8 / 17
第八章
最後の審判
しおりを挟む
(一)
時として訪れる静寂は、収束するかもしれないという淡い期待を何度も裏切り続け、人々の心に暗い予感を抱かせるに十分な不気味さを湛えていた。地の底から響いてくる地鳴りは日本列島全体を覆い、頻発する地震はそのつど人々を恐怖のどん底へと突き落とした。
テレビでは24時間体制で緊急特番を組んでいるが、地震予知連絡会も大学の教授達も打ち続く地鳴りの原因を説明できない。人々は恐怖に震え、眠れぬ夜をすごし、ようやく朝を迎えた。政府も非常事態宣言を発し、人々はそれぞれの避難所で肩を寄せるようにうずくまっている。
これは日本ばかりではない世界中、というよりヨーロッパ及び北米でも同じ様に地鳴りが頻発していたのである。避難所でテレビを囲う人々は、時折襲う地震が、映像がやや遅れるものの各国ほぼ同時であることに気付いていた。一人が呟いた。
「この世の終りかねえ。」
無精ひげを手で触りながらサラリーマン風の男が
「子供の前で変なこと言わないで下さい。」
とたしなめてみたものの、傍らで父を見上げる少女以上に不安げな目で周囲を見回した。押し黙る人々には、それぞれ心の許容度に応じた形で諦めの表情が浮かんでいる。無精ひげの男は少女の肩を引き寄せぎゅっと抱きしめた。
2日目に入り地鳴りはほぼ連続して、大きいもの、小さいもの、それぞれがうねりのように共鳴して鳴り止む暇もない。人々の心は恐怖にうち震え、何時起こっても不思議のない大災害の不安で、誰もが発狂寸前の状態に陥っていた。
そして突然長い静寂が訪れたのだ。テレビのアナウンサーも沈黙した。あたりをきょろきょろ見回している。日本人が一斉に息を飲んだ。何かが起こる。或いは、収束を迎えたのか?人々の心に期待と不安が渦巻く。そしてその淡い期待は見事に裏切られたのだ。
未だかつって誰も聞いたことのない、いや正確にいうなら耳で聞くというのではなく、体の芯を揺るがすような轟音が地の底から響いたのだ。一瞬にして避難所の床が1メートルもせり上がった。人々が宙に舞う。次の瞬間床は地面に叩きつけられた。と同時に壁も天井も粉砕され、雪崩をうって人々に降り注ぐ。再び床がせり上がる。また落ちる。そしてまた…。一瞬にして避難所は瓦礫の山と化した。
都心のビルで原型を留めるのは稀で、ビルと言うビルが倒壊し、のっぽビルの殆どは途中から折れた。その中に閉じ込められた人々の悲鳴は聞こえてこない。破壊の凄まじい轟音、そして地鳴りにかき消されてしまったのだ。
道路はあちこちで寸断され、道に沿って大きく口を開けた地割れに数十台の車が落ち込んでいる。一瞬の静寂の中に人々の助けを求める声や、呻き声が聞こえた。次の瞬間、ゴーという地鳴りと共にその口が閉じられた。
橋は倒壊し、或いは途中で折れ、何十台という車が橋の残骸と共に川面に叩きつけられ、水中へと没していった。周りのコンクリートの堤防もあちこちで寸断され、家々を、そして倒壊した家から逃げ出した人々を押し流した。
この1分ほどの巨大地震で東京の街は壊滅した。あちこちで火の手が上がり、紅蓮の炎が天を焦がし、渦をなしている。生き残った人々は火を避け逃げ惑う。傷を負い血だらけの体、それでも生きようと必死で駆ける。しかし、彼らは突然立ち止まった。
巨大な壁が迫っていた。それは海の壁だ。正に悪夢としか言いようがない。100メートルを超えると思われる津波が太平洋側から押し寄せていた。ある者は立ち尽くし、ある者はへなへなと崩れ落ちた。逃げようとする者はいない。無駄だと分かっていたからだ。
津波は東京の街を飲み込んだ。全てを破壊しながら怒涛となって突き進む。人々は潰され、或いは流され、一瞬にして命は奪われた。さらにこの地獄の使者は川と言う川から容赦なく内陸深くに向かって遡っていったのだ。
少年はこの地獄絵図を上空から見ていた。目を輝かせ、どこか恍惚とした表情をし、ずたずたに寸断される日本列島を眺めていた。小一時間ほどして津波が静かに引いてゆく。瓦礫を引きずりながら海へと戻ってゆく。しかし、その流れは途中で堰き止められた。
新たな津波が来たのか?いや違う。海がゆっくりと日本列島を覆っているのだ。平野を埋め尽くし、緩やかな山並みは掻き消え、そして静寂が訪れる。かつての連峰の頂が島となって残された。日本列島の殆どが沈没したのである。
「これは夢なんかじゃない。現実に起きることなんだ。あと一月半後、必ず起こる。」
少年は夢の中で確信をこめてそう呟いた。
(二)
「なに、DNA鑑定で一致したって。そいつは本当か、間違いないんだな。」
受話器に向かってがなりたてる田村警部に捜査本部の刑事達の視線が集中し、互いに目と目を合わせ頷きあった。ここ綾瀬警察署に置かれた捜査本部にひさびさの活気が漲ろうとしていた。
女性の死体が発見されたのは、五反田のビルの工事現場だ。コンクリート打ちの直前、現場監督が掘り返された跡を認め、何かが埋められたと直感した。こうして死体発見に到るのだが、綾瀬警察署の捜査本部もまさか、この死体が自分達に関係してくるなど思いもしなかった。
捜査本部は1年2ヶ月前に設置された。連続して三人の少女が暴行され殺されたのだ。その体に残された体液から同一犯と断定された。そして4人目の犠牲者が長いブランクを経て突然現れた。犯人は犯行を控えていたのか、或いは死体が発見されていなかっただけなのか?
