シンクロニシティ

安藤 菊次郎

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第二十一章 人質交換

 石田は時計を何度も覗き込んだ。刻々と秒針が時を刻んでゆく。小野寺が敵に例のブツを渡す時間まで1時間半を切った。焦りと緊張が脳内を駆け巡っている。煙草を取り出すと火をつけた。煙を肺に送り込むとようやく落ち着きを取り戻した。

 あの晩の小野寺の話は衝撃的だった。そんなことが本当にあり得るのかというような内容だった。三人は、じっと聞き入ったものだ。 

 小野寺は、柏崎で北朝鮮からやってきたという三人の少年達に日本語の発音を徹底的に教えこんだ。彼等は語学の天才で母国語と日本語以外に3ヶ国語を話したという。三ヶ月の研修が終わり少年達と別れた。 
 その後二度と会うことはないと思っていた。何故なら、飯島から少年達はこれからヨーロッパに派遣されると聞かされていたからだ。時とともに三人のことはすっかり忘れていた。 

 しかし、偶然にも小野寺は三人の子供の一人と遭遇してしまったのだ。それは品川の高輪プリンスへ取引先の社長を訪ね、挨拶を終えての帰りだった。GPS研究会と看板に書かれた会場に近づいてゆくと、人がどっと会場から退出して来た。小野寺は足をとめ人混みを避けるために佇んでいた。 
 ふと、会場の入り口に目を向けると、人々の流れに逆らって二人の男が立ち止まって話し込んでいる。こちらを向いている男の顔に見覚えがあった。何処かで会っているのだが、どうしてもそれが思い出せない。 
 男は、もう一人の男に熱っぽく語っている様子だ。語りながら耳たぶを何度も引っ張っている。その時、その仕草で小野寺はあの時の少年の一人を思い出したのだ。神経質な質で緊張すると、いつもそうやって緊張をほぐすのだ。 
 心に描いた少年の頃の顔が、見る間にその男のそれとぴったりと重なった。ちょうど一回り大きくなっただけで、目鼻立ちはそのままだ。あの柏崎での出来事が一瞬にして脳裏に映し出され、礒の香りさえ甦った。 
 
 小野寺は男の住所を突き止め、韓国情報部の岡山に密告した。小野寺は岡山が望む情報を流すだけで、仲間を売ることはしなかった。岡山もそれを強要しなかったのは、小野寺の情報源としての価値を認めていたからだ。 
 それが何故仲間を売る気になったのだろうか。あの少年が成長し、日本人として生活しているという事実の裏に何があるのか知りたかったのか、或は和代の死に関わった男達への復讐を遂げたかったのか、今でも分からない。 
 小野寺と岡本は、電話を盗聴し、丸山亮が妻の実家に行くことを知って、その日、家に忍び込んだ。二人の注意を引いたのはパソコンだった。そして机の抽斗を開けるとプラスチックケースにCDが数枚納まっている。岡山は素早くそれをリュックにしまい込んだ。 
 岡本はパソコンのスイッチを入れた。12桁のパスワードを聞いてきた。最初、丸山や家族の生年月日を組み合わせて入れてみたが駄目だ。いろいろ試しているうちに、夢中になって注意を怠った。そして、予想もしない事態が起こった。
 
「貴様等、そこで何をやっている。」 
背後で怒鳴り声が響いた。二人は飛びあがらんばかりに驚いた。丸山が新幹線に乗り遅れ、車を取りに家に戻ったのだ。しかし、岡本は訓練されたスパイだ。腰のナイフを引きぬくと、男に突進した。男もこれに立ち向かった。 
 最初の一撃は丸山の肋骨にはばまれ弾かれた。岡山はにやりと笑った。丸山も背広を左腕に巻き付け構えた。しかし、岡山のナイフさばきは見事なものだ。右からと見せかけ左から払う。丸山の両腕は血だらけになり、丸山の口から悲鳴が漏れ始めた。 
 その時、岡山は腰をぐっと落とし、そのまま体ごと丸山にぶつかっていった。丸山の口からうめき声が漏れた。岡山はナイフの柄を握ったまま、体を丸山の背後に移し、一気に引きぬいた。どっと丸山が倒れた。絨毯がどす黒く濡れて広がった。 
 小野寺は急激に胃がせりあがるような感覚を意識した途端、嘔吐した。ゲーゲーと声をあげて吐いた。岡山が怒鳴った。 
「おい、隣近所に丸山の怒鳴り声が漏れているかもしれん。パソコンの電源を消して退却だ。分かったな。」 
こう言い終えて岡山は玄関に向かった。 

