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第十九話:密やかな証言、うららを貶める罠
蓬莱屋に、一本の書状が届いた。
それは、町役人の書記からであり、
内容はこうだった。
「蓬莱屋にて金銭の横流しを行った者がいるとの訴えがあった」
「つきましては、関係者より事情をお聞きしたく……」
慶次郎は書状を読んだ瞬間、拳をぎゅっと握った。
「……来たな」
女将・たえは顔色ひとつ変えずに呟いた。
「告発。予想していた通りね。
このタイミングで“横流し”だなんて、あまりにも分かりやすい」
「誰が告発したかは?」
「記されてない。ただ、“ある商家の番頭”としか……」
「間違いなく、嶋屋と繋がってる奴だ」
伊兵衛が低く呻くように言った。
「だが……厄介なのは、“証言”があるという点じゃ」
「ええ。疑いは証拠にならないが、“証言”は町役人が動く理由になる」
「……なら、証言に証言をぶつけるしかねぇな」
慶次郎の目に、静かな炎が灯る。
◆◇◆
三日後。
蓬莱屋の座敷に、町役人がふたり現れた。
証言者として名乗り出たのは、
“かつて蓬莱屋に短期で奉公していた”という若い男――辰吉(たつきち)と名乗る者だった。
「拙者、三年前、夏の盛りに三月ばかり奉公しておりました」
「……見覚えがないな」
たえが座敷奥からじっと見つめる。
辰吉は一礼し、続けた。
「その折、帳場の米代金の銭袋を整理しておったのは、たしか“うらら”という娘でありました。
ある日、その袋の中から銀一枚が消えており――
それを見たのは拙者のみ、誰にも言えず……しかし今思えば、あの者こそ……」
「くだらねぇ」
慶次郎の声が静かに座敷に響く。
「その“銀一枚”があったという証拠は?」
「記録はございません。しかし……」
「それを“あの者が取った”と断ずる理由は?」
「……その場に、他に誰も――」
「証言なら、こっちにも山ほどある」
その瞬間、奥から一人、二人と人が現れた。
おふじ、おその、年配の女中たち、
帳場を手伝う若い手代、台所番の職人――
皆、順番に座し、証言を口にした。
「うららが、金に手を出すような人だなんて、あり得ません」
「一日中、働き詰めでした。疲れて倒れることはあっても、店の品に触れることはありませんでした」
「米代の袋は、若旦那と女将さまの目が届くところでのみ扱われておりました」
「辰吉とかいう者が何をしていたか、私たちは存じております。
勝手に裏口から甘酒を盗んだり、台所に忍び込んだこともあった。
奉公は三月で打ち切りになったのも、その不誠実さゆえ」
辰吉の顔色が、見る間に変わっていく。
「ち、違う……!」
「まだ言い訳をするか」
伊兵衛が睨みつける。
「ここは商家。出入りする者の評判は、町に筒抜けじゃ。
お主の顔、もう町に出せんぞ」
辰吉は立ち上がろうとするも、
町役人が静かにその袖を取った。
「証言に偽りありと見なせば、それなりの沙汰が下される」
「ち、違うんだよ……! わしは、ただ……梨瑚さまに頼まれて……」
「――梨瑚?」
その名を聞いた瞬間、座敷の空気が凍りつく。
辰吉は慌てて口をふさぐようにしながら、
「言ってない、言ってない!」と顔を伏せた。
けれど、遅かった。
役人が顔を見合わせ、伊兵衛が深く息を吐く。
「……やはり、そういうことか」
「嶋屋の名は出さなかったが、もう十分」
たえがゆっくり立ち上がり、
役人に向かって頭を下げる。
「このたびの件、蓬莱屋が無実であると証明されました。
また、虚偽の告発を行った者の出入りについては、町方に一任いたします」
「了解いたしました」
辰吉は、ひとり引き立てられていった。
◆◇◆
騒動のあと。
うららは、座敷の隅で座っていた。
何も言わず、目を伏せたまま。
そこに、慶次郎がそっと隣に座る。
「……お前が泣かなくてよかった」
「……泣いてたら、誰かの思う壺ですから」
「強くなったな」
「……違います。
守ってくれる人が、たくさんいたからです」
「俺も、何があっても、お前を信じる」
「……ありがとう」
そう言ったあと、ふと、うららが顔を上げる。
「でも、これで終わりじゃないと思うんです」
「……ああ。奴らはまだ動くだろうな」
「だったら、こっちも負けません」
「蓬莱屋の嫁として、ってやつか?」
「いえ。うららとして、です」
慶次郎は、不意に笑って、
その肩をそっと引き寄せた。
「……なら、俺は“うららの婿”として、戦うとするか」
ふたりはそのまま、肩を並べて座っていた。
窓の外、秋の夕日が静かに沈んでいく。
だがその静けさの向こうに、
