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第4話★最愛のお父さま
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扉を叩いて現れたのは、正装した美しい麗人。漆黒の黒髪に、どこまでも深い黒の瞳。他人から『冷血伯爵』とアダ名されているとは思えないほど、優しい笑みを浮かべる端正な顔立ちの男がいた。
「おやおや。わたしの可愛い天使が全然来ないと思ったら。今度は何がお気に召さないのかな?」
「お父さま!!」
椅子の上にふんぞり返っていたエリーが、花開いたように目を輝かせる。
「お父さま、私にぴったりの赤い靴がないの」
メイドたちがホッと胸を撫で下ろしたのも無理はない。とはいえ、「使えないメイドたちのせいで」と言われてしまえば、クビになる。予断は許されない。クビの皮が一枚繋がっているだけの、そんな時間。
けれど、息を潜めて成り行きを見守っているだけでいいなら、必死に駆け回るより幾分か気持ちはラクだった。
この屋敷の当主、マトラコフの名を受け継ぐ伯爵が来ればもう、時計の針は一気に進む。
「そうか、赤い靴か。だったらエリー、話しは早い。街へ行って、とびきりの靴を作らせよう」
「あなた。でも時間が」
「お前は息子たちと先に行っていなさい。わたしはエリーと靴屋に立ち寄ってから向かうとしよう」
こうして、夫人と三人の兄は先に魔導車で城へと旅立っていった。エリーは、父親と二人。王都にある靴屋に立ち寄ってから城に向かう。
「お父さま、靴屋は開いているかしら?」
「可愛いエリーのためなら眠っているところを起こされても文句はいわないさ」
「それならいいのですけど」
「なに、心配はいらない。わたしに任せなさい」
「お父さま、大好き」
魔導車のなかで娘に抱きつかれて、満更でもない笑みを浮かべる。これが甘やかしたものの醍醐味であり、そうできるだけの財力があることをマトラコフ伯爵もよしとしていた。
エリー伯爵令嬢は、この瞬間、正しく幸せだっただろう。思い通りの日々の連続を何も疑っていなかっただろう。
このまま、最高に可愛い赤色の靴が手に入り、王子に褒められて宝物となり、有頂天でベッドに入ると思っていただろう。
ところが、最高になるはずの人生は、その日。エリーにとって、最悪の方向へ舵を切った。
魔導車はマトラコフ伯爵邸から城とは逆の方角へ向かっていた。
時刻は夜の八時。ほとんどの店が灯りを消し、誰もが足早に家族の元へ向かう時刻。魔導車に乗るのは貴族ばかり。それは魔導車を動かす動力源にパクが使用されているからに他ならない。大きなものを動かすには、それだけ大きな力を秘めたパクが必要になる。石の大きさに関係なく、込められた魔力量が関係するが、やはり大きな器を持つ鉱石のほうが、大きな力を宿すのは自然の道理。パクの供給源で動くものは高価なものが多く、世界中に普及していても特別なものであることに代わりはない。
パク鉱山を持つ、マトラコフ伯爵には関係のない話。
もちろん、溺愛される娘にはもっと関係のない話に違いない。
けれど、広い目でみれば、パクは限りある資源。魔力を込めれば半永久的に機能するパクも、魔力を込める魔法士が減少した今、空になってしまえばただの石と同じ。手入れされないパクは劣化し、時に大きな事故を起こす。
「きゃぁあぁあ」
突然、マトラコフ父娘が乗る魔導車が強い衝撃を受けて停止した。まだ街にもついていない。伯爵邸と街の中間地点といえばいいが、周囲は深い森になっていて、街までの一本道で立ち往生するにはとても不便な地形になっていた。
むやみに降りるわけにはいかない。
人の往来がない夜の小道、視界の悪い場所には、相応にして良くないものが潜んでいる。
「エリー、大丈夫かい?」
「ええ、おとうさま……いったい、なにが」
震える娘を抱きしめながら衝撃に耐えた伯爵には、原因に心当たりがあるのだろう。周囲を警戒していても、魔導車の上部に埋められたパクが起動していないことを瞬時に見定めていた。
「また解雇人が増えてしまうな」
誰にでもなくぽつりと呟いて、伯爵は抱きしめたエリーごと体勢を整える。
「エリー、少し待っていられるか?」
「いやよ、お父さま、怖いわ。こんなところ、私、いたくない」
「ああ、可愛いエリー。大丈夫だよ、どうやらパクが切れたらしい」
「だったらすぐに取り替えて」
「そうだね。運転手にそう伝えよう」
にこやかにそう言って、なだめるように頭を撫でた父が魔導車にある窓をあける。従者を呼び寄せ、安全なパクに交換する手配をするつもりだった。
まさかそこに、全身をマントで覆った人間がいるとは予想もしていなかったに違いない。
伯爵は、窓の向こうに人の影を確認するなり、強い衝撃を受けて車内に倒れた。
「お父さま!?」
小さな悲鳴は混乱して、倒れた父親をその目に焼き付ける。瞬間、車内は強い光に包まれて、エリーもその場で気を失った。
「なんですって、それで、あの人は無事なの?」
「はい、奥様。旦那様もお嬢様も命は無事だと聞いております」
「密かに護衛をつけていて正解だったわ。最近、あの人の周囲がおかしかったもの。手を下したものは捕らえたわね。わかりました、帰ります。今すぐ手配してちょうだい」
夫と娘があまりにも遅いので、心配した母親の機転が功を奏したのか。事故後の発見にも関わらず、エリーたち父娘は外傷なく無事に確保され、屋敷で目覚めるまで眠っていれば問題ないことを告げられた。
それから二日後。