 小野寺は急いでパソコンを消そうとしたが、ふともしかしたら思い、CDの取り出しボタンを押してみた。するとカチという音とともにCDが現れた。懐中電灯でパソコンの周辺を念入りに調べた。するとSDメモリーカードが挿入されていた。小野寺は二つをポケットにいれると、岡本の待つ車まで走った。 
 
 榊原が口を挟んだ。 
「そいつは鴻巣警察の事件だな。」 
「ええ、そうです。この事件のことはご存知でしたか。」 
「ああ、石神井の一家惨殺事件捜査本部に志願したのは、その事件と鴻巣の事件が似ているように思ったからだ。どうも素人を装った玄人の殺しに思えた。」 
小野寺が大きく息を吐いて、言った。 
「驚きました。まさにその通りなのです。その石神井の事件は韓国のエージェント岡山が引き起こしたのです。」 
 岡山が盗んだCDの中にも、小野寺が入手したCDと同じものがあったようだ。どちらかがマザーで一方がコピーだったのだろう。岡山は、その意味不明の記号とアルファベットの羅列を単なる暗号とみて、本国に解読を依頼した。最初は楽観していたらしい。しかし、本国でも解読できず、韓国情報部から岡本に、何としても解読の手がかりを掴めとの命令が下された。 
 実は、例のCDは同時SDカードを挿入し12桁の暗証番号を入れないと本来の内容を表示しない仕掛けになっている。その暗証暗号はSDカードに張り付けてあった。小野寺は難なくその秘密を解くことが出来たのだ。 

