獣の楽園

戸笠耕一

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第二章 宮内恵

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 やっぱりまだ終わらないわ。これまでの人生は苦難の連続だった。家に借金取りが来たこともあった。経営が苦しくなり父は暴力を振るうようになって挙句死んだ。

 ガランとした部屋に一枚のレターパックが届いた。中身は幾枚かの写真が入っていた。写真を見たとき恵は心臓が飛び出る思いで、周りを確認する。

 何よこれ?

 誰かに見られていたのとでもいうの?

 写真は亡父の学を埋めた写真だった。黒いフードに身を包み懸命に穴を掘っている。その素顔は険しく、目は血走り悪魔の化身だった。

 胸がざわつく。最後に紙に住所と日時が書いてあった。この時間に来いということだ。何者かが自分を脅迫している。
 
 恵は頭を抱えた。散りばめられた写真は自分なのだ。父を殺したのは自分。覆しようのない事実にどうすることもできなくなっていた。写真を何としても始末しなければいけない。

 当日、指定の場所に向かった。そこにいたのは思っても見ない人物だった。

「あなた……」

「お久しぶりね。とっても久しぶりでもないかしら」

 園田耀。化粧気もなくどこか地味な佇まいの女だった。学生時代から綾の後ろに隠れ、いつも涼しい顔で笑っている印象があった。

「こんなものを送ってどういうつもり?」

「お仕事なくて大変だって」

「誰のせいでこんなことに……」

 恵は唇を必死に噛んで怒りを抑える。耀は綾のいわば側近。昔から綾のためにあれこれと動いていた女だ。今回も耀が一枚かんでいるのはわかる。会社独立

「そう憎むことはないわ。私はあなたを助けたいのよ」

「いやよ。誰があんたなんかの!」

「いいのかしら? そんな風にお誘いを断ったりしてもいいの? 私が送ったもの見たでしょ」

 耀はトントンとカウンター席のテーブルをたたいた。耀が絶対に逆らえないよう進んでいる。

「目的を言いなさいよ」

「綾を引きずり降ろしたいの。だから協力してくれない?」

「何言っているの?」

「本気よ。綾の我儘に振り回され涙をのんだ人間は大勢いる。あなたも、私も……」

 耀は少し顔を背ける。

「あなたに協力したら……見返りは何?」

 千載一遇のチャンス。いや、罠かもしれない……

 耀は自分の計画を潰したのだ。今回も同じことを。

「白鷺エステの再建でどうかしら? もちろんあなたの会社の特許は移譲して、持ち株会社の下に白鷺と鮫島の屋号で経営するの」

 恵は黙り込む。おおよそ信じられないという顔つきで耀を睨む。

「ふふ、あのときは仕方がないのよ。あなたが性急すぎたから止めるしかなかった。私としては最善の形だと思っていた」

 信用以前に問題に、恵は自分には後がないことがわかる。

「もし裏切りでもしたら……」

 ぎゅっと拳が握りしめられる。

「殺すわよ」

 鉛のように固くなった拳に柔らかいクリームのような手が乗った。

「好きにするといいわ」

 今更何も失うものなど何もないのだ。終わりがどうなろうと構わない。もし身が危うくなったら、綾ともどもこの女も道ずれにして死んでやる。
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