捜査員達は警部の指示に従いそれぞれに散った。綾瀬警察署の女性刑事、五十嵐昌美は警視庁捜査一課のベテラン、小林刑事とともに現場検証を行った品川警察署に赴くことになった。五十嵐はB5版のノートパソコンをカバンに押し込み、小林の後を追った。
その日、五十嵐がアパートにたどり着いたのは夜の11時を少し過ぎた頃だ。昼間五反田の街を散々歩き回って体はくたくただ。つくづく今のアパートを移ってよかった思う。署からバスでうつらうつらして20分。これが有難かった。
五十嵐はシャワーを浴びて一日の疲れを癒すと、ソファに凭れてコンビニで買った梅酒ソーダを口に運んだ。そして大きな溜息をつく。会議では捜査の進展に結びつくような情報は皆無であった。ましてこれまでの3件とはどこか異なる。
殺された女性は16歳から20歳前後で、絞殺されていたことは以前と同様だが、全裸で、しかも歯は全てへし折られいたこと、また死体が巧妙に隠されていたことが前の3件とは異なる。果たして犯人は一人で死体を埋めたのだろうか。
犯人は、深夜、或いは未明、車で遺体を運んだ。そして工事現場に穴を掘り、そして巧妙に地均しした。真っ暗闇では出来ない芸当だ。深夜であれば明りが漏れていた可能性があり、未明であれば立ち去った車が目撃されている可能性がある。
五十嵐は、一日、周辺をしらみつぶしに聞き込みを行ったが、何の手掛かりも得られなかった。忽然と現れ、そして忽然と消えてしまった。そう、単独犯ではないような気がする。足跡さえ消しているのだ。
田村警部の苦虫を噛み潰したような顔が浮かんだ。妻帯者のくせに自分に言い寄るずうずうしさに虫ずが走る。警部補への昇進試験にかこつけ何かと便宜を図ろうとするのだが、その見え透いた誘惑を匂わす言葉。
確かに捜査に専念すればするほど試験勉強の時間などとれない。セクハラで訴えようかと悩んだこともあるが、それをすればいらぬ波風を立てることになる。組織にがんじがらめに縛られ、真綿で首を絞められる思いを感じて初めて父親の思いが理解できるようになった。そして石井のことも。
何故あの時自分は石井の内面をもっと知ろうとしなかったのだろう。いや、石井が酒で自分を誤魔化そうとすることが許せなかった。その姿が父親のそれと重なった。五十嵐は物心ついた頃から父親を軽蔑していた。男は何事にも毅然としているべきだと思っていたのだ。
ふと、手にしたグラスに視線を落とした。桃色の液体の中で細かな気泡がはじけている。最近、これなくしては眠れない。酒の飲めない体質なのに、やはり今の五十嵐の脳はアルコールを欲している。五十嵐はふと呟いた。
「ごめんね、真治。でも、いまさら遅いか・・」
(三)
その頃、石井は田園調布の瀟洒な住宅の前でタクシーから降り立った。清美はすでに門に駆け寄り、インターホンに声を張り上げている。
「パパ、清美、開けて、清美よ、帰って来たの。ねえパパ、開けて。」
既に12時近くだろう、あたりは森閑として物音ひとつしない。清美の何度目かの叫び声と同時に、玄関のドアが開いて男が飛び出てきた。「清美」とひとこと叫んで駆けてくる。
男は門扉を開けると、清美を抱き寄せた。
「しばらくだったな、清美。元気にしていたか。えー、どうしたんだ、その顔は、格好は。まるで不良じゃないか、眉なんか剃っちゃって、で、母さんはどうした?一緒じゃないのか?」
「ママは置いてきた。私はパパと一緒にいる。」
感動の対面に置いてきぼり食ったような気分でいる石井に、男はふと視線を止めた。
「このひとは?」
「この人は、石井さん。私立探偵なの。詳しくは家の中で話す。石井さん中に入って。」
石井はどうするか迷っていた。このままマンションに帰りたい気もしたのだ。
「さあ、どうぞ。」
男の強い口調で石井の迷いが吹っ切れた。
居間で、コーヒーを啜りながら、石井はこれまでの経緯を話した。そのたびに清美が合いの手を入れ、さくらにくすねられたり、二人の少女に払わされた金額に言及する。清美は石井に気を遣って、父親にそれなりの謝礼を払わせるつもりなのだ。
父親の大竹良蔵は、年の頃、50代初めで、見るからに気の強そうな雰囲気を漂わせているが、どことなくやつれている。話を聞きながらしばしば清美に愛しそうな視線を走らせるが、その視線は時として虚空をさ迷い、不安そうな色を帯びる。
しばらくして、清美は良蔵の膝で寝息を立て始めた。石井は良蔵の不安が、あのことに違いないと思った。帰りのトラックの中で、清美は悟道会の予言をぽつりぽつりと語った。石井はその話を聞いて思わず絶句した。それは三枝節子がもたらした予言とそっくりだったからだ。
三枝の彼氏の予言は、恐らく悟道会の受け売りだろう。結局、三枝から地球的規模の災害が、何時、どんなふうに起こるか聞き出せなかったが、期せずして、清美からその概要を聞くことになった
