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01)蠱毒(こどく)の村
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その村は、地図にも載っていなかった。
山深い奥地にひっそりと佇むその集落は、まるで何かに隠されるように存在していた。
私がその村のことを知ったのは、地元の老人から聞いた話がきっかけだった。
彼は酒に酔うと、決まってこう言う。
「昔な、あの山の奥に『蠱毒の村』ってのがあったんだよ」
蠱毒(こどく)——私はその言葉を聞いて背筋が冷えた。
それは、古くから伝わる呪術の一つ。
何種類もの毒虫を一つの壺に閉じ込め、共食いをさせ、最後に生き残った最強の一匹を使って呪いをかけるという、恐ろしい秘術である。
「本当にそんな村があったんですか?」
「おうよ。もう何十年も前の話だけどな……俺の叔父さんが、あそこで失踪したんだ」
老人はそう言って寂しげに杯を傾けた。
彼の話を聞くうちに、私は妙な好奇心に駆られ、その村を訪ねてみることにした。
私は昔からこういう曰くつきの場所に興味があったのだ。
****************************
山道を進むこと三時間、地元の人間ですら「行ってはいけない」と言う場所に、私は辿り着いた。
鬱蒼とした森の奥に、朽ち果てた鳥居が立っている。
「……ここか」
村の入り口らしき場所には、無数の注連縄(しめなわ)がかかっていた。
本来、注連縄は神聖な場所を守る結界のようなものだが、ここに張られているものは異様だった。
縄には動物の骨や、人の髪のようなものが絡みついていたのだ。
鳥居をくぐると、視界が一気に開けた。そこには、信じられない光景が広がっていた。
家々は朽ち果て、地面には黒ずんだ染みが広がっている。
村の中心には、巨大な壺のようなものが置かれていた。
それは石で作られており、ところどころに赤黒い汚れがこびりついている。
「……まさか」
近づいて壺の中を覗いた瞬間、私は息を飲んだ。
中には無数の虫がうごめいていた。それも、普通の虫ではない。
あり得ないほど巨大なムカデ、蛇のように蠢く蛆(うじ)、奇妙な形のカブトムシのようなもの……
それらが、まるで何かを待っているかのように、壺の中で蠢いているのだ。
その時、ふと背後に気配を感じた。
「……誰かいるのか?」
振り返ると、村の奥にある古びた家の影から、誰かがこちらを見ている。
私は慎重に近づいた。近づくにつれ、それが人間であることが分かった。だが、その姿は異様だった。
異様に痩せ細り、肌は土気色。目だけが爛々と光っている。
髪はボサボサで、爪は異様に長い。まるで、何年もこの村で生き続けている亡者のようだった。
「お前……まだ、生きてるのか……?」
彼は、私をじっと見つめると、かすれた声で呟いた。
「……帰れ」
「え?」
「お前は……ここにいてはいけない……」
彼の言葉が終わると同時に、風が吹き抜け、村全体がかすかに軋むような音を立てた。
その瞬間、壺の中の虫たちが一斉に騒ぎ出した。
私は、本能的に危険を感じた。
「……!」
足を止めず、全力で駆けた。背後から何かが迫ってくる気配がした。
あの異形の男が追ってきているのか、それとも——
村の入り口にある鳥居をくぐると、全ての音がぴたりと消えた。
振り返ると、そこには何もなかった。村は闇に溶け込むように消えていた。
****************************
私は、山を降りるとすぐに地元の老人を訪ねた。
「あの村……まだ、あったぞ」
そう言うと、老人は目を見開いた。
「まさか……お前、本当に行ったのか……?」
「ああ。壺もあった。中には……あんなものが」
私の言葉に、老人は肩を震わせた。そして、声を潜めて言った。
「……あの村の住人は、みんな“蠱毒”になったんだ」
「……どういうことだ?」
「あの村では、昔から“蠱毒”の儀式をやっていたんだよ。
だがな、いつの頃からか、奴らは虫じゃなくて——“人間”を壺に閉じ込めるようになったんだ」
私は、寒気を覚えた。
「最後に生き残った者が……“最強”になるってな。だが、それを繰り返すうちに、村全体が歪んじまったんだよ」
老人は震える手で酒をあおった。
「お前が見たあの男……そいつは、最後の生き残りだったんじゃないか?」
「……」
私は何も言えなかった。ただ、あの村で感じた異様な空気と、男の爛々とした目だけが、脳裏に焼き付いていた。
それから数日後、私は気になってもう一度、村へ行ってみた。
しかし——
そこには、何もなかった。
鳥居も、村の跡も、何もかもが消えていた。
まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように——
