本当の自分

風見☆渚

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本当の自分~後編~

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~後編~


「鷹華!!鷹華はどこ!!今すぐ私のところに来なさい!!」
お嬢様の私を呼ぶ声は、静まりかえった深夜の広い屋敷中に響き渡り、住み込みで働いている給仕全員が目を覚ましたほどです。何事かと思いながら、いつものように私はお嬢様の部屋の扉を開きました。
「失礼します・・・」
と、小さく声をかけ入ったお嬢様の部屋は、物盗りでも入ったのでないかと疑うほど荒れていて、壊れた家具はもちろん破かれた洋服が床を埋め尽くしていました。
私は目の前のずさんな光景に状況が読めず、お嬢様に質問したのです。
「お、お嬢様・・・どうかされたのでしょうか?」
私が怯えながら小さな声でお嬢様に尋ねると、鬼の形相と化したお嬢様が私を見て、
「いいから!!早くこっちに来なさい!!」
と、そろりそろしと近づく私を腕を掴んで、近くにあったドレッサーの椅子に堅く縛り付けたのです。その直後、お嬢様は
「ちきしょー!!ちきしょー!!!」
と叫びながら、私をドレスの掛かっていたハンガーで滅多打ちにしました。
「ぁあ!!ぃ痛っ!!や!!やめてください!!」
何度叫んでも、何を言っても私の声はお嬢様の耳に届きませんでした。必死に痛みをこらえていた私は、生まれて初めて出した大声でやめてと言い続けましたが、逆にお嬢様の仕打ちは段々と激しくなっていきました。
「痛っ!!っ痛いっ!!やめっ、やめてください!!!!」
私の泣き叫ぶ声はお嬢様に届かず、一方的な仕打ちは1時間以上も続き、途中からい痛みを感じなくなり、遠くなる意識の中でお嬢様の鬼のような顔を見つめる事しか出来なくなっていました。

結婚相手から麗華の元に届けられた手紙には、『僕の人生で君ほどわがままで、強欲で醜い人間は見たことがない。君と結婚する事が、僕の汚点となる事は間違いない。だから君との婚約はなかったことにする。僕は他の女性と結婚するから、もう君とは会わない。さようなら。』という、一方的な婚約破棄を綴った内容が書かれていた。麗華は自己中心的な性格をしているが、似た者同士とも言えるほどに相手の男も自己中心的な性格をしているのであった。
麗華自身は相手の男とうまくいっている、このまま結婚することを疑わず交際していたのだから、麗華からすれば寝耳に水の手紙に怒りが腹の奥底から込み上げたために、部屋中の家具を倒し、目につくモノを全て引き裂いたのだ。そこへ現れたのが、今までおもちゃとして扱ってきた鷹華である。麗華は鷹華を拘束し、無抵抗の鷹華を痛めつける事で怒りの矛先を向けたのである。

