日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十九話『神和』 序

 十月二十日火曜日、かみえい、新じんのうの即位礼が執り行われた。
 その様子はこうこくだけでなく海外からも大々的に取り上げられ、その威風堂々たる姿が世界各国で報じられた。
 とはいえ、こうこくにはさんしゆじんだけでなく神宮も焼き払われており、加えて先代じんのうだいによる建国以来初めてのせんであったこともあり、その様子は日本国とは細かな相違点が様々見受けられた。

 こうこくにとって、それは新しい時代の到来を予感させる晴れの日となるはずであった。
 一方で、自らがこうこく議会での首班指名を受けて政を受け持つことになったことには懸念の声も上げられていた。
 そしてそれは、翌日のみことのりもつて大きな波紋に変わることになる。



    ⦿⦿⦿



 翌日・十月二十一日の夕刻、皇妹・たつかみは血相を変えて皇宮宮殿へと駆け込んだ。
 即位の後、じんのうえいは正式に居所をちらに移している。
 本格的にじんのうとして、執政者として、こうこくを導く覚悟の表れだ本人はとう。
 しかし、それにしても最初のみことのりたつかみや多くの政治家、貴族達にとって承服しかねた。

 そうごんなる回廊を進むたつかみは、二人の近衛侍女に加えて一人の軍人を伴って歩く兄の背中に声を掛ける。

「兄様! お待ちください、兄様!」

 じんのうえいは妹の声に気が付いて振り向く。
 それに続いて、付き従っていた三人もたつかみの方へ身体を向けて頭を下げた。

「どうした、? そのようなこの世の終わりの様な顔をして」
「この様な顔にもなります!」

 たつかみは兄に食って掛かる。

「兄様、憲法をあのような形に改正しようとは、一体どういうおつもりなのですか!」

 この日の昼、じんのうせいしゃとして驚くべき方針を打ち出した。
 ヤシマ人民民主主義共和国時代の法制を下敷きに制定され、建国以来一度として手を加えられなかった憲法の改正である。
 改正自体は憲法上に要件が定められており、騒ぎ立てられる程異常な事態ではないが、問題はその内容であった。
 彼は次の様な記述を盛り込もうとしていた。

 一、しんせいだいにっぽんこうこくばんせい一系のじんのうによって統治される君主制国家である。
 一、じんのうは国の元首であって、統治権をそうらんする。
 一、じんのうは必要に応じ、国権の一部または全部を委任することが出来る。
 一、憲法の改正はじんのうの勅命または議員三分の二以上が出席する両院議会にける三分の二以上の賛意によって可決される。

「どういうつもり、と云われても、そう大した事ではないのだがな……」

 じんのうは困り果てた様子で首をかしげる。

おれはただ、現状の規定ではおれみかどでありながら大臣であるという奇妙な状態になってしまうから、この際『じんのう』というものを憲法に定めてしまおうと考えたまでなのだが……」
「へ、陛下……そ、それだけの理由で……?」

 たつかみの侍従・かいいんありきよきようがくに目をみはった。

「あれらの条文が何を意味するか、おわかりにならない陛下ではないでしょう?」
かいいんなれの言うことも解る。あくまでこれは初案に過ぎぬ。不完全な部分は運用しながら補完していくつもりだから、そう心配することは無い」

 かいいんは絶句した。
 今まで、彼は何度か皇太子時代のかみえいに意見したことがある。
 その時はここまで危うさを感じさせはしなかった。
 だが今は、どこか話が通じない異質さを感じさせるものがある。

かいいん様……」

 じんのうに伴っていた軍人が口を開いた。

じんのう陛下のせいだんに対して度が過ぎますぞ。これまで第一皇子であったかたであれば御本人様の寛大なるこころにより許されもしましょう。しかし、皇位を正式にけいしよう遊ばされた今でははやこれまでとは違う。に旧皇族の御方であれど、せんえつは厳かに慎むべきでは御座いませんかな?」
こうどうしゆとう総裁・あらまさ……!」

 あらまさ――この男の表情を見たたつかみかいいんは、じんのうがこの様なことを言い出した原因を察して彼をにらんだ。
 こうどうしゆとうかねてよりじんのう親政を主張してきた集団である。
 そしてじんのうは革命動乱以降、この男と頻繁に会っている。

