私だけが好きだったはずなのに

一食分

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鬼が出るか蛇が出るか

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「それで…どうするんスか?」


執務机に重なり積もった書類や分厚い本に地図、それ等がスムーズに片付いていく。そうして、やっと顔が見えた頃に部下の男は声をかけた。身体は完全にソファに預け切ってしまっている。

「お前…本当に爵位を買いたいのか?」

書類から覗いた焦げ茶色の瞳はとても優しげなのだが、目線を向けられた男は飛び上がるように背筋を正した。

「な゛っ…あーっ…あれはっ、例えの話じゃないっすか!それよりもっ」

「…あぁ、そうだな」

目を通した書類にサインをし、顔を上げたところで丁度よく扉をノックする音が響く。

「主様、お茶をお持ちしました」

「入れ」

「失礼いたします」

メイドが扉を開けると男2人のむさ苦しい執務室に紅茶の香りが広がり、肩の力が抜ける。

「フェリシアさーん!聞いてくださいよー」

フェリシアと呼ばれたメイドはソファに座る部下の嘆きをまるで聞こえていない素振りで、ティーカップに紅茶を注ぐ。全ての動作がロボットのように完璧な彼女は主を前にズレてもいない眼鏡を片手で持ち上げた。

「お嬢様はお眠りになられました」

「そうか。君の意見を聞かせてくれ」

「そうですね。見目は然ることながら指先から御髪、お召し物まで、どう見ても大切に育てられた貴族令嬢…なのに私達、使用人に対する振る舞いや物の扱い方に慣れていない…着替えや湯浴みもご自分で為さりたい、と。感情も読みやすく、なんと言ったらいいのでしょうか、チグハグしたお嬢様…ですね」

「危険そうか?」

「一概には申しあげられませんが、暗器や精神魔法等を使用する様子は見受けられませんでした…その、瞳の」

「ああ、いい」

「失礼しました。表情が分かり易く、本当にお疲れのようで…今の所は危険性は低いと思われます」

「分かった。ありがとう。そのまま監視を続けてくれ」

「畏まりました」

フェリシアが一礼し、部屋を去る。

「フェリシアさん、美人だけど冷たいなぁ…だがそこがいいっ!…でも笑うともっと可愛いんだろうなぁ」

「…フェリシアはよく笑うぞ」

「えっ!まじすか?見てみたいっス!あっ、リリーちゃんですかねっ?リリーちゃんに優しく笑いかけて…あぁ、天使なんだろうなぁ…」

「いや、んー、まぁ、いつか見られるだろう」

浮かれてクッションを抱きしめる部下を横目に共和国の資料を読み直す。

「共和国には色素の薄い髪、青と緑の瞳しかいない、それに今「赤」を拒絶している…んでしたっけ?」

ティーカップに手をかけた部下が、そう言って紅茶を一口飲み込んだ。

「この周辺一帯、彼女の居場所は何処にもない。一体どうやって此処まで来たんだろうな…」

「報告によると孤児らだけを教会に転移させたんすよね?魔道具かなにかを持っていて、たまたまそれの調子が悪かったんじゃないすか?」

「あの身なりで知らない土地に令嬢1人…貴重な魔道具を他人の為だけに使うと思うか?考え無しもいいとこだ…それに今、教会にとって、あの色は『畏怖』の対象なんだぞ」

「孤児を保護するのが目的でお嬢さんには移動手段が別にある…とか、あっ!めっちゃ魔法得意とか!」

「だったら私達に大人しく従うわけがないだろう、それに門前の結界に気付いて既に逃げているはずだ…はぁ、まるで断崖絶壁で優雅にダンスを踊る子供を見ているようだな」

「なんなんすか?その例え」

「……」

咳払いをし、乱暴に紫紺色のネクタイを人差し指で緩めると大きく息を吐いた。

「ロイとジェイが帝国から戻ったら、お前が王都に行け」

「えぇー」

「帝国騎士の第二部隊が帰還した、皇女の護衛が終わったそうだ、団長と顔を合わせるチャンスだと思うんだがな」

「……りょーかいっス」

「あの子を頼んだよ」

部下は姿勢を正し一礼すると退出する。

1人残った辺境伯領の主、シリウス・ウォードは遂に緩く掛かるネクタイを解いた。

「鬼か蛇か…子供に小さな希望を抱いてしまうとは…私も弱ってしまったな…」

長く止めていたはずの煙草に当たり前かのように火をつけて、執務机に置いた写真立てを持ち上げ見つめると優しく伏せた。

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