 岡山は何人かの北のスパイを捕らえ情報を得ようとしたが、それを知る者はいなかった。 本国からの矢の催促に岡山が焦っていたのは確かだ。焦った岡山が辿り付いた結論はこうだ。三人の少年は全員日本人に入れ替わった。
 彼らは日本人社会でそれなりの地位についている。何故なら国家がバックにいるのだから資金は使い放題だ。彼等なら、つまり残る二人であればその解読法を知っているはずだというものだ。 
 岡山は丸山の交友関係を徹底的に洗った。何枚かのCDの中に住所録があり、それを元に全ての人物の写真を撮った。そして小野寺が呼ばれ、その一枚一枚を入念にチェックさせられた。そして岡山の推理が当たっていたことを思い知らされたのだ。 
「それが、石神井の石橋順二だな。小野寺さんもその事件の時、現場にいたのか。」 
「いいえ、私はあの事件には全く関わっていません。」 
「確かに、あの事件では現場で吐瀉物は発見されていない。」 
と言ってにやっと笑った。石田が聞いた。 
「しかし、何故、小野寺さんは岡山にSDカードの情報を提供しなかったんですか?」 
小野寺が溜息を漏らした。 
「私は二重スパイの生活に疲れていました。こんな生活から逃げ出したかった。だから、最終的には岡山に情報を売るつもりでいたんです。そしてヨーロッパにでも渡ってのんびり暮らすつもりだった。」 
「しかし、石神井の事件では容疑者が捕まった。ワシはそのことで自分の推理を捨てざるを得なかった。」 
「あの容疑者は韓国エージェントです。日本国内で事件が騒がれ、韓国情報部としても騒ぎを沈静化させる必要があった。公判が始まれば、彼は供述を覆すでしょう。自白を強要されたと言ってね。」 
「そして、アリバイを証明する人間が現れるって寸法だな。」 
「その通りです。」 
突然親父さんが割り込んだ。 
「お前の推理が鋭かったってことは十分に分かった。いいか、ここで問題なのは三人目が誰なのかということだ。それが分からなければ、お前さんの推理がどうのこうのと言ったって始まらん。そして偽物と入れ替わったのなら、その本人はどうなったかだ。殺されたのか拉致されたかだ。違うか?」 
 榊原が振り返り、二人はお互いに睨み合った。親父さんは晴海救出に置いてきぼりにされたのをまだ怒っている。 
「親父さん、その三人目なら、ワシはもう目星をつけてる。」
そう言うと睨み返した。
「それと、殺されたのから拉致されたのか、と言うことだが、本物の丸山亮は少なくとも偽者が大学4年生になるまで生きていた。毎月手紙を送っていたからだ。お袋さんが自動車事故で死ぬ直前まで手紙を書いている。恐らく手紙は北朝鮮で書いたものだ。」 
石田がぽつりと言った。
「偽物が大学を卒業し、社会に出る直前にお母さんは殺されたってことか。」 
「ああ、そういうことだ。北朝鮮スパイが日本人に入れ替わるための最後の仕上げだよ。一番重要で厄介な証人を生かしておくはずがない。ひでえことしやがる。小野寺さんは、彼はその後どうなったと思う?」 
「分かりません、ただ・・・、きっと三人とも北朝鮮で生きていたと思います。恐らく工作船で北朝鮮に送られたのでしょう。」
「ああ、ワシもそう思いたい。さて、正体不明の三人目の男のことだが・・・。ワシの記憶が正しければ、石神井の被害者・石橋順二は大学時代、母親とは没交渉だった。そして大学二年生の時母親は死んだ。」
そう言って、皆を見回した。そして続けた。
「実は、その三人目の男は、母一人子一人だったが、高一の時母親を失っている。」 
これを聞いて、親父さんは興味津々の様子だが、行きがかり上、催促出来ずにいる。しかたなく石田が促した。 
「その三人目って言うのはいったい誰なんだ。」 
「名前は・・・高嶋信吾。警視庁の方面本部長だ。警察庁キャリアでもある。」 
「何故、そいつがその三人目だと思うんだ? その根拠は?」 
「以前、ワシは友人に頼んで、鴻巣と石神井の被害者の共通項を調べてもらったことがある。そいつも刑事だが、そいつの結論は、二人とも大学生の時に天涯孤独になったと結論した。今日、それを思い出したんだ。そしたら、すらすら謎が解けてきた。」 
石田が首を傾げながら反論した。
「それだけでは根拠が薄い。他には?」 
「実はそれだけじゃない。三人目が高嶋だという根拠はいくつもある。一つは、高嶋は暗号の情報が入ったUSBメモリーを擦りかえられる立場にいた。つまり高嶋はUSBメモリーを公安に回し、公安はそいつを解読して製薬会社の新薬に関するものだと報告している。明らかにGPSの情報から新薬のそれにすり替わっている。これが出来る立場にいたのは奴だけだ。」 
唇を尖らせ、親父さんが反論する。
「それは公安関係者でも出来る。その高嶋だけじゃない。」 
「まあ聞けよ、親父。二つ、モンスターの情報がすぐに敵に漏れた。三つ、ワシが尾久のマンションを見張っていたのを敵は知っていてワシらに罠を掛けてきた。この二つ目と三つ目の両方の情報を知っていたのは高嶋だけだ。」 
親父さんが口をもごもごさせている。榊原は父親の不満を理解し、すぐに反応した。 
「モンスターのことはUSBメモリーの解読にあたった公安課長や製薬会社を調べた捜査二課長も知っていた可能性があると言いたいのだろう? 親父、だからワシは二つ目と三つ目を同時に知っていたと言ったんだ。二課の犬山は、尾久のマンションの件を二課長には報告していない。高嶋から極秘だと言われていたからだ。」 
親父さんはぷいと横を向いた。 
「四つ、和代さんの事件は今から20年前だ。ってことは年齢がぴったり一致する。五つ、柏崎にいた三人の少年は語学の天才だった。」
親父さんは意味が分からず、つい口をきいてしまった。 
「それがどうした?」
にやりとして榊原が答えた。 
「奴が入れ替わったとするなら、東京に出てからだ。だが、どうしても郷里の言葉を覚えなければならず、少年たちの年齢から推して一年か二年ほど山形で暮らしたはずだ。ところで、これは山形出身の犬山から聞いたんだが、奴と話すときは常に山形弁で話すと言っていた。」 
石田が思わず賞賛の声を上げた。 
「つまり、山形弁を短期間でマスターしたってわけだ。それを今でも自由に操っている。つまり語学の天才ってことだ。榊原、お前の推理は完璧だ。それしか考えられない。すばらしい推理力だ。」 
親父さんがむっとした顔で言った。 
「まったく、お前って奴は、他の所は全く駄目だったが、そんな所だけワシに似やがって。」 
 
