春燈に咲く

naomikoryo

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第十話:嫉妬と距離、泣きたいのはどっちだ

「慶次郎さま、よろしければ、これご一緒に見ていただけませんか?」

梨瑚の澄んだ声が、帳場の奥まで響く。

その日は、嶋屋の娘・梨瑚が二度目の訪問に現れた日だった。

挨拶方々、呉服の目利きにも興味があるのだと言い、女将のたえにすすめられて店内を回っていたのだが――

「この牡丹の柄、まるで生きているようですね。さすがは蓬莱屋」

「……ま、悪くはねぇと思う」

そう言って、隣に立つ慶次郎。

一見、普段通りの無愛想な顔。
だが梨瑚のほうは、そんな素っ気なさも“男らしさ”と受け止めているようだった。

「慶次郎さまが薦めてくださるなら、わたくし、これを持ち帰りますわ」

「は?」

「お家に飾って、いつでも蓬莱屋を思い出せるように」

うっとりとした笑みで見上げる梨瑚。

その光景を、店の隅から見つめていたのは、他でもないうららだった。

反物の整理をしていた手が、ふと止まる。
無意識に、指先が生地をぎゅっと握っていた。

(……あんなに、自然に並んで)

(あたしが、入れる場所じゃない)

彼女の着物は奉公人のもので、帯も地味な藍染。
一方で梨瑚の装いは華やかで、身のこなしには一分の隙もない。

背筋がピンと伸びた姿は、どこから見ても“嫁の器”。

(これが、若さまの隣に立つ人……なんだ)

わかっていた。
わかっていたはずなのに。

目の前で、それを突きつけられるのは、
思っていたより、ずっとずっと辛かった。

◆◇◆

「――うらら」

閉店後、道具の片付けをしていたところに、慶次郎の声。

うららは一瞬、ぎくりと肩を跳ねさせた。

「はい……」

「ちょっと、手伝え」

「何をでしょうか」

「帳場の木箱、重いから。裏まで持ってってくれ」

それだけ言って、さっさと歩き出す慶次郎。

(……昔なら、何でもなかったのに)

その背を追いかけながら、うららは胸が詰まるようだった。

「……なあ」

裏庭に出たところで、慶次郎が急に立ち止まる。

「はい?」

「……お前、最近、避けてるだろ」

「そ、そんな……こと……」

「俺が話しかけると、なんか急に冷たくなるし」

「そんなこと、ないです」

「ある」

声が、低く響いた。

「俺、バカじゃねぇよ。気づくよ、そんくらい」

(……気づかれてた)

うららは、顔を伏せて唇を噛んだ。

「じゃあ……若さまは、気づいてないんですか?」

「……何をだよ」

「今日のことです」

「……今日?」

「嶋屋のお嬢さまが、どんなふうに若さまを見てたか」

慶次郎が、言葉を詰まらせた。

「わたしには、わかりました。あの方、若さまのことが……お好きなんだと思います」

「……」

「綺麗で、品もあって、ああいう方が若さまのお嫁さんになるんですよね」

「おい、うらら――」

「……だから、わたし、もうこれ以上……」

言いかけたときだった。

ぱん。

音がした。

慶次郎が、うららの手を強く握っていた。

「……それ、勝手に決めんな」

「若さま……?」

「誰が、お前が身を引いていいなんて言ったよ」

「だって……」

「俺は、お前がいない店なんて想像したこともねぇ」

「でも……あたしは……奉公人で……」

「関係ねぇ」

その目は、真っ直ぐだった。
一切の揺らぎも、迷いもなく。

「お前、俺のこと好きじゃねぇのかよ」

「――っ」

心臓が、止まったかと思った。

「俺は、好きだ。……お前のことが好きだ」

「……」

「だから、誰にもやる気はねぇし、誰にも譲るつもりもねぇ」

ふすまがない裏庭の陰で、
慶次郎の熱が、その言葉のまま伝わってくるようだった。

「うらら……返事、聞かせてくれ」

うららは――

口を開きかけた。

だが、その瞬間。

「慶次郎! うらら!」

女将の声が響いた。

「――くそっ」

慶次郎が苛立ちをこぼす。

「行きましょう……」

うららは、顔を赤らめたまま立ち上がる。

(言えなかった)

(でも……)

心の奥にあるものは、もう、はっきりしている。

この気持ちは、恋だ。
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