清美の話によると、その地球的規模の大災害は、日時ははっきりしないが二月以内に確実に起こり、富良野は日本で最も安全な地域だというのである。
「もしかしたら、お嬢さんを、あちらに置いておきたかったんじゃありませんか?」
「えっ?」
「予言の話は、清美さんから聞きました。」
一瞬、押し黙ったが、ふーと吐息を漏らし答えた。
「馬鹿な親だとお思いなんでしょうね?」
「いえ、そんなことはありません。私も三つほど、その教祖の予言が当たったのを確認しています。例のイラン大地震には度肝を抜かれました。」
「そうですか。私は、この二年ほど彼の能力を目の辺りにしてきました。ですから教祖のいう日本沈没の予言も現実になるのではないかと思っています。」
「では、何故、東京に残ることにしたんです。」
ふっと笑顔をみせ、静かに口を開いた。
「教祖は、あの富良野のビルを聖書に書かれたノアの箱舟に位置づけています。大災害後、僅かに生き残った人間たちが、新たな大地で日本人の祖となるべく歩み出すというわけです。私が納得出来なかったのは、あそこにはお金持ちしか入れないということです。何千万円もの寄付をして漸くあそこの居住権を得るのです。どこか変じゃありませんか?」
「それでは大災害は一般信者には秘密にしているとでも?」
「秘密です。大災害が起こるという予言はしていますが、教祖は時期については口を鎖しています。限られた人々だけにそっと『貴方は神から選ばれた』と耳打ちして、ノアの箱舟造りの資金を集めました。そして私達も選ばれたという訳です。」
「つまり、潔しとしなかったというわけですね。或いは、予言がはずれるかもしれないと考えた?」
「そうした期待もあります。いずれにせよ、どちらに転んでも清美だけは助けたかった。しかし、清美は私といることを選んだ。清美のように、そんなこと起こるわけがないと言下に否定できればいいのですが。」
こう言うと、大竹は力なく笑った。石井も同感だった。
「それに・・・」
と、大竹が言って言葉を飲み込んだ。
「それに、何ですか?」
石井が促すと、
「どうせ信じてもらえません。」
「そんなことはない。何でも話して下さい。」
「実は、悟道会の信仰によって妻の癌が消えてしまったのです。これは真実起こったことなんです。」
「そんなことは、よくあることですよ。」
そっけなく答えた石井の反応に、大竹は怪訝な表情を浮かべた。
【「お題目は唱えますか?」
「ええ、般若心経を唱えます。」
「なるほど。その般若心経を、声をだして朗々と唱え、それをエンドレスに繰り返すんじゃありませんか?」
「ええ、その通りです。」
「こうした奇跡の例は医学会でも精神医学会でもよく報告されていることです。特別なことではありません。」
「妻はそれで教祖の虜になってしまいました。」
「なるほど。でも、宗教を少しでもかじった人間なら、そうした奇跡が祈りによって時として起こることを知っています。お題目は、般若心境でも南無阿弥陀仏でも何でもよいのです。要は熱心に繰り返し唱えればいいのですから。」
「石井さんも宗教に入れ込んだことがおありなのですか。」
「いいえ、宗教に関する本を読んだだけです。」
「つまり、お題目を熱心に唱えていれば、奇跡だって起こり得るということですね。」
「ごく稀に、起こることもあるということです。ところで、大竹さん。エドガー・ケイシーはご存知ですか。」
「はい、教祖が何かの折に言及したことがあります。夢で難病に苦しむ人々にその処方を語ったとか。」
「ええ、彼は多くの難病患者を救いました。彼の知識の源は集合的無意識だと言われています。実は、この集合的無意識こそ、すべてを解く鍵なのです。」
「つまり、お題目を唱えて奇跡が起こったことと集合的無意識が関係しているというのですか?」
「つまりこうです。集合的無意識にアクセスするには無我の境地に到らなければなりません。エドガー・ケイシーは妻の導きでその境地に達しました。この無我の境地に至るには、瞑想、座禅もこれを可能にするのかもしれません。しかし、凡人がこの境地に達するには、お題目を必死に唱えるのが一番の早道なのです。それも集団で行うのが理想的です。」
「集団で?何故、集団で唱えるのが理想的なのです?」
「共鳴です。声が重なり共鳴します。実は集合的無意識は人々の想念波動の集合体なのです。従って、集団で読経すれば声が重なり共鳴しますが、これが、この集合的無意識の波動に幾ばくか近付くことになります。」
「エドガー・ケイシーはその集合的無意識から情報知識を得た。では妻はその集合的無意識から何を得て癌を消滅させてしまったのですか。」
石井は、言うか言うまいか迷った。しかし、誰にも口にしたことのない自ら構築した理論を披瀝したい衝動にかられた。しばしの沈黙の後、おもむろに口を開いた。
「実は、エドガー・ケイシーはこうも言っています。『顕在意識(自我意識)は外界からの印象を受けて、その想念の全てを潜在意識に移すが、これは顕在意識が滅びても残存するのである。』とね。」
