淫の陰陽師—式神と夜の契り—

よしの

文字の大きさ
15 / 38

第十五話 凶闘

しおりを挟む
 咆哮は振動となって、部屋全体を震わせた。

 ——あの、めっちゃ強そうな奴っぽいんですけど…

 晴人は、会場の出入り口に殺到する人々を見つめながら、左肩の百八を何とか説得しようと横を向いた。しかし、すでにそこに三毛猫の姿はなく、隣には白い着物を身につけた本来の彼が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

「こりゃ手応えがありそうだな。晴人、何をぼさっとしている。敵はどうやら上にいるらしいぞ。俺たちも早く向かおう。あいつらに先を越されないうちに」

「いや、あの人たちは逃げようとしてるんだって…!俺だってさっさと避難したいよ」

「避難?何故だ。こんな好機滅多にないぞ。強力なもののけを祓えば、俺はもっと強くなる。そうすればお前との誓約の力もより濃いものになるんだ」

「それってさぁ…結局…」

「さらに激しくお前を抱けるってことだ」

 そう言うが早いか、百八は出入り口でもたついている人々の波を力ずくでかき分け、廊下へと飛び出していた。仕方なく、晴人も嫌々ながらその後を追って登録会場を出る。
 
 一瞬、エレベーターホールへ向かおうとするが、この状況では恐らく使い物にならないだろう。そう思い辺りを見回すと、非常階段の表示が目についた。晴人は、天井を睨みつけながら廊下で弓を構える百八に向かって言った。

「おい、こっちだ。この階段から上に上がるぞ」

 百八はそれを聞くと、待ってましたとばかりに喜び勇んでこちらに向かってきた。人間の姿をしているのに、その仕草が猫っぽくて、晴人は思わずペットを連れているような感覚になる。

 ——い、いや、俺は断じてこいつを可愛いなんて思ってないぞ。ただのエロい式神なんだから。

 そう考えながら、非常口の重苦しい扉を開ける。その途端、第二の咆哮が上の方から響いてきた。さっきよりも激しくなっている。思わず怖気づく晴人の雰囲気を察したのか、階段を駆け上がろうとしていた百八が途中でこちらを振り返り、言った。

「案ずることはないぞ。相手が大物だからといって、この俺が敗れるはずがないからな。安心してついて来い。ただし、俺のそばから絶対に離れるなよ」

「…分かった」

 ——こいつ、結構頼もしいじゃん。

 晴人は、百八に向かって頷くと、彼に続いて階段を駆け上がった。この様子だと、もののけが暴れているのは一つ上の4階だろう。どんな姿をしているのか、どんな力を持っているのか分からないが、とにかくこいつがいれば…

 晴人はその広い背中を見ながら、自分がどこか勇ましい気持ちになっていることに気がついていた。こんな気分になったのは、生まれて初めてかもしれない。

 やがて、階段を駆け上がると、4階の扉が見えてきた。

「ここだな晴人?いいか、開けるぞ?」

「ああ、大丈夫。その代わり絶対にしくじるなよ」

「ったりめーだ。じゃあ行くぞ」

 百八が全力で扉を開けると、そこには思った通りの地獄絵図が広がっていた。

 次々と壁を破壊しながら、廊下を這い回るそれは、何とも形容し難い姿をしていた。頭部は獅子に似ていて、胴体は巨大な猿のようだ。さらに背中には烏のように真っ黒な羽が生えており、尾は蛇の形をしている。

 ——い、いや、何だよこいつ。いきなりレベルアップしすぎだろ…ラスボス級の見た目なんですけど…

 恐怖に慄きながら立ち尽くす晴人とは対照的に、百八はいつものように骨の音を鳴らしながら首を回して、臨戦態勢に入っている。すでに、大きな弓を構え、やる気満々といった感じだ。