先に目を覚ましたのはエリー。全員に安静にしてろと言われたにも関わらず、飛び出して、父親の寝室に駆け込むなり、あの洗礼を受けた。
「エリーたん」
名前の語尾に変なものを付けるのは、果たして本当に「父」かどうか。気絶したエリーは、まだ知らない。
「おやおや。わたしの可愛い天使が全然来ないと思ったら。今度は何がお気に召さないのかな?」
「お父さま!!」
椅子の上にふんぞり返っていたエリーが、花開いたように目を輝かせる。
「お父さま、私にぴったりの赤い靴がないの」
メイドたちがホッと胸を撫で下ろしたのも無理はない。とはいえ、「使えないメイドたちのせいで」と言われてしまえば、クビになる。予断は許されない。クビの皮が一枚繋がっているだけの、そんな時間。
けれど、息を潜めて成り行きを見守っているだけでいいなら、必死に駆け回るより幾分か気持ちはラクだった。
この屋敷の当主、マトラコフの名を受け継ぐ伯爵が来ればもう、時計の針は一気に進む。
「そうか、赤い靴か。だったらエリー、話しは早い。街へ行って、とびきりの靴を作らせよう」
「あなた。でも時間が」
「お前は息子たちと先に行っていなさい。わたしはエリーと靴屋に立ち寄ってから向かうとしよう」
こうして、夫人と三人の兄は先に魔導車で城へと旅立っていった。エリーは、父親と二人。王都にある靴屋に立ち寄ってから城に向かう。
「お父さま、靴屋は開いているかしら?」
「可愛いエリーのためなら眠っているところを起こされても文句はいわないさ」
「それならいいのですけど」
「なに、心配はいらない。わたしに任せなさい」
「お父さま、大好き」
魔導車のなかで娘に抱きつかれて、満更でもない笑みを浮かべる。これが甘やかしたものの醍醐味であり、そうできるだけの財力があることをマトラコフ伯爵もよしとしていた。
エリー伯爵令嬢は、この瞬間、正しく幸せだっただろう。思い通りの日々の連続を何も疑っていなかっただろう。
このまま、最高に可愛い赤色の靴が手に入り、王子に褒められて宝物となり、有頂天でベッドに入ると思っていただろう。
ところが、最高になるはずの人生は、その日。エリーにとって、最悪の方向へ舵を切った。
魔導車はマトラコフ伯爵邸から城とは逆の方角へ向かっていた。
時刻は夜の八時。ほとんどの店が灯りを消し、誰もが足早に家族の元へ向かう時刻。魔導車に乗るのは貴族ばかり。それは魔導車を動かす動力源にパクが使用されているからに他ならない。大きなものを動かすには、それだけ大きな力を秘めたパクが必要になる。石の大きさに関係なく、込められた魔力量が関係するが、やはり大きな器を持つ鉱石のほうが、大きな力を宿すのは自然の道理。パクの供給源で動くものは高価なものが多く、世界中に普及していても特別なものであることに代わりはない。
パク鉱山を持つ、マトラコフ伯爵には関係のない話。
もちろん、溺愛される娘にはもっと関係のない話に違いない。
けれど、広い目でみれば、パクは限りある資源。魔力を込めれば半永久的に機能するパクも、魔力を込める魔法士が減少した今、空になってしまえばただの石と同じ。手入れされないパクは劣化し、時に大きな事故を起こす。
「きゃぁあぁあ」
突然、マトラコフ父娘が乗る魔導車が強い衝撃を受けて停止した。まだ街にもついていない。伯爵邸と街の中間地点といえばいいが、周囲は深い森になっていて、街までの一本道で立ち往生するにはとても不便な地形になっていた。
むやみに降りるわけにはいかない。
人の往来がない夜の小道、視界の悪い場所には、相応にして良くないものが潜んでいる。
「エリー、大丈夫かい?」
「ええ、おとうさま……いったい、なにが」
震える娘を抱きしめながら衝撃に耐えた伯爵には、原因に心当たりがあるのだろう。周囲を警戒していても、魔導車の上部に埋められたパクが起動していないことを瞬時に見定めていた。
「また解雇人が増えてしまうな」
誰にでもなくぽつりと呟いて、伯爵は抱きしめたエリーごと体勢を整える。
「エリー、少し待っていられるか?」
「いやよ、お父さま、怖いわ。こんなところ、私、いたくない」
「ああ、可愛いエリー。大丈夫だよ、どうやらパクが切れたらしい」
「だったらすぐに取り替えて」
「そうだね。運転手にそう伝えよう」
にこやかにそう言って、なだめるように頭を撫でた父が魔導車にある窓をあける。従者を呼び寄せ、安全なパクに交換する手配をするつもりだった。
まさかそこに、全身をマントで覆った人間がいるとは予想もしていなかったに違いない。
伯爵は、窓の向こうに人の影を確認するなり、強い衝撃を受けて車内に倒れた。
「お父さま!?」
小さな悲鳴は混乱して、倒れた父親をその目に焼き付ける。瞬間、車内は強い光に包まれて、エリーもその場で気を失った。
「なんですって、それで、あの人は無事なの?」
「はい、奥様。旦那様もお嬢様も命は無事だと聞いております」
「密かに護衛をつけていて正解だったわ。最近、あの人の周囲がおかしかったもの。手を下したものは捕らえたわね。わかりました、帰ります。今すぐ手配してちょうだい」
夫と娘があまりにも遅いので、心配した母親の機転が功を奏したのか。事故後の発見にも関わらず、エリーたち父娘は外傷なく無事に確保され、屋敷で目覚めるまで眠っていれば問題ないことを告げられた。
それから二日後。
先に目を覚ましたのはエリー。全員に安静にしてろと言われたにも関わらず、飛び出して、父親の寝室に駆け込むなり、あの洗礼を受けた。
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