「ど、どういうことです?」
「つまり、人は生きている間にその全ての想念を潜在意識に移しますが、その人が死んでもそれは存在し続ける。つまり、死んだ人の想念波動は集合的無意識に残されているということです。これはあくまでも僕の私見なのですが、所謂、霊界とは、この残された想念波動の集合体で、それが集合的無意識の中に存在すると考えています。」
「……」
「この霊界には、大竹さんの奥様が前世で功徳を施した人々がいたとします。奥さんの悲痛な叫びが霊界にいるその人々に届き、彼らの慈しみの波長と奥様の癌を治したいという波長がさらに共鳴し、奇跡が起こったとは考えられませんか?」】
と言って、石井は「しまった」と思った。いきなり「霊界」などという胡散臭い言葉を吐いてしまった。まず、「輪廻転生」について十分に説明すべきだったのだ。論理の展開が性急過ぎた。案の定、大竹の顔に困惑の表情が浮かんでいる。笑いで誤魔化すことにした。
「はっはっはっは、ちょっと奇抜過ぎますよね、これって、はっはっはっはっは。まあ、そんな考え方もあるっていうことで。いや、はや。そろそろお暇しなくては。清美さんは良く寝ていらっしゃる。僕が宜しく言っていたと伝えて下さい。」
冷や汗を拭いながらソファーから立ち上がる石井に、困惑顔のまま大竹が問いかけた。
「連絡先を教えて下さい。このまま帰したら清美に叱られてしまいます。お名刺があればそれを頂けませんか。」
石井は名刺入れを取り出し、大竹に一枚を渡した。大竹がそれをじっと見詰めて、
「すいません、長瀬とありますが。」
と名刺を差し出す。慌ててインチキな名刺の方を渡してしまったようだ。かなり動揺している。石井は探偵事務所の名刺と取り替えた。
そそくさと大竹家を辞したが、石井の動揺は、今日はじめて他人に口にした理論が到底人々の共感を得られるほどに達していないと感じていたからだ。霊界が集合的無意識の中に存在するなど、一般の人にはあまりに唐突過ぎる。
まして、輪廻転生を前提にして、いきなり前世やら霊界やらと言われたら誰しも戸惑うであろう。石井はタクシーを拾い家路についた。タクシーの中で深いため息をつき、調子に乗りすぎた自分を恥じた。
(四)
【石井は悟道会が般若心経を唱えていると聞いて不思議なめぐり合わせを感じた。何故なら、般若心経の「色即是空、空即是色」という言葉の「空」こそ、石井が今抱える難問を解く鍵だと思っていたからだ。ここで言う「空」とは、そのものずばり「空っぽ」のこと、そして「色」とは「形のあるもの」を意味する。
この「色即是空、空即是色」を説明するとこうなる。我々の体は分子によって、またその分子は原子によって構成される。その原子は、原子核、それを中心として回る電子、そして両者の間を占める空間により成り立つ。しかし、我々の身体の物質としての実体(原子核と電子)を集めると、小指の先ほどの大きさにもならない。つまり、この体の殆どが空間ということになる。まさに色即是空(形あるもの、即ちこれ空なり)である。
次にこの原子は更に微小な素粒子によって構成されるのだが、現代物理学はこの素粒子が空から突然存在するようになること、そして空が無限のエネルギーの宝庫であることを発見してしまったのである。つまりこれが空即是色(空、即ちこれ形あるもの)となる。
さて、石井が今抱える問題であるが、それは、神の存在をどう証明するかということである。霊界の存在及び輪廻転生の仮説はエドガー・ケイシーの「地上界で生涯を終えるいかなる霊魂もこの世界(集合的無意識)に魂の想念波動を残す。」「再び地上に受肉する時にはこの同じ想念波動を帯びることになる。」という言葉を参考にすればよい。
問題は、ケイシーが熱心なキリスト教徒(輪廻転生はキリスト教の教えに反するのだが)であり、これらの言葉はキリスト教の神の存在を前提にして語っているのである。従って、無宗教の石井としてはキリスト教とは関係なく、論理的に神の存在を明らかにしたいと考えている。これが石井の抱える難問である。
この難問を解く鍵は、やはり空なのではないか?我々の体を構成する原子も電子も波動であり、集合的無意識も波動の集まりである。これらは、空に包まれ空に内蔵されている。「無限のエネルギーを秘める」空も何やら怪しい。空が何らかの形で神と繋がっているのではないかと思えてならないのである。】
時として訪れる静寂は、収束するかもしれないという淡い期待を何度も裏切り続け、人々の心に暗い予感を抱かせるに十分な不気味さを湛えていた。地の底から響いてくる地鳴りは日本列島全体を覆い、頻発する地震はそのつど人々を恐怖のどん底へと突き落とした。