またひとつ、暗い波の音が迫っていた。
それは、町役人の書記からであり、
内容はこうだった。
「蓬莱屋にて金銭の横流しを行った者がいるとの訴えがあった」
「つきましては、関係者より事情をお聞きしたく……」
慶次郎は書状を読んだ瞬間、拳をぎゅっと握った。
「……来たな」
女将・たえは顔色ひとつ変えずに呟いた。
「告発。予想していた通りね。
このタイミングで“横流し”だなんて、あまりにも分かりやすい」
「誰が告発したかは?」
「記されてない。ただ、“ある商家の番頭”としか……」
「間違いなく、嶋屋と繋がってる奴だ」
伊兵衛が低く呻くように言った。
「だが……厄介なのは、“証言”があるという点じゃ」
「ええ。疑いは証拠にならないが、“証言”は町役人が動く理由になる」
「……なら、証言に証言をぶつけるしかねぇな」
慶次郎の目に、静かな炎が灯る。
◆◇◆
三日後。
蓬莱屋の座敷に、町役人がふたり現れた。
証言者として名乗り出たのは、
“かつて蓬莱屋に短期で奉公していた”という若い男――辰吉(たつきち)と名乗る者だった。
「拙者、三年前、夏の盛りに三月ばかり奉公しておりました」
「……見覚えがないな」
たえが座敷奥からじっと見つめる。
辰吉は一礼し、続けた。
「その折、帳場の米代金の銭袋を整理しておったのは、たしか“うらら”という娘でありました。
ある日、その袋の中から銀一枚が消えており――
それを見たのは拙者のみ、誰にも言えず……しかし今思えば、あの者こそ……」
「くだらねぇ」
慶次郎の声が静かに座敷に響く。
「その“銀一枚”があったという証拠は?」
「記録はございません。しかし……」
「それを“あの者が取った”と断ずる理由は?」
「……その場に、他に誰も――」
「証言なら、こっちにも山ほどある」
その瞬間、奥から一人、二人と人が現れた。
おふじ、おその、年配の女中たち、
帳場を手伝う若い手代、台所番の職人――
皆、順番に座し、証言を口にした。
「うららが、金に手を出すような人だなんて、あり得ません」
「一日中、働き詰めでした。疲れて倒れることはあっても、店の品に触れることはありませんでした」
「米代の袋は、若旦那と女将さまの目が届くところでのみ扱われておりました」
「辰吉とかいう者が何をしていたか、私たちは存じております。
勝手に裏口から甘酒を盗んだり、台所に忍び込んだこともあった。
奉公は三月で打ち切りになったのも、その不誠実さゆえ」
辰吉の顔色が、見る間に変わっていく。
「ち、違う……!」
「まだ言い訳をするか」
伊兵衛が睨みつける。
「ここは商家。出入りする者の評判は、町に筒抜けじゃ。
お主の顔、もう町に出せんぞ」
辰吉は立ち上がろうとするも、
町役人が静かにその袖を取った。
「証言に偽りありと見なせば、それなりの沙汰が下される」
「ち、違うんだよ……! わしは、ただ……梨瑚さまに頼まれて……」
「――梨瑚?」
その名を聞いた瞬間、座敷の空気が凍りつく。
辰吉は慌てて口をふさぐようにしながら、
「言ってない、言ってない!」と顔を伏せた。
けれど、遅かった。
役人が顔を見合わせ、伊兵衛が深く息を吐く。
「……やはり、そういうことか」
「嶋屋の名は出さなかったが、もう十分」
たえがゆっくり立ち上がり、
役人に向かって頭を下げる。
「このたびの件、蓬莱屋が無実であると証明されました。
また、虚偽の告発を行った者の出入りについては、町方に一任いたします」
「了解いたしました」
辰吉は、ひとり引き立てられていった。
◆◇◆
騒動のあと。
うららは、座敷の隅で座っていた。
何も言わず、目を伏せたまま。
そこに、慶次郎がそっと隣に座る。
「……お前が泣かなくてよかった」
「……泣いてたら、誰かの思う壺ですから」
「強くなったな」
「……違います。
守ってくれる人が、たくさんいたからです」
「俺も、何があっても、お前を信じる」
「……ありがとう」
そう言ったあと、ふと、うららが顔を上げる。
「でも、これで終わりじゃないと思うんです」
「……ああ。奴らはまだ動くだろうな」
「だったら、こっちも負けません」
「蓬莱屋の嫁として、ってやつか?」
「いえ。うららとして、です」
慶次郎は、不意に笑って、
その肩をそっと引き寄せた。
「……なら、俺は“うららの婿”として、戦うとするか」
ふたりはそのまま、肩を並べて座っていた。
窓の外、秋の夕日が静かに沈んでいく。
だがその静けさの向こうに、
またひとつ、暗い波の音が迫っていた。
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