は口ごもった。俺は唇を噛んで、「別にいいんじゃない」とわざと明るい声色で言う。
「お、俺、男だし。女の子とした方が、楽しいなら、いいよ」
「ユウト」
「うん。ハルキ、ノンケだったもんね。別に、俺は、全然」
「なあ、ユウト。あてつけるな」
あてつけじゃない、と俺は掠れた声で言う。ハルキはいらいらした様子で「とにかく、部屋の中で話し合おう」と俺を引っ張った。
「慣れてるんだね、修羅場」
これは、本当に皮肉だ。俺が振りかざした刃に、ハルキはちゃんと傷ついたみたいに顔をしかめる。
かくして俺たちは、狭いアパートの一室で向かい合った。俺はベッドに座って、ハルキは床に座っている。
「浮気なんかしてない」
先に口を開いたのは、ハルキだった。ああそう、と俺は、そっぽを向く。
「なんだっけ。今はそういう気分じゃない、だったっけ。もう一年くらいずっと、俺と付き合う『気分』なんだ」
「そのつもりはない、って言いたかっただけだって」
分かってる。今の俺は、めちゃくちゃ嫌な奴だ。
「俺は今、ユウトだけだよ」
懇願するようにハルキが言う。だけど今の俺は、それを信じられそうになかった。
だって俺とは一年付き合ってしていないのに、あの女の子は、もうハルキとエッチしたんだ。
「……もともと、女の子が好きなんだろ。いつ戻ったっていいんだから。いつかって、案外近いんじゃない」
「それは」
ハルキが、眉間にしわを寄せる。その瞳の咎める色が、何より彼の心の痛みを語っていた。
だけど俺だって、それなりに、傷ついている。
「ハルキはいつだって、俺以外にも選択肢、あるんじゃないか」
睨みつけながら言うと、「ないよ」と、彼は途方に暮れたように言う。
「ユウトを好きになったから。付き合おうって言ったの、俺からだろ」
「気紛れだろ。まだキスだけで、エッチもまだだし」
は、と鼻で笑ってやった。
「俺のちんちん見たら怖気づくんじゃないの? 見てみる? 俺のちんちん。どうせ萎えると思うけど」
どうせ、これで引いてくれるだろう。露悪的に言ってやると、ハルキは顔を真っ赤にして「萎えるかよ」と唸った。
「お前、なめんな。俺が、俺がどんな思いで我慢してると思ってるんだ」
「知らねぇよ、恋人に手を出さないチキンの言い分なんか」
せせら笑うように言うと、「そういうお前は」と、ハルキが低く呟いた。
「……俺以外にも、経験、あるのかよ」
「ないけど。それが何か?」
そうか、とハルキはほっとしたように肩の力を抜いた。俺はそれへ無性に腹が立って、「もう帰ってくれ」とハルキの腕を掴んだ。
「何言われても、今は馬鹿にしてるとしか思えない。帰って」
だけど、ハルキは動かなかった。それどころか、俺より筋肉質な腕で俺の身体を引いて、俺をベッドへ押し倒す。
「見せてみろよ、お前のちんちん」
そして挑発的に言って、ベッドに乗り上げる。俺は組み敷かれて、ハルキを見上げた。
ため息をつく。ここらが、俺たちの潮時なのかもしれない。
「……いいよ」
俺はため息をつきながら、ベルトを緩めた。
ハルキはただ、俺をじっと見つめている。
バックルを外し、ベルトを抜く。ボトムスのチャックを下ろすだけで、ハルキの喉仏が上下した。
「どいて。邪魔」
俺がハルキの下で身体をくねらせると、ぐに、と膝に何かが当たった。熱くて、硬いそれは、もしかしなくても。
「は?」
勃起、しているらしい。俺が恐る恐るハルキを見上げると、彼は「続けて」と獣のような呼吸で言う。
「見たい」
恋人であるハルキが、女子と腕を組んで歩いていた。
「ねえ、ハルキ。いいでしょ? 私とさ……」
「はいはい」
咄嗟に壁の影に隠れる。心臓が嫌な音を立てた。金曜日の五限終わりの浮かれた気持ちが、きゅうきゅうと萎む。
ハルキはもともと、ものすごくモテる。なんで俺なんかと付き合っているか分からないくらいには、女の子と遊んでいた。これは噂ではなくて、付き合うときに俺が確認したこと。