 榊原の唯一の友人から連絡が入った。高嶋方面本部長は13時から15時半まで方面部長会議、そして16時には私用で出かけるとのこと。榊原は自分の勘が当たっていることを確信した。高嶋が私用で出かける時間は、飯島が小野寺に電話を入れると言った時刻とぴったり同じだ。 
 その友人は、高嶋のその日の行動予定と公用車を使用するか否かの二点だけは確かめると約束したのだ。そして時間をおいて公用車は予約されていない旨連絡してきた。これだけ分かれば十分だった。 
 
 高嶋は午後4時、正面玄関から出てきてすぐにタクシーを拾った。玄関で待機していた親父さんがやはりタクシーに乗って後を追った。その連絡を受け、合同庁舎三号館に駐車していた石田が車を急発進させた。 
 榊原は桜田門駅前で張っていたのだが、親父さんの連絡を受けると、クラクションを響かせ疾走する車を避けながら内堀通りを渡り切った。しばらくすると、白いカリーナが急停車してドアが開かれた。榊原は飛び乗ると携帯のボタンを押した。 
「親父さん、タクシーは何処に向かっている。日比谷通りを右折だな。分かった。このまま携帯は切らずにいてくれ。」 
石田がアクセルを踏み込んだ。 
「おい、石田、どうも昨日、偽警官がお前達を連れていこうとした場所に向かっているような気がするが、どう思う。」 
「ああ、確かに方角は一緒だ。恐らく昨日の今日だから場所を確保出来なかったのかもしれない。」
「しかし、それでは、あまりに安易過ぎないか。」 
「いや、奴等が俺達の動きに翻弄されて余裕を失っているのかもしれない。ましてGPSの情報を得ることは至上命令だ。俺と晴美を餌に小野寺をおびき出す場所を翌日また使うというのも、止むおえない処置なのかもしれない。」 

 案の定、西新橋を左折し、しばらく行って都心環状線に乗った。間違い無く昨日の道だ。親父の携帯でのナビゲーションに従って疾走する。追い付く必要はないが、出来るだけ距離を詰めておきたかった。石田が、捜査一課長の韮澤に連絡するため携帯のリダイアルを押す。韮澤はすぐに出た。
「どうです、地下室はみつかりましたか。」 
「いや、もう少しのようです。」 
この時、車内の榊原が大声を張り上げた。 
「おい、石田、高嶋方面本部長が埠頭公園で降りて歩いているそうだ。そして右に曲がった。親父の車はそこ通過して先で駐車している。今度は俺達の出番だ。」 
「よし、分かった。この先だな。」 
車内の会話を韮沢が聞きつけすっとんきょな声をあげた。 
「おい、おい、石田さん。あんたが言っていた北のスパイってのは、まさか高島方面本部長ってわけか?」 
「ああ、聞こえましたか。その通りだ。高嶋方面本部長だ。」 
「まずいよ、それはまずい。あいつはキャリアだ。もし間違いだなんてことになったら、俺は左遷だ。」 
「そんな馬鹿な話があるか。あんたは捜査一課長だろう。」 
「一課長だろうが二課長だろうが、関係無い。おいおい、とんでもないことになっちまったな。兎に角、まずは地下室発見が先だ。それが出てくるまでこっちは手も足もだせん。」 
「おい、おい、それはないだろう。多勢に無勢だ。あんた等の助けがいる。」 
「それは地下室が見つかってからだ。」 
電話は切られた。高嶋方面本部長と聞いて相当ぶるっている。石田は憮然として携帯を切った。 
 
 ようやく埠頭公園が見えた。しばらく走ってゆっくりと左折する。左手に埠頭第一倉庫と書かれた倉庫があり、そこに駐車した黒の大型のバンに高嶋が乗り込むところだ。車の内部がみえた。一瞬だが壁一面に通信機器が埋め込まれている。 
 高嶋が乗り込むとバンは走り出した。そして海岸通を左折した。榊原が携帯に怒鳴った。 
「親父、黒の大型のバンだ。そっちに向かっている。」 

