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風の世界の童話|わたしは飛びたい【連作短編】

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わたしは、自分が一体何者でどこから来たのか、考えていました。

実は自分と似ているな、と思う人があまりにも多かったのです。


そこへ、わたげさんがやってきました。
わたげさんは、感覚や感性が素敵だな、とは思いますが 全く似ていません。

わたげさんは笑(いながらいいます。
「あなたのエートスほど、わかりやすいものはないわ。」

でも、わたげさんは答えをくれませんでした。



群れているマンボウさんの群れに入っていったわたしは、確かに泳ぐことも得意だし、仲間を作れるマンボウさんって素敵、わたしは彼らと同じかしら?と思いました。

でも、ずっと泳いでいると苦しくなって、右と言えば右に、左と言えば左に動く群れからしだいにそれてしまいました。


息をするために地上に上がるとわたげさんは笑っていました。
「あなたは水の中では息ができないじゃない? なぜ、水の中に行くの?」


わたしは意味がよくわかりませんでした。
わたしは泳ぐのも得意だし、永らく泳いできた気がするのです。

そこへ、クリオネさんがやってきました。
「あなたは私とよく似ているわ、一緒に宣伝をしましょう!」

さて、わたしは悩みました。宣伝するとは、どうすることなのか? クリオネさんは、ふわふわその美しい羽を広げて、くるっと回り、宣伝(せんでん)します。


あぁ、わたしも、クリオネさんのように素敵な羽があればいいのに、わたしもクリオネさんのように目立てたらいいのに。

水の中にいるわたしには、わたげさんの声は聞こえません。

「わたしはクリオネじゃないんだわ…。」
そう言ってわたしは、海底まで降りてゆきます。



海底ではゆらゆらとチンアナゴさんたちが踊っています。
わたしも真似をして海底に足を埋めてみます。

あぁ、水の流れはなんで楽なのでしょう。
「うふふふ、たのしいね、うふふふ、海は綺麗だね」

そこにアザラシさんがやってきました。
「おやおや? おい、そこの君。君には足があるのだから、掃除を手伝え!」

え?そうか、わたしには足があるのね。
「では掃除(をするわ。」

「おいおいおいおい、君は空を飛べるんだから、海底担当じゃなくて、地上の担当になってくれよ。僕たち地上ではすごく遅くて大変なんだから!」

そうか、とわたしは地上まで上がり、掃除を始めました。

そこに大きなセイウチさんがやってきました。
「やあやあ、兄弟。掃除おつかれさま。」

兄弟(きょうだい)?わたしはセイウチさんなのかしら。

「僕らはここで巨大なコンピュータを使って計算をしているんだよ。君も一緒にどう?」

「わたしもプログラミングは好きよ」。

そう言ってわたしはチコチコといっしょに計算を始めました。
ところが、どうも話が違います。

「えっと、ここをこうしてここをこうして…。」

「セイウチさん? 確かこの仕組みは、掃除を全自動する仕組みでは?」

「もちろんそうだよ。」

「でもセイウチさん、これでは、掃除ではなくて洗濯のような気がしますよ?」

「掃除と洗濯は同じじゃないか、どちらも綺麗にするものだろう。そんなことを言っているようでは先が思いやられるよ、君も早くプログラミングを始めたまえ」


わたしは悲しくなりました。

わたしは出来損ないのセイウチか、それともセイウチさんとも違うのか。


そこへ、にんぎょさんがやってきました。
「悲しまないで楽しいことをしましょう!」

にんぎょさんは、おしゃれなものを教えて紹介してくれました。

わたしはワクワクして元気になってきました。

お化粧をして綺麗になったり、素敵な宝石を身につけるうちに、自分はこんなに楽しめるのだからにんぎょなんだわ、と思うようになります。


ところがだんだん飽きてきます。
夢中になれていたはずのものが、かすんでくるのです。

わたしは落ち込み、また水の中を漂いました。

ふわふわっ、ふわふわっ!

くらげさんがやってきます。
「あなたはとーっても素敵(すてき)!」

あぁ、わたしはくらげさんと共(とも)に生(い)きてゆくのかしら…。

ふわっふわっ!






ある夜のこと。
わたしは、音を聴きました。

まるでそれは起きなさい、と言うような。
まるでそれは、魂を震わせるような。

このままではいけない!と陸に上がろうとすると、自分と似たような仲間が集まっていました。


海辺に行くとそこではわたげさんがオカリナを吹いていました。
それからわたげさんは、ひとりひとりに花冠をくれました。

私たちはそれから、いく晩も話をしました。
時には海の中から時には陸に上がって話をしました。

あぁ、このみんなと話すと、未来に希望が見える、でもなんて苦しいんだろう。
自分は今まで何をしていたのか恥ずかしくて仕方ない。


「恥ずかしがることはないわ。」と、仲間のひとりが言いました。

「わたげは水の中に入らないけれど、あれは多様性がわかってないわ。
いろんなエートスのことを理解すべきよね」


そう言われると、わたしは疑問に思いました。

わたしはいろんなエートスになってみたから、分かります。

わたしと彼らは少し似ているし、少し違う。だから、迷うのです。
生きる場所も選ぶことができないのです。

わたげさんは、苦しみながらもずっとそらを浮いています。


彼はずっとそこにひとりでいたのです。



「なぜ、水に入らないのですか。」

「入らないのではなくて入れないのです。でも私は、いずれ、みなさんがここで生きていくことを知っています。」

ふと、仲間を見渡しました。そこには二種類のエートスがいたのです。

よいっしょ、と空を飛んだ仲間がいました。
そらとぶぺんぎんです。

ふと、隣を見ると彼らは手を振っていました。
タツノオトシゴさんです。

タツノオトシゴさんは言いました。
「私(わたし)は飛(と)ぶつもりはないわ。」

わたしは飛びたい、と思いました。




わたしはぺんぎんなんだ。




そう気がつくとわたげさんは笑っています。

あなたならそらも飛べるはず。

あなたなら、他のエートスの気持ちもわかる、あなたなら同じ仲間を見つけられる。



わたしは泣きました。

わたげさんの目にも一筋の涙がこぼれ落ちました。



大丈夫、あなたなら。

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