テレビでは24時間体制で緊急特番を組んでいるが、地震予知連絡会も大学の教授達も打ち続く地鳴りの原因を説明できない。人々は恐怖に震え、眠れぬ夜をすごし、ようやく朝を迎えた。政府も非常事態宣言を発し、人々はそれぞれの避難所で肩を寄せるようにうずくまっている。
これは日本ばかりではない世界中、というよりヨーロッパ及び北米でも同じ様に地鳴りが頻発していたのである。避難所でテレビを囲う人々は、時折襲う地震が、映像がやや遅れるものの各国ほぼ同時であることに気付いていた。一人が呟いた。
「この世の終りかねえ。」
無精ひげを手で触りながらサラリーマン風の男が
「子供の前で変なこと言わないで下さい。」
とたしなめてみたものの、傍らで父を見上げる少女以上に不安げな目で周囲を見回した。押し黙る人々には、それぞれ心の許容度に応じた形で諦めの表情が浮かんでいる。無精ひげの男は少女の肩を引き寄せぎゅっと抱きしめた。
2日目に入り地鳴りはほぼ連続して、大きいもの、小さいもの、それぞれがうねりのように共鳴して鳴り止む暇もない。人々の心は恐怖にうち震え、何時起こっても不思議のない大災害の不安で、誰もが発狂寸前の状態に陥っていた。
そして突然長い静寂が訪れたのだ。テレビのアナウンサーも沈黙した。あたりをきょろきょろ見回している。日本人が一斉に息を飲んだ。何かが起こる。或いは、収束を迎えたのか?人々の心に期待と不安が渦巻く。そしてその淡い期待は見事に裏切られたのだ。
未だかつって誰も聞いたことのない、いや正確にいうなら耳で聞くというのではなく、体の芯を揺るがすような轟音が地の底から響いたのだ。一瞬にして避難所の床が1メートルもせり上がった。人々が宙に舞う。次の瞬間床は地面に叩きつけられた。と同時に壁も天井も粉砕され、雪崩をうって人々に降り注ぐ。再び床がせり上がる。また落ちる。そしてまた…。一瞬にして避難所は瓦礫の山と化した。
都心のビルで原型を留めるのは稀で、ビルと言うビルが倒壊し、のっぽビルの殆どは途中から折れた。その中に閉じ込められた人々の悲鳴は聞こえてこない。破壊の凄まじい轟音、そして地鳴りにかき消されてしまったのだ。
道路はあちこちで寸断され、道に沿って大きく口を開けた地割れに数十台の車が落ち込んでいる。一瞬の静寂の中に人々の助けを求める声や、呻き声が聞こえた。次の瞬間、ゴーという地鳴りと共にその口が閉じられた。
橋は倒壊し、或いは途中で折れ、何十台という車が橋の残骸と共に川面に叩きつけられ、水中へと没していった。周りのコンクリートの堤防もあちこちで寸断され、家々を、そして倒壊した家から逃げ出した人々を押し流した。
この1分ほどの巨大地震で東京の街は壊滅した。あちこちで火の手が上がり、紅蓮の炎が天を焦がし、渦をなしている。生き残った人々は火を避け逃げ惑う。傷を負い血だらけの体、それでも生きようと必死で駆ける。しかし、彼らは突然立ち止まった。
巨大な壁が迫っていた。それは海の壁だ。正に悪夢としか言いようがない。100メートルを超えると思われる津波が太平洋側から押し寄せていた。ある者は立ち尽くし、ある者はへなへなと崩れ落ちた。逃げようとする者はいない。無駄だと分かっていたからだ。
津波は東京の街を飲み込んだ。全てを破壊しながら怒涛となって突き進む。人々は潰され、或いは流され、一瞬にして命は奪われた。さらにこの地獄の使者は川と言う川から容赦なく内陸深くに向かって遡っていったのだ。
少年はこの地獄絵図を上空から見ていた。目を輝かせ、どこか恍惚とした表情をし、ずたずたに寸断される日本列島を眺めていた。小一時間ほどして津波が静かに引いてゆく。瓦礫を引きずりながら海へと戻ってゆく。しかし、その流れは途中で堰き止められた。
新たな津波が来たのか?いや違う。海がゆっくりと日本列島を覆っているのだ。平野を埋め尽くし、緩やかな山並みは掻き消え、そして静寂が訪れる。かつての連峰の頂が島となって残された。日本列島の殆どが沈没したのである。
「これは夢なんかじゃない。現実に起きることなんだ。あと一月半後、必ず起こる。」
少年は夢の中で確信をこめてそう呟いた。
(二)
「なに、DNA鑑定で一致したって。そいつは本当か、間違いないんだな。」
受話器に向かってがなりたてる田村警部に捜査本部の刑事達の視線が集中し、互いに目と目を合わせ頷きあった。ここ綾瀬警察署に置かれた捜査本部にひさびさの活気が漲ろうとしていた。
女性の死体が発見されたのは、五反田のビルの工事現場だ。コンクリート打ちの直前、現場監督が掘り返された跡を認め、何かが埋められたと直感した。こうして死体発見に到るのだが、綾瀬警察署の捜査本部もまさか、この死体が自分達に関係してくるなど思いもしなかった。
捜査本部は1年2ヶ月前に設置された。連続して三人の少女が暴行され殺されたのだ。その体に残された体液から同一犯と断定された。そして4人目の犠牲者が長いブランクを経て突然現れた。犯人は犯行を控えていたのか、或いは死体が発見されていなかっただけなのか?