「鵺の亜種か。こりゃ思った通りの大物だな。おい晴人、こいつを倒したら俺たちかなり箔が付くぞ」

「そりゃそうだろ。てかマジでこんな奴相手にできるのかよ」

「当然。舐めてもらっちゃ困る」

 さすが陰陽庁とあって、居合わせたのであろう他の陰陽師たちが、もののけを取り巻き必死で応戦しているが、どうやら歯が立たないらしい。
 軍事組織「祓い組」のメンバーはいないのだろうか?彼らが参戦すれば、倒せないことはないはずなのだが。

 晴人がそんなことを考えている隙に、百八はその奇怪な姿をしたもののけに向かっていった。

 ひゅん、ひゅん。

 いつものように、空を切り裂くような音を立てて、二本の矢が獣に向かって飛んでいく。そのうちの一本が、見事に獣の腕の辺りに命中した。もののけが苦しむような素振りを見せながら、再び咆哮を上げる。

「やった!」

 思わずそう叫ぶ晴人だったが、次の瞬間様相は一変した。もののけは、ぶるんと体を震わせると、腕に刺さった矢をまるで虫を追い払うかのようにいとも簡単に振り払い、矢を放った主——百八の方を見て、目を光らせた。

 ——効いてない…?

 まるで銃の照準を合わせるかのように、獣はぎらつく目を百八に向け、こちらに狙いを定めて疾駆してきた。一気に距離を詰め、巨大な前脚で百八を殴打する。しかし百八は、まさに猫のような跳躍力で、その一撃を寸出のところでかわし、再び矢を射る。

 ひゅん、ひゅん、ひゅん。

 今度は三本。しかし、もののけはそれらを完全に見切ったかのように巨大な体を左右に動かして避けると、再び前脚を使った破壊的な一撃を繰り出した。百八はそれもかわすが、矢が当たらなければ、いや当たっても相手にダメージを与えられなければ、こちらに勝機はない。

 ——だめだ、やっぱり今までの奴とは格が違う。

 晴人は、祈るような気持ちで苦戦する百八の姿を目で追いながら、額に滲み出した汗を拭った。まるで、自分も一緒にもののけと戦っているような疲労感を覚える。
 今まであまり気づいていなかったが、これも誓約の一環なのだろうか?百八が矢を射る度に、自分の体にも負荷がかかっているような気がする。

 何度目かの射撃で、晴人が目眩を覚えたその瞬間——

「駄目だね、やっぱり君たちじゃまだ役者不足だ」

 背後から、聞き覚えのある声がした。振り向くと、そこにはさっきエレベーターホールで別れたミヤビの姿があった。

「あの式神は確かに強いけど、まだ君たちの誓約はきちんと体に根付いていない。悪いけど、この手柄は僕がもらうよ」

 そう言うと、ミヤビは静かに歩きながら晴人をさっと追い抜き、暴れ回るもののけの方へと近づいていった——
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

歌えなくなったオメガを匿った夜から、ふたりの秘密が始まった

スピカナ
BL
医師の陽一がコンサートの帰りに路地を通ると、嘔吐で苦しんでいる子に遭遇。 かわいそうになり連れて帰るが、それはさっきまで舞台で歌っていた歌手の柚音(芸名・ゆおん)だった。 治療するも声が出ない上に高熱で起きることも出来ない。精神科の医師として見過ごせない状態で、事務所が捜索しているのはTVで分かったが、訳ありで逃げ出したことを考慮して匿うことにした。 寝たきりの颯太(本名・そうた)を治療していくが、回復するにつれ陽一も楽しい毎日。そんなある日、自分を捨てたはずの父が現われ、衝撃的な展開になる。いつも颯太を助けて守る佐久間陽一精神科医。 少しずつふれあい、愛し合うようになり、声と心を取り戻していく愛と再生の物語。 全体が架空のゆるゆる設定。ふんわりとお楽しみください。 3月17日116話にて最終回。 3月18日より続編「歌えるようになったオメガと院長・ふたりだけの秘密の続き」を毎日1話19時更新です。どうぞお楽しみに。

処理中です...