【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ

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Date:8月12日PM(3)

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クスクスと口の中で含む声に言葉が奪われていく。人間の形をした別のイキモノ。ミラージュの社長、吟条とも違う別の怖さが今は不瀬と名乗る死神から漂ってくる。
ここで巨大な鎌を出されたら、間違いなく紗綾の首は地上に赤い花を咲かせるだろう。

「この子に危害は加えさせない」

ダリルの腕が温かい。
絶対の孤島で風だけが頼りの塔の上空で、ダリルだけが紗綾の味方。それが少し不思議だったのか、クスクスと笑っていた不瀬の顔が疑問符に歪み、次いできょとんと丸い瞳に変わる。

「ダリフォングラット?」

まるで今初めて認識したような顔がダリルを見つめる。ダリルは呆れたような、慣れたような息を吐いて、紗綾を抱きしめたまま不瀬と対峙するように立ちあがった。
ふわりと下からの風に煽られて、紗綾の指はますます強くダリルの服を握りしめる。

「誰かと思えばダリルじゃないか。ほほぅ。人間嫌いがまた、珍しいこともあるものだ。いったいどういう風の吹き回しかね」
「今はそれほど人間嫌いでもないよ」
「ほほぅ」

物珍しいものを見たといった態度そのままに、不瀬は顎に手を添えて丸い目を輝かせている。そして唐突に横に揺れながら鼻歌を歌い始めた。

「ふんふっふん、ふーんふーん」

調子はずれの歌が風に舞い、視線を彷徨わせる不瀬の顔を奇妙にゆがめている。思考回路がどうなっているのかはわからないが、自分の世界に入って何かを考えているのだろうことは想像がついた。

「アリア・ルージュ。キミの名前は何かな?」
「え?」

脈絡のない質問に戸惑う。戸惑いながら、紗綾はダリルの声が静止を叫ぶ前に「桐谷紗綾」だと小さな声で名乗っていた。

「紗綾、なるほどいい名前だ」

その瞬間、瞳に飛び込んできた白衣の猛獣は目の前でダリルと黒い巨大な鎌を交わしている。ごおんと、除夜の鐘のような鈍い振動が眼前で揺れて、紗綾はダリルの背中を見上げながら腰を抜かしていた。

「なっ」

何が、いったい、どうなって。
パクパクと空気しか吐き出さない紗綾の疑問ははたはたとはためく、ふたつの黒い影の衣装には届かない。なぜ二人が巨大な鎌を出し合っているのか、なぜ不瀬が襲ってきたのか、その検討すら紗綾にはわからなかった。

「味見をするくらい構わないだろう?」
「冗談を言い合うほど、ボクとキミの仲は良くなかったと思うけどね」
「つれないなぁ。あの頃は二人仲良く、魔種の回収をしていたというのに」
「キミが人間を実験に使うまでの話だよ」
「相変わらず真面目に死神に従事ているね。人間嫌いのくせに生者と死者の帳尻合わせには敏感で、実に退屈なのは変わらない。だが、それがどうだい。魔種が好みそうな美しい人間の娘を連れている。魔種を持ちながら、彼女の匂いに耐えるのは大変だったろう。彼女をおくれ。心配いらない、骨の髄まで際限なく食い尽くしてあげよう。きっと他の誰よりも美しい花が咲く」
「ッ!?」

身を守るすべを知らずに、紗綾は目をそらす。抜けた腰がその場に紗綾をとどめたが、再びごおんと鈍い音が響いて、紗綾は目をあけた。

「あげないよ」

青紫に光るダリルの眼光が、不瀬の瞳と交わる。

「ほほぅ。面白味が増したじゃないかダリフォングラット」
「評価はありがたく受け取っておくよ、ジルコニック」

保たれた命の前で、二つの鎌が軋みをあげる。両者互角。緊迫した力の配分が夜空に広がる暗雲の下で、ぎしぎしと唸り声をあげている。

「ああ、そういえばアレもこういう夜のことだった」

低い金属音を数回交わし距離をとった二人の間で、ふとジルコニックが何かを思い出したように鎌を下げる。
紗綾はダリルの背中越しに見えるその緩やかな影から目を離せず、ジルコニックの青紫の瞳を見つめていた。

「季節はまったく違うが、一人の人間がどこかのビルから飛び降りようとしていてね。実に人間らしく無様で、愚かで、身勝手な男だった。たかが一人、消えたところで何も変わらない。気づきもしない。だが、気づいたのだ。来る日も来る日も同じ作業を繰り返す我らとて、醜いものより美しいものをみたい。うんざりするほどの魂の数だ。ひとつくらい、番狂わせがあってもいいのではないかと」
「何が言いたいのかさっぱりわからないね」
「ダリル。人間は変わる。醜い化け物から美しい花へと進化する。どうせ狩るなら魔種などが咲かせた花よりも美しい魂を狩りたいと思うのが、死神の性というものだろう」
「死神界を追放されておいてよく言うよ」
「あれは上の連中との美的感覚の違いから生まれた小さな衝突に過ぎないと思っているよ。考えも変わっていない。ただ、人間は関わってみると面白く、興味深いということがわかった。まあ、すべての人間がそうというわけではなかったが。うんうん、そうだ、そうだ。やはり計画には何も影響しない。今までのことは、魔種による繁殖を待つまでには、よい余興となったとでも言っておこう」
「余興、ね」

黒く濁っていく夜の気配が、ざわざわと落ち着かない風を連れてくる。黙って成り行きを見守っていた紗綾でさえ、口を出さずにはいられないほどの不穏な気配が死神たちの黒い衣装を揺らしていた。

「ねぇ、計画ってなに。あなた、何をしようとしているの?」

抜けていた腰に力が戻ってきたのか、紗綾は前のめり気味にジルコニックの瞳を覗き込む。ダリルは紗綾のほうに視線を下げたが、ジルコニックはにやりと口元を奇妙に歪めて、歓喜するように両手を広げた。

「よくぞ聞いてくれた、アリア・ルージュ」

闇に光る青紫の双眼が、歓声をあげるように紗綾の顔を見下ろしている。その声は嬉々として闇夜に響き渡り、その質問が来ることを待っていましたとばかりに全身を震わせて笑っている。
夏なのに風が冷たい。
体中から湿った白い息を吐き出してしまいそうなほど、紗綾はいい知れない悪寒に見舞われていた。聞いてはいけないと、知ってはいけないと、断然たる恐怖を前にしたときほど、人はその箱をあけたがる。欲望という本能が、パンドラの箱を覗かないという選択肢を忘れてしまう。

「魔種の繁殖場がついに開園できる」
「はん、しょく?」
「ヴァージンローズの花畑を作るのさ。退屈に日々をこなすだけの死神たちにとって、きっとここはいい観光スポットになる。醜い欲望を消し去り、白濁の海に沈めた無垢の快楽を望めるようになれば、上の連中も地上から魔種の回収をするなどとおかしなことは思わなくなる」
「なに、それ?」

口の中から水分を奪われていくような錯覚に襲われる。人間の身体から咲く花を意図的に作り出し、それを観賞用にしようとしている目の前の死神の言葉がうまく理解できない。

「人間の魂も快楽という欲望のみで染まり、回収はもっと事務的に早く済む。想像してみてごらん、アリア・ルージュ。諍いも争いも、嫌煙も嘲笑も何もかもを快楽という甘い蜜の中に閉じ込めて、ここが白一色の花畑になる世界を。美しく、美しい。身の毛がよだつほど純白の世界、ああ、興奮するだろう?」

そう問われても答えようがない。
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