もともとノンケだったハルキは、男を好きになったのは俺がはじめてだと言っていた。それは疑っていない。だってそうでなきゃ、これまでのキスとかスキンシップとか……。
でも、一年付き合って、まだそこで止まっている。俺たちはまだ、エッチをしたことがない。
「いま男と付き合ってるってほんと? なんで? あんなに女遊びが激しかったのに……」
「別になんでもいいだろ。今はそういう気分じゃねんだって」
「えー。でも、また私としたくなったら言ってね! いつでもオッケーだからぁ」
「ああ、いつかな」
ぐ、と唇を噛む。そういう気分、か。そのいつかは、案外近いのかもしれない。俺の胸いっぱいに、諦めに似た絶望が広がる。
俺は「そういう気分」じゃなくって、真剣に付き合ってるのにな。
そうこうしている間に、ハルキと女子が近づいてきた。俺は焦って、その場から駆け足で逃げた。
後ろでハルキが俺を呼んだような気がしたけど、気のせいだろう。未練がましい自分の妄想に、乾いた笑みが漏れた。
ひとしきり走れば、大学の最寄り駅に着く。俺はそのまま定期で電車に乗って、自宅へと帰った。なんかずっとスマホが震えているけれど、いつもの実家から送られてくる猫の写真だろう。
俺はひとり、電車に揺られた。なんとなく真っすぐ帰る気にはなれなくて、しばらく駅前をぶらついた。たまにはと思ってパン屋で菓子パンを買ってみたり、いつもは行かない方面を散歩してみたり。
そうこうしている間に、だんだん気分も紛れてくる。家に帰ろうと思ったのは、もうとっぷり夜も更けた頃だった。明日は休みだから、ハルキと顔を合わせることもない。
ため息をつきつつ、アパートへと向かった。俺の部屋は三階にある。階段を昇りきったところで、人影と目が合った。
ハルキが、黒々とした瞳で、俺を見ている。
「な、ハルキ」
「ユウト」
怯む俺に構わず、ハルキは俺の手を捕まえた。乱暴に引っ張られて、ハルキに渡してあった合い鍵で扉が開く。
そのまま玄関へもつれ合うように入ると、「違うから」と、ハルキが焦った顔で俺の肩を掴んだ。
「俺は今、ユウトだけだから。あれは浮気じゃなくて」
「……気づいてたんだ。あのとき、俺がいたって」
俺が茫然と呟くと、「あ、まあ」と彼は口ごもった。俺は唇を噛んで、「別にいいんじゃない」とわざと明るい声色で言う。
「お、俺、男だし。女の子とした方が、楽しいなら、いいよ」
「ユウト」
「うん。ハルキ、ノンケだったもんね。別に、俺は、全然」
「なあ、ユウト。あてつけるな」
あてつけじゃない、と俺は掠れた声で言う。ハルキはいらいらした様子で「とにかく、部屋の中で話し合おう」と俺を引っ張った。
「慣れてるんだね、修羅場」
これは、本当に皮肉だ。俺が振りかざした刃に、ハルキはちゃんと傷ついたみたいに顔をしかめる。
かくして俺たちは、狭いアパートの一室で向かい合った。俺はベッドに座って、ハルキは床に座っている。
「浮気なんかしてない」
先に口を開いたのは、ハルキだった。ああそう、と俺は、そっぽを向く。
「なんだっけ。今はそういう気分じゃない、だったっけ。もう一年くらいずっと、俺と付き合う『気分』なんだ」
「そのつもりはない、って言いたかっただけだって」
分かってる。今の俺は、めちゃくちゃ嫌な奴だ。
「俺は今、ユウトだけだよ」
懇願するようにハルキが言う。だけど今の俺は、それを信じられそうになかった。
だって俺とは一年付き合ってしていないのに、あの女の子は、もうハルキとエッチしたんだ。
「……もともと、女の子が好きなんだろ。いつ戻ったっていいんだから。いつかって、案外近いんじゃない」
「それは」
ハルキが、眉間にしわを寄せる。その瞳の咎める色が、何より彼の心の痛みを語っていた。
だけど俺だって、それなりに、傷ついている。
「ハルキはいつだって、俺以外にも選択肢、あるんじゃないか」
睨みつけながら言うと、「ないよ」と、彼は途方に暮れたように言う。
「ユウトを好きになったから。付き合おうって言ったの、俺からだろ」
「気紛れだろ。まだキスだけで、エッチもまだだし」
