獣の楽園

平野耕一郎

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第一章 七川蒔

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 奥の個室に呼び出されると鮫島エステハウスの社員が三名、男が五名向かい合うようにして待っていた。

 蒔は伺うような目で客先の男たちを見た。どれも中年ばかりでいかにも酒席が好きな連中ばかりだ。

「お疲れ。待ちくたびれてしまったよ。鮫島は粒ぞろいの美人がそろっているね」

 始まったと蒔は嫌な思い出が蘇る。新人のときにグループ合同の懇親会で男たちに絡まれた。鮫島エステハウスの採用は九割が女性で、可愛い女性が多くいる。当然男のいやらしい目が注がれる。あのときと一緒だ。

「大変遅くなりましたが、今回の御社との取引を踏まえ、無事に新店舗の開店を祝いまして。乾杯」

 時間がたつにつれて男どもが目当ての娘を見つけて言い寄ってくる。大和建設は鮫島グループにとって重要な客先だから邪険にはできない。蒔がお酌をするのは篠塚という部長だ。

 相手の役職相当する立場の者が接待をする。部長が出てきたのに自分が欠席するわけにはいかなかった。

「君、いくつ?」

 今時年齢をいきなり聞くなんてあり得ないのに。

「三十五になります……」

「ほお、若いね。その年で部長とは。鮫島もいい人材に恵まれたものだね。さあ、君も飲みなさい」

 日本酒は嫌いだったが、付き合いだ。仕方ない。

 そこからは延々と鮫島グループの先代との付き合いなどについて語り始めた。

「少し失礼しますね」

 さすがに酔ってきたみたいだ。ふらりと足がもたついた。障子を開けてトイレに向かう。日本酒とは相性が悪い。

 トイレから出るとぼそぼそと話す声がした。そば耳を立てると夕の声だと分かる。

「さっきは何を話していたの?」

 夕の澄んだ瞳が今ばかりは胸糞が悪い。

「ははーん。色目遣いか。抜け目ないわねえー」

「何のこと?」

 挑発には乗らず夕はやり返してきた。

「生意気なのよ。あなたは。誰のおかげで今の立場があると思っているの? 今日だって……」

「酔っているの? 無理しないことね。あなたは部長だし」

 うるさい、と言いたくなったが人目に触れたら厄介だ。

「後悔するわよ。態度を改めないと」

 夕は何も言わず酒席の場に戻る。

 そこからまた飲まされ、頭痛がしてきた。もう帰りたい。料亭の外に出ると、男どもはお気に入りの女を決めて言い寄る。

「あの……私はこれで」

 静々と挨拶をして帰るつもりだった。

「待ちたまえ。そう急ぐこともないだろう」

「いえ、その……」

「うちとの関係は大体二次会からだよ」

「分かりました……」

 二人きりにならないほうがいい。でも連れて行かれたバーでは知らぬ間に周りがいなくなっていることに気づいた。

「さ、次だ。わかっているだろ?」

「本当に、そろそろ……」

「まだ君も若いだろ。こういう場は断るべきじゃないぞ」

 若さが何の関係があるのか。もういやだ。だから男は嫌いだ。

 ふらふらする足取りでどこかに誘われている感じがしていた。

「ここのホテルによく行くのさ」

「嫌です……あの、もう帰りますから」

「無理だよ。少し付き合ってもらおうか?」

 ギュッとがっちりとつかまれた。手を振りほどくほどの力が蒔にはない。

 エレベーターに乗り、ふらふらとした足取りで引っ張られるように連れて行かれる。押し倒されるようにベッドに蒔の体は落ちていく。ばったりと崩れ落ちた体に力が入らない。

「ようやくだ。時間がかかった」

 うっすらと開く視界の先にオレンジの輝きがある。誰かがいる。

 もうわからない。

「誰ええ?」

 ぼそぼそと誰かがつぶやく。胸元に何か固いものが触れる。

「綾さん?」

 酔った自分を向かいに来たのだろうか?

 蒔は自身の体に纏わりつくものが何か理解していなかった。

「くすぐったい……」

 どうしてこんな……

 綾にしてはガサツだ。ああみえて淡白なのに。貪りつくような下品な行動を綾は取らない。

「いやだ、離れてよ……」

「契約はいいのか? 困るだろ?」

 ピクンと体が痙攣する。

「だめ……」

 体を縛り付けていたものが一気に弛緩した。全身が湖に浸かっているようだ。

「気に入ったよ」

 そこからあらゆる凌辱が始まった。

 あ、あ、とうめき声がした。下腹部に流れ込む感覚がして、顔にぬるりとした感触を覚える。

「初めてなのか?」

 綾じゃない?……

 気づいたときには遅かった。このまま死んでしまいたかった。

 蒔はカーテン越しに差し込んだ朝日で目覚めた。頭が痛い。どこか変だ。ずいぶんと澱んだ部屋だ。何よりもタバコ臭い。

 恐ろしいことが頭によぎる。

 嘘、待って……

 蒔は思い出そうとした。昨日のこと。夕が取ってきた新規契約に伴う客先との懇親会。酒が進み、帰り道タクシーを拾おうとした。それを引き留める男の手。振り払おうとする自分は歩いて帰ろうとしていた。そのあとは……

 全くと言っていいほど記憶がない。

 いや、そんなこと……

 酒席の場は何度か行ったことはあるが、今回のようなことは初めてだ。

「お目覚めかな?」

 ダミ声が頭に鳴り響いた。自身が一糸も身に纏っていない状況だということに遅れて気が付いた。とたんに羞恥の感情が芽生える。

「君、よかったよ。悪くなかったよ」

 昨日の酒臭さプンプンと漂う。最悪だ、何でこんな男と。少し飲んだだけなのに。どうして……

 そっと肩に手が乗る。べたついた感覚に蒔は体を震わせる。

「やめてください。なんで?」

 一度味を占めた男が次に何を求めてくるかわかる。今の様を男は楽しくて仕方ないだろう。

「そう怖がらなくてもいいじゃないか。お酒は怖いね。お互い気を付けないとね」

 ニタニタとした脂ぎった顔にわかっているだろという圧が感じられた。ここで無理やり連れ込まれてやられたと訴えていたら、契約自体が台無しになる。そうなれば綾の顔に泥を塗ることになる。

 そうなれば破滅だ。

「今後こういうことは、やめてください。困ります」

「言いたいことはわかるが……店の件、困るだろ? うちはずっと古くから鮫島と付き合いがある。別に、取って食おうというわけじゃない」

 手駒にされている。この男には逆らえない予感がした。

「もう一つ名刺を渡しておこう。興味あればいつでもおいで」

 名刺には『株式会社ハピネス 社長 笹川守信』と書いてあった。事業は人材紹介業とだけ書いてあった。
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