あら……お前が兄様に要らぬことを吹き込んだのか……!」
「これはこれはたつかみ殿下、うるわしの殿下にその様に誤解されるのは非常に心苦しく存じます。我々はただ、陛下にお力添えしたい一心で……」
「白々しい。動乱の後、こうどうしゆとうが良からぬ動きをしていると、方々からわらわの耳に入ってきている。お前達、こうこくをどうするつもりだ」
「まさか……わたしにその様な大それた力などあろう筈も御座いません。こうどうしゆとうは先の選挙で衆議院の過半数を取ったに過ぎません。憲法改正には両院の三分の二以上が出席した上で三分の二の賛意が必要。我々のみの力では無理で御座います」

 たつかみは表情を緩めない。
 あらの言葉がべんであることは明らかだった。
 じんのうの権威を前に異を唱えられるものなど居よう筈も無く、改正案が議会に提出された時点で可決されることは目に見えている。

「お前達はどうなんだ、しきしまりゆういん。お前達はこんな男を陛下に近付けるのか。近衛侍女としての心構えはどうなっている」

 たつかみの矛先は二人の近衛侍女、しきしまりゆういんしらゆきに向いた。
 彼女の問いに、ずはりゆういんが冷笑を浮かべる。

あらえつけんは他ならぬ陛下のゆるし以て執り行われておりますのよ、殿下。それに、あたくし達はこの世の誰よりも陛下のちからを信じてまぬ者。その陛下が直接まつりごとに腕を振るわれること、畏れ多くも邪魔立てする理由など有りませんわ。ねえ、しきしまちゃん……」
「御意……」

 たつかみみした。
 最早兄の周囲には取入って利用する者とはやてる太鼓持ちしか居ないのか。
 そんな妹を、兄はいさめる。

よ、それくらいにしておけ。おれに居る者は皆こうこくを真にうれう者と信じている。それをあたかねいしんの如くそしるものではない」
「兄様っ……!」
「殿下」

 かいいんが今にも兄に迫らんとするたつかみの前にふさがった。

「陛下、たつかみ殿下もまたこうこくを真に憂いているのです」
「それは百も承知だ」
「でしょうね。そしてもちろん、この場の誰よりもこうこくを深くおもわれているのは陛下御自身であると、これもまた言うまでも無いことでしょう。ですから、殿下もわたくしも是非貴方あなた様に考えていただきたいのです」

 かいいんを見下ろすじんのうは切れ長の目を細めた。
 対するかいいんものじせず続ける。

「陛下、陛下こそはこの世の誰よりも栄達なる御方。ですからどうか、他の者よりも先ず貴方あなた様御自身がどうすべきかく考えて事を運んでいただきたく存じます。こうこくの為に何をすべきで、何をすべきでないか、他ならぬ貴方あなた様に考えていただきたい。その結果、貴方あなた様の深謀遠慮なる大御心のままにまつりごとを動かされることが、何よりもこうこくの為になると、心より信じます」

 じんのうかいいんしばし視線を交わし合った。
 じんのうそうぼうは、たつかみの方へも動く。
 そして、彼は暫しの後に口を開いた。

「あいわかった。憲法改正案についてはもう少し熟慮すると発表しよう」
「なっ、陛下……!」

 あらは驚き慌てている。
 今度はそんな彼をじんのうなだめる。

あらよ、かいいんの懸念はもつともだ。ここは一度持ち帰り、手直しを加えた上で改めて議会に問うのが得策。おれは両院の議員達に真に納得してもらった上で、政を執り行いたいと思っているのだ」
「は、はい……」

 あらは意気消沈した様にうなれた。
 そんな彼を横目に、彼は妹へと顔を向ける。

「では、おれはもう行くぞ。これからめいひのもとへの訪問へ向けて準備をせねばならんからな」
「兄様、では最後に一つだけお聞かせ願えますか」
「うむ、申せ」
めいひのもととの停戦と講和、これを翻されることは万に一つもありませんね?」
「無論だ。こうこくめいひのもととこれ以上戦う意思など無い。そうだな、あらよ」
「え、ええ、はい……。ようで御座います……」

 じんのうかくあらの歯切れは悪かった。
 彼は政治家というよりも軍人である。
 こうこくの戦い振りに良いところが無いまま戦争を終えるのは本意でないのだろう。
 そんな彼を横目に、たつかみは初めて口角を上げた。

「安心しました、兄様。その揺るぎ無いえいりょで是非両の日本を恒久の平和へとお導きください」
「勿論だ、安心せよ」

 じんのうきびすを返し、付き従う者達を引き連れて歩きだす。
 そんな中、一人の女が小さくつぶやいた。

かいいん君、やってくれたわねぇ……」

 たつかみかいいんは互いに視線を合わせた後、じんのうの後ろ姿に一礼してその場を立ち去った。
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