SKM ~そんな求婚お断りっ! 魔王にされた少女

モノリノヒト

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第1章 出会編

そんな3話 「必要に迫られて」

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 森の中を疾走する男女。

 片方は息も絶え絶えの男性。
 額に汗して走る顔つきに、カジュアルな服装がよく似合っているが、何があったのか服は乱れている。
 セットされていたであろう艶やかな黒髪は、汗でぼさぼさになっていた。

 足がもつれそうになりながらも駆ける彼…。
 …いや、彼女は。
 ちまたで噂の魔王、リプリシスである。

 彼女の隣を走る女、いや、心は女性の男。
 リプリシスに比べ、20センチは高い身長を持つ彼は、よく引き締まった、と形容するには余りに立派な体格をしている。

 胸元をぎりぎりまで露出させた、密度の薄い鎖かたびらから伸びるゴリマッチョな腕。
 腰のあたりでは、ホットパンツがはち切れんばかりに窮屈さをアピールしている。
 アップにセットした赤い髪は、どことなくセクシーさをかもし出していた。

 リプリシスとは異なり、髪も服も乱れていない。
 それどころか、息も切らさず、魔王である彼女に追随ついずいしていた。
 体力オバケだ──とリプリシスは思った。

 森の木々の合間から覗き込む陽は、既に頂点に達しており、彼女の足を急がせる。
 午後には魔王に挑む討伐者がやってくるとの話だったので、急がなければならなかった。

 服飾店前で絡まれてから一悶着ひともんちゃくあった為、予定より帰宅が遅くなってしまったのである。

「どうしてそんなに急いでるのォ?」

 妙に間延びした声で話しかけるクランキー。
 全速力で走るリプリシスには、返事をする余裕はない。

 彼女はクランキーに「なんでついてくるの」という意味で一瞥いちべつをくれると、クランキーは何を思ったかウインクを返した。
 全く意味がわからない。

 森を抜けると、湖畔の邸宅が見えてきた。
 ようやくたどり着いたリプリシスの家である。

 邸宅前には彼女の見知った人物が倒れており、その奥にはきびすを返して邸宅に入ろうとする男がいた。

 リプリシスは焦った。
 何が起きているの、と。

 * * *

 ぼく達の激しい足音に気付いた男が、ゆっくりとこちらを振り返る。
 ぼくはそれを意に介することなく倒れた人物を抱きかかえる。

「ど、どうしたの…。
 バートフ!!」

 ありえない。

 バートフは3年間ずっとぼくを守り続けてきてくれた、唯一信頼できる男性だ。

 彼を一目見た時から、不思議と嫌な感じはしなかった。
 それは肉親に対する情に近い。
 両親に無理を言って彼を雇い入れた。

 彼はそれまでの記憶を失っていたが、職務に忠実で、誠実。
 強さだって、本物だ。
 剣を交えれば、人となりがわかる、とはお父様の弁だ。

 魔力の扱い方については色々と注意してくれた。
 でも、貴族ではないせいか、ぼくの価値観を大切にしてくれていて、結婚の話は上手く遠ざけてくれている。
 バートフは、いつもぼくの身を案じてくれる、大切な人だった。

 そんな彼が、ぼろぼろになっている。

 なんで。

 心が煮え立つのを感じた。

 だからぼくは──。

「あなたが、やったの…?」

 ──静かに怒りを燃やしていた。

 * * *

 オレは魔王討伐隊のリーダー、ローウェル。
一般的には剣の達人だと評されている。

 世界征服を企んでいるという魔王を討伐せんが為、有志を募ってここまで来たんだが…。

 ここに至るまでに、様々な罠が用意されていた。
 命がいくつあっても足りないと、有志たちは一人、また一人と数を減らしていき、とうとうオレ一人になっちまった。

 きたねえぜ、さすが魔王。
 だがオレ一人でもやってやる、と決意を固めて進んでいると、目的の邸宅が見えてきた。

 邸宅の門から現れた執事服の男。
 敵であろうオレに対し、慇懃いんぎんに礼をし、襲いかかってくる。

 こいつが、とんでもない手練てだれだった。

 執事の持つナイフがオレの剣を綺麗に受け流し、決定打を当てられない。
 剣の達人などと呼ばれ、いい気になっていたわけじゃない。
 慢心があったと言われれば、そうかもしれない。