ひとしきり鷹華を叩き続けた私は、気分がスッと晴れました。暴れてからどのくらいの時間がたったかわかりませんが、周りをゆっくり見渡したところで、うっすらの鷹華をいつものように痛めつけていた記憶は残っていたものの、周りの荒れ果てた様子に正直自分でも驚きました。そして目の前に座っている鷹華を縛っていた綱が緩んでいる事に気がついたので、どうやって部屋を片付けさせようかと考えながら鷹華をさがらせようとしました。
「鷹華!もういいわ!!さがりなさい!!」
と私が声をかけたのに、鷹華は椅子から動こうとしない。
私もさすがにやり過ぎたと感じ、鷹華の顔を覗き込みながら軽く肩を叩いたのですが、鷹華は抵抗することなく、そのままの姿勢で椅子から倒れ落ちてしまいました。
よく見れば、鷹華の体は前進アザだらけで、所々ハンガーの形にヘコんだ皮膚や、出血はもちろん部分的に肉がただれ落ちた場所からは骨が見えており、外から見てもわかるくらいの骨折もしているようでした。鷹華の意識はなく、もちろん呼吸もしていません。私の執拗な殴打により、鷹華は死んでしまったのです。
「きゃ・・・っ!!!」
私は叫び声を出そうとした自分の口に手を当て、冷静に現状把握で頭をフル回転させ、ここで大声を出せば給仕達が駆けつけてしまい、殺人現場を目撃されてしまうと思いました。
私は鷹華の遺体を部屋に倒れていたクローゼットへ無理矢理詰め込み、返り血で赤く染まった服を着替えると、お父様も元へ急いで向かいました。
(お父様なら、絶対なんとかしてくれる。私の危機を救ってくださるわ!)
私はお父様が職場としても使っている書斎へ全速力で向かい、到着すると手から血が出るほどの勢いで扉を叩きました。
(ドンドンドン!!ドンドンドン!!!)
「お父様!!お父様!!いらっしゃいますか!!
大事なお話があります!!今すぐにあけてください!!」
ただならぬ勢いで部屋の扉を叩く私の声はお父様に届き、書斎の明かりが灯った直後ゆっくりと書斎の扉が開きました。お父様は驚いた様子でしたが、涙で顔がぐしゃぐしゃになった私をゆっくりと書斎のソファーに座らせてくれました。
「少し落ち着きなさい。」
そう言ってお父様は棚の上に置いてある水挿しからコップに水を注ぎ、私に手渡すと私の前のソファーに腰をかけました。目の前に出された水を勢いよく読み干した私は、呼吸を整える事もなくお父様に事の全てを打ち明けました。
「・・・そうか。」
と言ったお父様は、胸元から取り出したたばこに火を付けたのです。想像以上に落ち着きすぎているお父様の態度に少しだけ恐ろしさも感じましたが、私は目の前で落ち着きながらたばこを吸っているお父様に重ねて救済を求めた続けました。
「お父様!!私は!!私は、どうしたらよろしいのでしょうか?!」
「まぁ、落ち着きなさい。大丈夫だから。」
不思議なほど穏やかな笑みを浮かべたお父様は、そのままたばこを吸いながら書斎の奥へと歩いていきました。暗がりでよく見えなかったけれど、書斎の奥で“ガコッ!ガラガラガラ”と大きな音がした後、書斎から出てきたお父様は私を手招きで呼びました。私は呼ばれるままにお父様の手を握り、書斎の奥深くへと連れて行かれました。
私はお父様に手を引かれたまま見たことのない狭い通路を歩いて行くと、そこには大きなガラスの容器が並ぶ不思議な部屋がありました。部屋の至る所にある大きなガラス容器をまじまじ覗き込むと、そこにはたくさんの鷹華が浮いていたのです。
「これはなんですか、お父様?!」
「これは、“鷹華達”だよ。いつも父さんが鷹華の遊び相手をすると、すぐ壊れてしまうからね。だから予備をたくさん作っているんだよ。
この部屋のコトは内緒だよ。誰かにしゃべったら、麗華でも・・・」
頭の中がパンクして事態が飲み込めなくなったのか、私はそのまま眠るように意識を失ってしまいました。
気がつくと、私は見慣れた天井といつものベッドで目を覚ましました。驚くことに、酷く荒れていた部屋はすっきりと片付けられ、いつも通りの整った部屋になっていました。さっきまで悪い夢でも見ていたのだろうと思いながら、私は恐る恐るクローゼットを勢いよく開けましたが、そこには見慣れたいつものドレスが敷き詰められていました。
鷹華の事は夢だったかと思いながら部屋の隅にある机を見ると封の開いた手紙が置いてあったのです。内容は交際していた男性から婚約破棄に関する手紙だったので、これは現実だったのねとため息が漏れてしまいました。まだ混乱していたけれど確かめなくてはいけない事があったから、いつものように鷹華を部屋に呼びつけたのです。
すると、
「はい・・・お嬢様、どうかされましたでしょうか?」
と、いつもの様に小さな声で鷹華は私の部屋に部屋に入ってきました。昨日は何か変わったコトがなかったか尋ねると、鷹華は斜め下にうつむいたまま小さな声で答えました。
「昨日は悲しいことがあったからと、部屋でお休みになられていました。」
どうにも夢と思えなかった私は、その場で鷹華を脱がせ全裸にしましたが、骨折の跡はもちろんアザ一つすら見つけられませんした。
「もういいわ。さがりなさい。」
きっと昨日のコトは夢だったのだと安心した私は、下着すら付けていない裸のままの鷹華を部屋から追い出し、ドレッサーに座りました。
その直後恐怖に怯えた私の叫び声が広い屋敷中に響き渡ったのです。
「っきゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
私の叫び声に驚き、急いで駆けつけた給仕達が私の部屋に入ろうとしましたが、
「来るな!!!誰も私の部屋に入らないで!!!」
と叫びながら、全ての人を部屋から追い出したのです。
だって、私が覗いたドレッサーの鏡に映ったのは私じゃなかったのです。私は怯えながら、もう一度鏡に映る自分の姿を確認しましたが、目の前の映った女性の顔は、夢だと持っていた場所で見た大きなガラス容器に入った鷹華の顔そのものだったのです。
そこで私は、ふと思い出しました。さっき部屋で全裸にした鷹華の顔は、見慣れた私の、自分の顔だったのです。


「先生、私の記憶は、ここで、途絶えて、います・・・・・・」
「はい、じゃぁ今日はここまでにしよう。お疲れさま。」
先生と呼ぶ男性の指示でうっすらと目を覚ました私は、病院のベッドで横になっている。
名前は、高見屋洋花。今年で20才になった私は、地方銀行で働くごく普通のOLです。私は18才までの記憶がなくて、時々パニック症状に悩まされているから、定期的にこのクリニックに通っているの。今日はその受診日。催眠療法っていうのかしら?
でも、治療中の記憶とかよく覚えていないから、施術後先生にどうだったか聞いて帰るだけなんだけど、もう1年くらい通っているの。
「先生、今日はどうでしたか?」
「いつもとかわらないね。あまり過去の記憶は気にしない方がいいのかもしれない。
思い出す事が大事じゃなく、今の生活を続けられるようにしていくことが大事だからね。
お大事に。」
「ありがとうございます。先生。何か思い出したらお知らせしますね。」
いつもこんな感じで先生からは過去の記憶は中々出てこないって言われている。
でも、もうすぐ私も結婚だし、過去じゃなくてミライを見なきゃ。
「じゃぁ、また来月受診に来ますね。ありがとうございました、鷹宮先生。」
「うん・・・お大事に。」
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