捜査員達は警部の指示に従いそれぞれに散った。綾瀬警察署の女性刑事、五十嵐昌美は警視庁捜査一課のベテラン、小林刑事とともに現場検証を行った品川警察署に赴くことになった。五十嵐はB5版のノートパソコンをカバンに押し込み、小林の後を追った。
その日、五十嵐がアパートにたどり着いたのは夜の11時を少し過ぎた頃だ。昼間五反田の街を散々歩き回って体はくたくただ。つくづく今のアパートを移ってよかった思う。署からバスでうつらうつらして20分。これが有難かった。
五十嵐はシャワーを浴びて一日の疲れを癒すと、ソファに凭れてコンビニで買った梅酒ソーダを口に運んだ。そして大きな溜息をつく。会議では捜査の進展に結びつくような情報は皆無であった。ましてこれまでの3件とはどこか異なる。
殺された女性は16歳から20歳前後で、絞殺されていたことは以前と同様だが、全裸で、しかも歯は全てへし折られいたこと、また死体が巧妙に隠されていたことが前の3件とは異なる。果たして犯人は一人で死体を埋めたのだろうか。
犯人は、深夜、或いは未明、車で遺体を運んだ。そして工事現場に穴を掘り、そして巧妙に地均しした。真っ暗闇では出来ない芸当だ。深夜であれば明りが漏れていた可能性があり、未明であれば立ち去った車が目撃されている可能性がある。
五十嵐は、一日、周辺をしらみつぶしに聞き込みを行ったが、何の手掛かりも得られなかった。忽然と現れ、そして忽然と消えてしまった。そう、単独犯ではないような気がする。足跡さえ消しているのだ。
田村警部の苦虫を噛み潰したような顔が浮かんだ。妻帯者のくせに自分に言い寄るずうずうしさに虫ずが走る。警部補への昇進試験にかこつけ何かと便宜を図ろうとするのだが、その見え透いた誘惑を匂わす言葉。
確かに捜査に専念すればするほど試験勉強の時間などとれない。セクハラで訴えようかと悩んだこともあるが、それをすればいらぬ波風を立てることになる。組織にがんじがらめに縛られ、真綿で首を絞められる思いを感じて初めて父親の思いが理解できるようになった。そして石井のことも。
何故あの時自分は石井の内面をもっと知ろうとしなかったのだろう。いや、石井が酒で自分を誤魔化そうとすることが許せなかった。その姿が父親のそれと重なった。五十嵐は物心ついた頃から父親を軽蔑していた。男は何事にも毅然としているべきだと思っていたのだ。
ふと、手にしたグラスに視線を落とした。桃色の液体の中で細かな気泡がはじけている。最近、これなくしては眠れない。酒の飲めない体質なのに、やはり今の五十嵐の脳はアルコールを欲している。五十嵐はふと呟いた。
「ごめんね、真治。でも、いまさら遅いか・・」
(三)
その頃、石井は田園調布の瀟洒な住宅の前でタクシーから降り立った。清美はすでに門に駆け寄り、インターホンに声を張り上げている。
「パパ、清美、開けて、清美よ、帰って来たの。ねえパパ、開けて。」
既に12時近くだろう、あたりは森閑として物音ひとつしない。清美の何度目かの叫び声と同時に、玄関のドアが開いて男が飛び出てきた。「清美」とひとこと叫んで駆けてくる。
男は門扉を開けると、清美を抱き寄せた。
「しばらくだったな、清美。元気にしていたか。えー、どうしたんだ、その顔は、格好は。まるで不良じゃないか、眉なんか剃っちゃって、で、母さんはどうした?一緒じゃないのか?」
「ママは置いてきた。私はパパと一緒にいる。」
感動の対面に置いてきぼり食ったような気分でいる石井に、男はふと視線を止めた。
「このひとは?」
「この人は、石井さん。私立探偵なの。詳しくは家の中で話す。石井さん中に入って。」
石井はどうするか迷っていた。このままマンションに帰りたい気もしたのだ。
「さあ、どうぞ。」
男の強い口調で石井の迷いが吹っ切れた。
居間で、コーヒーを啜りながら、石井はこれまでの経緯を話した。そのたびに清美が合いの手を入れ、さくらにくすねられたり、二人の少女に払わされた金額に言及する。清美は石井に気を遣って、父親にそれなりの謝礼を払わせるつもりなのだ。
父親の大竹良蔵は、年の頃、50代初めで、見るからに気の強そうな雰囲気を漂わせているが、どことなくやつれている。話を聞きながらしばしば清美に愛しそうな視線を走らせるが、その視線は時として虚空をさ迷い、不安そうな色を帯びる。
しばらくして、清美は良蔵の膝で寝息を立て始めた。石井は良蔵の不安が、あのことに違いないと思った。帰りのトラックの中で、清美は悟道会の予言をぽつりぽつりと語った。石井はその話を聞いて思わず絶句した。それは三枝節子がもたらした予言とそっくりだったからだ。
三枝の彼氏の予言は、恐らく悟道会の受け売りだろう。結局、三枝から地球的規模の災害が、何時、どんなふうに起こるか聞き出せなかったが、期せずして、清美からその概要を聞くことになった