山深い奥地にひっそりと佇むその集落は、まるで何かに隠されるように存在していた。
私がその村のことを知ったのは、地元の老人から聞いた話がきっかけだった。
彼は酒に酔うと、決まってこう言う。
「昔な、あの山の奥に『蠱毒の村』ってのがあったんだよ」
蠱毒(こどく)——私はその言葉を聞いて背筋が冷えた。
それは、古くから伝わる呪術の一つ。
何種類もの毒虫を一つの壺に閉じ込め、共食いをさせ、最後に生き残った最強の一匹を使って呪いをかけるという、恐ろしい秘術である。
「本当にそんな村があったんですか?」
「おうよ。もう何十年も前の話だけどな……俺の叔父さんが、あそこで失踪したんだ」
老人はそう言って寂しげに杯を傾けた。
彼の話を聞くうちに、私は妙な好奇心に駆られ、その村を訪ねてみることにした。
私は昔からこういう曰くつきの場所に興味があったのだ。
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山道を進むこと三時間、地元の人間ですら「行ってはいけない」と言う場所に、私は辿り着いた。
鬱蒼とした森の奥に、朽ち果てた鳥居が立っている。
「……ここか」
村の入り口らしき場所には、無数の注連縄(しめなわ)がかかっていた。
本来、注連縄は神聖な場所を守る結界のようなものだが、ここに張られているものは異様だった。
縄には動物の骨や、人の髪のようなものが絡みついていたのだ。
鳥居をくぐると、視界が一気に開けた。そこには、信じられない光景が広がっていた。
家々は朽ち果て、地面には黒ずんだ染みが広がっている。
村の中心には、巨大な壺のようなものが置かれていた。
それは石で作られており、ところどころに赤黒い汚れがこびりついている。
「……まさか」
近づいて壺の中を覗いた瞬間、私は息を飲んだ。
中には無数の虫がうごめいていた。それも、普通の虫ではない。
あり得ないほど巨大なムカデ、蛇のように蠢く蛆(うじ)、奇妙な形のカブトムシのようなもの……
それらが、まるで何かを待っているかのように、壺の中で蠢いているのだ。
その時、ふと背後に気配を感じた。
「……誰かいるのか?」
振り返ると、村の奥にある古びた家の影から、誰かがこちらを見ている。
私は慎重に近づいた。近づくにつれ、それが人間であることが分かった。だが、その姿は異様だった。
異様に痩せ細り、肌は土気色。目だけが爛々と光っている。
髪はボサボサで、爪は異様に長い。まるで、何年もこの村で生き続けている亡者のようだった。
「お前……まだ、生きてるのか……?」
彼は、私をじっと見つめると、かすれた声で呟いた。
「……帰れ」
「え?」
「お前は……ここにいてはいけない……」
彼の言葉が終わると同時に、風が吹き抜け、村全体がかすかに軋むような音を立てた。
その瞬間、壺の中の虫たちが一斉に騒ぎ出した。
私は、本能的に危険を感じた。
「……!」
足を止めず、全力で駆けた。背後から何かが迫ってくる気配がした。
あの異形の男が追ってきているのか、それとも——
村の入り口にある鳥居をくぐると、全ての音がぴたりと消えた。
振り返ると、そこには何もなかった。村は闇に溶け込むように消えていた。
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私は、山を降りるとすぐに地元の老人を訪ねた。
「あの村……まだ、あったぞ」
そう言うと、老人は目を見開いた。
「まさか……お前、本当に行ったのか……?」
「ああ。壺もあった。中には……あんなものが」
私の言葉に、老人は肩を震わせた。そして、声を潜めて言った。
「……あの村の住人は、みんな“蠱毒”になったんだ」
「……どういうことだ?」
「あの村では、昔から“蠱毒”の儀式をやっていたんだよ。
だがな、いつの頃からか、奴らは虫じゃなくて——“人間”を壺に閉じ込めるようになったんだ」
私は、寒気を覚えた。
「最後に生き残った者が……“最強”になるってな。だが、それを繰り返すうちに、村全体が歪んじまったんだよ」
老人は震える手で酒をあおった。
「お前が見たあの男……そいつは、最後の生き残りだったんじゃないか?」
「……」
私は何も言えなかった。ただ、あの村で感じた異様な空気と、男の爛々とした目だけが、脳裏に焼き付いていた。
それから数日後、私は気になってもう一度、村へ行ってみた。
しかし——
そこには、何もなかった。
鳥居も、村の跡も、何もかもが消えていた。
まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように——
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