元女たらしの俺の恋人が、俺の身体で興奮するわけがない!

鳥羽ミワ

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元ヤリチンの童貞返り

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 俺がそれを見かけたのは、本当に偶然だった。
 恋人であるハルキが、女子と腕を組んで歩いていた。

「ねえ、ハルキ。いいでしょ? 私とさ……」
「はいはい」

 咄嗟に壁の影に隠れる。心臓が嫌な音を立てた。金曜日の五限終わりの浮かれた気持ちが、きゅうきゅうと萎む。

 ハルキはもともと、ものすごくモテる。なんで俺なんかと付き合っているか分からないくらいには、女の子と遊んでいた。これは噂ではなくて、付き合うときに俺が確認したこと。
 もともとノンケだったハルキは、男を好きになったのは俺がはじめてだと言っていた。それは疑っていない。だってそうでなきゃ、これまでのキスとかスキンシップとか……。
 でも、一年付き合って、まだそこで止まっている。俺たちはまだ、エッチをしたことがない。

「いま男と付き合ってるってほんと? なんで? あんなに女遊びが激しかったのに……」
「別になんでもいいだろ。今はそういう気分じゃねんだって」
「えー。でも、また私としたくなったら言ってね! いつでもオッケーだからぁ」
「ああ、いつかな」

 ぐ、と唇を噛む。そういう気分、か。そのいつかは、案外近いのかもしれない。俺の胸いっぱいに、諦めに似た絶望が広がる。
 俺は「そういう気分」じゃなくって、真剣に付き合ってるのにな。

 そうこうしている間に、ハルキと女子が近づいてきた。俺は焦って、その場から駆け足で逃げた。
 後ろでハルキが俺を呼んだような気がしたけど、気のせいだろう。未練がましい自分の妄想に、乾いた笑みが漏れた。

 ひとしきり走れば、大学の最寄り駅に着く。俺はそのまま定期で電車に乗って、自宅へと帰った。なんかずっとスマホが震えているけれど、いつもの実家から送られてくる猫の写真だろう。
 俺はひとり、電車に揺られた。なんとなく真っすぐ帰る気にはなれなくて、しばらく駅前をぶらついた。たまにはと思ってパン屋で菓子パンを買ってみたり、いつもは行かない方面を散歩してみたり。

 そうこうしている間に、だんだん気分も紛れてくる。家に帰ろうと思ったのは、もうとっぷり夜も更けた頃だった。明日は休みだから、ハルキと顔を合わせることもない。

 ため息をつきつつ、アパートへと向かった。俺の部屋は三階にある。階段を昇りきったところで、人影と目が合った。

 ハルキが、黒々とした瞳で、俺を見ている。

「な、ハルキ」
「ユウト」

 怯む俺に構わず、ハルキは俺の手を捕まえた。乱暴に引っ張られて、ハルキに渡してあった合い鍵で扉が開く。
 そのまま玄関へもつれ合うように入ると、「違うから」と、ハルキが焦った顔で俺の肩を掴んだ。

「俺は今、ユウトだけだから。あれは浮気じゃなくて」
「……気づいてたんだ。あのとき、俺がいたって」

 俺が茫然と呟くと、「あ、まあ」と彼は口ごもった。俺は唇を噛んで、「別にいいんじゃない」とわざと明るい声色で言う。

「お、俺、男だし。女の子とした方が、楽しいなら、いいよ」
「ユウト」
「うん。ハルキ、ノンケだったもんね。別に、俺は、全然」
「なあ、ユウト。あてつけるな」

 あてつけじゃない、と俺は掠れた声で言う。ハルキはいらいらした様子で「とにかく、部屋の中で話し合おう」と俺を引っ張った。

「慣れてるんだね、修羅場」

 これは、本当に皮肉だ。俺が振りかざした刃に、ハルキはちゃんと傷ついたみたいに顔をしかめる。

 かくして俺たちは、狭いアパートの一室で向かい合った。俺はベッドに座って、ハルキは床に座っている。

「浮気なんかしてない」

 先に口を開いたのは、ハルキだった。ああそう、と俺は、そっぽを向く。

「なんだっけ。今はそういう気分じゃない、だったっけ。もう一年くらいずっと、俺と付き合う『気分』なんだ」
「そのつもりはない、って言いたかっただけだって」

 分かってる。今の俺は、めちゃくちゃ嫌な奴だ。

「俺は今、ユウトだけだよ」

 懇願するようにハルキが言う。だけど今の俺は、それを信じられそうになかった。
 だって俺とは一年付き合ってしていないのに、あの女の子は、もうハルキとエッチしたんだ。

「……もともと、女の子が好きなんだろ。いつ戻ったっていいんだから。いつかって、案外近いんじゃない」
「それは」

 ハルキが、眉間にしわを寄せる。その瞳の咎める色が、何より彼の心の痛みを語っていた。
 だけど俺だって、それなりに、傷ついている。

「ハルキはいつだって、俺以外にも選択肢、あるんじゃないか」

 睨みつけながら言うと、「ないよ」と、彼は途方に暮れたように言う。

「ユウトを好きになったから。付き合おうって言ったの、俺からだろ」
「気紛れだろ。まだキスだけで、エッチもまだだし」

 は、と鼻で笑ってやった。

「俺のちんちん見たら怖気づくんじゃないの? 見てみる? 俺のちんちん。どうせ萎えると思うけど」

 どうせ、これで引いてくれるだろう。露悪的に言ってやると、ハルキは顔を真っ赤にして「萎えるかよ」と唸った。

「お前、なめんな。俺が、俺がどんな思いで我慢してると思ってるんだ」
「知らねぇよ、恋人に手を出さないチキンの言い分なんか」

 せせら笑うように言うと、「そういうお前は」と、ハルキが低く呟いた。

「……俺以外にも、経験、あるのかよ」
「ないけど。それが何か?」

 そうか、とハルキはほっとしたように肩の力を抜いた。俺はそれへ無性に腹が立って、「もう帰ってくれ」とハルキの腕を掴んだ。

「何言われても、今は馬鹿にしてるとしか思えない。帰って」

 だけど、ハルキは動かなかった。それどころか、俺より筋肉質な腕で俺の身体を引いて、俺をベッドへ押し倒す。

「見せてみろよ、お前のちんちん」

 そして挑発的に言って、ベッドに乗り上げる。俺は組み敷かれて、ハルキを見上げた。
 ため息をつく。ここらが、俺たちの潮時なのかもしれない。

「……いいよ」

 俺はため息をつきながら、ベルトを緩めた。
 ハルキはただ、俺をじっと見つめている。

 バックルを外し、ベルトを抜く。ボトムスのチャックを下ろすだけで、ハルキの喉仏が上下した。

「どいて。邪魔」

 俺がハルキの下で身体をくねらせると、ぐに、と膝に何かが当たった。熱くて、硬いそれは、もしかしなくても。

「は?」

 勃起、しているらしい。俺が恐る恐るハルキを見上げると、彼は「続けて」と獣のような呼吸で言う。

「見たい」
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