清美の話によると、その地球的規模の大災害は、日時ははっきりしないが二月以内に確実に起こり、富良野は日本で最も安全な地域だというのである。
「もしかしたら、お嬢さんを、あちらに置いておきたかったんじゃありませんか?」
「えっ?」
「予言の話は、清美さんから聞きました。」
一瞬、押し黙ったが、ふーと吐息を漏らし答えた。
「馬鹿な親だとお思いなんでしょうね?」
「いえ、そんなことはありません。私も三つほど、その教祖の予言が当たったのを確認しています。例のイラン大地震には度肝を抜かれました。」
「そうですか。私は、この二年ほど彼の能力を目の辺りにしてきました。ですから教祖のいう日本沈没の予言も現実になるのではないかと思っています。」
「では、何故、東京に残ることにしたんです。」
ふっと笑顔をみせ、静かに口を開いた。
「教祖は、あの富良野のビルを聖書に書かれたノアの箱舟に位置づけています。大災害後、僅かに生き残った人間たちが、新たな大地で日本人の祖となるべく歩み出すというわけです。私が納得出来なかったのは、あそこにはお金持ちしか入れないということです。何千万円もの寄付をして漸くあそこの居住権を得るのです。どこか変じゃありませんか?」
「それでは大災害は一般信者には秘密にしているとでも?」
「秘密です。大災害が起こるという予言はしていますが、教祖は時期については口を鎖しています。限られた人々だけにそっと『貴方は神から選ばれた』と耳打ちして、ノアの箱舟造りの資金を集めました。そして私達も選ばれたという訳です。」
「つまり、潔しとしなかったというわけですね。或いは、予言がはずれるかもしれないと考えた?」
「そうした期待もあります。いずれにせよ、どちらに転んでも清美だけは助けたかった。しかし、清美は私といることを選んだ。清美のように、そんなこと起こるわけがないと言下に否定できればいいのですが。」
こう言うと、大竹は力なく笑った。石井も同感だった。
「それに・・・」
と、大竹が言って言葉を飲み込んだ。
「それに、何ですか?」
石井が促すと、
「どうせ信じてもらえません。」
「そんなことはない。何でも話して下さい。」
「実は、悟道会の信仰によって妻の癌が消えてしまったのです。これは真実起こったことなんです。」
「そんなことは、よくあることですよ。」
そっけなく答えた石井の反応に、大竹は怪訝な表情を浮かべた。
【「お題目は唱えますか?」
「ええ、般若心経を唱えます。」
「なるほど。その般若心経を、声をだして朗々と唱え、それをエンドレスに繰り返すんじゃありませんか?」
「ええ、その通りです。」
「こうした奇跡の例は医学会でも精神医学会でもよく報告されていることです。特別なことではありません。」
「妻はそれで教祖の虜になってしまいました。」
「なるほど。でも、宗教を少しでもかじった人間なら、そうした奇跡が祈りによって時として起こることを知っています。お題目は、般若心境でも南無阿弥陀仏でも何でもよいのです。要は熱心に繰り返し唱えればいいのですから。」
「石井さんも宗教に入れ込んだことがおありなのですか。」
「いいえ、宗教に関する本を読んだだけです。」
「つまり、お題目を熱心に唱えていれば、奇跡だって起こり得るということですね。」
「ごく稀に、起こることもあるということです。ところで、大竹さん。エドガー・ケイシーはご存知ですか。」
「はい、教祖が何かの折に言及したことがあります。夢で難病に苦しむ人々にその処方を語ったとか。」
「ええ、彼は多くの難病患者を救いました。彼の知識の源は集合的無意識だと言われています。実は、この集合的無意識こそ、すべてを解く鍵なのです。」
「つまり、お題目を唱えて奇跡が起こったことと集合的無意識が関係しているというのですか?」
「つまりこうです。集合的無意識にアクセスするには無我の境地に到らなければなりません。エドガー・ケイシーは妻の導きでその境地に達しました。この無我の境地に至るには、瞑想、座禅もこれを可能にするのかもしれません。しかし、凡人がこの境地に達するには、お題目を必死に唱えるのが一番の早道なのです。それも集団で行うのが理想的です。」
「集団で?何故、集団で唱えるのが理想的なのです?」
「共鳴です。声が重なり共鳴します。実は集合的無意識は人々の想念波動の集合体なのです。従って、集団で読経すれば声が重なり共鳴しますが、これが、この集合的無意識の波動に幾ばくか近付くことになります。」
「エドガー・ケイシーはその集合的無意識から情報知識を得た。では妻はその集合的無意識から何を得て癌を消滅させてしまったのですか。」
石井は、言うか言うまいか迷った。しかし、誰にも口にしたことのない自ら構築した理論を披瀝したい衝動にかられた。しばしの沈黙の後、おもむろに口を開いた。
