春燈に咲く

naomikoryo

文字の大きさ
27 / 33

番外編:⑥若旦那の恋ときどき嫉妬

「うらら、飯、まだか?」

「うん、あと少しで炊けるよ。ちょっと待ってて」

「じゃあ、ここで待つ」

「……台所の真ん中に正座されても、邪魔だよ」

「いいだろ、夫婦なんだから」

「もうっ……」

ふぅ、と小さなため息をついて、
それでもうららは、慣れた手つきで味噌汁をよそう。

振り返ると、慶次郎がじっと見つめていた。

「……なに?」

「いや。やっぱ、お前は台所が似合うな」

「それ、褒めてる?」

「最高に褒めてる」

(もう……)

頬が自然と熱くなる。

◆◇◆

結婚して、まだ数ヶ月。
毎日が初めて尽くしで、忙しいはずなのに、
この人は――毎日、こうだ。

朝起きれば、

「おはよう、今日のうららは特に可愛いな」

昼間は、

「番頭と話すとき、ちょっと声が甘くなってないか? 俺にもその声で話せよ」

夜になれば、

「布団、冷たくないか? ……じゃあ俺で温めてやるよ」

もう、どれだけ甘い言葉を浴びせてくるのか数えきれない。

しかも。

「おい、誰だ、うららのこと“ええ女将さんになったねぇ”って言ったのは」

「え? 裏の魚屋の……」

「……魚は二度と買わん」

「ちょっと!?」

「うらら、あの旅道具屋のおやじに話しかけられてたな」

「商品の話よ?」

「いや、目が違った」

「魚屋さんと同じ扱いするつもり?」

「うらら、町の子どもにまでモテてるな。すげぇな」

「ふふ、嬉しいなぁ」

「でも、抱きついてきたのはさすがに許さん」

「三つの子だよ!?」

溺愛、という言葉でも足りない気がする。
四六時中、目を離せば拗ねるし、
誰かが褒めれば機嫌が悪くなるし、
ちょっとそっけなくすると、すぐにふすまをドン!と押さえる。

「うらら」

「……なに?」

「壁の向こうから聞こえたあの声、誰に話してた?」

「おふじさんだけど」

「ならいい」

「じゃあ、ふすまをドンする意味は……」

「クセだ」

「クセなの!?」

それでも、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ、言葉の端にある愛情の重さが、
くすぐったくも、ありがたくて、
こうして毎日笑っていられることが嬉しかった。

◆◇◆

ある晩。

慶次郎が、少し酔って帰ってきた。

「うららぁ……」

「おかえり。飲みすぎじゃないの?」

「んー……でも、今日は言わなきゃいけない気がして」

「何を?」

彼はうららの手を取って、真剣な顔をした。

「俺、お前のことが、好きすぎる」

「……うん」

「どれくらい好きかっていうと……」

「うんうん」

「毎日、ちょっとずつ寿命削ってでも、お前に好きって言いたいくらい」

「そんなに削らないで」

「でも、止まらん」

そう言って彼は、うららの手の甲に、
静かに口づけた。

「……ありがとね、慶次郎さん」

「ん?」

「いっぱい、好きでいてくれて」

言い終えた瞬間、慶次郎は顔を真っ赤にして押し倒してきた。

「うらら、今の……もう一回言って」

「や、やだ!」

「頼む! 一生に一度でいいから!」

「……一生に一度なら、今さっき使ったからもう終わり!」

「待て! 寿命削ってもいいからもう一回だけ!」

「もうっ……!!」

ふたりの声が、春の夜に響いていた。

これが、
蓬莱屋の若旦那の、ちょっとめんどくさいくらいに幸せな日常。

春燈の下で、今日も甘く、温かい灯りが揺れていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

170センチの彼女がヒールを履かない理由 ―20年前のラークと、今の密会―

まさき
恋愛
二十年前、深夜のコンビニ事務所。 俺は、オーナーの娘である「彼女」に恋をしていた。 ​身長170センチ。いつも底の平らな靴を履き、ラークを吸う一歳上の彼女。 176センチある俺は、その「6センチの差」だけを自負に、彼女の隣に立っていた。 贈ったのは、色気のない「実用品」。 防犯カメラの死角で交わした、一度きりのキス。 ​「もう会うことはない」――そう思って街を出てから二十年。 ​再会した彼女の指には、指輪があった。 かつての憧れは、二十年の時を経て、誰にも言えない「不倫」という名の毒に変わる。 ​176センチの俺が、20年かけて170センチの彼女に溺れていく、背徳の再愛物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき