怪奇蒐集帳 続ノ篇(短編集)

naomikoryo

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18)最後の弔問

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――棺の蓋を開けて初めて、“誰が死んだのか”が分かる。

【1】静かな住宅街の訃報
千葉県某所、旧分譲区画の一角にあるごく普通の住宅地。
その街の端に建つ、一軒の古びた洋風住宅に、喪服を着た人々が静かに集まっていた。

告別式は家族葬形式で行われると案内状にあった。

差出人は──「稲葉家」。

受け取った人々は、こう思った。

「あれ? 誰が亡くなったんだっけ……?」

ご近所付き合いのあった者たちも、顔は思い出せるのに、「稲葉さん」の下の名前を誰も知らなかった。

一家の人数も、構成も、話題に出たことはあるのに、不思議と“記憶が抜け落ちている”。

まるで、そこに住んでいたのは、“顔のない家族”のようだった。

【2】棺の中
通されたのは、重苦しい応接間。

香典を渡すと、喪主らしき女性──稲葉と名乗るが名字しか明かさない──が、小さく会釈してこう言った。

「最後のご確認を、お願いできますか?」

部屋の中央には、白布をかけた棺。

だが、告別式が進んでも一度も“誰が亡くなったか”が明かされない。

ナレーションもなく、遺影もない。

不審に思いながらも、誰も声を上げなかった。

だがひとりだけ、好奇心に勝てなかった男がいた。

近所に住む元教員、石原善之(いしはら・よしゆき)。

「失礼ですが……どなたが?」

喪主は静かに微笑んで言った。

「確認してくださった方だけが、覚えていられるんです」

その瞬間、部屋の空気が変わった。

石原は、震える手で棺の布をめくった。

中にいたのは──目を開いたままの男だった。

だが、その顔を見たとたん、石原は息を呑んだ。

「……これ、私だ……」

【3】その後の石原
翌日、石原は自宅で倒れているのを発見された。

脳梗塞。意識は戻らず、搬送先の病院で亡くなった。

死亡推定時刻は、前夜の告別式の時間帯。

新聞の訃報欄には、こう記されていた。

「石原善之 様 ご逝去(享年71歳)」
「葬儀はすでに執り行われました」

ご近所はざわついた。

「石原さんって、昨日、稲葉家の告別式に来てたよね?」
「……っていうか、あのとき“誰が亡くなってたんだっけ?”」

誰も思い出せなかった。

稲葉家の名前すら、気づけば地図から消えていた。

【4】“弔問者リスト”の謎
不動産管理会社の資料に、かつての稲葉家の名義が残っていた。

名義人:稲葉真理
入居:1998年
世帯人数:不定(毎年変動)
特記事項:固定資産税納付者は“変わり続けている”

管理人の証言:

「変な話なんですけどね……あの家、弔問客が来るたびに、誰かの名義に変わってるような気がするんですよ」

「気づくと、“確認した人”の名義が追加されてる。つまり“死んだ人”じゃなく、“棺を見た人”が……」

【5】二度目の案内状
数週間後、別の住人のもとに、再び稲葉家からの案内状が届いた。

「最終確認のお願い」

今度の喪主の名前はなかった。

手紙の文面には、こう記されていた。

拝啓 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、かねてより病床にあった者が静かに旅立ちましたこと、ここにご報告いたします。

つきましては、“最後の弔問”をお願い申し上げます。

※遺体の確認は、必ずお一人ずつお願いいたします。
※棺の中を見た方の情報を記録いたします。

敬具

【6】ある一家の訪問
今回は、4人家族がそろって弔問に訪れた。

父、母、息子、娘。
それぞれが順番に棺の蓋を開け、確認を求められる。

娘が「見たくない」と拒否すると、喪主は微笑んで言った。

「では、お嬢さんが“見られる側”になりますね。」

母が慌てて「代わりに見ます」と申し出た。

喪主はうなずく。

「“見るか、見られるか”を選ぶだけです。」

父が棺を開けると、そこには娘が眠るように横たわっていた。

娘は、実際には背後で震えていた。
それでも、遺体の顔は、彼女そのものだった。

喪主はそっと言った。

「これで、“最期の姿”が確定しましたね」

【7】記録される名前
翌週、地元の広報誌に火葬済の記録が掲載された。

そこには、弔問者4名の名前がすべて記載されていた。

しかし、その4人はみな、生きている。

ただし、「住所」「顔」「声」など、どこかの情報が微妙に“他人のもの”になっていた。

知人から「あれ?声、違わない?」「昔こんな顔だったっけ?」と聞かれるたびに、
彼らは、自分が**“誰かの葬儀を背負わされた”**のではと疑い始める。

【8】あなたの番
もし、ある日ポストに白封筒が届いていたら。
差出人もなく、文面にはこう書かれていたら──

「最終確認のお願い」

あなたは、行きますか?

そして、棺の蓋を開けたとき。

そこに眠っているのは、まだ“死んでいない”誰かかもしれません。

あるいは──確認したあなた自身かもしれない。
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