「実は、エドガー・ケイシーはこうも言っています。『顕在意識(自我意識)は外界からの印象を受けて、その想念の全てを潜在意識に移すが、これは顕在意識が滅びても残存するのである。』とね。」
「ど、どういうことです?」
「つまり、人は生きている間にその全ての想念を潜在意識に移しますが、その人が死んでもそれは存在し続ける。つまり、死んだ人の想念波動は集合的無意識に残されているということです。これはあくまでも僕の私見なのですが、所謂、霊界とは、この残された想念波動の集合体で、それが集合的無意識の中に存在すると考えています。」
「……」
「この霊界には、大竹さんの奥様が前世で功徳を施した人々がいたとします。奥さんの悲痛な叫びが霊界にいるその人々に届き、彼らの慈しみの波長と奥様の癌を治したいという波長がさらに共鳴し、奇跡が起こったとは考えられませんか?」】
と言って、石井は「しまった」と思った。いきなり「霊界」などという胡散臭い言葉を吐いてしまった。まず、「輪廻転生」について十分に説明すべきだったのだ。論理の展開が性急過ぎた。案の定、大竹の顔に困惑の表情が浮かんでいる。笑いで誤魔化すことにした。
「はっはっはっは、ちょっと奇抜過ぎますよね、これって、はっはっはっはっは。まあ、そんな考え方もあるっていうことで。いや、はや。そろそろお暇しなくては。清美さんは良く寝ていらっしゃる。僕が宜しく言っていたと伝えて下さい。」
冷や汗を拭いながらソファーから立ち上がる石井に、困惑顔のまま大竹が問いかけた。
「連絡先を教えて下さい。このまま帰したら清美に叱られてしまいます。お名刺があればそれを頂けませんか。」
石井は名刺入れを取り出し、大竹に一枚を渡した。大竹がそれをじっと見詰めて、
「すいません、長瀬とありますが。」
と名刺を差し出す。慌ててインチキな名刺の方を渡してしまったようだ。かなり動揺している。石井は探偵事務所の名刺と取り替えた。
そそくさと大竹家を辞したが、石井の動揺は、今日はじめて他人に口にした理論が到底人々の共感を得られるほどに達していないと感じていたからだ。霊界が集合的無意識の中に存在するなど、一般の人にはあまりに唐突過ぎる。
まして、輪廻転生を前提にして、いきなり前世やら霊界やらと言われたら誰しも戸惑うであろう。石井はタクシーを拾い家路についた。タクシーの中で深いため息をつき、調子に乗りすぎた自分を恥じた。
(四)
【石井は悟道会が般若心経を唱えていると聞いて不思議なめぐり合わせを感じた。何故なら、般若心経の「色即是空、空即是色」という言葉の「空」こそ、石井が今抱える難問を解く鍵だと思っていたからだ。ここで言う「空」とは、そのものずばり「空っぽ」のこと、そして「色」とは「形のあるもの」を意味する。
この「色即是空、空即是色」を説明するとこうなる。我々の体は分子によって、またその分子は原子によって構成される。その原子は、原子核、それを中心として回る電子、そして両者の間を占める空間により成り立つ。しかし、我々の身体の物質としての実体(原子核と電子)を集めると、小指の先ほどの大きさにもならない。つまり、この体の殆どが空間ということになる。まさに色即是空(形あるもの、即ちこれ空なり)である。
次にこの原子は更に微小な素粒子によって構成されるのだが、現代物理学はこの素粒子が空から突然存在するようになること、そして空が無限のエネルギーの宝庫であることを発見してしまったのである。つまりこれが空即是色(空、即ちこれ形あるもの)となる。
さて、石井が今抱える問題であるが、それは、神の存在をどう証明するかということである。霊界の存在及び輪廻転生の仮説はエドガー・ケイシーの「地上界で生涯を終えるいかなる霊魂もこの世界(集合的無意識)に魂の想念波動を残す。」「再び地上に受肉する時にはこの同じ想念波動を帯びることになる。」という言葉を参考にすればよい。
問題は、ケイシーが熱心なキリスト教徒(輪廻転生はキリスト教の教えに反するのだが)であり、これらの言葉はキリスト教の神の存在を前提にして語っているのである。従って、無宗教の石井としてはキリスト教とは関係なく、論理的に神の存在を明らかにしたいと考えている。これが石井の抱える難問である。
この難問を解く鍵は、やはり空なのではないか?我々の体を構成する原子も電子も波動であり、集合的無意識も波動の集まりである。これらは、空に包まれ空に内蔵されている。「無限のエネルギーを秘める」空も何やら怪しい。空が何らかの形で神と繋がっているのではないかと思えてならないのである。】
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる