悪役令嬢には、まだ早い!!

皐月うしこ

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第23話★ダスマクトの病院は質素なのです

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病院というには、あまりにもお粗末すぎる。そう叫んだのはヒューゴ・マトラコフだった。理由は、愛しのエリーたんを眠らせるに相応しくないとのことで、ベッドも部屋も何もかもが質素で汚いのが受け付けないらしい。
とはいえ、満足な物資も行き届かない廃坑の街にも、それなりに金をかけた場所はある。特別室に眠るのはマトラコフ伯爵婦人と後継者。二人とも生気のない青白い顔で、治療用のパクケースの中に収容されている。


「お母さま、お兄さま」


元が頑丈かつ、父親に抱きしめて気絶させられただけのエリーの復活は早く、早々に父親の腕のなかから飛び出して、眠る家族に駆け寄っていた。帰ってくる声はない。疲れきった医者がいうには、ダスマクトの街で最近特に多いらしい。
何の前触れもなく急に意識を失い、数日間昏睡状態に陥る。そのまま目覚めないものも多く、ほとんどは自宅でなす術もなく眠り続けているという。最初は植物から始まり、動物が減り、気付けばダスマクトの町は無味無臭の魔素に侵されていた。今でこそ目に見える濃い霧が視界を覆っているが、それも昨日まで何ともなかったらしい。リリアンとカールの母子が先導して調査に当たってくれていたが、改善策が見つからず、たどり着いた見解は、廃坑付近があやしいということ。そして、廃坑内の調査が昨日行われ、ものの一時間足らずで、全員緊急搬送された。
中で、どのような調査が行われたのか。
意識が戻ったものの証言によると、長年放置された廃坑の穴に、巨大な魔獣の死骸があり、それが発生源なのではないかということ。いつそこで死んだのかはわからないが、魔獣は魔素を多く含んだ物質であることに代わりはない。
このあたりに生息しない巨大魔獣。硬い鱗と鋭利な爪を持ち、猛毒の血を持つため剣や槍では倒せないケラリトプスは、はるか北東から安寧の地を求めて飛んできたのだろう。途中、戦士にやられたのか、とにかく、調査隊が発見したときには、すでに死んでいたとのことだった。


「まだ、死んでない」

「キミは」

「お願い、キルを助けて」


白髪を持った浅黒い肌の少年。その双眼は美しく、若葉を連想させる淡い緑色でエリーと伯爵に頭を下げた。けれど、負傷しているのか、右目を覆うように包帯が巻かれている。実に痛々しい。それでも少年は、助けて欲しいとすがりついた。


「ごほっ……ごほっ、ボクのせい、だ。キルは怪我をして」

「キル?」

「魔獣ケラリトプス……ボクの友だちなんだ」

「申し訳ありません。目を離した隙に子どもが、あ、いた。ちょっと、まだ治療が終わってないのよ。伯爵家の方に許しもなく話しかけるなんて……すみません。私の不注意です。なんでも、魔獣が友だちとか言い始めて、精神魔法に長けた先生を呼びに行ってる間に、いなくなっておりまして。すぐに連れて帰ります」

「まあ、待て」


看護師に腕を引かれそうになり、身をよじった少年をヒューゴはこの場にとどまらせる。
医者も看護師もどこか腑に落ちない顔をして、ついでをいえば、執事のセバスが「恐れながら」とヒューゴの行動を停止させた。


「旦那様。ケラリトプスは伝説上の生物ですので、恐らくはそこのものがいうように、この子どもの発言内容は、幻覚の線が濃厚でしょう」

「そうなのか?」

「はい、旦那様。仮に存在したとして、魔獣が人間に、なつかないのはこの世の常識。家畜化された魔獣も数えるほどしか確認されていません。彼は右目を負傷しているようですし、魔素汚染で精神までやられたのでしょう。奥様方がこのような状態で、旦那様まで危険な場所に行く必要はないかと」

「セバス。魔獣がなつかないかどうかは、この目で見てから判断したい」

「お父さま、魔獣がなつく、なんてことがあるんですの?」

「あるよ」

「………私も行きますわ」

「え、それはダメだよ。危ないからエリーたんはここに」

「お父さま。イヤですわ、私も行きます。それに、こんな、こんな、奴隷にお父さまを託すわけにはまいりませんわ」

「エリーたん」


父親の服をぎゅっと掴んだ小さな手に、ヒューゴが感動を堪えているのは一目瞭然。セバスはもちろん、レリアも状況を察して、同時に深い息を吐いた。


「エリーたん。めちゃくちゃ嬉しいけど、連れていけないよ。これは危険なカケなんだ」

「イヤですわ。それならお父さまも一緒に、ここに」

「エリーたん。どんなに危険でも可能性にかけるしかないときもある。パクの連鎖反応による爆発の線も怪しくなってきた。最悪な未来を止める手だてがない以上、何かしら探っておきたい。だから、ここで留守番していて」

「イヤですわ。お父さまと離れたくありません」


エリーのワガママは可決された。ヒューゴの手のひら返しは早く、ものの数秒で成り行きは変わった。今は感動したヒューゴの涙をセバスがぬぐい、ひとり淡々と、レリアが外出の支度を始めている。
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