 だが、それも数合の打ち合いだけだ。

 全力を出さねばならない。
 そう感じたオレは自らのかせを外す。
 餓狼ガロウと呼ばれていた頃の、強さを追い求めていた自分を解放した。

 魔力をまとわせた剣撃は執事のナイフを破壊し、一振りで風を巻き起こす。
 突風を受けた執事は華麗に体勢を戻したが、オレの攻撃は止まらない。

 次第に疲労が溜まってきたのか、オレの剣が少しずつ執事を捉え始めた。
 対してオレは魔力こそ目減りしていたが、肉体的な疲労は麻痺している。

 ──そろそろ決めてやるか。

 オレは剣をフェイントに使い、自らの魔力で竜巻を起こす。

餓狼の牙ガロウのキバ!」

 凄まじい竜巻が執事の体を切り裂き、執事を中空へと放り出した。

 これで無力化できただろう。
 オレの目的は魔王をこらしめる事だ。
 何も命まで奪う事はねぇ。

 酷く消耗してしまったが、ここで帰るわけにはいかねぇ。
 後に、その判断は甘すぎたと言わざるを得ないとしてもだ。

「く…。
 思ったより、やるようですね…」

 執事が悔しそうに声を絞り出している。
 オレは強敵に対し、最大限の賛辞を贈る。

「へッ、なかなか楽しめたぜ!
 だがなァ、魔王だか何だか知らねーが、世界征服なんてさせねーぜッ!」

 剣を鞘に納め、邸宅の扉に入ろうとしたところ、背後から激しい足音が聞こえてきた。

 ──なんだァ?

「ど、どうしたの…。
 バートフ!!」

 ゆっくりと振り返ると、美しい黒髪を振り乱した男が、執事を抱き起こしていた。
 その姿を見守る化粧をした男。

 いや、男ではない。
 男装してはいるが、女だ。
 それも、俺好みの美女だ。

 魔王の邸宅にふさわしくない美女と、魔王のような見た目の化粧をした男を見て、オレは美女が捕らわれの姫である可能性に思い至った。

 素早く男から救い出してやらねばならない。
 そう思い、剣に手をかけたところ…。

「あなたが、やったの…?」

 異様な雰囲気を醸し出す美女。
 化粧をした男が執事を抱きかかえ、慌てて離れていく。

 ──あん? どういう事だ…?

 美女の身体から、はっきりと視認できるほどの魔力があふれ出る。

「おいおい…なんだそりゃ…」

 視認できる魔力など、初めて見た。
 オレは目をこすり、それが幻でないと知るや、背筋が凍った。

『──常に自分を第三者の目で見つめなさい』

 師匠の言葉が頭に浮かぶ。
 冷静なオレが警鐘を鳴らしている。
 これはまずい、戦ってはいけない相手だと。

 だが、オレには小さなプライドがあった。
 ちっぽけなプライドだと笑ってくれていい。
 剣の達人と評されたオレ、ローウェルという男は、そのプライドで成り立っているのだから。

「…だったら、どうするよ?」

 言ってしまった。
 挑発してはいけない相手を挑発した。

 ダメだ、逃げられない。
 ──魔王からは、逃げられない…!

 魔王の魔力が形を成し、オレの意識を一気に刈り取った。

 * * *

 気が付けばぼくは、半べそをかきながら極大氷結魔法フロストコフィンを詠唱していた。
 凍り付いた邸宅、凍り付いた湖、凍り付いた男。

 一気に冷えた気温が、ぼくの涙や睫毛を凍り付かせ、体温を奪う。
 怒りという名の熱に浮かされていた脳が、静かに冷静さを取り戻していく。

 ──あ…。

 男の命が危機に瀕していた。
 魔王と呼ばれていても、一介の娘でしかないぼくが人の命を奪えば犯罪者となる。
 そうなってはならないとバートフに何度も言われていた。

 お嬢様の力は簡単に人の命を奪えるものです、と。

 犯罪者の汚名を着れば、マキアート家にまで迷惑がかかる。
 既に散々迷惑をかけているのに、これ以上の迷惑はかけられない。
 ワガママ放題を許してもらっている立場なのは、いくらぼくでも理解しているつもりだ。

「火よ! 熱で溶かすのよ!」

 現実を受け止めるのに時間がかかっていたぼくは、クランキーの声で我に返る。

 いつの間にかクランキーが基礎熱魔法ヒートハンドで氷を溶かそうとしてくれていた。
 しかし、分厚い氷の棺は基礎熱魔法ヒートハンドの熱を吸収して尚、その形を成したまま。

 熱、熱が欲しい。
 だけど、どうしよう。
 あまり火力をあげてしまうと爆発魔法になってしまう。
 爆発で四散する男を想像して、思わず身がすくんだ。

 でも…!

 地熱魔法ヒートアイランド程度では、この分厚い氷を解かす前に、男の命が奪われてしまう。
 どうしたらいいのかわからない。

 氷の棺が邪魔をして、回復魔法は届かない。
 あふれる魔力があるのに、命を救う事はできないというのか。
 命を奪う事しかできないのか。

 そんな馬鹿な事は許されない、あってはならない。

「クランキー、どいて!」

 クランキーはぼくの顔を見ると、すぐさま氷の棺から離れた。

 魔力は万能力だ。
 一瞬で凍らせる事ができるなら、一瞬で解凍することも可能なはず。

 魔力を込め、イメージを固める。
 こうしたい、ぼくの魔法はこうあるべきだ、と強く願う。
 見知らぬ男の命を救う魔法を!

「はああっ!!」

 この日、ぼくは世界で初めての魔法を生み出した。
 氷結系最高の魔法、極大氷結魔法フロストコフィンですら瞬時にレジストする大魔法…。

 瞬間解凍魔法レンジデチンである。
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