携帯を耳にあてていた榊原が指示をだす。 
「おい、石田、バンが汚水処理場を右折した。その先を右折だ。」 
しばらく走り、右のウインカーを点灯させた。そのとき榊原が叫んだ。 
「おいおい。いよいよだ、いよいよだぞ、小野寺がいるそうだ。おい、石田、その細い道を左折して待機しろ。小野寺が高嶋に何か言っているって? ペンチみたいな物だって? で、先にい黒いものを挟んでるだって? はあー、はあー、はあー、何だそれは。親父、はーはー、なんて変な声を出さずに解説しろ。」 
榊原が石田に向かって解説を続ける。 
「なに、前の車から母親と子供が降ろされたって。つまり、小野寺はSDカードをペンチで破壊しようとしたんだ。そうして親子を解放させたんだな。よしよし、それでいい。」
携帯を耳に当て、うんうん、そうかそうか、などと頷いていた榊原が言葉を発した。 
「小野寺がバンに乗り込んだぞ。二台の車が動き出したそうだ。前の車は黒のセドリック。親子はその場に残された。おい、親父、しばらくそこで待機しろ。すぐに後を追っては気付かれる。」 
受話器から親父さんのガーガーという割れた声が響く。榊原が解説した。 
「そんなことは分かっているって。そうでしょ、そうでしょ、分かりました。はい、はい。」 
石田が携帯をリダイヤルする。韮沢捜査一課長がいらいらした声で叫けんだ。 
「まだ地下室は開いていない。もうちょっと待ってくれ。」 
「そのことじゃない。たった今、誘拐されていた親子が今開放された。場所は五色橋の近くの汚水処理場だ。すぐに保護してくれ。」 
うっと絶句するが、すぐに声が聞こえた。 
「小野寺親子が開放されたというのだな。分かった。ところで、高嶋方面本部長がそこにいたのか。」 
「高嶋が乗ったバンがそこにいた。それで十分だろう。」 
「だが……」 
「兎に角、親子を大至急保護しろ。身の保身のことはそれから考えろ。」 
今度は石田が携帯を切った。榊原が言った 
「二台の車がこっちに向かっている。」 
 二人は車をUターンさせて二台の車を待った。黒のセドリックと黒のバンが目の前を通り過ぎる。二台は海岸通りを直進し港南大橋に向かった。石田もかなりの距離を置いて後についた。二台の車は倉庫街へと進んだ。そして突然右折して一つの倉庫に入っていった。 

 石田達はゆっくりと倉庫の前を通過する。二台の車は道路から20メートル奥まった倉庫の前に停車している。見ると、男二人が倉庫の鉄の扉を開けているところだ。石田はその前を通り過ぎて、曲がり角を折れ車を止めた。。二人は車から降り、倉庫を覗った。 
 タクシーが走ってくる。親父さんだ。榊原が手を上げ、タクシーが曲がり角を折れた。タクシー運転手は疲れ切った様子で、領収書を打ち出している。石田が一万円札を差し出すと、それを鷲づかみにしすぐに立ち去った。親父さんの強引さに辟易した様子だ。 
 榊原が言った。 
「韮沢に、もう覚悟を決めろと言ってやれ。ワシ達で出来ることは限られている。あの倉庫を包囲するように説得するんだ。」 
 石田がリダイアルする。相手はすぐに出た。石田が怒鳴った。 
「おい、韮沢、俺達は今覚悟を決めているんだ。お前も覚悟を決めろ。」 
「ちょっと待ってくれ。今、正に開くそうだ。」 
石田の携帯を奪って榊原が叫んだ。 
「おい、韮沢、見そこなったぞ。貴様がそんな軟弱な奴とは思わなかった。」 
沈黙が続いた。そして韮沢が口を開いた。 
「榊原、本当に方面本部長がかかわっているのか。」 
「そうだ、何度でも言う。奴は北朝鮮スパイだ。もう覚悟を決めろ。」 
「分かった、何とかする。」 
またしても電話は切られた。 
「煮え切らん奴だ。」 
そう言うと、腰に差したリボルバーを引きぬいた。 
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