は、と鼻で笑ってやった。
「俺のちんちん見たら怖気づくんじゃないの? 見てみる? 俺のちんちん。どうせ萎えると思うけど」
どうせ、これで引いてくれるだろう。露悪的に言ってやると、ハルキは顔を真っ赤にして「萎えるかよ」と唸った。
「お前、なめんな。俺が、俺がどんな思いで我慢してると思ってるんだ」
「知らねぇよ、恋人に手を出さないチキンの言い分なんか」
せせら笑うように言うと、「そういうお前は」と、ハルキが低く呟いた。
「……俺以外にも、経験、あるのかよ」
「ないけど。それが何か?」
そうか、とハルキはほっとしたように肩の力を抜いた。俺はそれへ無性に腹が立って、「もう帰ってくれ」とハルキの腕を掴んだ。
「何言われても、今は馬鹿にしてるとしか思えない。帰って」
だけど、ハルキは動かなかった。それどころか、俺より筋肉質な腕で俺の身体を引いて、俺をベッドへ押し倒す。
「見せてみろよ、お前のちんちん」
そして挑発的に言って、ベッドに乗り上げる。俺は組み敷かれて、ハルキを見上げた。
ため息をつく。ここらが、俺たちの潮時なのかもしれない。
「……いいよ」
俺はため息をつきながら、ベルトを緩めた。
ハルキはただ、俺をじっと見つめている。
バックルを外し、ベルトを抜く。ボトムスのチャックを下ろすだけで、ハルキの喉仏が上下した。
「どいて。邪魔」
俺がハルキの下で身体をくねらせると、ぐに、と膝に何かが当たった。熱くて、硬いそれは、もしかしなくても。
「は?」
勃起、しているらしい。俺が恐る恐るハルキを見上げると、彼は「続けて」と獣のような呼吸で言う。
「見たい」
114
あなたにおすすめの小説
俺の指をちゅぱちゅぱする癖が治っていない幼馴染
海野
BL
唯(ゆい)には幼いころから治らない癖がある。それは寝ている間無意識に幼馴染である相馬の指をくわえるというものだ。相馬(そうま)はいつしかそんな唯に自分から指を差し出し、興奮するようになってしまうようになり、起きる直前に慌ててトイレに向かい欲を吐き出していた。
ある日、いつもの様に指を唯の唇に当てると、彼は何故か狸寝入りをしていて…?
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
何故か男の俺が王子の閨係に選ばれてしまった
まんまる
BL
貧乏男爵家の次男アルザスは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。
なぜ男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へ行く。
しかし、殿下はただベッドに横たわり何もしてこない。
殿下には何か思いがあるようで。
《何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました》の攻×受が立場的に逆転したお話です。
登場人物、設定は全く違います。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
お調子者美形ヒモ男子が独占欲強めの幼馴染みにしっかり捕まえられる話
サトー
BL
お調子者で鈍感な主人公とその幼馴染みが両片想いからくっつくまでのお話
受け:リツ
攻め:マサオミ
この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
支配者に囚われる
藍沢真啓/庚あき
BL
大学で講師を勤める総は、長年飲んでいた強い抑制剤をやめ、初めて訪れたヒートを解消する為に、ヒートオメガ専用のデリヘルを利用する。
そこのキャストである龍蘭に次第に惹かれた総は、一年後のヒートの時、今回限りで契約を終了しようと彼に告げたが──
※オメガバースシリーズですが、こちらだけでも楽しめると思い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる